遅い成長期
「こっちにも兵士がいる」
ヒガナはパトロールと検問の多さに苛立っていた。
長きに渡る争乱を今日終わらせようと、大規模な兵力を動員してスラム街の制圧に掛かっていたため、治安部隊は裏道に至るまで封鎖していたのだ。
「どうしよう、もうすぐ夜が明ける」
ニックはおどおどしながら、貧乏揺すりをしていた。
「その動きやめてくれない、敵に見付かる」
「えっと、ご、ごめん」
とにかく落ち着きがなく、どもった口調で返事をするニックに、ヒガナは少し嫌気がさしてきた。
街は相変わらずあちこちから銃声が響き、しきりに悲鳴が聞こえてくる。
「う〜ん、う〜ん、う〜ん」
「あのね、落ち着かないのは分かるし、不安なのも分かるけど静かにしてくれない」
声を抑えながら、怒鳴り付けたい気持ちを抑えて話す。
「で、でも」
「一度覚悟決めたんだからちゃんとしろ!」
「じゃ、じゃあさ!何で連れてきたの!」
不満が爆発したのか、ヒガナに逆ギレして悪態をついた。
「あのままだとギャングに殺されてた!」
「僕は助けてなんて言ってない!」
あまりの言い分にヒガナは、殺意すら沸いた。
「謝れば済む話だったんだ!それを君が大事にしたから」
ヒガナはニックの頬を叩き、壁に押し当てた。
ヒガナはベストをずらし、シャツの上から肩を見せた。
「これを見ろ、ミロ!」
ヒガナの肩には、小さな傷と破片が残っていた。
「何年か前に後ろからクロスボウで射たれたんだ、その後危うく凌辱されるところだった」
「だから自動小銃で皆殺しにしてしまった!」
首を押さえる腕を放して、ニックの拘束を解く。
「謝れば済むなんて考えは捨てろ、外にいるのはこの街の支配者として優越感に浸る連中とは訳が違う」
「君のお兄さんがいつも、守ってくれるとは限らないんだ」
ヒガナの説教が効いたのか、ニックは大人しくなった。
「さて、この検問をどう抜けようかな」
ヒガナは手を顎に添え、少し考えると古典的な方法を思い付いた。
「よし、撃て!」
壁並ばされた男女が、号令と共に一斉にこと切れた人形みたいに倒れる。
「こいつらは害虫みたいに沸くな」
そう言いながら、処刑されたギャングが着けている指輪を取った。
「そんなダイヤも付いてない安物、なんになるってんだ?」
「この作戦に参加した証さ、奴らに殺された妻への贈り物にしてる」
「趣味が悪いな」
「自覚してる、だが、死んだ女房だってそうしたさ」
味方と離れ、周辺の掃討を行っていた彼らには、市民と敵性組織との区別がついていない。
「こちらJ分隊07、敵3名を射殺」
「了解、間も無くそちらに白リン弾が投下される。安全圏まで退避されたし」
「どうやら上は本気らしい、害虫を火で炙り出すそうだ」
「みたいだな、丸焼きにされる前に離脱しよう」
足早にその場を立ち去ろうとしたその時、キラキラと光輝く物を瓦礫の下に見付けた。
「おい見ろよ、腕時計だ」
「なーにやってる、そんな物放っておけ!もうすぐここが火の海になるぞ」
戦利品漁りに没頭する戦友に呆れ、文句を言う。
腕時計は瓦礫に押し潰されたであろう腕に填められていて、根元から鉄の匂いを発し続けていた。
「よし、あとちょっと」
腕時計まであと少しという時、ロープの擦れる音が聞こえ、死に引き寄せられた。
自らの首にロープが巻き付けられたことに気付き、必死にもがくがロープをほどけない。
「ん、どうした?指でも挟んだのか?」
瓦礫の隙間で足をバタつかせ、もがく仲間の異常に気付く様子もなく気の抜けた声で話かける。
ヒガナはそんな敵の後頭部に銃口を突き付けた。
5分後……
「うまく行った」
燃え盛る家に死体放り投げると、ヒガナはAR15ライフルをニックへ渡す。
「使い方分かる?」
「う、うん映画で見た」
治安部隊の服を着て成りすましたニックは、銃を恐れて及び腰になっていた。
その様子に不安になったヒガナは、一通りの操作を教える。
「このボタンを押してマガジンを落とす、そして新しいマガジンを差し込んでまたこのボタンを押す、簡単でしょ」
「う、うん」
「はいじゃあこれ」
ロープをニックへ渡し、縛れと指示する。
「緩く締めてよ、あんたは私を捕まえた体で話せばいい、自然体でリラックスしてね」
体にロープを巻き、袋を頭から被せられたその姿は、さしずめ戦争捕虜と言ったところだろう。
ニックはカクカクとロボットのような動きをしながら、検問所へ進む。
曲がり角を進み、焼け爛れた死体を踏みつけて、いよいよ検問所へ差し掛かる。
燃え盛る家々とその下方に放置された死体が、検問所を地獄の入口のように見えた。
「畜生、教室のガラスを割った思い出す、先生が怒って僕を殴ったんだ!」
「集中しろ!お前は敵を1人捕らえた兵士なんだ」
治安部隊の1人が近付き、ニックへ話し掛けてくる。
「そいつはなんだ?重要人物か何かか?」
「い、いや、こ、これは捕虜だ」
「捕虜?捕虜はとらないって命令が出ただろ?」
「い、いやぁ、そ、そういうのじゃなくて」
ダミ声で話すニックに、ヒガナは冷や汗をかいた。
何でそんな変な声でやるんだ!自然体で良いって言ったじゃないか!そう叫びたくなる気持ちを抑え、臨場感を出す為に暴れるフリをする。
「あ、暴れるなよ!」
ニックもそれに乗って、銃床で軽く殴り付けようとするが、勢い余ってガシッと威勢の良い音を出した。
「あっ ごめ……」
ニックはごめんと声を掛けそうになるが、済んでのところで留まり、さっさと立てとお決まりの台詞を口にした。
「あ〜なるほど、お前もそういう口か」
何かを察した兵士は部屋の鍵を渡した。
「部屋ならここを、真っ直ぐ行った所に古いホテルがある」
「狙撃小隊が陣取ってるが、部屋を使うと言えば貸してくれる、楽しめよ」
治安部隊の兵士は、突然ヒガナの胸を鷲掴む。
「「!?」」
ニックはヒガナを引っ込めると、「これは俺のもんだ!」とヘルメットを被っていなければ、表情でバレた演技が嘘みたいに上手くなった。
「落ち着け、別に取ったりしねぇよ」
大笑いする兵士を横目に、ニックとヒガナは検問所を通り抜けた。
「うぅ……お腹痛い」
「フッ出来るじゃないか、見直したよ」
ヒガナから褒められて、ニックは誇らしげな雰囲気を出す。
そのまま、ホテルへ入り部屋を使うと言って部屋を借り、装備を装着する。
「急いで!今から激戦区を通るから誤射に注意!」
「う、うん」
「まだやってるか?俺も混ぜて………」
唐突に会話に入ってきた兵士が、完全武装のヒガナを見て目を丸くする。
「ニック、鍵は締めなかったの?」
「ごめん、忘れてた」
敵がホルスターから銃を抜いて構えようとするが、ヒガナは近くにあった酒瓶で殴り、銃を持った腕をそのまま顎に押し付け引き金を引く。
敵は倒れ、髪の毛を筆代わりに壁へ真っ赤な芸術を描く。
ヒガナはノータイムでAA12を構えると、兵士達がくつろいでいた場所に押し入った。
「リー、さっきの銃声は」
その質問の返答はこれだ、と言わんばかりに散弾の雨が降り注ぐ。
ヒガナはベッドを蹴り出すと、慌てて隠れた兵士を撃ち殺す。
これだけ、撃ちまくっているのに、敵は襲撃に気付く様子が無い。
それもそのはず、上の階では狙撃銃と重機関銃がネズミでも撃つかの如く的当てを楽しんでいた。
ヒガナは慎重に階段を上り、見付けた者全てを射殺する。
半裸の男が、部屋から出て来て女が伸びちまったと、喚き散らしていた。
胸辺りを狙い発砲、床にのたうち回る敵へ止めを刺す。
男が出て来た部屋を覗くと、泡を吹いた全裸の女がベッドに倒れていた。
注射器と麻の小さな袋が置かれ、メキシコ産と記されている。
「ゴールデン・トライアングル未だに健在か」
ため息を吐くと、部屋の中にいる女を調べた。
まだ、息があることを確認すると、拳銃で楽にしてやった。
「へ、ヘロインやってたのか、友達がこれで死んだ」
「警察も軍も、もう誰も居ないからね」
「ひ、ヒガナさっきはごめん、やっぱりこの街から出ることにして正解だったよ」
「そう思ってくれて、何よりだよ」
ヒガナは、ひっきりなしに聞こえる銃声の元へ忍び寄った。
階段から凄まじい量の薬莢が転がり、金属音を立てて落ちてくる。
その薬莢に足を取られ、ニックは尻餅を付く。
「大丈夫?」
「へ、平気だ」
15〜6名の兵士が、逃げ惑うギャングや民間人を、笑いながら撃ち殺していた。
32連ドラムマガジンを装填し、いざ射殺へと繰り出す。
ヒガナに気付くこともなく、敵は忠実に自分の役割を果たそうと死んで行く。
ヒガナに気付いた者は果敢にも立ち向かうが、彼らはホルスターの拳銃を外して、お気楽ムードで狙撃に勤しんでいた為、フルオートショットガンに火力のゴリ押しを食らった。
結果、狙撃小隊は一兵も残らず殉職した。
「オールクリアかな」
新しい弾を込めようと、マガジンを落としたその時、死にかけの兵士がヒガナへRPGを構える。
ヒガナの思考が、避けろ!と指示するが体が追い付かない。
しかし、死を覚悟することもなく、アサルトライフルが兵士を撃ち抜く。
仰け反った兵士は、壁を背に発射した為バックブラストの衝撃で死に、RPGは天井へ突き刺さった。
「今の僕が殺した?」
「いや、1人救ったんだよ」
合流地点にて
「あそこだ!」
ヒガナ達は合流地点である、街の外れにある広場へたどり着いた。
「やった、これでこの街から抜け出せる」
修羅場をくぐり抜け、死を目の当たりにして来たニックは、立派な人間に成長していた。
「さっきは良くやったね、もう少しで死んでた」
「そんなこと、死ぬなら僕さ」
「不吉なこと言わないでよ」
「うん……そうだな」
合流地点にマドナの姿は見えない。
まだ、来ていないのだろうか?
「マドナ〜!」
「………………」
声をかけてみるが、返事は無かった。
「兄さんどこ行ったんだろ?」
「取り敢えず、ここで待つしかないかな」
ゴムサンダルを引きずる音が聞こえてくる。
これは足音だ、銃を構え音の発生源へ銃を向ける。
燃えたタイヤの煙から、人影が見えた。
「お前は……」
手にバタフライナイフがくっついた男が、煙の中から血走った目でてくる。
それに答えるように、家の中から次々と人が姿を現す。
広場はあっという間に、百を超える人間で埋め尽くされる。
男は廃車になったバスの上へ登り、演説をする。
「見ろあの格好を!この国の腐った犬だ!」
次々に飛んでくる罵声に、ヒガナは気分が悪くなる。
「いや違う、これは治安部隊の服を盗んだだけだ、僕は治安部隊じゃない!」
「嘘をつくな!」「独裁者の手先め!」
大勢の人が、ヒガナ達へ罵声と憎悪の目を向ける。
ヒガナのトラウマが、呼び起こされ呼吸が荒くなる。
心臓は血液をどんどん身体中に送りつけ、脳は恐ろしい記憶を掘り起こす。
「あの裏切り者を殺せ!独裁者への反撃の狼煙にするんだ!」
鉈や鉄パイプで武装した住民が、ヒガナ達へ襲い掛かる。
ヒガナは撃とうとしたが、歪む視界と猛烈な吐き気に襲われ気を失った。
ニックはそのまま人の波に飲まれた。




