哀れで愚かな連中
人とは奇妙なものである。
一昔前に犯した失敗を糧にせず、また同じ事を繰り返す。
そして決まってそれに追従するのは、大衆なのだ。
本を一冊引けば、独裁者が誰か判る筈だ。
名前入力し、幾つかのWebサイトを閲覧すれば、そいつがどんな事をやったか判る筈だ。
だが、それをしないのは何故だろうか?
忙しいから?興味が無いから?無知だから?
だから、メディアや大衆の意見に惑わされるのだ。
おそらく、歴史の勉強より一枚のテスト用紙を優先した結果なのだろう。
今起こっているこの出来事も、それらが引き起こした出来事だ。
「ミサイル接近、回避機動を取れ!」
ミサイル警報が鳴り響く中、アムラームを回避しようと、パイロットはGに耐えながら迫り来るミサイルを回避する。
「イーグル1、fox3!」
オールドソルジャー(OS)側も負けじと、AIM-120アムラームを発射する。
「基地へ行かせるな、F15の性能なら十分可能だ」
レーダーに写る機影は1や2程度ではなく、こちらの4機を上回る8機だった。
一機でも失えば、それだけ迎撃率も下がり、ローテーションも組めなくなる。
隊長機は、敵を如何に落とすかではなく、味方を如何に生存させるかに思考を集中させた。
敵ミサイル回避に成功したOS軍側は、反撃の為に放ったミサイルの何発かが、東海岸共和国軍(ECR)戦闘機へ命中した事を確認する。
旧アメリカ軍で構成されたOS軍側は、イラク戦争からイラン侵攻で経験を重ねたベテラン揃いに対し、ECR軍は民間機の飛行経験者や徴兵からなる寄せ集め部隊だった。
だが、ECR側から繰り出される無尽蔵の兵器群が、OS軍をすり潰しつつあった。
「ミサイル接近!ブレイク!ブレイク!」
有視界距離まで接近した両軍は、格闘戦へ突入する。
野郎同士の尻を犬の様に追っかけながら、一機約100億の航空機に、最大8Gをかけながら殺し会う。
空の覇権を握るのは簡単ではない。
この世で最も金と労力が掛かる戦闘は空戦だろう、空中に天井は無いのだから。
「ロックされた!振り切れ!」
敵のAIM-9サイドワインダー短距離ミサイルがこちらを捉え、ミサイルを放つ。
これをフレアとチャフをばら蒔きながら、回避する。
2機同時に相手取るのは、流石の歴戦の猛者でも辛いかと思われたが、旋回戦の最中Gに根負けECR軍パイロットが旋回を緩めてしまった。
その隙を見逃さずに、背後へ取り付き機関砲の一斉射を喰らわす。
20mm砲弾がF16の主翼に命中し、霧状になった燃料が吹き荒れ、パッと火がつく。
後方から追ってきた2機目のF16も、得意の格闘戦に持ち込み、サイドワインダーで撃墜する。
OS軍は瞬く間に敵編隊を撃滅したが、その途端にE-3早期警戒管制機(AWACS)から通信が入る。
「こちらAWACS、ECR軍機接近、機数8増援と思われる」
「こちらイーグル1了解、しかし現在兵装と燃料を消耗し、戦闘継続が困難である。交代機の到着予定時刻を知らせてくれ、どうぞ」
「こちらAWACS、既にF22が空域に展開している」
この時、隊長機は勝利を確信した。
敵は、F22をレーダーに捉えることすら出来ずに、撃墜されると。
ロネッサ空軍基地に帰還したイーグル隊は、戦闘が徐々に厳しくなっていることを肌に感じていた。
現在空中戦では、パイロットの技量やAWACS、F22、F35等のアドバンテージを持っているが、戦闘が激しくなって行くに連れ、必ず部品と機体寿命が尽きてじり貧になる。
技量に頼る戦争が、一番危険だと兵士自身が良く知っていた。
今ECR軍を押さえているのは、OS軍の遅滞戦闘及び、整備されていないインフラと各地に蔓延る、ならず者達だった。
「ところで隊長、思ったのですがこれは南北戦争以来の内戦になるのでしょうか?」
部下の1人が質問してきたので、少しばかり答えを捻ってみた。
「内戦にはならんよ、なんたってもうアメリカは滅んでるんだからな」
スラム街にて
住民が静まりかえる頃、ヒガナ達はアドレナリンを全開にして滾る性欲を戦闘衝動に変えていた。
AA12のドンドンドンという太鼓のような射撃音が、腐敗臭漂う灰色の街にこだまする。
「リロードする、カバー!」
「了解!」
長い間清掃されていないであろうゴミ箱を盾に、バレットの重い銃撃が、夜の街の支配者に襲い掛かる。
おそらくあのバタフライナイフ男が、連絡したのだろう。
大勢のギャングが至るところに網を張り、まんまと引っ掛かりざる得えなかった。
幸いにも、こちらは軍事訓練を受けたプロの殺し屋だ。
片手で銃を乱射するギャング共など、大した障害にはならない。
問題は、ギャングを制圧しようとする治安部隊だ。
「外出をしている者は警告なしに射殺する」
スピーカーから流れる、警告になっていない警告を聞くに、相当治安が悪化しているらしい。
家の窓から、この騒ぎをビール瓶片手に見物している老人を見た時は、自分が今殺しあいをしている事を疑った。
ダボダボのシャツと破れたジーパンを履いた男が、AR15を携えて治安部隊へ突撃する。
治安部隊もまた、AR15を携えギャングへ向かって射撃する。
曳光弾がレーザーのように飛び交い、ギャングの男へ数発命中するが倒れない。
男は目が血走り、大声を上げながら応戦する。
それでも倒れない男を目の当たりにして、物陰から様子を伺っていたヒガナ達は、目を丸くした。
治安部隊員は、10丁あまりのライフルで男を撃ちまくる。
文字通り蜂の巣になった男は、体をピクピクさせて倒れる。
「ありゃヤク中だ、国境警備隊が居なくなってメキシコから大量の麻薬が入ってきたんだ」
「国が崩壊しても麻薬カルテルは崩壊しませんでしたしね」
「第45代大統領が、国境に壁を造りたがった理由が今ならわかるぜ」
そんなどうしようもない話を聴いて、ヒガナは一種の悟りを開きつつあった。
「あのアパートの上から状況を確認します、ヒガナはここで見張りを」
「はーい」
「まて、俺も行く土地勘があった方が計画を立てやすい」
街の至るところで起きている銃撃戦は、収まることを知らず、ヘリが機関銃をやたらめったらに撃ち、装甲トラックが家へ乗り付け、住民を逮捕しその場で銃殺していた。
その惨状に心を削られる暇さえなく、エンジン音と共に砲撃が襲いかかる。
上を見上げると、双発飛行機の横っ腹から砲身が延びていた。
「ガンシップまで動員したのか!今日は凄まじいな」
ガンシップから砲弾と機関銃弾が降り注ぎ、ギャングの幾つかの拠点が吹っ飛ばされる。
「にしては狙いがえらく慎重だな」
「きっと、電機関係の施設を破壊したく無いんでしょう」
マドナはアパートの上から、サーマルで周囲の偵察を行いながら、街から出る最短コースを導きだす。
「北西の方は比較的手薄ですね」
「と言うより誰も居ないだろ、古いショッピングモールがあったんだが、治安部隊がモールに住んでた500人を虐殺してから誰も寄り付かなくなった」
マドナはそれは好都合だと思い、そのショッピングモールを通ることにした。
マドナとジムはアパートから降りようとした時、シューというロケット推進音が耳に入る。
ロケットは真っ直ぐガンシップへ進み、夜闇に小さな太陽を作った。
スティンガーミサイル!連中あんな物まで……州兵の倉庫から盗まれたのか?などと考えを巡らせていると、ガンシップの残骸がこちらへ向かってくる。
「あーヤバい」
マドナとジムは顔を見合わせると、アパートの上からアクション映画顔負けの大ジャンプを魅せる。
飛行機はアパートを4階建てにし、周囲を火の海にした。
「畜生!ついてねぇ」
「こちらヒガナ!マドナ応答して!」
短波無線で呼び掛けて来たヒガナへ、心配性なんだからとボヤきながら呼び掛けに答える。
「この程度じゃ死にはしませんよ」
「良かった、そっちはどお?」
「危うくサンドイッチになるところでした、早く合流しましょう」
「悪いけど、それは出来ない」
「ヒガナ?」
無線から、ショットガンの音と治安部隊の声が聞こえると合流出来ない理由を理解した。
「ヒガナ!街の外れにある広場で合流ですよ!」
内容がヒガナに届いたかどうかはわからないが、無事を祈るしかなかった。
統治者ヘリーガーにて
「治安部隊はまだ目標を探し回っているのか?」
苛立つ男は、この国一番の力と野心を持つ男だ。
作戦指揮官からもたらされる、最重要目標捕獲の情報を今か今かと待っていた。
「お言葉ですがヘリーガー総帥、我々は全力を尽くしております」
ヘリーガーは、では何故捕まえられない!と声を荒らげる。
「事前情報無しにギャングの親玉を捕獲するのは、どんな組織でも不可能にちか……」
その平淡な返答にますます怒りを露にする。
「調査していると言ったではないか!!!」
灰皿を投げ、煙草の吸い殻が辺りに散乱するが、指揮官はお構い無しに話を続ける。
「それはあくまでも、潜伏予想場所の調査であり、そこに居るかはわからないと申し上げた筈ですが」
ヘリーガーは、このどうしようもない怒りをぶつけるべく、徹底的にやれと命令した。
「よろしいのですか?電力設備には極力損害を出すな、と仰りましたが」
「手ぬるい!ガンシップを総動員しろ!白リン弾であのスラム街を焼き払え!」
「いいか!どんな場所でも見逃すな!」
指揮官は周りの物に当たり散らしながら、寝室へと向かうヘリーガーの姿を哀れみの目で見つめる。
「治安部隊へ捜索範囲を広げるよう通達しろ、それから執行官を呼べ」




