戦争は続くよ何処までも
監視偵察大隊ナイトメア セーフハウスにて
ナイトメアの部隊員達は、薄暗い照明の地下室で、諜報活動の報告を行っていた。
「つまりECRの狙いは、資源地帯の確保とそれによる我々の弱体化か」
「はい、恐らく連中の目的はそれかと」
「厄介だ、ロネッサ基地まで攻撃範囲に入ってる」
ロネッサには、OS軍がアメリカ全土から回収された核兵器が保管されていた。
もしOS軍がロネッサを失えば、ECRは核を保有することになる。
約1000発の核弾頭を、現在の輸送力で運び出すことは不可能であった。
「我々が核を使用しないと判断したな、核抑止力は過去の産物か……」
OS軍の目標は、過去のアメリカを取り戻すことであり、復興こそが最大の目標なのだ。
そのために、大量の資源と軍事力が必要だったのだ。
そして今、それらが仇となっている。
「舐められたものですね、我々が核を使わないと、何故そこまでの自信があるのでしょう?」
「我々だって人間です。追い詰められれば何でもしますよ」
確かに、マローダ14の言っていることにも一理あった。
例えば、人口密集地を避けて、不毛の砂漠に落とせば環境への影響もそれほどない筈だ。
追い詰められた人間が、何をするかは歴史が証明している。
「追い詰める気が無いんだ」
「どういうことです?」
「連中は、我々が失っても耐えることが出来る、ギリギリのラインを攻めているんだ」
「我々も一枚岩ではない、もし上が日和れば我々は負ける。その前にこの戦争に勝てるということを、上に理解させる状況が必要だ」
大量の武器弾薬が隠れ家に運ばれ、陽動と動乱の準備が整っていた。
「奴らに覚めない悪夢を見せてやれ」
病院にて
ヒガナへの見舞いに行く途中のマドナは、兵士達の話し声で、戦争が起きていることを知った。
インターネットも報道機関も機能していない今、人々にとって情報は、不確かで限定的なものとなった。
人から人へと改変されて伝わる不確かな噂話や、物好きな奴が、昔の回線を拝借してやっている海賊放送が、その不確かで限定的な例だ。
マドナはヒガナに故郷へ行くことが難しくなった事実を知らせようと、病院へ向かった。
いつも通り、無愛想な看護師に面会だと伝え、銃弾と爆発の後が残る廊下を進み、警備の兵士が守る病室へ入った。
「大人しくしてますか?」
「病室に入るなりそんなこと聞くの?」
「ヒガナは勝手に抜け出しそうですからね」
「信用ないなぁ……」
果物の入った籠を置き、何か変わったことはあったか?傷の具合は?とあれこれ質問する。
「心配ないよ、ほら」
そう言って、上着を捲り腹を見せた。
白い肌に、赤みがかった傷が残ってはいるが、もう激しい運動をしても大丈夫なくらい回復していた。
他に傷が残っていないかと、あちこち見たり触ったりしていると、ヒガナはお腹を隠した。
「どうしたんですか?」
「恥ずかしいからもうおしまい」
少し照れた表情をするヒガナに、マドナはまだ何処かに傷を隠してるのではないかと疑い、見せて下さいと言う。
「別に何もないから、いいの!」
「何か隠してません?」
そう押し問答していると、マドナに備わっているアドバイスシステムが、(察しろ)と通達してきた。
人間とのコミュニケーションは、今でも時々わからないことが多いなと、思いつつ本題へ入る。
「東の方で戦争が起きたみたいです。かなり激しいみたいですよ」
「知ってる」
マドナは拍子抜けした。
このことを知って、落ち込むと思っていたからだ。
太平洋を渡るには、BPを排除出来るOS軍の力が必要で、戦争が起こるということは、BP制御装置を探す人員も減って故郷への道が遠退くと言うのに。
落ち込むとどころか、涼しい顔して座っていたのだ。
一瞬、ヒガナの手に血が滴り落ちたような気がした。
「東海岸を叩く」
「は?」
「私は、一度も見たことのない故郷を目指す」
唐突にそんなことを言い出すと、ベッドから起き上がり、どこかへ行こうとする。
「まってヒガナ!まだ足が……!?」
ついこの間まであんなに腫れていた足は、焼きたてのパンのように白く、すべすべとしていた。
「いったいこれは?」
よたよた歩くヒガナを追って、マドナは病院を出た。
保管していた装備を整備し、雑貨屋で古着と食料を物々交換で手に入れると、OS軍基地へ向かった。
ウォーレンの名前を出すと、警備は戸惑いながらもヒガナ達を通した。
物資輸送用の貨物列車に便乗し、東へと動した。
前線の数キロ後方離れた補給所へ到着すると、またOS軍兵士へウォーレンの名前を出して、無理やり車を出させ、ロネッサ空軍基地へ向かった。
ロネッサ空軍基地にて
「敵勢力の規模は!?」
「機甲と機械化を含む、約8個師団を確認」
「敵のM5A2戦車が回り込んで来てる。対戦車チームに対応させろ!」
「滑走路を守れ!ここが占領されたら我々の負けだ!」
「総力戦だぞ!ありったけの予備戦力を投入しろ!」
OS軍は、決戦を前に全ての戦力を投入し、押さえ込もうとしている。
司令部では将校が命令を出し、兵士が怒鳴り合いながらあちこちを駆け回っていた。
そんな中でも、二十歳にも満たない子供と美人が、大手を振って渡り歩いていたら嫌でも目に留まった。
「お久しぶりです、ウォーレン将軍」
ウォーレンは手を止め、ゆっくりと振り向いた。
「君は父親とそっくりだな、何を企んでいる?」
鋭い眼光で世界を睨むヒガナは、この状況の打開策を提案する。
明らかに無謀であるが、何か絶対の自信を持って。
「敵の司令部へ攻め込むだと!」
そのとんちんかんな作戦に、誰もが失笑した。
「お嬢ちゃん、口で言うのは簡単だが実際にやるのは難しいとわかるだろ。第一敵司令部の場所さえ分から」
「分かる」
机に置かれた地図を引っ張りだし、赤い十字を書いた。
ヒガナが指したのは、建物も何もない森の中だった。
「ここから微弱な電波が出てる。敵の司令部だ」
「馬鹿を言うな、そんな情報だけで貴重なミサイルを撃ち込めと言うのか?」
将校の1人が至極当然の事を言い、他の人間もそれに同意見だった。
「私が弾頭になる」
この子は気でも狂ったのかと思い、ウォーレンは一緒について来たマドナへ視線を向けた。
付き添いのマドナも、将校達と同じ顔をしていたことから、正気ではないと悟った。
「ヒガナ少し休みましょ」
そう言って、ヒガナを退出させようとした時だった。
突然将校の拳銃を奪い、中の銃弾を抜いて一発だけ残した。
「早く決めて」
ロシアンルーレットが始まり、躊躇いもなく引き金を引いた。
「おおぉう!」
ヒガナの命知らずな行動にどよめいたり、止めさせようと銃を置くよう促したり、見てられないと顔を背ける者もいた。
「さぁ早く!こいつを死なせたくなければ早く!」
続けて2回引き金を引き、空撃ちの音が響く。
さっきまで荒れた海のように動いていた司令部は、静まりかえっている。
4回目の引き金を引いた瞬間、大きな音と共に拳銃が上へずれた。
マドナが銃身をずらしたのだ。
頭から血が流れ、銃弾が壁に穴を開けた。
マドナはベレッタ拳銃を抜き、ヒガナへ向ける。
「貴方は誰なの?」
「死人さ」
そう言うと、ヒガナ?は自己紹介を始める。
「私は共和党のタカ派の議員だった男だ。この娘の血が足りなくなって私を輸血したのが、裏目に出たな」
マドナは数ヵ月前のロサンゼルスの際に、ヒガナへBPの血を輸血した事を思い出した。
「私は米国を復興させなければならない。そのためには、故郷に帰りたい哀れな娘でも使わなければならない」
「それが政治家のすることか!」
マドナの問いに、ソイツは高笑いした。
「真の政治家足るもの、悪魔に魂を売ってでも国に尽くすものだ!」
まずい、コイツ典型的な狂信的愛国主義者だ。
「あんな連中に、みすみすこの国を渡してたまるか。我々の国を崩壊させた連中の国だ!奴らの国も崩壊させてやる」
BPと初めての会話が、まさかこんな形で実現するとは誰が想像しただろう。
ウォーレンは慎重に、言葉を選んで質問する。
「質問させてくれ、君達の目的は何なんだ?何故攻撃してくる?」
その問いに、ソイツはこう言った。
「我々忘れたからだ」
放物線より
「第19砲兵旅団へ、射撃を開始せよ」
155mm榴弾砲が一斉に射撃を開始し、リズミカルな音楽を奏でる。
続けてMLRSがロケット弾を発射し、放物線を描きながら侵攻部隊を叩く。
そしてその少し後ろで、二次大戦時にドイツ軍が使用したV1ロケットのような物が、展開していた。
「打ち上げ開始だ」
ヒガナが搭乗した物は、低高度強襲開傘装置「LAUS」である。
人員を載せ、巡航ミサイルのように地形に沿って飛び、敵地後方へ侵入すると、人員を射出してパラシュート降下するというものだ。
「元々北朝鮮に使う為に、秘密裏に米韓合同で造られた物が、こんな形で日の目を見ることになるとはな」
点火したロケットは、カタパルトに沿って打ち上げられた。
ブースターを切り離し、滑空状態に入ると、機体に取り付けられた小型ロケットが、バンパカ音を立てて起動修正を始めた。
急激な加速で、Gを掛けられ押し潰されそうな気分になる。
MLRSから放たれたロケットに紛れ、急速に敵後方へ向かう。
「射出カウントダウン開始3……2……1……」
機体の外へ打ち上げられたヒガナは、満天の星空を見て、いつ見ても綺麗だと思った直後、パラシュートが開き宙ぶらりんになった。
地面へ足がキスする間、ヒガナはついさっき、BPに乗っ取られた自分が言っていた事を、思い出していた。
「行くのはこの娘1人だけだ」
「はぁ!?馬鹿じゃないの!」
マドナが恐ろしい形相で睨み付けたが、怒った顔も美しいと、乗っ取られて動かない体で思った。
「我々はこの娘に試練を与えた。我々は目的の為に手段を選ばない人間を求めている。戦え戦争の被害者達よ」
乗ってきた機体は、機密保持のためにテルミットが機体内部で発動し、機体はドロドロに溶けた。
AA12にsalvo12サプレッサーを取り付けると、スラッグ弾を装填し、森の奥へ進む。
「こっちだ」「本当に見たのか?」
「空に人が浮いてた。敵の空挺かもしれん」
歩哨に見付かっていたらしく、警戒しながらやってきた。
「エンジン音すら聴こえなかったぞ。野戦防空隊に連絡はとったか?」
ライトで草木を照らし、注意深く探すが怪しい物は見当たらない。
「やっぱり見間違いかもな」
兵士が背後を見た直後、ヘルメットに特大の穴が空き、ピンク色の脳が飛び出す。
「気分悪いね。善良な敵を殺すってのは」
暗闇を暗視装置が切り開き、緑の視界が広が眼を照らす。
立体感がなくなる為、少々歩くのに苦労はするが、無いよりずっと良かった。
「たりほー目標発見」
樹木に偽装したアンテナが、天高く伸びているのが見えたのだ。
第4軍団司令部にて
「89師団が壊滅した。冷戦の遺物共め!」
OS軍は、F15とA10の航空機を駆使し、機甲師団を壊滅させた。
世界最強の陸戦兵力を保有する、ワルシャワ条約機構軍に対抗するために造られた航空機は、伊達ではない。
F15が敵機を叩き落とし、A10の30mmが戦車を紙グズのように蹴散らす。
「埒が明かんな、ICBMを撃ち込め」
「宜しいのですか?敵施設を確保しろと命令されていますが……」
渋る通信手に、司令官は苛立ちながら、いいから撃てと急かした。
「もし失敗すれば、私を推薦した、長官の任命責任が問われるのだぞ。さっさと第444砲兵連隊に連絡しろ」
通信衛星が無いため、従来に比べ情報伝達速度はかなり落ちていた。
そのため命令を出す時は、航空機を経由するか基地局を置かなければならず、不便だった。
「本国から増援が来るまで圧力をかけろ、砲火を絶やすな」
長官へ直接連絡を取り、議会の戦争への動向を知ろうと、電話をとった矢先の事だった。
ボン!と大きな音で鼓膜が破れる。
集まっていた指揮官が、体に無数の穴を開けられ次々に倒れる。
約1分間の間、姿の見えない敵に攻撃され続ける。
無数の生命が消え失せ、皆平等に等しく死んだ。
どれだけ武器を持っていようと、どれだけ偉くても、これだけは変わらなかった。
やがて光学迷彩のバッテリーが切れて、ヒガナの姿が晒される。
バタバタと足音が近付き、大量の兵士が騒ぎを嗅ぎ付け迫りくる。
「これから起こることも試練?」
目の前に姿を見せるソイツは、「頑張れ」と一言言って壁の中へ消えて行った。
「痛いのはやだなぁ」
治った傷が、また開いて腫れることを予感し、せめて骨が折れるのは勘弁して欲しいと願った。
「うぐっ!」
後頭部を殴られ、地面に突っ伏した。
「トレバー大佐!こいつが指揮官達を!」
少し年老いた男は、ヒガナの顔を見ると鼻で笑った。
「こんな小娘に、我が軍の指揮を破壊されたのか」
「人生、何が起きるか分からんな」
散弾が腹に命中して、虫の息だった司令官に止めを刺すと、連れて行けと命令する。
「色々聴かせて貰おうじゃないか」
捕虜となったヒガナは、トラックに載せられてECR軍基地へと向かった。




