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見上げた空は、今日もアオハルなり  作者: 木立 花音
第一章:幼馴染たち
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『渡辺美也②』

 結論から言うと私と手塚裕哉(てづかゆうや)君は、友達から、という条件を付けたうえで交際することになった。

 もちろん、何も考えず短絡的に決めたわけじゃない。一応友達にも相談はしたし。

 親友の上田律は、『手塚ってサッカー部のイケメンじゃん! こんなチャンス滅多にないし付き合っちゃいなよ』と私の背中を押し、反面楠恭子は、『美也……本当にそんな決め方で良いの?』と問い質すような眼差しを向けてきたけれども。

 恭子は普段からぼーっとしているようで、その実案外と鋭い。微妙に揺れている私の内心を見透かされているようで、なにやら居心地が悪い。

 それでも交際を始めたのには、幾つか理由がある。

 前々から悩んでいたことなのだが、自分の女子力を上げたかった。彼氏ができたら心身ともにふわふわと綿毛のように軽くなって、ごく自然とお洒落もできるようになって可愛くなれるんじゃないのかと。

 優花里の影響でもないが、早めに脱処女した方が良いのかな? と考えたのも理由の一つ。

 セックスすることについて真面目に考えると、やっぱりちょっとだけ怖い。でも、さっさと処女なんて捨てたほうが良いのかな? とも思う。そうすれば、一人の男に固執している湿っぽい自分ともオサラバできて、学園生活も明るくなるんじゃないのかなって。


 交際を始めて数日後の放課後。部活を終えた後ロッカーで着替えをしていると、今日はピンクのスケスケショーツを惜しげもなく披露しながら優花里が言った。


「せっかく殿方と付き合うんですから、頑張って美也も、処女捨てちゃいなさいよ~?」

「頑張ることなのかよ、それって……」

「当たり前じゃないですの」と彼女はしたり顔で言う。「交際することの最終目標は、セックスでありましょう!?」と声も高らかに宣言する。「体と心の駆け引きを、楽しまなくちゃ」


 お前の最終目標って、随分気安く達成されているよな、という皮肉が頭に浮かぶ。苦々しい顔になったであろう私に、彼女はこう言い添えた。


「安心して下さいな、手塚君はちゃんと優しくしてくれますから。怖くしないし、痛くもしません。それに彼、知識もテクニックも抜群ですので、前戯もめっちゃ上手いのですよ? 美也もきっと、膝から下がガックガクになって、立てなくなってしまいますことよ?」


 優花里は恍惚とした表情を浮かべると、今日は私のお尻をぺろんと撫でた。


「そんな単語、学校の中で使うなバカ。あと――何度も言うけど、触るなっつの」


 彼女の手を払い除けながら、どうして私が赤面しなきゃならんのだ、と思う。ついでに、そんなに身体の相性が良いんなら、なんで手塚君と別れたんだよ、とも。

 相変わらず、ビッチな会話全開の優花里。

 けれども、コイツのリベロとしての実力は本物だ。だからこそ、尊敬もしている。どんなスパイクにでも素早く反応するし、どんな厳しいボールにでも吸い付くようにレシーブする。セッターが欲しがる場所と高さに、一発でレシーブを上げる技術は賞賛に値する。

 まあ、吸い付くのは、夜のボールが本命かもしんないけど……そんな皮肉を、再び思いついた。

 彼女にとっては男と付き合うことも、セックスをすることも、所詮は全てお遊びなのだろう。実に軽い気持ちで、色んな男子と肌を重ねる。

 だが実際に、優花里はモテる。ミディアムボブのウェーブした髪、二重瞼の大きい瞳、真っ赤で分厚い唇。可愛いからとか、ヤラせてくれるから、とかモテる要素は様々あるだろうが、それだけが理由じゃない気がする。

 決して他人に深く干渉してこないし、それゆえ誰と付き合っても別れても、そのことをいつまでも引きずらない。そういうサバサバした気持ちの良い性格が、彼女が男に好かれる本当の理由なのかもしんない。

 彼女と比べると、私は子供じみた理想ばっかり並べている。

 付き合うんだったら慎吾が良いと思っているはずなのに、何年経っても遠くから眺めているだけ。自分から行動する勇気もない癖に、受け身な態度でうじうじと思い悩んで、ホント、何様って感じ。

 そんな自分にも、ほとほと嫌気が差していた。


 でも、日々苛々している理由。本当は、もう一個だけあった。


『なんで慎吾の奴、桐原悠里なんかと毎日一緒に帰ってんのさ!?』


 苛々がそのまま、ロッカーの扉を閉める力の強さに現れる。バーンと派手な音が響き渡り、優花里と何人かの二年生が身を震わせた。

「ゴメン」と小さく頭を下げた。

 けど、実際それが一番大きな理由じゃないかと感じる。「はあ……」思わず溜め息が落ちた。結局私は、自分では何一つ行動できない癖に、いっちょまえに桐原悠里に嫉妬していた。


「じゃあ、頑張ってエロいこと楽しんでね~」


 とはた迷惑な台詞を残してロッカー室を出て行く優花里を見送って、もう一度私は大きな溜め息を漏らした。


 翌日の放課後から、私と手塚君は一緒に帰宅するようになった。彼の家は、学校がある宇都宮市にあるため、私が駅に行く途中の踏切の前でいつも別れる。

 最初はまあ、なんとなく雑談しながら一緒に歩くのから始めた。彼は会話も面白いし、一緒にいるとそれなりに心地いい。

 容姿はハッキリ言って良い。一緒に並んで歩いていると、やたらと周囲の視線が気になる。

 明るい茶髪のサラサラヘアーに、細い顎、整った輪郭線と目鼻立ち。身長も百八十センチくらいあって細マッチョだし、ホント、何で私なんかが良いんだろうって疑問に思うくらい。

 そこで思い切って聞いてみた。「なんで、私と付き合おうって思ったの?」と。喫茶店のテーブルを挟んで座っていた彼は、私の質問が意外だったのか、何度か瞳を瞬かせた。


「だって、渡辺は元が可愛いじゃん。背が高くてスタイルも良いし、今はバレーの関係で難しいだろうけど、髪を伸ばしたら、絶対に美人になると思うぜ?」

「美人? 私が?」


 ぱさぱさで艶のない髪質を誤魔化すために、明るい茶色に染めた髪。瞳は大きい方かもしんないけど、優花里みたいに綺麗な二重瞼でもないし、恭子みたいに可愛いタイプともちょっと違う。何よりこの高い身長が、最大のコンプレックスだった。小学校低学年の頃までは、『小さくてお人形さんみたい』と褒められることもあったけれど、高身長を理由に女らしいと言われた経験はない。


「お世辞で言ってんでしょ」

「そんなんじゃないよ。俺ってさ、基本的に面食いだから、顔が良くなかったら声掛けたりしないって」


 そんな感じに、悪びれる様子もなく言ってのける。面食いの男って、一目惚れし易くて長続きしないってどこかで聞いたな……と思いながら、すっかり冷めてしまったコーヒーを啜る。

 部活動休養日の放課後は、喫茶店に居座って勉強していることが自然と多くなっていた。部活動の引退がまだ先になるであろう私は、空いている時間を効率的に使う必要がある。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱりコンプレックスなんだよね」

「コンプレックス? どこが?」

「この身長。私もさ、もうちょっと背が低かったらなあ……なんて、いつもそう思ってしまうの」

「それ、背の低い奴が聞いたら怒るぞ? 無いもの強請(ねだ)りはできないんだし。良いじゃん、背が高いのはメリットだよ」


 なにそれやっぱお世辞? だって、手塚君の元カノあいつでしょ?


「でもさあ、優花里とも付き合ってたんでしょ? 私と彼女とだと、全然タイプ違うよ? 完全に真逆」

「ああ~そうだね」と言いながら彼は、後頭部をかいた。「でもタイプとかって関係あるの? その女の子に魅力的だと感じる部分があったなら、それで良いじゃん?」

「う~ん……そんなもん?」


 なんか、こんな台詞しか返せなかった。

 確かに、手塚君のそれは正論だと思う。でも、女性としての魅力さえあれば相手は誰でも構わない。そんな風にも同時に聞こえた。一人の人間を一途に想い、良いところも悪いところもひっくるめて好きになる。特定の誰かを好きになりたい私と、不特定多数を愛せる手塚君。なんだか色々とかみ合わない。と、そこまで考えたところで自嘲した。

 曖昧な気持ちのまま手塚君と付き合い始めた私に、文句を言う資格なんてないや。きっと手塚君の考え方が正しいだろうし、彼は実際、良い奴なんだろうけど。


 太陽がゆっくりと山間(やまあい)に沈む頃、コーヒーとトーストだけで粘るのにも罪悪感を感じ始めた私たちは、喫茶店を出る。この後は、三十分後に迫った電車の発車時刻に合わせて、駅までのんびり歩くのが慣例だ。

 二人が別れる踏切のある場所までは、この道を一直線だ。私たちは二人肩を並べて歩いて行く。肩が触れ合いそうな距離だけど、手を繋いだことは一度もない。たぶん……彼は繋ぎたいと思っている。それなのに、私はうまく拳を開けない。


「バレー部の関東大会っていつ?」

「六月。もう直ぐだよ」

「そっか。当然、インターハイまで狙っているんでしょ?」

「まあね。今のチームの仕上がりだったら、行けないことはないと思ってる。男にかまけてばっかりの優花里は、正直心配だけど」


 違いない、と手塚君が含み笑いをした。バレー部は、冬場になると春校バレーもあるので本当に勉強をしている時間が足りない。この辺りは案外と頭が痛い。

 やがて道は踏切に差し掛かる。ちょうど電車がやって来たようで、警報機が鳴って遮断機が降りてきた。その手前で二人は立ち止まる。電車に乗って四つ先の駅まで行く私は踏切を渡る。手塚君の家はこの近所なので、ここで別れて交差点を折れる。


「……家、この近くだけど寄ってく?」ちょっと名残惜しそうな声で手塚君が呟く。一方で私は、そうなる可能性を遠ざけるように、気のない返事で応じる。

「今日は家の買い物頼まれてるから、なるべく早く帰らないとイケないんだ」


 もちろん嘘だ。嘘も方便って奴。

 すると彼は、そっかと囁くような口調で呟いた。彼の声音がどこか寂しそうに聞こえたのは、きっと気のせいなんかじゃない。

 彼がこっちを真っ直ぐ見つめ、ほんの少し顔を伏せた。私は潜めた眉根を悟られぬよう、一度俯いたのち顔を上げる。ゆっくりと、瞼を閉じた。

 手塚君の唇が静かに重なってくる。それはたぶんほんの数秒。それなのに長く感じてしまい、途中で目を開けてまた慌てて閉じる。

 前髪を揺らしていた風がおさまり、唇が離れた。

 

「それじゃあ、また明日」


 じゃあ、とだけ返答をして踏切を渡っていく。ドキドキしていない胸を隠すように心臓の辺りに手を添える。別の人のことを考えてたって気付かれたくないから、振り返ることはできなかった。

 完全に踏切を渡り終えてから、罪悪感に耐えられなくなって一度だけ首を回す。止めておけば、いいのに。私は直ぐに、振り向いたことを後悔することになる。


「慎吾……」


 踏切の向こう側、私と同じ駅を目指して歩いてくる慎吾の姿が見えた。でも、声を掛けるなんてできるはずもない。

 とたんに息苦しさを感じ始めると、ぐつぐつと煮えたぎるような暗い感情が喉元までせり上がってくる。

 何故なら、彼の隣には忌々しいあの女、桐原悠里がいたのだから。噂では何度も聞いていた。けれど、見たくなかった。現実を、受け入れたくなかった。

 今度こそ鬱々とした感情を隠せなくなると、溢れだした涙を手の甲で拭って、真っ直ぐ駅を目指して歩き始めた。



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[良い点] ずっと女っ気がなかった慎吾に急に知らない女が出来て、毎日一緒に帰ってるってしったら嫉妬するよね。別の人を好きになろうとしても、それはその人に好きな人の残像を重ねているだけで、心は絶対に好き…
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