14 まがりばり
「ちーっす。来てやったぞー」
間の抜けた声を出しながら、伊井田が部室に入って来た。来るのが当然なのに、来てやったと言う所が彼女らしいと言えば、彼女らしい。そして私は、彼女のそういうルーズな所が嫌いではなかった。
「あ!!伊井田先輩!!こんにちは!!」
元気よく挨拶する双葉。私が部室に入った時に、昨日の伊藤君の事を聞かれるんじゃないかと思っていたが、何も触れられなかった。きっと昨日伊藤君は、電話の向こうで存在を消されてしまったのだろう。―――斉藤先輩によって。それにしても、存在を消されたのなら何故私はその事を覚えているのだろう。2年前の事は私は当事者だから覚えているのは当然としても、今回の事を覚えているのは少し変ではないか?という疑問を持ったのだが、それについては霊斗先輩が、「カードのせいだろう。……念の為に聞いておくが、その双葉とかいう女の子には触らせていないな?」と答えを出してくれた。
「おぉ双葉。今日も元気だなぁ。あ、そうだ堂間、この前借りたCDだけどもうちょっと借りててもいい?」
双葉の頭を撫でながら―――おとといの瀬戸の冗談、あながち全くの冗談という訳でもないのかもしれない―――伊井田は堂間君に話しかけた。
「いいですよ。パソコンにデータを残してあるので聞こうと思えばいつでも聞けますし」
堂間君は、鉛筆の動きを止めて答える。宿題でもしているのだろうか。伊井田と堂間君は仲がいい。伊井田が適当なのに対して、堂間君は真面目なイメージが強いから、私は未だに少し違和感があった。
「珍しいっすね、先輩が来るなんて。やっぱり双葉がいるからなんすか?」
瀬戸も会話に加わった。
「今日は水曜日だからね」
伊井田は、よく分からない答えを返した。伊井田のその言葉を聞いて私は少し思い出してみるが、伊井田が水曜日に好んで部室に来るという事実はなかった。
「………どういう事?というかあんた、今日学校休みなんじゃなかったの?一度も姿を見かけなかったけど」
私も会話に加わる事にした。
「そりゃそうよ、今学校に来たんだから」
さも当然だ、というように答える伊井田。と言う事は何か?伊井田は今日部活に出る為だけに学校に来たという事か?……雨でも降るんじゃないだろうか。
「そろそろ出席日数危ないんじゃないの?」
「まぁ、大丈夫じゃない?」
何がどういう風に大丈夫なのだろうか。
「……何かたくらんでる?」
「ひどいなぁ美穂ったら。気分よ、気分。この部的な感じで言うなら【虫のしらせ】ってやつよね。第六感?」
それが悪い虫で無ければいいのだが。
「第六感ねぇ、ま、いいけど。卒業は出来るようにしなよ」
「へいへい。ところでさ、あの人は誰なの?見た事ないんだけど、先生?ではないよね、若いし。入部希望者か?」
伊井田が、奥の椅子に腰掛けている霊斗先輩に気付いた。私は、ポケットから針を取り出し、慎重にそれを伊井田の手に刺した。もう4回目とは言えやはり緊張する。霊斗先輩いわく痛みは無いらしいけど、人に針を刺すというのにはやはり罪悪感を覚える。
気付かれないように針をポケットに戻し、私はとぼけた声を出した。
「何言ってんのよ伊井田。そんなに若いのにボケてたら洒落にならないわよ?霊斗君は前から私たちの部にいたじゃない」
「………そう、だったわね。私寝すぎでぼーっとしてたみたい」
伊井田は少し首を捻ったが、すぐにその曲がった事実を受け入れた。やはり凄いなぁ、この【曲針】は。霊斗先輩が露天商から取り返したものの一つらしいけど。針を刺しただけで人の記憶を曲げられるなんて。
それにしても、霊斗先輩の事を「霊斗くん」というのは凄く抵抗がある。というか恥ずかしい。でもこれは霊斗先輩の指示だった。同級生が先輩というのはおかしい、と。まぁそう言われればそうなんだけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
伊井田の反応を確認し、針が利いている事を確認した私は、霊斗先輩へと視線を向けた。
霊斗先輩が大きく一つ頷くのを見て、私は
「全員そろったし、部活を始めるわよ」
と宣言した。