虚ろな鬱
分隊支援火器の制圧射撃を行い、その隙に兵士達は移動する。
「ファイア!ファイア!」
蟻のように押し寄せるアンドロイドに、必死の抵抗を続けるアルファ隊は、研究室に立て籠っていた。
ドアの前で防衛に当たるミニミ軽機関銃とM32グレネードランチャーが、防御の要だ。
「リロード、カバー!」
機関銃が装填する間に、グレネードがやってくる敵を粉砕する。
外から聞こえてくる爆発音に、焦りながらも目的の物を探す。
「いくら探しても見付からない」
「そこの棚はどうだ?」
「食器棚に隠すと思うのか?」
資料の山をひっくり返し、鍵の付いたロッカーを片っ端から抉じ開けても見付からない。
アールが無理矢理起動させたPCのデータを調べていると、一件のメールを見つけた。
「ロサンゼルスへの輸送を完了しました。予定通りそちらの研究データの破棄をお願いします。だ、そうだ」
「クソ!無駄足だったな、引き上げるぞ」
「まて、あの民間人はどうする?」
「この情報を持ち帰る人間が必要だ、ブラボー隊は離脱、アルファは民間人を探すぞ」
寮内にて
ドン!と12.7mmの重厚な音で、また1体また一体と強制停止させてゆく。
(残弾数残り僅か、弾切れに注意せよ)
ノーマルM4を持ったアンドロイド達が、ファイア&ムーブメントを繰り返しながら、マドナへ迫ってくる。
「ヒガナ!そっちに一体来ます!」
「了解!」
窓際から狙撃を掻い潜った敵は、ヒガナのショットガンで排除された。
走り来る敵をスコープで補足し、少し手前に照準を合わせ撃つ。
撃ち漏らした敵は、ヒガナのバックショット弾で頭部から腹部へと順にばら蒔く。
人工皮膚が剥げ、BPが撒き散らす血液が鯨の潮吹きの様に巻き散らした。
自らのショットで写し出した、どす黒くも鮮やかな死に思わず滾る。
下半身が濡れた気がして、ズボンに指を這わせ、濡れた指に目をやる。
べっとりと返り血が付いていたが、みた途端に欲の高まりを感じた。
「こんな事で欲情するなんて、どうかしてるのかな……」
顔を赤らめ、目前に死が迫り来ると言うのに、どうしてこんな気分なのだろう。
「ヒガナ!ラッシュが来てますよ!」
マドナの声で我を取り戻し、再び戦闘の狂喜に沈み込む。
「ヴァグァ!」
化け物より化け物な声で叫びながら、残弾を気にせず撃ちまくる。
と、突然マドナに腰を掴まれて、窓から飛び降りた。
マドナの居た場所が爆発し、強烈な炎が襲い来る。
「サーモバリック弾です、ヤバかったですよ」
「焼け死ぬのだけは御免蒙るねぇ……」
大学の外へ出ると、無線で再度呼び掛けを行う。
「こちら現地協力者、応答願います、どうぞ」
「こちらアルファ1、そちらの位置は?」
今度は、無線が通じたようだった。
40分後……
「装置は発見出来ず、ロサンゼルスに装置があるようだ」
「それじゃあ、骨折り損だねぇ」
ヒガナとジャック達は、ぼろアパートの上で、無線を使いながら情報交換をしていた。
「我々はロサンゼルスに向かう、君らはどうする?」
「私達も同行させてもらうよ、目的の為に何もしないのは愚かだからね」
「よしきたそれじゃぁ……」
「退避!」
向かい側にいた特殊部隊員達が、大慌てで建物から降り始めた。
動物的感覚に従い、反射的に光学迷彩を作動させて伏せると、ビーンという音と共に屋上が爆発する。
「うぇぇぇ!?」
「航空攻撃ですよ!退避です!」
あたふたと、ぼろアパートを降りて別の建物へと移る。
「多分自爆ドローンです、反政府組織がよく使ってましたけど、あんな物にまで感染していたとは」
「彼らが無事だと良いんだけど」
「夜になってから移動しましょう、それまで屋内待機です」
「じゃあ、夜になったら起こして」
ヒガナは、携帯端末からイヤホンを取り出し、その耳と感情を揺らしながら眠りについた。
この日から私達は、西へ進み続けた。
いつもより速く歩き、いつもより早く眠りについた。
移動し続けた。
そして私達が少し歩き疲れた頃、その兄弟に出会った。
「りんごの花ほころび〜川面にかすみたち〜♪
君なき里にも〜♪春はしのびよりぬ〜♪」
ヒガナはロシア民謡を歌いながら、ハイウェイを自転車で進みゆく。
「ヒガナそれ歌うの何回目ですか?」
「多分5回〜!」
移動手段を失くしたヒガナ達は、放置された自転車を修理して、ロサンゼルスを目指していた。
「マドナ〜 スラッグ弾がもうないよ〜」
「はいはい、次に商人を見付けたら、この前ヒガナが落としたエネルギーパックもついでに買いましょうね」
「うげ、まだ怒ってる」
自転車が道が緩やかな坂に差し掛かると、川を流れる木の葉のように滑りだす。
「マドナって静かに怒るタイプだよね〜」
「何か問題でも?」
「なにも〜あっ、そこに寄って」
ヒガナは、ガソリンスタンド併設のコンビニへ寄ると、自転車を降りて店内を探索し始めた。
いつもの通り、店内はソ連崩壊後のスーパー並みに物が無く、カウンターの下から古びたチョコバーが見付かっただけだった。
「添加物90%対核戦争用チョコバーだって」
「体に悪そうです」
店を出ると、マドナが何かを見つけたようで、バレットを構える。
「前方400m、廃棄されたストライカー付近に熱源」
直ぐ様、ポーチから双眼鏡を取り出し、対象を視認する。
なにやらしゃがみこんで、装甲車を弄くっていた。
「撃つ?」
「ならず者には見えません、道を聴いてみますか?」
ヒガナは、慣れた手つきでAA12に散弾を装填すると、じりじりと熱源へ近付いて行く。
「私が行くから、そこで見張ってて」
車両の間をすり抜け、検問所のポールを飛び越える。
連休中の高速道路のように車が連なり、干からびた死体があちこち転がっていた。
撃たれたのか頭部に頭が開いていたり、テディベアを持ったままチャイルドシートに縛られた死体もあった。
湿った風が吹き付ける中、アスファルトを歩く音が耳を震わせる。
男はこちらに気付かずに、まだエンジンを見ていた。
「ハロー」
ヒガナが挨拶をすると、男のスパナを回す手が硬直し、まるで頭に銃を突き付けられたような顔をした。
「どうしたニック?」
ストライカー装甲車の中から、もう1人男が出てきた。
二人組は無用心な事に、ライフルを床に置いて作業していた為、反撃すら出来なかったのである。
「……何が欲しいんだ、工具箱を置くから待ってくれ」
男は工具箱を置き、その場で跪いた。
「ここで何をしている」
「ちょ、調査だ……血液植物を調査していた」
「ああ、そうだ、弟の言う通りだ、僕らはBP調査委員会で25年前から調査してる」
ヒガナは武器を下ろすと、無線でマドナへさっき見つけたチョコ頂戴と言う。
「それではお二方、その話詳しく聴きましょうか」
おもちゃ屋にて
「いい場所だろ、SFオタクの弟が見付けたんだ」
湿った風が、雨を含めて引き連れてやって来た頃、雨宿りの為に、彼ら兄弟の拠点を借りることとなった。
「この眼鏡掛けた、如何にもって見た目してるのがニック、俺の弟だ」
「で、俺はジム、ハンサムだろ」
歯を見せて笑うジムに、ヒガナは無表情で答える。
白湯を飲むヒガナは、彼らの自己紹介よりも、下がスースーすることが気になっていた。
濡れた服を脱いだヒガナは、下着の替えが無いことに気付き、仕方なくマドナの上着に身を包んだ。
思えば3週間同じ服を着ていたので、そろそろ洗濯をしないといけない頃合いだった。
マドナが雨水をバケツに溜めて、下着から戦闘服までもみ洗いしている様子を、ニックが見ていたので兄のジムがそれを咎める。
「おい、レディに失礼だろ、あとお前も何か話せ」
「いや、だって女の子と話したこと何て殆んど無いから……」
「毎月ミニシアターの受付と話してるだろ」
「あれは婆さんだからだろ!」
そんな彼らのやり取りを見て、何時の時代も、コミュニケーションが苦手な人間は居るんだな、と実感した。
「俺達がまだ、酒も飲めない年の頃だ」
「突然現れたBPに、世界中が大パニックに陥った。ロシアでは戦車400台が感染……いや寄生と言うべきなか?」
「感染でも寄生でも侵食でも、どれでもいいから説明しろ」
「あぁ、それでだ、僕ら兄弟は調査委員会に参加した」
「ボランティアでな」
度々口を挟むジムに、苛立ちつつスケッチブックを使ってヒガナへ更に詳しく説明する。
軍が撃墜したBPを調べ尽くしたが、血液が人間の物とほぼ同じということ以外は、何も判らず仕舞いだった。
世間からのプレッシャーを感じ、マスコミが連日押し掛ける日々を過ごしていた。
エイリアン研究クラブや、宗教団体から毎日のように開示請求や脅迫文がメールやSNS、から送られてくるそんな時だった。
BPが墜落し、落ちた残骸で一家全員が死亡した事件があった。
警察が、DNA鑑定の為に現場にあった肉片や血液を採取し、鑑定したところ、元退役軍人のDNAと一致したのだ。
その後も調査を進めると、一昔前の政治家に活動家、第二次大戦中に戦死した兵士、ベトナム、パナマ、クリミアありとあらゆる国籍、戦場の戦士達の血液だったのだ。
「えーつまりなんだ、死んだ人間が器械に乗り移って攻撃して来てるのか?」
「「うん!」」
首を勢いよく縦に振る兄弟に、ヒガナは頭を抱えた。
「過去から学ばず、歴史を蔑ろにした結果がこれか……」
マットレスに横たわり、AA12を抱き寄せ、引き金を引く。
空撃ちの音が、ヒガナに間接的な死を与える。
「あと1日……あと1日生き延びよう」
崩れた商品棚から姿を見せるアーミー人形が、こちらを凝視していた。




