熱と快楽を持って
腸が踊っている。
腹から這い出てプルプル踊っている。
ぐにゃぐにゃくたくた、と私の周りを上下左右、あらゆる角度速度で回っていた。
血液と糞尿の匂いが充満し、気持ち悪くて吐き出した。
「これは一体なんて悪夢なんだろう!」
吐き出された物には、臓物と爪や歯が混ざって出来るおぞましい物だった。
こんなものが出てくる筈がない。
これは悪夢だ。
「もう終わり!もう気がついた!これは悪夢だ!だから早く覚めてくれ!」
臓物が体を形成し、爪と歯が化け物の武器を作る。
追ってくる化け物が追って来た。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
発狂する?発狂した!発狂している?発狂の限りを尽くす!
さぁ、情けない声を出して逃げろ!お前の不幸な罪は、誰も悪いと思っていない罪を償うことなく死ね!
骨と皮のオーケストラ軍団が『運命』を狂演
する。
階段を駆け上がれ、運命を演じて熱源を感じて、くたばれ!
天井に扉が見える、あれが悪夢から覚める道だと思った。
足を躓き、衣服へ強烈な鉄の匂いを滲ませる。
化け物に足を掴まれて、足を爪と歯で叩き潰された。
「う゛ぎゅ゛いぃ゛ぃ゛」
あと少し、あと少しで夢から覚める。
足を引きちぎり、悪夢から覚める扉を開ける。
開けた扉から見えた物は、赤い太陽だった。
扉を開けても、悪夢から覚めてはくれなかった。
私は何を勘違いしていたのだろう。
「この現実こそが悪夢だった」
化け物が私を砕く、頭蓋骨が中々割れずに肉体が死に絶えない。
皮が剥げて、脂肪と血管が露になるが死なない。
私は化け物が運良く首元を切断してくれるまで、赤い太陽が沈むまで、叩き剥がされた。
地下鉄にて
「この広場を抜ければ外へ出られるぞ」
ジャックとアールは、はぐれた味方と合流すべく、無線の通じる外へと向かっていた。
「ジャック広場の様子が変だ」
広場には大量の死体が横たわり、ミンチ肉のようにズタボロだった。
床に落ちている薬莢を拾い上げ、口径を見る。
「12.7mm?随分大口径の弾を使ったな」
「12ゲージ弾と9mmもある、最低2人以上いる」
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
「!?」
2人は発砲音に反応して、即座に警戒モードへ入る。
「ここの連中はどんだけ武器を持ってるんだ」
「奴ら、民兵の雰囲気に近い」
「なるほど…よし俺が先行する」
3分前…
ヒガナを背負っていたマドナは、自らが再起動した時期を恨んだ。
天井が崩落し、その隙間から見える月明かりが恨めしく思った。
(ヒガナを背負っては行けない)
そう思ったマドナは、放心状態のヒガナに武器を持たせると「直ぐに戻って来ますから」と言って、壁を登った。
崩落しているが、マドナのサイズなら通れるぐらいの隙間があったのだ。
マドナの帰りを待つ間にヒガナは、マリファナを吸って暗がりの恐怖を誤魔化した。
酷い悪夢を見たお陰で、眠った筈なのに、身心共に疲れ果てていた。
自分が殺した人間の金切り声を、未だに憶えている。
「うぐっ!」
息が出来ない!首を絞められている!
「押さえてろ!」
眼球を最大まで動かし、首を締め上げている人物を見ようとするが、直後顔面へ向かって鉄パイプが直撃する。
「お前は何処から来やがった!?えぇ!」
ならず者は、怒りに任せてヒガナを殴る。
顔を防御する腕は腫れて、パイプが当たった場所がジンジンと痛む。
「朝殺した女の仲間か?噛まれた所が痛てぇんだよ!」
腹を消火器で殴打されるが、防弾ベストで衝撃が多少和らいだ。
「クソ!妙なもん着込みやがって」
腕に傷のある男は、防弾ベストを外す為に割れたタイルの破片を握り、留め具を切断しようとする。
だが切れ味が悪く、ならず者は手を切ってしまう。
「あ゛ぁ゛クソ!誰か!だれかナイフを持ってないか?」
恐らく30秒以内に、この状況を打破しなければ、私は死ぬだろう。
罵声の嵐に飲まれそうになる中、自らが生存の糧としている、貪欲なる命への執着心が、ヒガナへあらゆる方法を模索させる。
生きると言うことは、全くもってコスパの悪いものだ。
何故なら…
「だってこんなに考えなきゃならないもの」
馬乗りになっていたならず者の首を、小さな口と歯で、そっと貫く。
「何するクソアマ!はなせ!ハナセ!」
鳥の手羽先を噛むように咥え、そして噛み千切る。
AA12を拾い上げると、いつかの時のように、乱射する。
「族め!お前ら全員、皮をひっぺがして石鹸にしてやる!」
今この場において、近接戦闘でAA12の右に出るものはない。
皆殺しだ。
鉄球が飛び出し、撃ち殻が勢い良く飛び出す。
プラスチック製のショットシェルが、カラカラと小気味のいい音を立てて、床へ転がる。
8連装のマガジンを、マッチに火が付くより早く撃ち尽くし、F1メカニックがタイヤを交換するよりも速く交換する。
「回り込め」「あれを殺せ」
人の群れが、ヒガナに食らいつこうと囁き蠢く。
その群れを押し返そうと、AA12が咆哮する。
散弾によって出来た無数の穴から、血の雫が滴り落ちる。
「あはははははははは!」
狂乱するヒガナは、万物を超越した異形の存在へと変化する。
「あぁ!なんてなんて楽しいんでしょ!」
「これは最高の娯楽だ!」
「脳髄が飛び出るほど気持ちがいい!」
心臓に穴が空いた猪の様に暴れ、羽根をもがれた白鳥の様に優雅な踊りを披露する。
全てが快楽であり、全てが不協和音のこの世界で、戦闘高揚と脳内麻薬が夢に見た狂演を遂げたのだ!
踊れ!死ぬまで!歌え!喉笛が千切れるまで!
脳がこの楽園との契約を望む限り、私は狂喜を演じなければならないのだ。
「うわ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛」
バキッ!そう音がなると、ヒガナは一切合切の思考を停止した。
「やったか?」
「こいつは一体なんなんだ!」
「20人近くやられたぞ」
「よし、誰か止めを刺せ」
ならず者達は、ヒガナを恐れて中々近付こうとしない。
「腰抜け共め、よーし俺だ俺がやるぞ」
及び腰で拳銃を構え、ヒガナの頭部に照準を合わせた。
直後、4発の銃弾がならず者達を襲い、バタバタと倒れる。
「この女がさっきの銃声の正体?」
「みたいだ」
「まだ子供じゃないか」
ジャックとアールは、まだ息があることを確認したが、対応に困った。
「連れて帰るか?」
「いや、それは俺達の任務に入っていない」
「しかし、このまま放って置くのも…」
素早く武器を構え、微かな物音に反応する。
「出てこい!」
物音の正体の主は、素直に瓦礫の隙間から顔を出した。
「ここで何を?」
「そこの女の子と行動を共にしている」
「さっき、助けようとしたらタイミングを逃していつ出ようか迷ってました」
マドナのかしこまった口調に、違和感を覚えたジャックは、もしやと思い質問をする。
「お前もしかしてアンドロイドか?」
「はい、私は国内臨時編成軍第45師団に保有されていたアンドロイドです」
「驚いた、まだそんなロストテクノロジーが存在していたとは」
互いに状況が飲み込めた2人と1台は、情報を交換し合うと、脱出の為に協力する事にした。
「この隙間から外へ出られる」
肩車をして1人づつ外へ出る。
「この子軽いな、栄養失調気味だ」
「大尉殿、レディの体重を言うのは失礼ですよ」
「そうなのか?」
正解を求めてアールへ顔を向けるが、アールは何も喋らなかった。
3人と1台が地下鉄の外へ出ると、履帯が地面を抉る音と共に、巡回していた戦車が街角から姿を見せる。
「一難去ってまた一難と言った所でしょうね」
「これが、西部戦線でティーガーに合ったときの気持ちなんだろうな」
「…………」
「Zzz」
「走れぇぇぇぇぇ!!!」
砲撃と機関弾が、飛び交い凄まじい光景を作り出す。
耐久年数を過ぎた砲と銃身では、正確な照準が難しいようで、何とか狙いが外れてくれることが救いだった。
「助かった奴ら照準規整をやってないみたいだ」
「この状況で助かったと言えるんですか!?」
砲弾がビルに直撃し、コンクリート片が落ちる。
「気をつけろ!当たったら死ぬぞ」
「あぁ、次生まれ変わったらジョン・マクレーンになりたい、そしたら死なずに済む」
アンドロイドの冗談に、ジャックは
「どのみち今と変わらない境遇になりそうだな!」
と、言った。
ジャックはスモークグレネードをあるだけ投げると、神に祈って走れと言う。
「では、我々の創造神であるアンディエンジン社に祈っておきます」
「よし、その意気だ、マドナだったかな?」
「はいそうです」
「その子を守ってやれよ」
「言われなくても」
背中に背負ったヒガナに目をやると、もう一度、固く結束を締めた。
砲弾が飛び、爆風を合図に兵士達は駆け出す。
「おい!狙って撃てよ!」
「分かってる!当たらねぇんだよ!」
路上に放棄された車とコンクリートの車止めを、活用して、上手く射線を切りながら進み行く一同。
その背後から、何もかも踏み潰して強引に進む、一台の戦車。
「起きてまだ半日も経ってないのに、この濃さは運が悪いと言う奴でしょうね!」
「俺だって今頃、コーヒーでも飲みながら、バイクを弄ってたんだぞ」
そんな愚痴を話していると、アールが振り向きざまに、機関銃手を撃ち抜く。
「今度はランがやられた!」
「畜生今日は散々だ!」
戦車に乗ったならず者達は怒り狂い、ヒガナ達を踏み潰そうと、速度をアップする。
「引き殺してやるぜ!」
マドナは、手榴弾のピンを抜くと、コンピューター制御された見事な投擲で、戦車の空いたハッチへ手榴弾を投げ入れる。
戦車の中で手榴弾が爆発し、乗員はズタボロになる。
砲手と車長が死に、武装が使えない状態に追い込んだ。
しかし、操縦手は手榴弾の影響を受けずに健在で、戦車は満身創痍ながらも、その名前に相応しいタフさを誇っていた。
「アメ車はタフだねぇ」
「そんなことより、操縦手を無力化しないと、何処までも脅威がやって来ますよ」
「それについては心配ない、もう直ぐ救援がくる」
すると、何処から途もなくロケット弾が飛ぶと、操縦手用の覗き窓に命中、撃破した。
「よくやったブラボーチーム!」
「何とか助かったな」
ジャックは、マドナの方へ目を向けるが、マドナはそこに居なかった。
「おい、アールここにいたアンドロイドは?」
「さっき向こうの方に」
「何で呼び止めなかった?」
「呼び止める理由がない、それよりもブラボーチームと合流しよう」
1時間後…ニックの遺体を回収し、この地域から離脱した。
「あっ起きましたか?」
ヒガナは、朝日の光を受けて目を覚ました。
「もう少し、寝ててもいいんですよ」
そう言うと、ハンヴィーのボンネットを閉めて、エンジンをかける。
ハンヴィーは力強い音と共に、その命とガソリンを燃やす。
「連中が整備しててくれたお陰で、意外と手間は掛かりませんでしたよ」
ヒガナは、目をぱちくりとさせながら、おぼつかない足で立ち上がる。
「書き換えは済んだの?」
「えぇ、滞りなく」
「さぁお嬢様、行き先は何処ですか?」
そんな冗談を言うアンドロイドに、車に乗り込むとヒガナは微笑みながら、「私の故郷まで」と呟く。