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わたしはいったい何なの?

私が小さい時の話だ。


ニューヨークでコートと手袋をする頃、ロサンゼルスでは裸で走っても風邪を引かないという話をされたことがある。


その話を聴いて、それなら年がら年中アイスクリームを食べてもお腹を壊さないと、まだ字も満足に書けない頃の私は思った。


だが、親戚から聞いた話は嘘っぱちだった。


西へ進むにつれ、雪が降って来たのだ。




ロサンゼルスにて


辺り一面の雪景色に、ヒガナとマドナは困惑した。


そう、雪なのだ。


もしかしたら、私達は東海岸へたどり着いたのではないかと思い、コンパスや地図を頻りに確かめるが、ここはまごうことなきロサンゼルスだった。


「あれ?ちょっと待って、ヒガナ私のコンピュータがイカれてないか確かめてくれません」


「それなら、私の脳も見てくれない?」


目を見合せ、白い息を吹き掛けながら乾いた笑いで笑った。


「うん、夢じゃないし、イカれてもないね」


「こんなの嘘でしょ、何故なんですか……」


どんより曇った空を見上げ、自分の目と耳がおかしくなったのだと思った。


だが、それを肌と鼻に突き刺す寒さが否定する。


ヒガナが、もしかしたら王子様のキスで悪い夢なら目覚めるかもしれないなどと、とち狂ったことを言い始めた。


それじゃあ試しにと、2人でキスをしてみたが何も変わっちゃいなかった。


やがてどうにもならない事に気付き、その場にしゃがみ込んで、琥珀色の水を飲んでマリファナを吸った。


マドナは、もうそれを咎めもしなかった。


バックの中から替えの服を何枚も取り出し、重ね着して防寒着代わりにしているが、それでも寒いものは寒かった。


「物資不足です、弾薬も食料もまるで足りません」


「この前見つけたサーモンの缶詰は?」


「昨日のが最後です」


マドナは自分の燃料もそろそろ限界だと言い、オレンジ色に光る液体を飲んだ。


この心細さと寒さを文字に起こせる人間が、この荒廃した世界にどれほど残ってだろうか?


東から西へ大陸を横断し、やっと辿り着いたと思えばこの雪景色だ。


こんな馬鹿な話があってたまるものか。


残り僅かとなったボトルをバックへ仕舞い、ショットガンを抱き抱えた。


「手始めにオールドソルジャーの拠点を探して見ましょう」


「彼らはここを偵察していたようですし」


マドナは撃墜された無人機の残骸を、足で突っつき少し気だるそうな雰囲気を放っていた。


マドナはM107の槓桿を引き、チャンバーに初弾を送り込む。


「マドナ!」


先を急ぐマドナはヒガナに呼び止められた。


「なんです?」


「ロシア人が、いつもウォッカを片手に生活している理由がよく分かった」


「あったまる」


頬を赤く染め少し酔っているヒガナは、妖艶さと小さな微笑みを醸し出していた。




東海岸共和国某所にて


OS軍 監視偵察大隊 第1中隊ナイトメアより


「マローダ12からミャーダ2へ目標へ突入する」


「了解マローダ12、…………まて、目標付近に3名、子供だ」


サイトを覗くと、タイヤを転がして遊んでいる子供がいた。


「こんな真夜中にタイヤなんか転がして面白いもんか、TVゲームでもやってろよ」


隣にいるMP5A5を持ったマローダ14が、この国ではゲーム機一台買うのにローンを組む必要があると言った。


子供は はしゃぎ声と共に通り過ぎ、街は静寂を好んでいるのか話し声の一つも聞こえなくなった。


「突入は速やかに行え、音を立てるな」


塀をよじ登ると、既に歩哨2名の死体が横たわっていた。


狙撃チームの仕事は、ドイツ製のミシン並みに正確だった。


「バルコニーに敵、排除する」


銃声は聞こえず、弾丸が頭部に着弾する音は寝静まった彼らには聞こえないだろう。


「これより室内へ侵入する、マローダ14先行しろ」


建物の鍵をピッキングすると、室内へ突入チームが入る。


玄関口には、造花を添えた花瓶と白いレースの敷物があった。


マローダ12は婆さんの家のセンスだな、と心の中で馬鹿にした。


真っ暗な部屋の中を、暗視装置と銃を頼りに進む。


フローリングは何かを引きずった跡と、クレヨンの無造作な落書きが続いていた。


引きずった跡は床下へと続き、嫌な予感がした。


「2階へ上がる」


銃を向け、一切の油断もせずに1歩づつ階段を上がる。


床の軋みさえも、今は騒音に聞こえてしまう。


軋むドアを開け、死神が降臨する。


すやすや寝息を立てて眠る子供の隣には、母親と婆さんが居る、おそらく寝かしつけていたのだろう。


音楽スピーカーやおもちゃを踏まないよう、慎重に近付き眠っていた人間を射殺する。


「クリア、大人と子供5名を射殺」


「了解マローダ14、目標を除き全員射殺せよ」


続いて3階に上がると、こんな時間に話し声が聞こえてきた。


マローダ14がフラッシュバンを使うか?と手で合図するが、マローダ12はそれを拒否し、特殊な銃を取り出した。


装填数1発の中折れ式ショットガンである。


レーザーサイトにサプレッサー折り畳み式のストックを備えた、自作散弾銃だ。


ドアを蹴破り突入すると、何か作業をしていたのか、部屋の中は大量の資料が散らばっていた。


突然の乱入に驚いたが、マローダ14のMP5で叫ぶ間もなく鼻を撃ち抜かれ、弾丸が脳幹に直撃して即死する。


銃を取った目標は、ショットガンから撃ち出されたゴム弾で気を失った。


「マローダ12から全部隊へ、目標を確保、繰り返す目標を確保」


口と手をダクトテープで縛ると、目標を別の隊員に預け、先ほどの床下へ向かった。


端的に言うと床下には拷問部屋があった。


爪剥ぎをした後の指に焼きを入れるのが、彼らのお気に入りだったそうだ。


「死体を埋めたら撤収だ、掘りやすい場所に埋めろ」


家庭菜園用の耕された畑を掘り起こすと、土の中に死体を埋めた。


「司令部へ目標を確保、セーフハウスへ撤収する」


「了解、生きたまま連れて帰れ」


ボロトラックで玄関前に乗り付け、目標と一緒に乗り込んだ。


「全員乗ったな?よし、出してくれ」


車は目立たないよう速度を落として走る。


「損害ゼロ、作戦は成功、パーフェクトだ」


「いつもこうだと良いのだがな」


マローダ12は、セーフハウスに戻ってからの仕事について考えた。


「尋問方法はどうする?」


「血が出ない方がいい、水責めで行こう」


「一昔前のCIAじゃねぇんだ、ジュネーブ条約もハーグ陸戦条約も今は関係ない」


「どうせなら、こいつがやってた事と同じ事をしよう」


トラックは、社会の闇と共にセーフハウスへ向かった。



ロサンゼルスにて


「ここ?」


ヒガナの問いにマドナは首を縦に振った。


ヒガナはおっかなびっくりに、地中に埋まったシェルターのドアを近付き、3回ノックをする。


ドアが開き、中から拳銃を片手に持った男が顔を出した。


「味方か?」


「そうじゃないとしても、こんな場所にか弱い女の子を放置するのは良心が痛むのではなくて?」


男はヒガナの肩に背負ったAA12を見て、か弱いね、か弱い、と呟くとヒガナ達を中へ入れた。


梯子を下り、長い通路を抜けて二重のドアをくぐると、手狭ながらも快適な空間が広がっていた。


「ようこそ我が家へ」


ビール片手にテレビを見ていた特殊部隊員と目が合い、「「あっ」」と声を上げる。


「えージャック?」


「ヒガナだな」


「もう暫くだな、いつあったっけな?」


「多分17部分かな」


「?」


「それより、どうやってここまで?」


ジャック達は一度OS軍の基地まで戻り、それから行ける所まで航空機で進み、20km程歩いてロサンゼルスまでたどり着いたと話した。


どうやら、我々の方が苦労したようで、ここに来るまでの道中を話して行くうちに涙が込み上げてきた。


生きるために殺し、生きるために殺した事実は、予想以上にヒガナを苦しめていたのだ。


酷く泣くヒガナを心配して、20人以上の強面特殊部隊員がヒガナを慰める光景は、少しシュールだった。


汚れた衣服に割れたアーマー、刃こぼれしたナイフは、ヒガナがどれだけ過酷な世界で生きて来たかの証明だった。


「人が溢れてたんだ!オートミールをスプーンですくったみたいに詰まって!」


「皆私を責めるから!みんなわたしを睨み付けるから!それが怖くて!でも生きようとしたから!みんな!みんな!みんな!みんな!みんな!みんな!みんな!みんな!みんな!みんな!みんな!みんな!みんな!みんな!みんな!みんな!みんな!」


半ば錯乱状態で泣き叫ぶヒガナを、衛生兵が取り押さえ、麻酔で眠らせる。


「彼女どうしたんだ!?」


「戦闘ストレス反応だ!そっち、足を押さえろ!」


麻酔が効き始めてもなお、弱々しく暴れるその姿に、その場にいた全員が胸が締め付けられる思いだった。


マドナはヒガナをベッドに運び、その目が覚めるまで手を握り側に居続けた。


前に聴かされたことがある。


ヒガナは父親に育てられ、戦闘の知恵や教養を教え込まれた。


時折やってくる親戚の話に耳を傾け、いつかこの住んでいる家を離れ、世界を見て回るのだと。


しかし、この時代に生まれた宿命なのだろうか。


住んでいた家に、大人数の強盗がやって来たのだ。


父親と15歳の子供程度、簡単に制圧出来ると思っていたのだろう。


父親は反撃し、一人対数十人の銃撃戦が始まった。


父親は多勢に無勢だと悟り、せめて娘だけでもとヒガナを逃がし、自爆したのだ。


今でも、襲撃してきた奴らの顔を憶えているという。


荷物の中に入っていたメモ帳に、全員分の顔を書いた。


そして、焼けた家に戻り死体の数と足跡から人数を割り出し、復讐する人間が残り12人だと判明した。


そこからはメモ帳に書いた似顔絵を頼りに、情報屋や人伝を便りに居場所を探し当て、見つければ両足に一発づつ当て、最後に腹をぐちゃぐちゃにした。


酒場で女の気を引くために口を滑らせる奴や、協会で懺悔して赦しを願う奴の腹に、散弾を浴びせた。


お陰で、ミートチョッパーと言う異名がつけられたそうだ。


そしてヒガナは、最後の復讐相手を殺そうとそいつが居る村までの行く道中だった。


毎日15時間移動して、休む暇もなく殺し回っていたせいで、疲労困憊状態だった。


少し休憩にと川付近に腰を下ろし、食事をしていた時だった。


ウトウトしながら川に反射する月を見ていると、突然首を締められ、そのまま拘束されたのだ。


目標の村は、皮肉な事に強盗に悩まされていて、ヒガナは強盗と間違われたのだ。


最後の復讐相手は、仲間が報復に強姦しようとした所を止め、善人ぶっていた。


なぜ、今更善人の振りをしている?お前は盗人だろ!善人の振りをするなら、私の家を襲う前に善人になれ!!!


そして、我を失い憤怒で覆い尽くされたヒガナは立て掛けてあった自動小銃で、全てを撃った。


その銃弾は、復讐相手と家の中から事を見守っていた女子供に当たったのだ。


ヒガナはその場から逃げ、目的のない人生を歩み始めた。


これが、酒場ヒガナと言う少女の物語だ。


「………ここは?」


ヒガナが目覚めたようだ。


「まだ眠ってて下さい」


「………………マドナ」


「何です?」


「………夢をみたの」


「わたしが殺した人間が、わたしを殺しにくる夢を」


その時、楽しいって感じた。


もみくちゃになって、刺されても撃たれても痛くない。


変わりに興奮した。


興奮だ。


人が消えてゆく事実を見て泣き、自らが人の命を奪うことが快感だった。


戦闘で感じる強烈な衝撃は、酒やマリファナより快感だった。


「マドナ…………わたしはいったい何なの?」

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