執行官
旧ショッピングモールにて
ここはかつて、大量の物と大量の人で賑わっていた。
店頭に並ぶ、色とりどりの服や靴を眺め試着する女性達。
沢山の甘いお菓子をガラスケース越しに見詰める子供や、ジャンクフードを頬張り腹を満たす学生や家族連れ。
きらびやかに音を立てる、少し小うるさいゲームセンター。
パンフレットを鞄に入れて、キャラメルポップコーンの甘い香りに引き寄せられ、コーラを片手に映画を楽しむ。
全て過去に、確かに存在した光景だ。
しかし、時代はそれを許さず、略奪と破壊が商品に変わり店頭へ並び始めた。
略奪され尽くした後は、家を失った者達の寝床となり、次に世紀末よろしく新興宗教の拠点として、迷える子羊を救済の名の元に搾取した。
その新興宗教が権力闘争によって崩壊し、浮浪者達の溜まり場になり、そして今は500人分の共同墓地となった。
そんな悲劇の歴史があったことも露知らず、マドナとジムはモール内を進む。
「何だが不気味です」
「俺も同感だ」
宗教時代の名残なのか、所々に奇妙なマークが見られそれが不気味さを強調していた。
「えーと確か……あっちだ、靴屋の向こう側に出口がある」
「詳しいね」
「父親の店だったんだ、靴を1足売ったら給料の代わりに夕飯のステーキがでかくなる」
そんな思い出の靴屋に着いたは良いものの、シャッターが閉まっていた。
「よし、持ち上げてくれ」
シャッターへ手を伸ばし、持ち上げようとしたが、それをフラッシュライトの光が妨げた。
ジムを引っ張り物陰に隠れると、M107を構え戦闘体制に入る。
「治安部隊だ、こんなところまで探しに来たのか」
約30名の1個小隊がライトを照らしながら、念入りに捜索していた。
「クリア!」「クリア!」「こっちもクリア!」
「俺達はなんでこんな場所を調べてるんだ?」
「知るかよ、上の命令だ」
「くそ、こんなことなら治安部隊に入るんじゃなかった」
「ならいっそ東にでも行くか、向こうは奴隷を買えるって話だぜ、敵対勢力だがな」
治安部隊はそんな話をしながら、ハンバーガーショップのカウンターに隠れているマドナの前を、通り過ぎて行く。
ジムは危機が去ったことに安堵し、ため息をついてライフルを置いた。
そしてそのライフルの銃身は、カウンターの上にあった皿を割った。
パリーン!とお手本のように割れる皿へ1人と1体は絶句し、治安部隊は29丁のアサルトライフルを向ける。
「クソ出てこい!出てこないとお前のケツに5.56mmをぶちこむぞ!」
冷や汗をたらし、やっちゃったという表情を浮かべるジムへ、ここにいろと手で合図する。
「さぁ、何処まで走れるかな」
フラッシュバンのピンを抜き、半包囲している連中へ向かって投げる。
爆発と共に発生した眩い光と音で感覚を失い、見当違いな場所へ銃撃し、治安部隊は同士撃ちを起こした。
マドナはカウンターから飛び出ると、機械仕掛けの腕を駆使しながら対物ライフルを撃つ。
発射された弾丸は、防弾プレートを軽々と引き千切り、貫通した。
彼らのAR15から発射された5.56mmはマドナを捉えることが出来なかった。
だが、一丁のライフルを除いての話だ。
一発の銃弾が、マドナの脇腹へ命中した。
(7.62mm弾右腹部へ着弾、緊急自己修復開始)
背後から迫り来る鉛の殺し屋を、ローリングで避け振り向きざまに銃撃する。
12.7mm弾は持っていたライフルごと腕を弾き飛ばし、モール内に断末魔が響き渡る。
マドナが身を隠したコンクリートの柱が、反撃によってゴリゴリ削れ、跳弾した弾が周囲を賑やかにした。
マドナは、そんな様子を他人事のように眺めていた。
戦闘用と違って、後方治安維持用に造られたマドナは、地域住民とのコミュニケーションの為に感情モジュールが搭載されていた。
だからなのか、たまに何も考えず目の前を流れる情景を、ただ眺めるだけの時があった。
そうしてると、戦闘が継続している事をCPUが再認識して自己が戦闘中だと思い出し、銃を手に取り戦うのだ。
今度は手榴弾のピンを抜き、さっきと同じように殺意に向かって投げ込んだ。
「グレネード!」
集音マイクが爆発によって音を拾い切れなくなり、一時的に難聴のような状態に陥る。
(目標4捕捉、脅威度順に射撃せよ)
FCS制御による射撃は、熟練した兵士の射撃に匹敵した。
撃たれた者に治療の術はなく、大きな傷から溢れる血を、手のひらで押さえる暇もなく死に絶えた。
「くそぉ!絶対殺してやる!」
「バカそんな場所で装填するな!早く隠れろ!」
治安部隊の1人がマドナの反撃によって、足をもがれ通路の真ん中に転がる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ!」
敵は大声を上げ、もがれた足を押さえながら、片手でライフルを乱射する。
そして、次の瞬間には頭を撃ち抜かれヘルメットが飛ぶ。
「あぁ……よし、回り込むぞ」
「冗談じゃない、俺はあんな死に方御免だ」
「このまま引き下がれるか!一斉に撃ちまくって」
彼らの話を遮るように、パン!と銃声が響き壁に小さな穴を開けた。
ジムが援護に来たのだ。
別の方向にもいるぞ!その声と共に残りの兵隊は、包囲されたらヤバい、と瞬時に悟り火力が低いジムの方へ向かって銃を乱射しながら突っ込んだ。
騒音が消え去り、静けさがこの場所を支配する。
ジムを助けに行かないと。
去って行った連中を追う為に、ライフルを肩に掛けて走る準備をした。
(警報!ECM攻撃を探知!)
その時、マドナの電子機器が全てダウンした。
電気や電波一切使わない、身体制御を除いて全てのシステムがダウンしたのだ。
(電子制御から生体信号制御へ変更)
(システム再起動)
自分が止まっていた時間は3秒、そしてそれだけの時間があれば……
無数の弾丸が空気を切り裂きながら、マドナの体へ吸い込まれる。
「畜生めが」
(右脚部、小破)
(腹部、中破骨格損傷)
(臓器回線途絶)
(破片散乱、摘出開始)
あと少し避けるタイミングが遅れれば、こんな損害では済まなかった。
マドナに肝は無いが、マドナ肝を冷やした。
被弾の衝撃でバレットライフルを落とし、攻撃能力は大幅に減少した。
マドナはベレッタを腰から抜き、隠れていた敵へ射撃する。
何発かが命中するが少しもよろけず、小石でも投げられた程度だった。
アーマーを着込んだ巨漢の敵は、古めかしくも強力なM14バトルライフルを構える。
7.62mm弾の強力な反動を抑えながら、見事なフルオート射撃をマドナへ見せつけた。
「敵は相当腕がいいようね」
火力で勝ち目が無いと判断したマドナは、軋む足を引きずり逃げる。
敵はその後ろから、逃げるマドナを銃撃する。
壁に穴を開け、近くにあったベンチや植木鉢が穴だらけになった。
あまりにも抜け目が無いので、いっそのこと死んだフリでもしてみるかな、と冗談めかしに考えていた。
こいつをここで仕留めなければ、後々脅威になるだろう。
マドナは発煙グレネードを通路へ投げ入れ、接近戦を仕掛ける用意をする。
辺りが偽物の霧に包まれ、見通しの悪いフィールドが出来上がった。
敵もこちらの意図に気付き、煙幕へ向かって射撃する。
盲撃ちだ、当たりはしない。
足音を立てないように、尚且つ素早く敵へ接近する。
向こうも気配を察知し、散漫だった狙いが徐々に正確になってゆく。
敵のシルエットが見え、アーマーの隙間へ向かって腰へナイフを刺し込む。
確かな手応えを感じ、次に首元へ拳銃を突き付けようとしたその時。
振りかざされたトンファーが、マドナの顔面目掛け振り下ろされた。
右腕を上げ、降りかかる脅威から身を守るが、トンファーはマドナのチタン合金の骨を折った。
「なに!?」
そのまま腹を蹴られ、突き飛ばされて壁に激突する。
敵は「やっぱチタンは硬いな」とぼやきながら、トンファーを持つ手を替えた。
全身をアーマーで包み、腕章に執行官と書かれたこの男は、マドナのチタン製の骨を折りマドナを追い詰めていた。
「このご時世にしては比較的状態がいいな」
マドナを見た執行官は、M14を拾い上げ50発入りのドラム弾倉を装填する。
「お前臨時編成軍所属か?」
「だったらなに………」
マドナは壁にめり込んだ頭を引き抜き、自己修復を開始する。
「俺もそうだった、アンドロイドを指揮する尉官」
「それじゃぁ……同属に破壊されるってことか、悪くないね」
「そうだな、出来れば味方として迎え入れたかった」
ライフルがマドナのCPUがある場所へ向けられ、引き金が引かれる。
カチン!と音が響き、銃弾が発射されなかった。
「あ〜ジャムってんね、粗悪品掴まされたね」
執行官は決まり悪そうにしながら、不良弾薬を排出しようと、チャージングハンドルに手を掛けた。
「マドナ伏せろ!」
ジムがアサルトライフルを構え、執行官目掛けてフルオートで28発の銃弾を浴びせる。
その隙に、這って逃げるマドナを執行官のライフルが撃つ。
「いいタイミングだなぁ!」
処刑を邪魔された執行官は、いつもの二割増し殺意でM14を乱射する。
「遊び過ぎたな」
執行官は腰に刺さったナイフを抜き、肩を上下に大きく揺らしながらマドナを追いかけ始めた。




