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亡者達

「馬は一頭10000ドルネオ」


「相場は5000じゃ……」


「嫌なら他当たんな」


がめつい店主は、そう言って悪い目をしてこちらを見ていた。


空母を降りたヒガナは、ある場所へ向かうために馬を調達しようとしていた。


OS軍の爆撃やそれに伴う治安悪化もあってか、国外へ脱出を図る人間が跡を絶たず、生活物資や移動手段は高騰していた。


そして、この情勢を稼ぎ時と見たのか、店主は全ての商品を相場の2倍で提示してきたのだ。


「だが他はもっと高いぞ、2倍でも良心的な方さ」


周りを見渡すと、あちこちで値段交渉が行われ、商人達は、都心の駐車場並みに強気な価格設定で交渉していた。


ヒガナはこれ以上の交渉は無駄だと思い、別の商人の所へ行った。


「店主、いいんですか?追い返して」


気弱そうな若者が、店主へ不安そうに尋ねた。


「どうせ客はくる!それにこれはチャンスだ。ここで稼げればこんな露店じゃなく、一等地に立派な店を構えれる」


「戦争だか何だか知らんがな、俺にはわかる。この国はまだ大丈夫だ!臆病な連中が騒いでるだけだ」


この男、崩壊前は3つの店を持ち、それなりに成功した部類の人間だった。


しかし、その無駄に高いプライドと野心的過ぎる性格も相まって、急速に店舗を増やした結果、見事に破産したのだ。


だが、丁度その頃経済崩壊が起き、破産したのは自分のせいではなく、社会のせいだと思い込んでいた。


「お前も俺の弟子になったんだから、そういう所を吸収しないと駄目なんだ。いいか俺の若い頃はなぁ」


調子に乗って武勇伝を語り出した店主に弟子は、また始まったと嫌な顔をして話を聴いている振りをした。


「つまりこれからは個の力で〜」


「ちょっと」


先ほどの娘が戻って来た。


「あ、なんだ?買う気になったか」


「いやぁ、お金はないからさ。別の物で払ってもいいかなぁ」


そう言ってヒガナはズボンをずらして、下着を見せた。


店主はにんまり笑うと、「それは今からの頑張り次第で考えてやるよ」と言って店をほったらかして、路地裏へヒガナを連れ込んだ。


「…………ケッ!何が個の力だ」


弟子は不服そうにしながらも、店番についた。


路地裏に入って行ったヒガナと店主はと言うと、咥えていた。


銃身を。


「おいおい、冗談だろ」


人目が付かない路地に入るなり、ヒガナは拳銃で店主を脅した。


「こ、こんなところで、う、撃てば、バレるぞ」


「へ、兵士が大勢くる」


「確かに」


ヒガナはサプレッサーを拳銃に取り付けると、店主の顔へ向けた。


「なぁ、俺が悪かった!だから殺さないでくれ!」


「こんな典型的な罠に引っ掛かるなんて、あんた商人失格だよ。吹っ掛ける相手を間違えたな」


「やめてくれよ……」


「それじゃあ、跪け」


崩れるように膝を付くと、何でもしますとお決まりの言葉を口にする。


「しゃぶれよ」


手に火薬の匂いを染み込ませたヒガナは、再び店に戻り、弟子に相場で売るよう頼んだ。


「あれ、もう終わったの?」


「早かったからね、あれじゃあ命乞いをする時も早いに違いない」


薄ら笑いを浮かべるヒガナに、底知れぬ恐ろしさを感じた弟子だが、それでも値段は譲らなかった。


「駄目だよ、アレに怒られちまう」


「律儀だねぇ、何か弱みでも握られてんの?」


「別に、どうせ他に行くとこないし、俺みたいな奴にはお似合いの仕事だろ」


おやおや、可哀想な子ではありませんか。


あんまりにも周りと世界が、現実を見せるものだから、ひねくれたガキになっているではありませんか。


きっとこの子は将来の夢に、サラリーマンと書くタイプの子でしょう。


ヒガナは、人生の転機をプレゼントすることにしました。


「これあげる」


そう言って、金庫の鍵を投げた。


「これアレの鍵じゃないか、盗んだのか?」


「いや、必要なくなったんだよ」


弟子は鍵を持つ自分の手のひらが、赤くなっていることに気付いた瞬間、全身から変な汗が出た。


笑みを浮かべるこの少女が、何をしたかを察したのだ。


「馬を買おうかな、5000でいい?」


「あ、いや、タダでいいよ」


「え、本当に?」


「いやぁ、悪いよ」


「いや、いいんだ。ほら、プレゼント貰ったし」


指紋が赤く浮き出た鍵を、カタカタ揺らして持つ弟子の姿を見ると、よっぽどプレゼントが気に入ったようだ。


「ありがとうね」


馬をタダで貰ったので、ヒガナは上機嫌で店を後にした。


「はぁ……………………どうしよ」


途方にくれた彼は、鍵を見詰めた。


「家にかえるか」


この時彼は思いもしなかっただろう。


数十年後、物流の神として大陸全土に名を轟かせるようになると。




アルファ部隊にて


「***********」


ノイズ音と共に、クーガー装甲車が攻撃を仕掛ける。


「AT4発射!」


瓦礫に隠れて待ち伏せをしていた隊員と共に、AT4ランチャーを発射する。


側面に着弾し、BP汚染されたクーガーは動かなくなった。


「猛獣狩りだな、毛皮を剥ぎ取れないのが残念だ」


「あら、クーガーはワシントン条約に記載されてませんでした?」


「それなら俺達密猟者だ」


などと冗談を言っていると、雨が降りだしてきた。


今後を長い距離を歩くことになる以上、体力は温存すべきと判断し、近くのスポーツ会場で雨宿りをすることにした。


「えらく堅いな」


建物のドアはやけに重く、1人では到底開けられそうになかった。


「爆薬を使うか?」


「それは勿体無い、バールでやろう」


バールをドアの隙間へ差し込み、力の限り引くがびくともしない。


見かねた他の隊員が手を貸し、何とか抉じ開けようと男5人が束になってかかる。


「頑張れ!」「あと少しだ!」「あのぉ……」


「押せ!」「やってるよ!」「もう一息だ!」


「「「「「うぉぉぉぉ!」」」」」


その横からマドナがドアノブに手を掛け、ドアを引っこ抜いた。


「なんかごめんなさい」


建物へ侵入したアルファ隊は、安全を確保するために一部屋づつ見て回り、やっと腰を下ろした。


「ここはなんの施設なんだ?」


マイクの質問にエーカーが面倒そうに答える。


「あー闘技場だな、みりゃわかるだろ」


VIP席からリングを見渡すと、黒くなった血痕や錆びだらけの刃物が転がっている。


どうやら、少し前は暴力を娯楽として提供していたようで、猛獣用の檻や高く積まれた瓦礫のバリケードを見て、何をやっていたかは想像がついた。


「いや、崩壊前の話さ」


「知らねぇ、ボールでも転がしてたんだろ。もう眠るから話かけんな」


数分間の沈黙の後、今度はマドナへ話を振ってきた。


「君は眠ったりするのかい?」


「最高で504時間稼働出来ます」


マドナの素っ気なさショボくれた隊員は、ふて寝した。


アールはポットにお茶を淹れ、干し肉を茶菓子の代わりにして食った。


「…………」


アールとマドナは暫く見詰め合った。


渋い顔をするアールは、茶を飲むのをやめて武器を取った。


マドナも武器を取り、薬室へ弾を送り込んだ。


「起きろエーカー」


「あ゛なんだ?」


「何かがドアの前を通った」


視界の端に、人影が確かに写った。


何かいる。


「足音もしなかったぞ」


部屋の外を覗き込み、確認してみるが何もいない。


「私とマドナ調べる、ここで見張れ」


「わかったよアール、お前の感覚を信じる」


マドナとアールは、人影が向かった方向へ進んだ。


フラッシュライトでゴミ箱、売店の厨房などを見て回るが、やはり異常はない。


だがアールとマドナは確かに人影を見ていた。


「おねぇちゃん」


マドナは声に反応して物凄い速度で振り向く。


が、そこには何もいない。


「どうした?」


「今声が……」


「聞こえなかったぞ」


そろそろ聴覚センサーにガタがきてるのかと思い、目の前に目ん玉がない奴が天井からぶら下がっていた。


「あっ」


咄嗟に銃剣でそいつの鼻目掛け串刺しにした。


「!アラカケルヒキアラバ!」


まだ死んでいない。


引き金を引くと、頭が破裂するように吹き飛び能無しになった。


「一体何なんだこいつ!」


「こいつ一体だけか?」


その背後から、ヒタペタヒタペタ足音が聞こえてくる。


背筋が凍るとはこのことだろう。


足が短くて腕が長い目玉のない生き物が、直立不動でこちらを見ていた。


目玉がないくせに、こちらを見ているのだ。


おびただしい数の貼り付けたような笑み達は、口をずっと開いているせいなのか、テラテラ光る涎を垂らしてこちらを見る。


恐怖し、身動き取れずにいると、先ほど頭をぶっ飛ばした個体が立ち上がる。


頭が吹き飛んで、2頭身から1身になっているこいつの何処が、立ち上がれと命令していると言うのだろうか。


「」


何も喋らない、いや、喋ろうにも頭がないのだ。


アールは手榴弾のピンを抜いた。


「!アラカケルヒキアラバ!」


集団へ向かって投げつけ、爆発するまで伏せた。


「走れ!」


逃げるマドナ達を追いかける笑み達は、太い足と長い腕を使って振り子のように進む。


マドナがライフルで笑み達を撃つと、ボウリングのピンみたく転がった。


「!アマカケルヒキアラバ!」


妙な言葉を口走ると、更に数が増えた。


アールはM110セミオートライフルを腰だめで、ばら蒔く。


しかし、笑み達の突撃を止めることが出来ない。


「火力が足りない」


気分はホラー映画の脇役、このままだと壁際に追い詰められて圧殺されるに違いない。


「HE弾装填距離150m」


「ファイア」


M32グレネードランチャーから発射された40mm榴弾は、笑み達を破片でズタボロにした。


「ジャック!」


「遅れてすまない、それで……奴ら何者だ」


「知らないわよ、気味の悪い幽霊みたいな連中ってことぐらいしかわからな」


「!アラカケルヒキアラバ!」


起き上がってきた笑みを、撃ち抜き更に2,3発撃ち込んだ。


「マイクとエーカーは!?」


「VIP室にいる!」


「急ぐぞ!」



VIP室にて


部屋の前にバリケードを作り、抵抗を続ける彼らは、風前の灯火状態だった。


「畜生いくら撃っても死なねぇ!」


笑み達の襲撃を、拳銃で食い止めるのは無理があった。


「マイク!さっさと爆薬を仕掛けろ!」


「今やってる!」


「!アマカケルヒキアラバ!」


「うるせぇ!!!」


爆薬を床に仕掛け、脱出路を作ろうという即席の計画だったが、それに賭けるしかなかった。


重厚な厚い木の机が、ミシミシ音を立てている。


「バリケードが破られそうだ!早くしろ!」


「もう終わる!」


マイクが爆薬を設置したその時だった。


天井が抜けたと思うと、降ってきた笑みに飛び付かれ、マイクは目を押し潰された。


エーカーは大型ナイフで笑みを串刺しすると、途方に暮れた。


悶え苦しむマイクと壁に貼り付けされた笑み、今にも破られそうなバリケード、最早やることは一つだった。


ありったけの爆薬を練り回し、急いで信管を取り付ける。


「クソッタレ」


窓際に立ち、爆薬を起爆した。


爆風でエーカーは投げ出され、VIP室から観覧席に落ちた。


ジャック達に発見されたのは、5分経ってからだった。


「立てない、背骨が折れてる」


受け身を取れなかったエーカーは、背中を殴打したため脊髄を損傷した。


「まさかあれで助かるとはな」


「どうする、救助ヘリを呼ぶか?」


「馬鹿言うな、ここは敵地だぞ」


「じゃあどうする!エーカーを引き摺っては行けないぞ」


ジャックは少し考えると、俺とアールそれからマドナだけで行くと答えた。


「エーカーはお前達が運べ、3人だけでも目的は果たせる」


「…………了解」


残りのアルファ隊の隊員は、エーカーを運んで来た道を引き返すことにした。


エーカーはマイクのドックタグを握り締めて、担架に運ばれて行く。


ジャック達は、当初の予定通り原子力発電所へ向かうことになった。


崩壊後から手付かずの原発は、ECRの電力供給原になる可能性があった。


その可能性を少しでも潰す為に、放射線が漏れない範囲で破壊工作を行うことが今回の任務だった。


「では隊長、幸運を」


敬礼の後、アルファ隊は3名になった。


「このメンバーは久しぶりだな」


「戦車に追い回された時以来ですね」


「…………」


ジャック、アール、マドナの2人と1体は、再び歩き出した。


「それにしても、さっきのアレは何だったんでしょうか?」


「さぁ、知りたくもないね」






4874年にて


「ご覧ください、この人間は足を切断され目をくりぬかれています」


スクリーンに映し出された文字と共に、想像図のイラストが表示される。


多くの者が、ホラー映画に出てくる化け物を連想した。


「えぇ、皆さん言いたいことは分かります。これは人間なのか?そう言いたいのでしょう」


「悲しいことにこれは人間です。これが発掘された場所は、何かの闘技場だったと推測されています」


「敗者は罰として薬物を投与され、足を切り詰められて目をくりぬかれるのでしょう」


「文明崩壊期によくみられる非人道的行為の1つです」


「足を切断されて太ももだけになるので、知らない人からすれば、足が太くて腕が長い生物に見えるでしょうね」


「そして、この人間の大多数は自然死ではなく、銃による外傷で死亡しています」


「見せしめにした後に殺されたのか?」


「それとも、囮として戦場の先人を切らされていたのか?」


「はたまた、闘技場の醜い戦士として戦わされていたのか?」


「更に詳しい調査が必要です。以上で崩文遺跡の調査報告を終わります」

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