迫る戦火と冬
東海岸共和国 監視偵察大隊セーフハウスにて
「私は何も知らんよ、それより妻と息子を返してくれ」
あくまでもシラを切る尋問相手に、そろそろ我慢の限界が来ていた。
「元航空宇宙局の研究員ともあろう人間が、こんな場所で駄々をこねるのは見苦しいぞ」
「何を、中東のジハーディストを爆殺したドローンを作ったのはこの私だぞ」
その発言に苛立った1人が、皮肉を交えて言う。
「あんたの作ったドローンは、反政府組織に渡ってアメリカを攻撃したのをもう忘れたか?それとも痴呆症か」
それに負けじと、尋問相手もマローダへ言い返す。
「あああそうだねぇ!君達のことも忘れたよぉ!忘却政策とネガティブキャンペーンで軍人はすっかり底辺職になったからなぁ!」
激怒した元軍人の1人が、顔面を殴った。
「これだから軍人は嫌いなんだ、直ぐこれだ」
一筋縄では行かないと判断したマローダ12は、例の物を持ってくるよう言った。
「俺の故郷のモンタナではな、牛の睾丸を食べる祭りがあるんだ」
皿の上に1つの睾丸が、ミントと一緒に添えられていた。
「アメリカ産の子牛から取れた、親は元航空宇宙局の職員だ」
急に暴れ出した尋問対象を押さえ付け、暴れるなよ小便か?と笑いながら言う。
「くそ!殺してやる!殺してやるぞ!」
息子の玉は旨いぞ食え喰え!と囃し立てて、やっと喋る気になった男は、質問にハイハイ答え始めた。
「ECR軍はロサンゼルスを目指している!試作されたBP制御装置を目指してだ!」
「主目的はECRに対抗出来る軍事組織を潰すことだが、それとは別にトレバーって大佐が、独断で動いてる!」
「そいつはECRのどの部隊だ!」
「い、言えない!言えば皆殺しにされる!」
「言わなければ俺が殺す!」
「し、新設された6つの旅団戦闘団のどれかにいる!」
「それ以上は知らん!本当だ!」
「よし、そいつはもう必要ない、処分しろ」
「まて!処分ってなんだ!おいやめろ!俺に触るな!まて!まて!」
尋問室の更に奥へ連れて行かれ、数分後には火薬の臭いが漂ってきた。
シェルターにて
とある兵士によると、戦闘によって生じる興奮はどんな快楽にも勝ると言う。
戦争という非現実的な状況では、どんな行いであっても自身の中で正当化され、戦地から帰国して家族と共に待っている平和という日常が、自らの行いを咎め出すというらしい。
2050年代に起きたイラン戦争では、軍に多くのPTSD患者が出た。
経済崩壊と度重なる戦争によって、生活基盤の崩壊が起きたこの世界は、誰かに責任を求めた。
やがて声のデカい民衆と綺麗事が大好きな馬鹿が国のトップに君臨し、状況を更に悪化させた。
最初は軍にしわ寄せが行き、次に公共物が整備されなくなり、最後には国が滅んだ。
民主国家最大の強みでもあり、最大の弱点でもある人民が、国を崩壊させたのだ。
「そうして、私は今このベッドで寝ている」
歴史を遡るヒガナは世界の顛末を呪った。
時折寝返りを打ち、毛布の中でもぞもぞと動くヒガナは、眠れなかった。
もうすぐそこに、私が追い求めた生きる意味がある。
それだと言うのに、私は地下15mにあるシェルターに籠って、目前に佇む都市へ一歩も足を踏み入れることが出来ない。
ジャック達は、毎日都市を探し回っていると言うのに疎外感を感じ始めた。
じっとしていられず、眠れないのでお湯を貰いにキッチンへ向かった。
前は水を調達するために、川や井戸水から水をタンクに入れて持って来ていたが、この不思議な雪のお陰で水は使いたい放題になっている。
ズボンの裾を気だるそうに引きずりながら、キッチンへ向かっている最中、マドナと随分前にマドナを整備したいと言っていた男が愉しげに話していた。
「あら、ヒガナもう起きましたか」
こっくり頷くと、何してるの?と問いかける。
「機能拡充です、物質を舌で舐めると成分がわかるようになる」
ヒガナはマドナが得体の知れない薬品や鉄屑を、ペロペロ舐める様子を想像してちょっと嫌だなと思った。
「早く運べ!」
突然の大声に驚き、ヒガナはビクッと体を震わせた。
通路を覗くと、ジャック達が担架を大急ぎで運んでいた。
担架から血が滴り落ち、シェルター内の独特な匂いが鉄の臭いへと変わる。
医務室へ運ばれた隊員は、意識を失い大量出血してるからいた。
「こいつの血液型は!?」「Aだ!A!」
「誰か血をくれ!O型でもいい!」
ちょっと行ってくる!と言って、マドナの機能拡充をしていた兵士は医務室へ向かった。
シェルター内が慌ただしくなって数時間後、疲れはてた衛生兵とドックタグを握り締めたジャックが出てきた。
皆項垂れて、ぐったりしていた。
何が起きたかを悟ったヒガナとマドナは、発すること無く、その日は眠りについた。
次の日……
「故郷では無く、この冷たく寂れた大地に我が友を埋める事を心苦しく思う」
「彼は……仲間の為なら、命を投げ出すことが出来る勇敢な兵士だった、彼と共に戦えた事を光栄に思う」
ジャックの別れの言葉の後、弔砲が鳴り響いた。
雪を踏みしめながら、マドナはジャックへ近付き声を掛けた。
「ジャック?」
「なんだいヒガナ?」
「疲れてる?」
ヒガナの人を心配する目に、嘘はつけない。
「いやなに、こういうのには慣れてしまってね」
ジャックはおちおち悲しんでもられないと、言ってシェルターへ戻る。
「待ってよ、まだ話は終わってない」
「調査への参加か?諦めろ、危険過ぎる」
そんな事はわかってるし、重々承知してる。
だが、それでも行きたかった。
「君の精神状態では部下に危険が及ぶ、戦闘中錯乱すれば私が射殺する事になる」
ジャックはわかっていた。
この手の人間は、例え命令に背いてでも行く。
ヘラクレスの選択をするタイプの人間だ。
故郷に行きたいと思わなければ、こんな思いをすることはなかった筈だろう。
生きるために生きる意味を探すのは、心労の絶えないことだ。
「お願い……私に生きる意味を!」
こういう時、どうすればよいのだろう。
私の選択によって、この子は死ぬかも知れない。
だが、人はいつか死ぬ。
人生は突き詰めれば突き詰めるほど、その意味を持たない。
多くの人は生きる意味について考え、自分なりの答えを見つける。
今彼女は、それを見つけようとしている。
危険だからと言う言い訳は通用しない。
「バックの隙間に爆薬を詰めれるだけ詰めろ」
「一時間後に出発だ」
東海岸共和国軍 第44師団 トレバー旅団戦闘団
東海岸共和国は、この世界でも有数の軍事力を誇る世界崩壊後の国家だ。
どんな敵でも踏み潰せる力を持っていた。
しかし、巨人は足元の小さな蠍を恐れ、なかなか踏みつけられないでいた。
数こそECR軍に劣るが、資源地帯に陣を構え、旧アメリカ軍出身者で構成されたOS軍は、正しく足元の蠍だった。
国内が不安定な彼らは、奴隷制や優遇政策で民衆のご機嫌をとっていた。
しかしそれも限界に達してきた彼らは、戦争によって国民の目を外へ向けたのだ。
歴史を知っていれば、こんな真似には出なかっただろう。
斯くして、OS軍弱体化と資源地帯確保狙った、無駄な戦いが始まったのだ。
「思ったより抵抗が少ないな」
ハンヴィーに乗り、本部へ向かうトレバーは、OS軍の抵抗が少ない事に違和感を覚えた。
「敵は逃げてばかりで、まともに反撃して来ません、過大評価し過ぎたのでは?」
ヒックス少佐が楽観的な発言をするが、トレバーはそれを否定した。
「いいや違うな、あれを見ろ」
目前では、先行した部隊が次々と撃破されている。
部隊が橋を渡りきった時を狙って橋を落とし、退路を断ってから、十字砲火を浴びせられたのだ。
敵は戦争のやり方を理解している。
練度と装備の差に置いては、OS軍は大きなアドバンテージを持っていた。
だが、いくらOS軍が工場を再稼働させてミサイルや光学機器を製造したと言えど、大した数は用意出来ない。
長期戦になれば、生産力で勝るECRが火力面で優位に立てる。
それに、戦闘で勝たなくともロサンゼルスにさえたどり着けば良い。
BP制御装置こそが、この内戦の鍵なのだ。
「奴らが誘導兵器を使えるのも今のうちだ」
この戦争に勝つのは我々だ。




