大浴場にて
カルルは、ギルドに行ってトカゲの目玉を納品すると、その報酬として銀貨を15枚貰った。
その後、すぐさま衣服店に向かって新品の服とカーゴパンツを購入。それらを脇に抱えて、その足で大浴場に向かった。
ある程度乾いているとは言え、湿地帯に行ったせいでほぼ全身がヘドロで塗れている。一刻も早く不浄な物を落として、新しい服に着替えたいところだ。
大浴場に入ってきたカルルを見るが早く、片手の平を向けた店主に銀貨3枚を投げ渡すと脱衣所に向かう。
服を脱いで裸になり、大浴場に駆け込んだ。
大浴場に入ると、カルルはすぐさま桶で汲んだ湯を浴びつつ全身を満遍なく洗った。
体の汚れと、そこから放たれる悪臭が消えたことを確認する。汗もすっかり流れてくれたようだ。
ただ、念の為にもう一度体と頭を念入りに洗ってから、湯船にゆっくりと浸かった。
薬草の香りがほのかに漂う温かい湯が全身を包み込む。筋肉が解されるような心地よい感覚に、ホッと息を吐く。
ふと、浴場を見回す。
どうやら、今の時間はカルル以外に誰も利用していないようだ。
この浴場は、大勢の労働者の為に建設された施設だ。
仕事終わりの夕暮れ時になると、沢山の労働者、主に肉体労働をこなす人達が一斉に押し寄せて来る。空いている時間帯を見て順番に来れば良いというのに、何故か特定の時間帯に全員が来るのだ。きっと、無意識というか、本能的なものがそうさせているのだろう。
そのため、広い浴場であっても人で溢れ返るのだ。普段であれば、こうして1人で伸び伸びと入っていられない。
大浴場のカウンターの横に置いてあった柱時計を見たので分かるが、この世界の労働者の仕事が終わるまで後1時間はある。だから、最高で1時間はこうして広い風呂を独占出来るのだ。
「そこのお主、少しいいかのう?」
そう。独占すること、が。
カルルは慌てて立ち上がり、周囲を見回した。
声がした。それもすぐ近くだ。
「お主」と誰かを呼ぶ、幼さを感じる声だ。
「何をしておる?そこのお主じゃ。はよこっちを向かんか」
背後から聞こえた。
カルルは恐る恐る振り返った。
そこにいたのはーーー
腰に手を当ててこちらを見上げている、金髪赤眼の幼女だった。
一体いつからいたのだろうか。頭部には狐と思しき耳が生えており、臀部付近からはフサフサの黄金色の尻尾が生えていた。
人の姿を取りながら、獣の体を僅かに残していることを見るに、人間と獣の混血児である「獣人」だろう。
そして、この幼女は何よりも。
「まったく・・・ようやく気付きおったわ。人の子は、なにゆえこうもドンくさいのかのお」
裸だった。
平たい胸から突出しているピンク色の乳首の先端から、毛の生えていない秘部の割れ目に至るまで、あますことなく色白の肌をさらけ出していた。
「・・・」
「なんじゃ?赤面しおって。ふむ、もしや我の裸体に欲情したのか?」
「いえ、そういう訳では・・・」
これまで見た事のない程綺麗な体であったので、思わず見とれてしまった。しかし、そんなことは気恥ずかしさから口に出せず、カルルは顔をそらして横目で見た。
そんなカルルの姿を見て、幼女はクスクスと笑いだした。
「フフフ・・・男というものは、いつ見ても素直でかわゆいのお・・・じゃが、この話はまたにしておくかの」
そう一呼吸おいて、幼女はカルルに真っ直ぐ向き直った。
「実はの、お主に確認したいことがあってここまで追ってきたのじゃ」
「確認したいこと・・・ですか?」
浴槽にゆっくりと腰を下ろしながら聞き返す。追ってきたらしいが気が付かなかった。しかし、ひとまず相手の話を聞くことが先だろう。誰なのかは知らないが、敵意はなさそうだ。
「お主、その術をどこで身に着けた?転生者にしては拍子抜けするほど弱々しかった。どういうことじゃ?」
「・・・はい?」
突拍子もなく質問され、カルルは首を捻らせた。その様子を見て説明不足と気が付いたのか、幼女は「すまんすまん」と謝った。
「実は偶然にもな、お主が数々の魔物を1鳴りの音で呼び寄せ従えていた姿を目撃しての。俗に言う、魔物を手懐ける術じゃろう。我は、この地に定住してから3000年もの月日を重ねてきたが、この地に定住する住民が、あのような術を使っているのを見た事はない。これは転生者に違いないと思った我は、お主を始末しようとその後を追ったのじゃ」
「・・・ちょっと待ってください。始末ですって?今、誰を始末するって言いました?」
「お主じゃよお主!我の術で顕現させた「黒トカゲ」で始末しようとしたのじゃ。ところがお主・・・」
そう一呼吸おくと、フッと噴き出した。
「何ともか弱いものよのお!従えている魔物どもの攻撃が効かぬと分かり、青ざめた表情!そして、汚泥に塗れてもがく姿は傑作じゃったぞ!」
ケラケラと笑いだした。
どうやら、カルルを襲ったあの「黒いトカゲ」の正体は、自称3000年間も生きている、眼前の幼女のチカラによって顕現された存在だったようだ。
自分が笑われていることに対して腹が立たないわけではないが、ここは怒りを抑えて会話を続けることにした。
「あれは、アナタが作った魔物だったんですね・・・本当にビックリしましたよ」
「そうじゃとも!刃物で攻撃してきた時は少々驚いたが、引いてやらぬと酷じゃろうなと思い「攻撃を受けて苦しむ振り」をして退散してやったわ!」
あれは演技だったのか。
機転を利かせたつもりだったが、そうと分かった途端に自身を喪失しそうになる。
「まあとにかく、俺ののうりょ・・・術は、アナタの言う転生者の使う術とは違いますよ。もらいものとかじゃなくて、自分の力で習得したんです」
ここは嘘を付いて置いた。女神から与えられたと言えば、あらぬ誤解を招きかねないからだ。
「そうかそうか。やはりあやつらとは違うんじゃな。あの時は疑って悪かったのう」
「では、そろそろ失礼します」
疑いも晴れて話も済んだだろう。
カルルが湯船から出ようとした時だった。
「ちょいと待て」
幼女が、カルルを呼び止めてきた。
体勢を変えないまま、首だけを回して幼女を見る。
「何ですか?もう話は終わったんじゃないんですか?」
「まあ待て。話はもう1つある。仮にお主が転生者ではなかった場合に提案しようと思ってたことじゃ」
「提案?」
「うむ」と頷き、幼女はニコやかに言った。
「お主、我の弟子にならんか?」