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見上げた空は、今日もアオハルなり  作者: 木立 花音
第二章:私の隠し事
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『プールサイドの恋愛事情①』

 手塚君と海に行こうと約束をした日から、約一週間後。私、渡辺美也は、学校から一番近い場所にある、屋内プールにやって来ていた。日程は唐突に決められたため新しい水着など買っている暇もなく、一昨年買ったお古の青いワンピースの水着を着て。

 平日の午後とはいえそれなりに混みあっており、高校生や大学生らしい人の姿も散見される。彼らは皆、普段のストレスを発散するように開放的に泳いでいる。高い天井の下、何度も舞う水飛沫。

 観葉植物が所々に配置されたプールサイド。デッキチェアに腰掛けながら私は、不満を隠そうともせず隣のチェアに座っている手塚君に問いかけた。


「ねえ――」

「ん、どうした渡辺?」

「どうした、じゃないわよ。なんで海に行く予定が、屋内プールに変更になっちゃったのよ?」

「だってさ……」と手塚君は後頭部を掻きむしりながら言った。「部活の練習日程とか考えてたら、みんな揃う日なんて全然ないし、結局は、部活動休養日の放課後以外ないわけじゃん?」

「まあ、それは確かにね。プールになった事情はそれでわかった。でもさあ、どうしてこんな大所帯になったのよ?」


 そう――今日、プールにやって来た面々は、私。手塚裕哉君。広瀬慎吾。桐原悠里。阿久津斗哉。そして……


「あらあらお二人さん、そんなところで乳繰り合ってないで、こっちに来て一緒に遊びませんこと? それとも二人きりにしておいて、見て見ぬ振りをした方が宜しいのかしら? それでしたら、せめて人目に付かない場所でヤって頂きたいものですわ」

「なんにもしねーから。つか、するわけないじゃん。あっち行け優花里」


 相楽優花里の身なりは今日もド派手だ。豊満な胸を強調した真っ赤なビキニ。ビーチボールを抱えニヤケ顔で話しかけてきた彼女をしっしと手を仰いで追い払う。「もう、イケず」などと不満そうに呟きながらも、軽快に走り去って行った。


「あのビッチ女を呼んだのは、手塚君なの?」

「いやいや、まさか……。トラブルメイカーを進んで召喚するほど、俺も物好きじゃないよ」

「だよね……」


 じゃあ誰が……と一瞬疑問に思うが、別にどうでもいいやと考え直す。背中をチェアに横たえ目蓋を閉じた。

 そのまま時間は穏やかに流れた。手を繋ぎ、プールサイドを歩いている桐原さんと慎吾の様子を遠巻きに眺めつつも、心は意外と凪いでいた。手塚君はしばらく何も話さなかったし、泳ぎに行くこともなかった。お互いに、なんとなく言いたいことが、わかっているような気がしていた。


「渡辺さ、もしかしてつまんない?」

「ちょっとだけ、心が傷ついているんだよ」


 おどけた感じでそう言うと、いつもなら笑って返してくれるはずなのに、なんだか手塚君は困ったような顔をした。


「じゃあ気晴らしに泳ごうぜ。せっかくプールに来たんだからさ」と立ち上がった手塚君の手を、私はがしっと捕まえる。

 何……と言いかけた彼の言葉を遮った。

「ずっと言えないでいたことがあるの。驚かないで聞いて欲しい」

「なに」と彼は今度こそ口にする。

「別れよう。付き合い始めたばっかで、悪いんだけどさ」


 身勝手な台詞だと我ながら思う。それでも、あまり気負わずに言えたと思う。

「……どうして?」と困惑気味に呟きながらも、彼の顔は、ああ、やっぱり、みたいな表情になっていた。


「隠していたことゴメン。私、他に好きな人がいるの」


 手塚君は、私の視線が向いている先を目で追って、「ああ」と納得顔に変わる。「そっか、そういう事」

 それからもう一度、そっかと復唱した。「渡辺も、大変なんだな」

「そう、大変なの」と私は苦々しく笑う。「既に敗色濃厚って感じなのよ。それでも縋るとか、なかなか笑えるでしょ?」

 いや、流石に笑えない、と手塚君も苦い顔になる。


「なんか、手伝えることある? 俺が桐原さんを誘惑するとかさ?」

「冗談でも止めてそういうの。正々堂々と勝負すっから」

「……わかった。そっちの方が、お前らしいや。健闘を祈る」


 短い間だったけど、ありがとう。ちょっぴり傷ついたような声音で囁くと、手塚君は私の頭を優しく撫でた。


「手塚君ってチャラいけど、良い奴だよね。今日予定を組んだのもさ、元気のない私を気遣ってのことなんでしょ?」

「気づいてた?」

「もちろん。手塚君、私なんかよりよほどしっかりしてるもん。ちゃんと筋は通してるっていうかさ。そういうところ、どこか優花里と似ているわ」

「……褒めてるのソレ?」


 手塚君は、露骨にイヤそうな顔をした。


「あはは。褒めてる、褒めてる」

「なんか心がこもってねーな……。ま、いいか。また新しい彼女探さなくちゃな。次は清楚系の女の子がいいな。渡辺の友達の、楠恭子とかどうだろう?」

「恭子はさ、心に決めている相手がいるから止めてあげて」

「んーそうなんだ。じゃあA組の、下平早百合でも狙ってみっかな」

「ははっ、ウケる。あなたってホント。誰でもOKなのね」

「可愛い子は、視界に入っただけでフォーリンラブ?」

「サイテー」


 んじゃ、俺ちょっくら桐原さん達のところにでも行ってくるわ、と言い残して、手塚君は走り去って行った。辛い表情を見せることも、感傷的になることもなかった。きっと、恭子とか早百合を狙うって話も、私を笑わせる為の冗談なんだろう。失恋を引き摺らない彼の性格は、何だかんだで長所だなって思う。

 気が付くと、視界が僅かに滲んでた。あれ、なんで私が泣くんだろう? 本当に泣きたいのは手塚君の方なのに。

 こんな時だけ女の子になって、なんかズルいな私。


 彼が居なくなると、タイミングでも見計らっていたかのようにやって来た斗哉が、若干気後れした様子で隣のチェアに腰を下ろした。

「うわっ! 手塚の体温で生ぬるくなってんだけど気持ち悪っ」と騒ぎながら。


「温めておきましたよ」

「男の体温なんかいらねーよ……。ところでさ」

「ん?」

「なんか擦れ違いざまに、手塚が俺の肩叩いていったんだけど、何かあった?」

「ああ。今さっき、私たち別れたから。それのことかな?」

「え? それマジ!?」

「マジマジ、大マジだよ。何、嬉しい?」

「そんなんじゃねーけど……」


 茶化すように上目遣いで斗哉の顔色を窺ってみたが、彼は逃げるように顔を背けてしまった。思えば彼と二人だけで会話をするのも、随分と久しぶりな気がする。


「退屈してない? 慎吾は桐原さん相手に(うつつ)を抜かしてれば良いだろうけど、斗哉は特に相手いないもんね。優花里と絡むのは、ハッキリ言って嫌だろうし……」

「ああ、嫌だ」と彼は即答した。


 ですよねぇ……案外と斗哉はマジメだから、ああいうビッチは生理的に受け付けないだろう。初めて優花里のことを不憫だと感じた。


「なんか、こうやって話すの久しぶりだね」

「だなあ」

「私この間、慎吾と仲直りしたよ。だから今度は、斗哉とも仲直りしなくちゃね」

「別に俺たち、喧嘩したわけでもないのに」

「ふふっ、そうだよね。どうしてギクシャクしてたのか、良くわかんなくなってきた」

「かもなー。俺たちってなんかさ、お互いに勘違いをして気持ちがすれ違っていたような気がするんだ」

「そうだねぇ」

「勘違いって言えばさ、俺、桐原のことなんか誤解してた」


 斗哉は、プールの水に浸かってはしゃいでいる桐原さんと慎吾の方に目を向けながら、しんみりと呟いた。


『あはは、止めてくださいまし、そんな場所に水を掛けられたら、アタクシ感じてしまって、大事なところが濡れてしまいますわ~どう責任を取って下さいますの?』

『人聞きの悪いことを言わないでくれ! 俺は水を掛けただけだろう!?』


 そのとき手塚君の狼狽えた声が、誰かさんの甘ったるい声とセットで聞こえてくる。途中に差し込まれた雑音のせいで、都合悪そうな顔で斗哉は一度言葉をきった。ホント誰だよ、優花里を誘ったの。


「ええと……。桐原ってさ、なんか他人に興味が無くて、身勝手な冷たい奴。そんな感じに思ってたんだ。あんな風に、屈託なく笑う女の子だと思ってなかった」

「私も、そう感じてるとこ。見た目が派手だからさ、勉強はできるけど、反面、素行が悪くて不真面目で、性格も読めない奴って勝手に決めつけてた。でもさ……よく考えてみたら、耳が聞こえないハンデがあっても頭が良いって、普通できないよね? 私だったら無理だもん。桐原さんが普段から努力してるんだって、ようやく気がついたよ」

「そうだよなあ」と斗哉も相槌を挟む。

「だからさ。恥ずかしいなって思ってる。私は他人のことを、見た目というか……上っ面でしか見てなかったんだなって」


 ……そう、自分のことすらもね。心の中でだけ、そう付け加えておいた。

 噂をしていると丁度そのとき、視界の片隅でプールから上がる桐原さんの姿を認める。歩いて行く方角から察すると、トイレにでも向かうのだろう。二人きりで話すならこのタイミングしかない。

「ちょっくらトイレ」と斗哉に告げると、彼女の背中を追いかけた。


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