11 1日前(赤いちゃんちゃんこー下)
走馬灯、というのは、死ぬ間際に思考が加速して、通常では有り得ない程の量の物事を考えられるようになる事だ。と何かの本で読んだ気がする。普段使われていない脳の部分を用いる事で、たった数秒の間にいままでの一生を振り返る事が出来ると。
目の前の女は、長い髪の隙間から、ぎょろりとした目を心なし嬉しそうに歪めている。私の首に向かって降りてくる鎌の動きが、やけにゆっくりに感じる。
首を切られて死ぬというのは、どれぐらい痛いんだろう。毒などでじわじわと苦しみながら死ぬのよりは楽なのかもしれない。でもやっぱり死ぬのは嫌だな。あんまり痛くないといいけど。それよりも何よりも、私の生きた証が、何もかも消えてしまうという事の方が嫌かもしれない。あぁ何やってるんだろう私、せっかくの時間をこんなにもくだらない思考に使うなんて。まぁそれも私らしいのかもしれない。言ってみれば、2年前のあの日から私は半分死んでいたようなものなのだから。
「………あきらめるなよ」
ぐい、と懐かしい声とともに、私の体が後ろに引かれた。私の首があった部分を、びゅんと豪快な音を立てながら鎌が通っていく。その途端、麻痺していた恐怖心が蘇った。
「れ、れ、霊斗先輩!!?」
「先輩はよしてくれないか。もう俺は片桐の先輩じゃないんだからな。それよりも、片桐はもっと強いと思ってたんだけどな」
どっ、どっ、と自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。死に掛けたのだ。私はもう少しで死んでいたのだ。回らないろれつのまま、私は必死に声を出す。
「つ、強い?」
霊斗先輩は、どす黒い色のちゃんちゃんこを着た女から視線をはずさないまま答える。
「精神的にだよ。2年前俺を助けてくれただろ?それとももう忘れたか?」
覚えている。もちろん覚えている。【ひきこさん】に霊斗先輩が連れ去られそうになっているのを見た私は、出なかった筈の声を絞り出した。でもあんなの助けた内に入るのだろうか。どちらかと言うと邪魔をしてしまったような気もするのだが。
「い、いえ、でも」
「お前がどう思っているのか分からないけど、あの時声を出してくれた事によって、間違いなく俺は助かったんだ。…………それなのに、情けないな。どうした片桐?なにのまれそうになってるんだ?」
「のまれる、ですか?」
「そうだよ。お前今、別にもう死んでもいいやとか思っただろ?」
「そんな、事は」
「無いのか?」
「……………いえ」
「しっかりしろよ。………ほら、そろそろ来るぞ」
霊斗先輩が僅かに身構える。豪快にからぶりした女が、体格に不釣合いな程大きな鎌をゆらゆらと構え直した。
ぎょろりとした目は、私をしとめ損なった事を悔しがるどころか、獲物が増えた事を喜ぶようだった。
「赤いちゃんちゃんこ、着せましょかぁ」
再び鎌を振り下ろしてくるが、その動きはやはり緩慢としている。
恐怖心が消えたと同時に、体を縛っていた力も消えていた。私はそれを楽々と後ろにかわす事ができた。霊斗先輩が隣りにいるからだろうか?
かわしたのはいいが、今度は別の事実によって、私の体は再び固まった。髪の隙間から見えた女の顔に、見覚えがあったからだ。いやしかし、そんな筈はない、私の見間違えにちがいない。だって、だって。そんな。
「さ…………斉藤先輩?」
私の言葉に、斉藤先輩に似ている女はぴく、と反応した。まさか?嘘でしょ?そんな事ある訳がない。
「……………赤いちゃんちゃんこ、着せましょかぁ?」
女は、そう言ったあと、髪をかきあげると、その顔を露にした。すっかりこけてしまっているが、それは確かに斉藤先輩だった。
「そ、そ、そんな!!何で!?嘘よ!?」
じりじりと後ずさりする私をじっと見据えて、にぃっ、と女は笑う。私をかばうように、霊斗先輩が前に立ってくれる。
「………また、来るわね」
しばらく睨み合いが続いたが、赤いちゃんちゃんこの女はそう言うと、踵を返し、ずっ、ずっ、と血まみれの鎌を引きずりながら行ってしまった。