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血なまぐさ戦線

灰色だ。


灰色としか言い様がない。



ロサンゼルスにて


冬は全てが眠る季節であり、全てが死ぬ季節でもある。


ここは全てが死んでいた。


無人の都市を偵察するヒガナは、その静けさと陰鬱さに驚いた。


「今日は敵の巡回ルートを記録する、見つかるなよ」


「装置を探すんじゃないの?」


「そうしたいのは山々なんだが、運ばれただろう基地が敵の本拠地だったらどうする?」


ジャックは海の方へ視線を向けると、ロングビーチ海軍造船所を指差した。


「あんな場所に!?」


周辺には、奇怪な器械達がわんさか蠢いている。


ヘリが羽虫のように飛び、戦車が蟻のように群がり、艦は煤汚れた炭鉱夫のように真っ黒だ。


2機の戦闘機が、爆音を上げながら頭上を通過する。


その爆音は「あ゛ー」という人の声が入り雑じった不気味な声だった。


苦情の電話が出ても、文句を言えないレベルの気持ち悪い音だ。


戦闘機は、まるで何かに悶え苦しむような音を出しながら、海軍基地の方へ飛び去って行った。


「あれを攻略するには大規模な部隊が必要だ」


「そのための偵察?」


「その通り、もう行こうBPに見付かる」


ヒガナ達は氷の張った川を越え、監視場所へと移動する。


アパートの小部屋へ陣を構えると、10cmの小さな穴から敵の巡回ルートを記録した。


ノートへ巡回時刻や装備の特徴を記録する。


手袋をしても指先が凍え、室内でも顔へ冷気が突き刺す。


「エイブラムスが1両、パトロールではなさそう」


「記録した、あ〜耳たぶが冷たい」


もじもじと体を動かすヒガナを見て、マドナは何かを察した。


「漏らしそうですか?」


「え?いやぁ別に」


マドナから顔を反らし、うわずった声で強がる。


「良いんですよ、ここは私が見ておきますから、それにこの天気では……」


老朽化して今にも割れそうな窓ガラスの外には、数メートル先も見えないくらいのブリザードが吹いていた。


「お手洗いは廊下の突き当たりですよ」


「はーい」


まるで家族だな、とジャックがからかってきた。


「家族ねぇ」


マドナはやることが無くなってしまったので、トマホークを使い木彫りを始めた。


「あんたそんなの持ってたか?」


「殺り合ってたらナイフが壊れちゃってね、相手のと交換」


「どこ製?」


「多分コルト」


トマホークを使い削って磨き、削って磨くを繰り返す。


何故こんな物を作ってるかと言うと、ヒガナへのプレゼントにするからだ。


何十年か前に、武器取引で検挙したロシア人がマトリョーシカの中に手榴弾を入れていたのがメモリーに残っていた。


その時の映像を頼りに少々不恰好ながらも、中々良い出来のマトリョーシカが出来た。


マトリョーシカを眺めていると、ヒガナの足音が聴こえたので慌てて隠した。


クリスマスの日にサプライズでプレゼントする予定なので、それまで隠しておくことにしたのだ。


「マドナ、レーガン大統領とカクエイ首相どっちが好きです?」


「カクエイって誰?」


「日本の首相だった人です、それで?どっちがいいですか」


「レーガンでいいよ。そんな事聞いてどうするの?」


「肖像画を書こうと思いましてね」


絵の具の代わりになるものを探さないと。


そう思いながら初日は終了した。



次の日……


マドナが朝食の準備をしていると、寝袋から出てきたヒガナが歯をガチガチと震わせる音が聴こえて来た。


「おはようございます、コーヒー要りますか?」


「も、も"ら"う"」


舌を火傷しながらコーヒーを飲むと、ほんのりブランデーの味がした。


外は相変わらず雪が降っているが、昨日よりはマシだった。


「寒過ぎ!筋肉が凍りそうだよ」


そんな時、冷気が太ももを撫でる。


誰かが窓かドアを開けたのだ。


冷たい空気の流れと共に、外から何人かの隊員が戻ってきた。


「あ゛あ゛クソ!ここも寒いな!タマが縮んじまった」


ブラボー隊のジミーが戻ってきたようで、彼らも寒さに震えていた。


「ジミー寒そうだな」


「こんなことなら砂漠の方がまだマシだった。地図を出してくれ!わかったことがある」


ジミーの話によると、フリーウェイの近くにあるはずのない巨大な建築物があり、まるで船のようだったと話した。


「調査が必要だ、誰が行く?」


ジャックが後ろを振り返ると、アール、ヒガナとマドナの三名が目に止まった。


「あまり乗り気では無いんだがな」



吹雪にて……


吹雪が吹き荒れ、死神さえも寄り付かせない強風が雪と共に踊る。


先ほどまで落ち着いていた雪が、急に降り始めたのだ。


あまりの激しさに、自分がここにいる事を忘れて傍観者になりそうだった。


「あくまで偵察が任務、小火器で奴らの装甲は貫けない」


「釈迦に説法だとは思うが、ランボー2の真似事だけはしないでくれよ」


アールはそう言うと、崩れたフリーウェイを登った。


「……何だが不自然な崩れ方をしてますね」


マドナの言う通り、立体交差構造のフリーウェイは、何かに蹴り飛ばされたように崩れていた。


「クーデター軍のミサイルでも当たったんじゃない?主要都市は内乱でめちゃくちゃになったらしいし」


「まぁ確かに軍から離反した連中が、無差別攻撃をやっていましたが………」


「気になる?」


「えぇとても、でも急ぎましょうバッテリーが凍えそうです」


上から垂らされたロープを使って、傾斜70°のアスファルトを登る。


無口なアールは何も言わずに手を差し出し、ヒガナを引き上げる。


「ふぅ、疲れたC4って結構重いんだね」


障害物破壊用に用意した爆薬が、思いの外足を引っ張っていた。


フリーウェイは十数年たった今でも耐久性に問題はないようで、柱に支えられて空中にそびえ立つ道路は、ハリウッド映画で見た通りだった。


「こういう造りの道路ダイ・ハード4.0で観たことある!」


「ロケ地はロサンゼルスでしたっけ?こんな雪景色でもなければ最高でしたのに」


「確かに、これじゃあ2の方だよ」


映画の話をしながらペタペタ歩いていると、バスとバラック小屋の居住地が姿を表した。


随分前に放棄されたらしく、住みかはすっかり風化していた。


「行き来が面倒な場所に建てたなぁ」


ヒガナの言った通り、屋根もなく来るまでに不便で生活しづらいだろう。


何故こんな場所に?その疑問にアールが答えた。


「狩りの拠点だ、道路だから人が通る 高所だから良く見える だから狩り場になった」


「狩り場ねぇ、着の身着のまま逃げ出した人間襲って徳になるとは思えないけど」


「あの頃はチョコレート1つを巡って殺し合いが起きましたからね、今は落ち着いた方ですよ」


食えない人間は争う力もなく野垂れ死にますから、そう言ってマドナはアハハと笑った。


その後は特に話すことも無く目的地へ前進を続けていたが、度々通るBPに侵食された航空機の目から逃れる為に、降り積もった雪にダイブする羽目になった。


「ペッペッ口の中に雪が入った゛こんなことあと何回するの?」


「大丈夫ですよ、もう着きましたから」


見上げれば、不気味な建造物が道路のど真ん中に立っていた。


建造物は無機物としての凹凸を残しつつ、女性のくびれの様な美しさを秘めていた。


「全長は大体300mってとこですかね」


「ラスボスとか住んでそう」


「感想は後だ。カメラで撮ってくれ」


それぞれ決められた役割ごとに目標を調べて行く。


全体図を写真に撮ったり、レーザーで正確な高さを計測する。


「目標に近付きますか?」


「いや、危険だ。今日は眺めるだけにする」


不気味な建物相手にあれこれするのは、ヌード撮影でもやっている気分だ。


ただ撮るだけでは面白味がないので、少し凝った物を一枚と思い、ヒガナはその場にしゃがみ下から見上げる構図で写真を撮ろうとした。


レンズにはこちらに向かって来る何かが写っていた。


「逃げろ!!!!!」


コンクリートと鉄のぶつかる音が響き、3人は吹き飛ばされた。


「何なんだ!?」


建造物はゆっくりとドレスから足を出すように脚部を露出させ、2本の足で巨体を動かした。


「馬鹿な!こんな光景が現実にあるのか!?」


「どうでもいい走って!」


来た道を全速力で駆け、2本の脚と巨体でコンクリートを削り蹴り飛ばした。


地震何て比べ物にならないほど、大きな音と振動で踏み潰そうとして来る。


いや、ただ歩いているだけで、我々など眼中にすら無いのかもしれない。


「あれは船だ!艦が歩いているぞ!」


建造物だと思っていたものの正体は、海上を航行する筈の船だった。


船が幾つもの艦と重なって動いているのだ。


縦になったタンカー船の船尾へ2隻の駆逐艦が突き刺さり、歩いているのだ。


駆逐艦の潰れたスクリューが乗用車をプレスし、タンカーの船体が道路を破砕して破片を降らせる。


幸い一歩一歩が大股で鈍重なため、追い付かれる前に何とか離れることが出来た。


「破片に気をつけて!このまま走れば追い付かれなっ」


曇り空から溢れていた太陽の光が消え、黒い影がヒガナ達を覆った。


船体が歩くことを止めて倒れ込んだ。


だから影が作られた。


それだけだと言うのに、この絶望は何だというのだ。


衝撃波、2000ポンド爆弾が爆発したような衝撃が心臓を揺らし、脳を震わせた。



なんと生命に溢れた人間だろう


目的の為に生きる者ほど死んでしまうと言うのに


彼女を死の揺りかごへ案内して差し上げろ



「前にもこんなことがあったな」


「その時はどうなったんです?」


「1人潰れた」


「では幸運ですね、そうでしょヒガナ」


「……………」


うつ伏せになって石にしがみつくヒガナへ言う。


「どうしました?凄すぎて喋れないんですか?」


冷や汗をかくヒガナは、足と一言だけ口にする。


「足?」


「ワイヤーか何かが絡まったと思う。多分引き上げられる」


これから起こることに身震いし、少しずつ上がる自分の体に怯え「ひっ!」と声が出た。


船が立ち上がり、ヒガナは船についていたクレーンのワイヤーに引き上げられてゆく。


ヒガナの手を掴もうと手を差し伸ばすが届くことは無く、高層の世界へと巻き上げられて行った。


世界が逆さまに下り、上下が分からなくなる。


船が歩き始めた。


宙ぶらりんになっていたヒガナは、振り子のように左右へ回され船に叩きつけられて気を失った。


次に目を覚ました時には、朦朧とした脳が生きると言う本能を敵を倒すという目標に変化させた。


「こいつを倒さなければ!」


AA12に榴弾を装填してクレーンの基礎部分を撃ち抜く。


艦橋にワイヤーごと落ちたヒガナは、目の前の光景に立ちくらみしそうだった。


ビルが隣にあるし、突風が自分を吹き飛ばして下へ落ちそうになっている。


「よおし、やってやる!」


ダメ元で隣のビルへ飛び移る準備に取り掛かり、これまでで最大の危機を乗り越えようとする。


船の化け物が段々傾き出して、何かが吹き出した。


「これもしかして……」


思い立ったが吉とばかりに手持ちの爆薬を全て取り出すと、爆薬をこねて船体へくっつけた。


金属が悲鳴を上げて、ヒガナも悲鳴を上げた。


「くたばれ化け物め!」


死を覚悟した攻撃は、文字通り決死の攻撃だった。


眩い光と共に、背後で巨大な爆発が起きた。


タンカーの積載物はプロパンとナフサであり、この量が爆発すればただでは済まないだろう。


それでも、生きることを諦めなかった。






死の淵にて


「ゴ゛あ゛ぁぁあ?」


爆発は自分の身に何が起こったかを忘れさせ、混乱させた。


四肢は動く術を忘れ、心臓へ向かう筈の血液はアスファルトに流れ出る。


「はらわたが見えかかってる!輸血しないと死ぬぞ!」


「わかってます!」


「血が無い!何処にも血がない!」


血が止まらない。


マドナが出血を抑える為の処置を始めた。


鉤爪の様な道具、ベルトカッターで衣服を断裁し、止血帯を傷口の根元へ装着する。


ここからは時間との勝負だ。


止血帯は血を止めてしまうので、長時間装着していると細胞が壊死してしまい切断の必要があるので、悪魔の器具と揶揄された。


そのため、最初に止血帯で血を止めて別の止血方法で出血を止めなければならない。


マドナは圧迫止血法を選択し、ガーゼを傷口の中へ押し込んだ。


外から圧迫するのではなく、傷口へ直接ガーゼが触れるように押し込むのが圧迫止血だ。


傷口がガーゼで盛り上がると、別の箇所へ取り掛かる。


赤ん坊の泣き声よりもうるさい声で、ヒガナは痛みに耐えた。


「………………………もうこれしか……ない!」


マドナは船の残骸から流れ出る血を舐め出した。


「何をやっている!?お前はアンドロイドだろ感染するぞ」


「BPの血は人間の血液で出来ている。ならヒガナの血液に使える物がある筈だ!」


マドナは自らが侵食する危険性を顧みずに、獣のように血を啜り、ヒガナの輸血に最適な物を見付けた。


「マドナ!別の作戦で使ってたC17を一機回してくれるそうだ。輸血が終わり次第運ぶぞ」


無線機を持っていたアールが叫び、落とさないよう早く落ち着いてマドナを運ぶ。


医療体制が整った場所へ輸送し、そこで手術を受けさせるのだ。


「マ ドナ………」


「喋らないで下さい!今からOS軍の基地に運びますから」


「煙草と酒………もうやめるよ」


突然そんな話をされ面食らったマドナは、微笑んだ。


「懸命な判断です」


アールは不思議に思っていた。


あれだけの爆発にビルの倒壊から生き延びて、何故あれだけの負傷で済んだのかと。


振り返ると天から光が差し、それを囲むように並ぶビルの残骸が、血の聖域を造り出していた。


いったいこの少女に何があったんだ?

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