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愚か者の嘆き

「パラシュートに不具合報告がないのは何故か」


「ん〜不具合が発生した人に生還者がいないから?」


「正解!」


揺れる車内で、ヒガナとマドナはブラックジョーククイズに興じていた。


木漏れ日が差し込む森の中を、合衆国陸軍が発注した車で進みつつ、次の問題を出す。


「じゃあ次、妻と息子と愛人が飛行機事故で死んだ、助かったのは誰だ」


「これは簡単、答えは夫ね!」


「正解!」


2人で大笑いする中、車は停車する。


「どしたの?」


「前方に障害物」


見ると木材運搬車が倒れて道を塞ぎ、それと一緒に大量の木材が道を妨げていた。


「爆薬があれば撤去出来るかな?」


マドナは車から降りると、倒れた樹木を持ち上げてみる。


「流石に無理かな……」


来た道を戻るか、それとも障害物の撤去を行うか、決めかねていた所、視覚センサが視界内に熱源を捉えた。


「前方347mに野生動物を確認」


マドナの声に反応して、ヒガナが双眼鏡を覗くと鹿がいた。


「ちょっと小さいねぇ」


「それでも成人男性1人を賄える質量があります」


ヒガナは、散弾銃の弾種を銅製スラッグ弾に変えた。


鉛弾だと鉛中毒を起こす可能性があるからだ。


「車はここに置いておくの?」


「見張れたらいいんですけど、1人で行動する方が無用心ですし」


鹿は、こちらを全く警戒しておらず、どこか気の抜けた様子だった。


50m前後まで接近し、狙いを定める。


「さぁ、晩御飯はステーキだ」


心臓を狙った弾は致命傷にならず、鹿はその生存本能に従い逃げて行く。


「しまった!」


「追いましょう」


逃げた鹿を追って、更に森の奥へ歩みを進める。


「そういえば、さっき道どう突破します?」


「うーん、現状戻るしかないし、鹿を追いながら迂回路がないか探そうかな」


「了解」


足跡を頼りに鹿を追っていると、マドナが脚部を気にし出した。


「どうしたの?」


「すみません、ちょっとガタが来たみたいで」


20年以上眠っていたので、流石に部品が劣化しているらしく、それが不整地で出たようだった。


「でも、20年経ってる割に肌が新品みたいに綺麗」


「人工皮膚のお陰です、全身金属だと衝撃を吸収出来ないので、大部分に生きた細胞を使ってるんです」


「一部は、金属とか強化プラスチックを使ってるので、流石に劣化しますけど」


アンドロイドの優れた生態を知って、ヒガナは感心した。


だが、それと同時に、これだけ高度な技術を有して尚、世界が滅んだのは何故だろう?


そう、考えさせられた。


小川を渡り、石に躓きそうになったり、小鳥のさえずりに鼓膜を震わせながら歩いていると、鹿が力尽ついて横たわっていた。


「出血死したのかな?苦しませてごめんね」


鹿へ敬意をはらうと、解体するべくナイフを取り出す。


「動くな!」


突如大声が響くと、猟銃を構えた男達に囲まれていた。


「武器を捨てて跪け!」


威圧する若い男は、人を撃つのに慣れていなさそうな様子で、銃を握る手が微かに震えていた。


「囲まれたね」


「すみません、あくまでも私は地域交流の為に設計されたので、コミュニケーション能力は充実してるんですけど、待ち伏せとかそう言うのには弱くて」


「あぁ、ごめん別に皮肉とかそう言うのじゃないの……」


「なにこそこそ話してるんだ!」


「…………」


ヒガナは周囲を見渡すと、自分達を囲む人達の中に、まだ12歳にも満たない子供の姿があった。


その子供の姿にトラウマが甦る。


砕けた頭蓋骨に、こぼれた目玉が飛び出した姿が脳裏にはっきりと写し出される。


呼吸が荒くなり、視界がぐるぐると狭まって、収縮する。


「ま、まどな」


そう呼び掛けた直後、身体中の力が抜け意識を失った。









「!!!」


目覚めた瞬間、ヒガナは力の限り暴れた。


だが、椅子に体をベルトで縛り付けられ、口には猿ぐつわがされて大声を出せずにいた。


ガン!と中華料理で使われるような肉切り包丁が、ヒガナの目の前に突き刺さる。


「お目覚めかい?」


そう言って、優しく語り掛けてくるのは、中年の人の良さそうな顔をした男だ。


「全く、奴らには生命への礼儀がなっていない」


猿ぐつわを外すと髪の毛から頬へと、手を這わせる。


だが不思議な事に、その手は変質者が這わせるよ

うな手ではなく、とても柔らかな手つきだった。


「僕の名前はミヒトだ」


「そうだね、まず僕は君を食べようと思っている」


背筋に悪寒が走っていたが、ここに来てその悪寒が全速ダッシュを始めた。


「だけどその前に……君と僕の人生について分かち合おうと思っているんだ、どうだい?」


人の良さそうな笑みを浮かべる男に対し、ヒガナは、「死ねカニバリズム野郎」と返した。


少し悲しそうな顔をした後、親睦を深めようと言って、食事の準備をし始める。


ニンニクを薄く切ってフライパンに入れると、鹿の肉をソテーする。


次に卵を溶いてフライパンに投入し、ソテーした肉を要領良く切ると、固まってきた卵へ入れる。


「最近ニンニクにハマっていてね、退屈だった味に刺激が出るんだ」


楽しそうに話すミヒトは、さっき言った言葉を忘れたかのように、鹿肉の料理を作る。


最後に、出来上がった料理を皿の上に載せて、その上から塩コショウをさっとかける。


テーブルに置かれた料理に疑いの目を向ける。


そんなヒガナにミヒトは、安心してまだ人肉は使ってない。


そう、笑いながらゴム手袋を外して、別の使い古した包丁を取り出すと、先ほどと同じように調理を始める。


ただし、今度は二足歩行の動物の肉を使って調理する。


料理はテーブルに並べられ、パンと一緒に置かれた。


腕の拘束が解かれ木のスプーンを差し出される。


最初は躊躇っていたが、空腹に耐え兼ねて料理に手をつけた。


その様子を、ミヒトは満足そうに見つめていた。


食事が終わると、今度は本を読み聞かせ始める。


子供向けの冒険小説を、日が暮れるまで読み聞かせられた。


「もうこんな時間なのか、ベッドで寝ようか」


拘束されたままベッドに持って行かれ、椅子の次はベッドに縛り付けられる。


「おやすみ、いい夢をみてね」


ヒガナは、眠れなかった寝てるうちに、腕をもぎ取られて、食べられるのではないかと不安だったのだ。


そして、睡魔と格闘しながら1日を終え、朝になるまで眠ることが出来なかった。




マドナにて


「暴れるな!」


油圧式の腕は伊達ではなく、強力で大人1人ぐらいなら、簡単に説き伏せられるが、流石に6人では限度があった。


「凄い力だ、手錠が壊れたぞ」


マドナは、動力の許す限り暴れていた。


「信じらんねぇ、飲まず食わずで3日だってのに、まだ暴れてやがる」


幸いアンドロイドであることは、まだバレておらず、多少タフな女と見られているようだった。


「いい加減諦めてくれんか」


「誰が諦めるものですか!」


老人は、マドナへ馬鹿げた要求ばかりをしてくる。


「君の連れは運がなかったんだ、だから諦めてくれ」


「貴方は馬鹿なの?初等教育すら受けてないんですか?」


老人は、萎びたため息をすると、腰を痛めながら立ち上がる。


「そりゃ分かってるよ、村の全員を助ける為に生け贄を出すなんてね」


「でも仕方がないんだよ、あの男を倒す為に討伐隊を幾つも送り込んだが皆死んでしまうし」


「何より、我らはこの土地を離れて暮らすのは不可能だ」


「察してはくれまいか」


(この人物との対話は不可能、脱出を推奨)


アドバイスシステムも、マドナの感情モジュールと同一の意見を持っているようで、急いでここから出て、ヒガナを探さなければならないと思っていた。


「まあいい、お主も大勢の命を預かる立場になれば分かる筈だ」


そう言って老人は、よろよろと部屋から出て言った。


「ヒガナ……」





ミヒトの家にて


「あはぁあぁぁはあは」


気色の悪い声を出しながら、ヒガナが拘束されたベッドの横で腰を振っている理由は皆様の想像にお任せしよう。


これを4日間連続でやっていた。


「あぁぁぁはぁ、やっぱり君の横でするのは、気持ちいよぉ」


鼻を付くような臭いに顔をしかめ、それと同時に泣きそうになる。


異常行為は、1日目からどんどん酷くなって行き、文明が滅びる前、如何に自分が誠実な人間であったかを強調しながら、気持ち悪い声を出していた。


人肉を使ったかと思えば、変な所は紳士的だったりしている。


そんな訳もあって、殆んど眠れていなかったのだ。


「ごめんねぇ、最近村の連中が赤ん坊しか寄越さないから、人と話す機会が中々なくて、久々に興奮してるんだ」


獣のような息遣いと、人間の姿を掛け持つこの男を前に、ヒガナは酷い退屈を感じていた。


「今日は僕がまだ生まれ変わる前の話をしてあげよう」


また自分語りかと、呆れながらその話を聞いた。


自分は典型的ないじめられっ子だった。


いつも服を汚しながら帰って来ては、母親に怒鳴り散らされ、父親は僕に男の癖に情けないやり返せって言ってくるんだ。


いつか復讐してやろうと思っていたよ。


でも、臆病な僕は出来なかったんだよ。


そんな時、僕に転機が訪れたんだ!


いじめっ子が、絵のコンクールで交通事故をテーマにした物を書くからって言い始めてね。


車に引かれて来いって、言ったんだ。


僕は、臆病だからさ。


言われるがままに引かれたんだ。


わざと車道へ飛び出して、真っ赤な車に引かれたんだ。


その時さ!宙に浮く僕の体が新しい人生を産み出したんだ!


赤い太陽!そう赤い太陽が僕の頭上を駆け巡ったんだ!


その太陽が、僕の周りの人間を皆焼いてね!いい匂いだった。


僕は退院してすぐに行動したよ。


僕がいじめられる原因なったあの女さ!僕が乳牛見たいな匂いがするって言っただけで、いじめっ子達が僕を標的にしたんだ!


それにあの女は、あいつの彼女だったんだ!!裏切りやがったんだ!


だからあの女をよびだして森で殺してにくを焼いて食べたんだおいしかったよぉでも腕だけじゃぜんぜん腹がふくれなくてそのあと腹をさらのかわりにしてのうみそをたべたんだそしたらたまらなくおいしくてぜんぶたべちゃっただできればににくをのこしておきたかったのにぼくってばうっかりしてるよねあへへへへそのあとあいつのいえのぽすとにおんなのめだまとしきゅうをつめておいたんだまちのひとたちがおおさわぎしててとってもしんぞうがどきどきしたよでもみんなだれもぼくがやったとおもわないからさうけるよねぇそのあともいっぱいたべたんだけどだれもきがつかなかったんだよでもっておやがまちをきみわるがってぼくはまちをでていくことになったんだだれもぼくにきがつかないぼくはとうめいにんげんだぼくはとうめいにんげんだぼくはとうめいにんげんだぼくはとうめいにんげんだぼくはとうめいにんげんだぼくはとうめいにんげんだぼくはとうめいにんげんだぼくはとうめいにんげんだぼくはとうめいにんげんだぼくはとうめいにんげんだぼくはとうめいにんげんだぼくはとうめいにんげんだぼくはとうめいにんげんだぼくはとうめいにんげんだ



「うきゃきゃきゃ!」


狂乱するミヒトは、ヒガナの周りで踊り狂った。


「なんだ結局自業自得じゃないか」


「え?」


「いじめられたのも、お前の話がつまらないのも、全部お前がつまらないからだよ」


「ぼ、ぼくが」


「はっきり言ってやるよ、お前がやけに紳士的に振る舞うのは、過去の失敗をメモしてやりくりしてるだけだ」


「人間に対する過剰な興味と、その異常性癖が気に入られなかったんだよ」


「乳牛の匂いがするだって?」


「そんなこと言ったら、誰だって引くだろ」


「人間を、自分の性欲を満たす為だけの存在としか認識出来ない時点で、お前はつまらない男だよ」


「わかったか?このケダモノめ」


その言葉はあまりにも男にとって、残酷だったのだろう。


ミヒトは、怒り狂い暴れ散らした。


「お前の腹を皿にして!この前貰った赤ん坊の頭を食べてやるからな!」


「クソ!お前に何が分かる!!!ぼくは小学校でいちばんだったんだぞ!ぼくはいっぱい人を殺してやったんだぞ!」


「それがどうした、結局全部自分の自慰じゃないか」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


ミヒトは肉切り包丁をヒガナ向けて振り下ろし、ヒガナは自らに向かってくる刃を見て、死を覚悟する。


ドシャン!


ミヒトは、痛みに声を上げる間も無く千切れた。


壁一面に血と肉片がへばり付き、上半身と下半身が離れ離れになった。


対物ライフルを抱えたマドナがドアを蹴破り、ヒガナの拘束具を外す。


「遅くなりました!」


「マドナ!」


二人は抱き締め合い、互いに安堵の表情を浮かべる。


「早くここから出ましょう」


ヒガナは、近くにあった燃料缶をミヒトへかけると、火をつけた。


「マドナ、村の連中の所へ」


「危険です、今すぐにでも逃げた方が」


「いいから!」




村にて


「子供達を寝かせてくるよ」


老人は、そう言って二階へ上がる為に階段を登ろうとする。


「動くなよ」


HK45を突き付け、ホールドアップ状態に持ち込む。


「お、お前は確かあいつに渡した筈じゃあ」


「あの異常性癖野郎か?殺してやったよ」


「そうか、そうなのかそれは良かった」


その図々しい態度にイラついたヒガナは、拳銃のグリップで殴りつける。


「アレが言ってたんだ、村の連中が赤ん坊しか寄越さないってさ」


「さ、さぁ何のことだか」


とぼける老人へ銃口を後頭部へ当てて、威嚇する。


「わかった、わかった本当の事を話す」


老人は村から少し離れた納屋へ連れて行くと、 鍵の掛かった扉を開いた。


「なんだこれは!?」


そこには、何人かの妊婦の姿があった。


そして驚くべき事に、鎖で繋がれ声が出せないように、猿ぐつわをされていた。


「こいつ、生け贄の為に女を拉致していたのか!」


その凄惨たる光景に、ヒガナとマドナは眉をひそめた。


「仕方なかったんだ!」


「村を守る為だ、仕方なかったんだ」


拘束された女性の元へ駆け寄り、マドナが鎖を外す。


「大丈夫ですか?」


女は弱々しく、指を指して震える唇で言う。


「あの男にやられた」


ますます嫌悪が強くなる中、ヒガナは何かに気付く。


「さっきから聴いてれば何か変だな」


「普通はここまでしないよなぁ」


「その性癖からして、お前アレの父親じゃないか?」


その言葉に胸を詰まらせて、冷や汗をだらだらと流す。


「図星か……」


「吐き気がするよ」


「だから何だって言うんだ!親が子供を庇うのは当たり前だろ!」


ヒガナは、老人の足へ一発撃ち込む。


「あ゛ぁ、まて!話せばわか」


そして、頭へ銃弾をダブルタップで叩き込む。


「親なら子供の後始末ぐらい付けろ」


暫くの沈黙の後、マドナが声をかける。


「全員死亡しました」


「こんな環境で子供を産めば、こうなる事ぐらい知っていた筈なのに、くそ」


誰も救われないこの出来事は、彼女達のメモリーに刻み込まれた。


このどうしようもない世界で、それでも生き続けなければならない。


「マドナ………」


マドナは、その消え入りそうな声に応え、ヒガナを優しく抱き締める。


なぜこの子がこんな目に、会わなくてはならないのだろう。


マドナは、自分を造った社会とこの世界を恨んだ。

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