悪法でも法があるだけマシなんです
「諸君!諸君らは断罪を望むか!」
そびえ立つビルの一つに、仰向けになった男女5人と、頭に黒い布を被った執行官と呼ばれている大男が巨大な斧を持っていた。
「通貨偽造」
「無許可の殺人」
「禁止品の所持」
「執行官へ侮辱」
「育児放棄」
「己の罪を悔いて地獄の門を叩くがいい!」
汝一切の望みを捨てよ!汝一切の望みを捨てよ!
民衆がダンテの神曲の言葉を口にすると、執行官が斧を振り下ろして刑罰を与える。
遥か天空から首が落下し、スイカのように割れる。
民衆は大いに沸き、翌日になると斬首された者達の身体は、張り付けにされた。
そんな罪人に通行人は、石を投げて今日の運勢を占った。
「まるで中世だよな」
「いや、むしろこれが人間らしいよ」
ヒガナ達は、兄弟が住んでいた秩序に足を踏み入れていた。
調査したデータを見せると言われて、兄弟が住む自称国家へ案内された矢先の出来事だった。
「あんなに大きなビル、どうやって20年間も維持してるの?」
先ほど処刑台となったビルを見上げ、疑問を投げかける。
「大陸改造計画の一環で建設されたビルですよ、旅客機の衝突にも耐えられるって豪語してました」
大陸改造計画とはその名の通り、アメリカ大陸の全土のインフラ整備と都市開発の計画だ。
当時の大統領が、金融危機によって大暴落した株価と経済を建て直すための、起死回生の策だった。
倒産寸前の企業や失業者に職を与え、首の皮一枚でも残そうとしたのだ。
しかし、その努力もむなしく世界は崩壊し、結果耐久年数だけは無駄にあるインフラと都市が、アメリカ各地に分散して残っていた。
そのお陰で、一部の人々は冬でも凍え死なずに済んだのが唯一の救いだろう。
餓死はしたが……
ヒガナ達は、国の中心地を抜けて裏道へ足を踏み入れる。
ゴミ箱やドラッグ中毒者を避けて通り、裏道を抜けると、そこには雑然とした街並みが広がっていた。
幾つも連なったマンションの下に、東南アジアで見られるような露店が広がり、人が塵のように歩き回っていた。
「典型的なスラム街ですね」
「行こう、この先に俺達の家がある」
兄弟は人ごみに向かい、ヒガナ達はそれに追従する。
露店には食料品は勿論のこと、ドラッグや酒に体重測定、散髪、等々の様々な店があった。
「スラムってのは、どうしてこう似通ってるんでしょうね………ヒガナ?」
ヒガナは顔色を悪くし、浮かない表情だった。
そんなヒガナの手を掴む、力強い歩きで人ごみを進み続ける。
「辛いなら私に言って下さい、叩き潰しますから」
少女は小さく頷き、アンドロイドは微笑んだ。
「遅いぞ」「大分待った」「その通り」
「貴殿方が進み過ぎなんです」
「まぁそんなことはどうでもいい、こっちだ」
どうでもいいなら聴くなよ、そうマドナは思いつつ大通りの喧騒から外れ、裏路地の更に裏道へ入る。
「ここを抜ければ家につく」
「目標数5」
「ん?」
マドナがそう言った矢先、物陰から出てきた5人の男達に囲まれた。
「ようブラザー、宇宙人調査クラブは順調か」
「えぇ、まぁ……今月の支払いはまだじゃ……」
バタフライナイフを持った男が、器用にナイフを取り出し、ニックの首元へナイフを突きつける。
取り出し方を沢山練習したようだ。
「口答えするな!!!3か月も滞納して何様のつもりだ!」
「い、いや、でも……」
ニックのどもった話し方に苛ついた男は、ナイフの柄部分で思いっきり殴った。
額が切れて、血が滲むのを見た兄のジムが止めに入った。
「おい、止めてくれ弟には手を出すな!」
「テメェ誰に向かって口をきいてる!」
男は激昂し、罵倒の限りを尽くした。
「お前のせいで俺がこんな仕事やらされてるんだぞ!」
ナイフを振り回して威嚇するその姿は、マドナからしてみれば非常に危険だった。
「耳か!耳を削ぎ落としてやる!」
ニックの耳を切り落とそうと、馬乗りになって耳へ刃を当てる。
俺はいつか上へ行くんだ。
舐められたら終わりだ。
とにかく金を回収するんだ、この自信の無さそうな奴から金をむしり取ってやるんだ。
だが、彼はこの時選択を誤った。
「おい」
突然ヒガナが男の顔面目掛け、膝蹴りをお見舞いする。
「あがぁぁぁぁ!」
鼻を折られて悶絶し、鼻血を垂れ流しながらふらふらとさ迷う。
「なぁ!?」
驚いた男の仲間が銃を抜こうと、腰に手を回した瞬間、マドナは瞬きの時間すら与えずに、4人の男達を撃ち抜く。
ヒガナはマガジンポーチへ手を伸ばし、取り敢えず手に取った弾を装填すると、逃げるバタフライナイフ男へ向かって射撃する。
男の腕へドラゴンブレス弾が命中、マグネシウムペレットが、男の手のひらとナイフを融合させてしまった。
ヒガナは追おうとしたが、土地勘の無いこの地域で敵を追うのは得策ではないと判断し、大通りに出たところで追跡を断念した。
マドナの所まで戻ると、兄弟は頭を抱えていた。
「嘘だろ……ギャングを殺してしまった」
「ここのギャングってそんなにヤバいの?」
「ヤバい?ヤバい何てもんじゃない!」
ギャングはスラム街の支配者だ。
少し前までは、治安部隊による弾圧がそれほどなく、持ちつ持たれつの関係だった。
だが、東海岸共和国の攻撃以降、風向きが変わった。
新しい独裁者は、貧民層が占拠している地域を掌握し、スラム街から盗電されている電力を工場へ回したいと考えた。
工場へ電力を回し、再び向かってくるであろう東海岸軍への防御を備えたいのだ。
だが、実に街の3割がギャングの支配地域の中、武力による弾圧は得策ではなかった。
瞬く間に治安部隊とギャングの戦闘は激化し、統治者側の攻撃によって巻き込まれる住民、報復の為にギャングや反乱組織へ入る悪循環を起こした。
本当にどうしようもない世界である。
「尾行されてないな?」
「されてないけど家はバレてるよ」
やっとのことで、兄弟の家へたどり着いたヒガナ達は、装備の整備と弾薬のチェックを行った。
「12ゲージ64発、榴弾2マガジン、エアバースト弾3発、缶詰爆弾4個マドナは?」
「バレットは3つ、ベレッタは2つと11発あと手榴弾とスモーク、フラッシュバンが一つずつ」
鋭くも、我が子を見る母親のように銃を手入れする姿は、愛に溢れていた。
「弾がもっと要りますね、プリンタで出来ます?」
「ショットシェルから12.7mmまで、材料さえあれば作れるよ」
武器の整備が終わると同時に、兄弟が荷造りを終える。
「なぁ、本当に、オールドソルジャー達が、匿ってくれるの……?」
不安そうな顔をしているニックは、今にも倒れそうな声で話していた。
「えぇ、貴殿方の集めた情報を渡せば悪いようにはしない」
「で、でもさぁ」
不安なのか、冷や汗をかくニックへヒガナは、餌を撒いてみる。
「向こうにスパコンになってたゲーム機がいっぱいあるよ」
「え、マジで!」
チョロいな。
「ぴーえす、なんちゃらだったっけかな?繋げてスパコンにしてた奴が大量に残ってる」
「よし!行ってやるぞ!」
本当にチョロいな、そうヒガナは思った。
「と、その前に」
ヒガナはドアへ近付き、ワイヤーを張った。
1時間後……
階段を上がる足音と床の軋みが、不快なワルツを踊る中、二人のギャングがドアの前へ辿り着く。
「もうとっくに逃げてるんじゃないか?」
「それでも調べるんだよ、鉄屑でも布切れでも、工夫すれば売れるんだ」
ドアノブへ手を掛けるが、どうにも気が乗らなかった。
「どうした?」
「何か嫌な予感がする、出直そうぜ」
「馬鹿!ビビってんのか、腰の銃貸せ」
相棒から銃を引ったくると、手本を見せてやると言ってドアを蹴破ろうとする。
「いいかこう言うのはな、銃をちらつかせながらドアを」
建物全体が揺れ、二人組の体へ無数の破片が突き刺さる。
爆発によって黒煙が上がり、その様子は遠くからでも良く見えた。
「罠ってのは、AKから発射される弾より恐ろしいって父親が言ってたかな」
爆発音を聴いたヒガナは、人ごみを避けて街の外へ歩みを進める。
「急ごう、もう少しで外出禁止時刻だ」
太陽が沈む中、命懸けの鬼ごっこが始まろうとしていた。
東海岸共和国にて
「トレバー大佐!部隊の準備完了致しました」
年の食った男は、椅子を軋ませながら立ち上がると、無線で指示を出した。
「達する、これより我々はアメリカを奪還する」
「かつて我々は世界の頂点に君臨し、何者にも捕らわれない力を保持していた」
「だが今はどうだろうか?海辺で過ごす我々は、崖に突き落とされかけた羊にも見えるだろう」
「奴隷になる前に奴隷にしてやるのだ」
この日、東海岸共和国は西へ向けて前進した。
「西へ進め!目標はロサンゼルス!」




