6 1日前(ホームルーム直前)
「……………うーん」
いつもより少し早く教室に着いた私は、ホームルーム前のざわざわした教室の中で、一人悩んでいた。
まさか、伊藤要が男の子だったとは。本当だったら今私は、この開いた時間を利用して、「伊藤さん」に電話している筈だった。別に私は、男の子に電話を掛ける事が出来ないような、気持ちが悪いほどにピュアなオンナノコでは、あいにく無いのだけれど。
………逃げ、だなぁ。
私は、男の子だったからという理由で、電話しない事にしようとしている。きっと、伊藤要なる人物が女の子だったとしても、それ以外の理由をこじつけて、電話を掛けていないのだろう。
「―――さん、片桐さん」
電話を掛けるか掛けまいか、揺れ続ける私は、私に対して呼びかける委員長の声を聞いた。何だろう。クラスの雑用だろうか。それならばちょうどいい。時間を潰せ――違う、また逃げ道を見つけようとしている。
「どうしたの、委員長?」
「貴方の事を呼んでるわよ?」
「私を?」
誰だろうか。
「うん、ほら、前側のドアのとこ」
委員長の言う方向を見ると、そこには萎縮している双葉がいた。三年生の教室は、居心地が悪いのだろう。
「ありがと」
と言い残し、双葉の元へ向かった。
「あ、先輩」
ほっとしたように双葉が言う。
「どうしたの?珍しい」
「あの、今日の放課後付き合って欲しいんですけど」
今日の放課後は、特に予定はない…………今の所は。
「何処に?」
「北西高校です」
「……………何で?」
「あの、私の友達のお兄さんが、昨日から何かに怯えてるみたいで、その相談に乗りたいんです」
伊藤要の名前が浮かぶ。でも、ちょっと待って欲しい。
「………なんで私が?私が付いて行く事に何か意味があるの?それ」
「え?あの?あれー?先輩も呼んで欲しいって名指しで言われたから、てっきり知り合いなんだと思ってました。……違うんですか?」
「……………もしかして、そのお兄さんの名前、伊藤要っていう?」
「あ!!やっぱり知り合いなんじゃないですか!!」
キーンコーンカーンコーン
と、ホームルームの開始を告げる鐘が鳴る。
「じゃ!!今日の放課後お願いしますね!!」
「あ!!ちょっと待って!!」
急いで教室に戻ろうとする双葉を、私はつい呼び止めた。
「何ですか?」
何だろう。疑問がありすぎて、何を聞けばいいのか分からない。私はあのカルタから離れたいのに、向こうから寄って来てるみたいで気持ち悪い。
「……………あ。と、今日の部活休みにするから、他の一年生に伝えておいて」
「了解です」
それだけ言うと、たっ、たっ、たっ、と軽快なステップで、双葉は走っていった。