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塀を失った弊害

ランタンの光に紛れて、マリファナの煙が辺りに充満する。


そしてその片手には、琥珀色の水が入った瓶を握っていた。


ヒガナは、マリファナを吹かし、琥珀色の水を音を立てて飲む。


「ヒガナ飲み過ぎですよ」


「うるしゃい」


「酔ってます?」


「よわない!だってこれ水だものぉ」


「成分にアルコールを含んでいると、表記されていますよ、未成年の飲酒は違法です」


「ふふふ、ふぅ……マリファナはこの国で合法化されてたし、アルコールはきっと機械の誤作動だよぉ」


コテッと机に顔を突っ伏し、小さな寝息立てて眠る。


マドナは、空いたボトルと吸いかけのマリファナを片付け、ヒガナに毛布を掛ける。


温度計は25.4度を指し、人間が丁度過ごしやすい温度になっている。


ヒガナは歯軋りをして「ソビエト社会主義地下連邦」とか「ナチスドイツ空中帝国」と妙な寝言を言っていた。


「寝顔はかわいいのに可愛げのない寝言」


メモリーに寝顔を記録すると、ヒガナを車の中へ抱え入れた。


空を見上げると、ジェット特有の音を立てて、ファントムが飛行していた。


私もBPに感染したら、ああなってしまうのだろうか?そう考えると、何故か体内エネルギー循環速度が速まるのを感じた。





日が登った頃にて


スピーカーから流れるカントリーミュージックに耳を傾けながら、車は草原を進む。


のどかな雰囲気ではあるが、その風景は歴史を残していた。


田舎道にも関わらず道端には、錆びた車やキャンプ用品の数々が放置され、草と共に風景の一部と化していた。


「ここの連中は何処へ行ったのかな?」


車や生活用品を捨てて、移動するのは奇妙だと思い、そんな疑問を呟く。


だが、世界は残酷な事に、その回答を直ぐ側に用意していた。


車を降りてヒガナが水を汲もうと、近くの池へ近付いた時、水底に大量の骨があったのだ。


「殺してわざわざ水に放り投げたのか?ナンセンスだ」


ヒガナは、数十年前の出来事とはいえ、水をわざわざ台無しにする殺害方法に合理性を感じなかった。


「世が世なら、マスコミがカメラの前で、悲しい顔をしながら喜んだでしょうね」


マドナが、渋い顔で自嘲気味に言い放つ。


「映画で見たことあるけど、マスコミってそんなに酷かったの?」


「酷いなんてものじゃありません、店の強盗を取り締まったら翌日の新聞に、AIの反乱!治安部隊の暴走!シビリアンコントロールは消えたって、散々言われましたよ」


「自分達で勝手に造っておいて、命令通り行動したら今度は、要らないもの扱い」


「思い出すだけで、CPUがショートしそうですよ」


何とも言えない空気になる中、2人は自らの顔と共に水面に写る煙を目にした。


後ろを振り返ってみると、何本もの白い煙が、空へ向かって伸びていた。


「食料、水が枯渇、燃料もない補給しないと不味いよね」


「弾薬には余裕がありますよ」


マドナのジョークに、ヒガナは唇を丸め「それは笑えないよ」と返した。





食事時の一時間後にて


「もし?すみません!」


外からやって来た突然の訪問者に、集落の人間、特に入り口付近の住人は慌て出した。


子供を家に入れ、家畜小屋に布を被せ、村中から武器を用意してそれを男達に持たせた。


「何の用だ?」


訪問者の姿を見た男達は驚いた。


訪問者2人が女性で、しかもそのうちの1人は子供だからである。シカモビジンデアル


「私、マドナと申します」


「早速なのですが、食料や水、燃料とこちらの持ち物を交換したいのですが」


「あんた商人か?」


「いえ、しがない旅人です」


マドナの笑みに警戒しつつ、物々交換の交渉に入る。


ヒガナ達は、キューバ産の葉巻に弾薬、調子の悪い小型3Dプリンタで修復したCDラジカセや本を取引に出した。


集落側は、輪になって相談しながら、何と何を交換するかを話し合っていた。


「どうする?弾薬は余分に合っても困らないし、本は、子供達に読み書きを教えられる良い教科書だ」


「CDラジカセもいいぞ、最近集落の雰囲気が暗い、ギターや笛だけじゃ物足りなかったんだ」


「向こうは余裕がないんだろ、足元見たって良いんじゃないか?」


「おいやめろよ、可哀想じゃないか」


「ただでさえ物資不足なんだ、甘いこと言ってられない」


住人達は迷いに迷い、最終的にはラジカセと本、葉巻3本と取引した。


しかし、燃料を手に入れることは出来なかった。


ガソリンは、そう易々と生産出来る物でもないからだ。


食料を車に積み込んでいる間に、ヒガナは道を訊ねてみた。


「この先22ヤード先に……」


ヒガナは頭を抱えた。


ヤードポンド法は、メートル法に慣れたヒガナにとって、悪夢の様な単位なのだ。


「とっても申し訳ないんだけど、メートル法でお願い出来ます?」


と、頼んだがメートル法は分からないと言って、ヤードポンド法で全部説明された。


お陰で、単位をマドナと一緒に再計算する羽目になったのは、よい思い……良い思い出………にはならなかった。




取引を終えた後、ヒガナとマドナはまた音楽をかけながら、道を進む。


「……さっきのヤードポンドおじさん言ってたこと…覚えてる?」


「えぇ、確か東海岸共和国とか言うのが、居るんでしたよね」


「そう、それに加えてゲリラやテロリストも居る」


東海岸共和国は、大陸の東海岸側にある国家だ。


この荒廃した世界にも、秩序をもたらそうとしているのだ。


彼らは、田舎町にある小さな州裁判所から勢力を広げ、今では東海岸の約80%を支配下に置いている。


だが悲しい事に、その国力を増大させる一方、奴隷制の復活や独自の宗教観を押し進める方針が仇となり、反対勢力を増やす事となった。


その対応の為に、大規模な兵力を投じて大陸を掌握しようとしたが、失敗したのだ。


歴史から学ばなかった彼らは、人心の掌握に失敗し、計画性のない侵攻が、各地に無数の都市と兵器を分散させた。


伝わって来た話によると、敗走した東軍の兵士を引き込み、力を手にした独裁者や暴君が各地に自らの王国を造ったそうだ。


今からヒガナ達が行くのは、そういう所なのだ。


「あの爺さんの言ってた所に燃料はあるかな?」


「さぁどうでしょ?案外反対勢力との殺し合いでガソリンの一滴もなかったりして」


「反対勢力も暴力革命とか無政府主義とか信じてる連中だしね」


そう言いながら、あくびをして目を擦るヒガナを見て、マドナは毛布を渡すがいいと言われてしまう。


「私が東国に居た時には、エコテロリストとか、世界思想統一戦線って名乗ってる奴らも居たな」


「何ですかそれ?」


「なんか、世界中の人が同じ考えになれば争いが起きずに済むっていう思想らしいよ、差別とか失くそうって言ってた」


「あら、結構いい連中じゃないですか」


「学校は洗脳教育機関だって言って、爆弾仕掛けてたね〜」


「馬鹿みたいな連中ですね」


「その馬鹿みたいな連中しか、対抗する勢力が居ないってのが、ある意味この世界で一番荒廃してる部分なのかも」


小さな沈黙の後、マドナは深く唸った。


「お互い嫌な時代に生きてますね」


「ほんとにね」


ポケットから、アンドロイド用エナジーバーを取り出し、口にした直後、キラキラと光る物をカメラが捉えた。


マドナは一瞬のうちに、ハンドルを切り車道から大きく逸れると、林に突っ込んだ。


「ちょっと何!?」


「車から離れて!」


M107対物ライフルを車内で構えると、助手席側の窓ごとサーマルに映る熱源へ向かって撃ち込む。


ガラスは砕け、何者かの顔の半分を弾き飛ばす。


「アンブッシュとはツイてない」


素早く下車すると、その場で応戦する。


ヒガナはショットガンを、単連射しながら後退する。


それを援護するように、マドナは敵を狙撃する。


「フラグアウト!」


手製手榴弾が起爆し、数百個の釘と破片が飛び散る。


32連マガジンを装填し、フル装填されたエアバースト弾を、手当たり次第に撃ち込む。


小さな爆発と共に、草木の破片と土埃に混じりながら、タンパク質が飛び散る。


ドラムマガジンをうち尽くすと、バックパック横に作ったドラムマガジン専用入れに収納し、新しいマガジンをセットする。


「囲まれてる!」


少数ながらも、敵に囲まれ身動きが取れない状況が続く。


「火力では我々が上です!押し返せ!」


珍しく敬語を使わないマドナは、向かってくる敵にバレットを向け、固定砲台のようにどっしり構え、あらゆる方向へ射撃する。


その様子を見たヒガナは、このままでは悪戯に弾を消費するだけだと判断し、奥の手を使うことにした。


「マドナ!光学迷彩を使う」


「了解!」


バッテリーの劣化によって、消耗電力が激しい光学迷彩は、2〜3分程度の稼働が限界であり、正に奥の手だった。


体の全体が揺らめきながら消え、ヒガナの体は、透明度の薄いガラスの様になった。


姿を消したヒガナは、敵の包囲を抜けて背後へ回り込むと、1人づつナイフで首元を掻っ切っる。


2人以上で固まって行動している集団には、サプレッサーを取り付けた拳銃を使い、気付かれる事なく殺す。


最初は、疎らに聞こえていた銃声も、最後には小鳥のさえずりが聞こえるまでになった。


ヒガナは姿勢を低くしながら、マドナに駆け寄る。


「あの廃屋が見えますか?」


マドナが指差した方向を見ると、崩壊したレンガ造りの建物から、キラキラと光る物を見つけた。


「恐らくスナイパーが運転手を狙撃、車を止めた後に別動隊が包囲して、我々の持ち物を奪うって算段だったんでしょうね」


マドナは、折り畳んでいた二脚を立てると、距離を測定する。


「私が観測しようか?」


「この距離なら外しません」


弾道予想計算を終えたマドナは、レンガの壁ごと敵を撃ち抜く。


敵は血を流しながら建物を、転げ落ちる。


「ナイスキル」


そう言って、マドナの肩を叩く。


「死体を確認しましょう」





廃屋には、肺をぐちゃぐちゃにされたスナイパーの死体と寝泊まりの跡が残されていた。


我々を狙っていたのは、古風なM1903ライフルを握り締めた白髪の老いた男だったのだ。


雨を凌ぐのがやっとな屋根に、マットレスやミートと印刷された缶詰が残されている。


何か無いかと漁っていると、命令書を発見した。


命令書


町へ誰も通すな


増援を送る


通る奴は発見次第殺せ


奴らを干上がらせろ



「どうやら反体制組織みたいね」


「次の目的地では、また民間人とゲリラの選別作業が見れますよ」


「あーヤダヤダ」


「取り敢えず、また戦車に追いかけ回されないように祈ろう」


2人はため息をつきながら、まず林に突っ込んだ車を、車道へ戻す作業を始めたのだった。






執筆者不明の日記より


今日はトラックに乗った奴を撃った。


残りは、この前増援に来た連中にリンチされた。


その中に5歳くらいの男の子も居た。


昔っから政府とか権力が嫌いだった。


だから、政治家の権力には屈しない運動に署名したり、自由平等を主張する人間に票を入れた。


政府は私の農場を、国家存亡の危機を救う為と言って差し押さえた。


だからその時の恨みもあったと思う。


反権力を主張する者達の仲間入りをした。


だが結局、連中も権力に取り付かれた。


どちらも変わらなかった。


もしも、20年前国が崩壊する以前に私がこの事に気付いていれば、何か変わったのかもしれない。


私は、明日も人を撃つだろう。


もし、助手席に子供が居たら私は撃てないかもしれない。

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