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歪な世界の反逆者(改変バージョン)  作者: ドライアイス
第一章
6/14

闘技場

闘技場。


この世界における、娯楽を提供するドーム状の施設だ。


客席は、外をフチ取るようにグルリと配置されており、その中央にて魔物、動物、はたまた人間を1対1で戦わせて、その迫力満点の戦いの観戦を楽しめる。


客席の配置には理由がある。


このような形をとることで、どのような席を選んだとしても観戦が容易になるからど。障害物が邪魔で見えないといった問題に悩まされずに済むという、運営側の配慮が大きく反映された作りだ。


なお、入場料は無料で、観戦者全員に昼食が配られる。


国民にとって何よりの楽しみの1つとなっているこの観戦の参加は、貴賤や性別、年齢は問われないため誰でも観戦可能だ。


必ず月の初めに開催されるため、人々はこのイベントに胸を躍らせながら、毎日のつまらなくて簡素で苦痛な日常を享受している。


転生者と呼ばれる存在が来る前から行われている、国民に人気のイベントだ。その歴史は古く、今から3000年以上前から開催されていたと言われているらしい。


そして今日、そのイベントが開催された。


会場には長蛇の列が出来ていて、入場時間になった途端に大量の人間が会場になだれ込んできた。


用意された客席に座らなければ、例外なく追い出されてしまうのだ。客たちは慌てながら、時折罵声と暴力を飛ばしながら用意された席に駆け込んだ。


そして、黒いローブに身を包んだ1人の男も、御多分に漏れず客席を求めて足を速めた。


10分と待たずに客席は満員となり、男もどうにか席を確保出来た。


5分経過して、昼食のサンドイッチがスタッフによって配られるのと同時、遂に目当ての見世物が登場した。



左側から1人、会場の中央に歩いて来たのは、フード無しの紫色のローブを纏った少女だ。年齢は10歳程度に見える。


左腕には、不格好にも赤色の布が巻かれていた。


この闘技場にて戦いに参加する者は、便宜上それぞれの体のどこかに赤、もしくは白の布を巻く。


基本的に戦う者の名前は呼ばず、代わりに赤、白と呼ぶこととなる。例えば赤が勝ったならば、レフェリーに「勝者、赤サイド」と呼ばれるのだ。


改めて少女を見てみる。肩までかかる金髪に、頭部からは一対の獣の耳が生えている。臀部付近からは、少女の背丈程もあるフサフサの尻尾が、天に向かって伸びていた。形からしてキツネだろう。


獣の耳と尻尾を持つ人間の存在は、この世界においては珍しくはない。


人間と獣の混血児は溢れており、人の形を取りながら獣の名残のある生物が支配する国もあるのだ。恐らく、その国の出身者なのだろう。


この闘技場において、獣人も人間として認められている。参加するという点に問題はない。


歓声に応えるように、万遍の笑みを浮かべて少女が手を振っていると、対戦相手であるもう1人が入場してきた。


布製の胸当てと黒いハーフパンツを纏った少女だ。年齢は15歳程度だろうか。鍛え上げた腕や足、色黒の肌、腹筋を見るに格闘家のようだ。腕には白い布が巻かれているため、こちらが白ということだ。


「押忍!」という、よくわからない掛け声を上げた格闘家の少女は、鼻息を鳴らして獣耳の少女を睨むと、ズカズカと歩み寄ってその胸ぐらを掴み上げた。


「ちょっと!何、ヘラヘラとしているのよ!これは決闘よ!負けた者がどうなるのか分かっているの!緊張感がないわよ!」


シン、と静まり返る会場。獣耳の少女は、辺りをキョロキョロと見てから少女に視線を戻し、数秒の間を置いてこう言った。


「なんじゃ藪から棒に・・・我はただ、観客達の声に応えていただけではないか。何故言い咎められるのじゃ?理不尽ではないか?・・・皆の者!そうとは思わぬか?」


獣耳の少女の問いに、会場からはそれを肯定する声が降り注いだ。


「ほーれ見た事か!我のしたことは1つも間違っておらんわ!緊張感とやらはお主が勝手に持っていれば良い。我に強要するでないわ!」


「あ・・・あなたは・・・」


「決闘を始める!両者、定位置に付けい!」


この決闘の勝者の判断をするレフェリーが、決闘場に来ると同時に声をあげた。


格闘家の少女は、しぶしぶと言った感じで乱暴に手を離し、定位置についた。獣耳の少女は、スキップでもするかのような足取りで指定の位置に付き、決闘の開始を待っている。


レフェリーが両者の顔を見て、完全に会場が静まり返ったことを確認すると、決闘開始の合図であるホイッスルを鳴り響かせた。



この試合において、反則というものは存在しない。どのような手段であっても、いかなる武器を使っても、勝った者こそが正義なのだ。それによって負けた者に非があるというのが、この闘技場におけるルールだ。


会場からの歓喜の声と同時に動いたのは、格闘家の少女だった。


軽いフットワークを駆使して一気に近づき、右ひじを突き出してきた。


獣耳の少女は、体を仰け反らせることでそれを身軽に避け、腰の捻りから回し蹴りも続けて避けると、獣耳の少女が一気に近づいて---


フッと、頭に吐息を吹きかけて、すぐに間合いを取った。


「・・・?」


格闘家の少女は勿論、会場中が困惑した。


今まさに、攻撃を当てるチャンスだったはずだ。それなのに、息を吹きかけるとはどういうことなのか?


「な、なめてんの!?」


続いて連撃を放つが、どれを取っても攻撃が当たらない。


アックスボンバー、サマーソルト、飛び膝蹴りといった様々な技を繰り出すものの、当たる寸前のところでヒラリ、ヒラリと避けながら、格闘家少女に向かって吐息を吐き当てている。


それから15分。同じような光景が続いた。


通常ならば、退屈を感じて帰ってしまうだろう。


しかし、観客達は飽きることなく戦闘を見守っていた。


この行為に、何かしらの意味があると信じていることもあるが、激しいぶつかり合いのない決闘ということに、何よりの珍しさを感じているのだろう。


今までにない決闘の展開に、観客達は獣耳の少女にくぎ付けになっている。


攻撃は当たることなく、だからと言って強い反撃をすることもない少女にしびれを切らせたのか、格闘家の少女は攻撃の手を止めることなく激昂した。


「ふざけんじゃないわよ!私をおちょっくっているのかしら!?」


しかし、獣耳の少女はヘラヘラと笑った。


「若いのう・・・あれだけ動いて、こうも声を張り上げられるとは感心じゃ。ほれ、その若さの力で我に一撃当ててみるがよい!」


「このぉ!」


拳を振り上げそう叫んだその時だった。


格闘家の少女は、突然膝から崩れ落ちた。のみならず、両腕もダラリと垂らし、チョコンとその場に座り込んでしまった。


その姿を見ながら、獣耳の少女はニンマリと笑みを浮かべてこう言った。


「とは言うものの、そのような気力は残っておらんようじゃな・・・ホッホッホ」


「ま、まだだ・・・まだ私は戦えるっ!気合いさえあれば、どんな困難だって・・・!」


無理やり立ち上がろうとして、腹這いになって無様に倒れ伏した。


体を起こすことも出来ないのだろう。ぎこちない動きで顔を上げ、獣耳の少女を見上げている。自分の体に何が起こったのか、少しも分かっていないと言った表情だ。


それを説明するかのように、獣耳の少女は腰を落として口を開いた。


「我がお主に息を吐きかけていたのはな、お主の体力と気力、思考力を限界まで落とし込むためじゃ。我の妖術の1つである、力の減退の前に敗北したんじゃよ。呆気ないのう。もう少し楽しめると思ったんじゃがのう」


会場内がザワつく。期待していた通り、これまでのことには意味があったと歓喜している。


つまり、この少女は無意味に息を吐いていたのではなかったということだ。


力比べや殴り合いを仕掛けるよりも、身軽さで逃げ回り、相手が弱るのを待った方が効率よく倒せると思った故の行動だろう。


「く・・・まだやれる・・・ここで勝たなければ、私は・・・」


敗北を認めようとしない。そこで少女は、身を屈め視線を合わせてこう言った。


「まだやるかの?動けないお主を、我が直々にいたぶってやってもいいんじゃぞ?その皮膚を引き裂き、肉を抉り、贓物を潰し、白骨を粉砕してやっても良いのじゃ。お主の原型が分からなくなるまで叩いて、すり潰してやっても良いのじゃぞ?」


唇を噛み、上目遣いで睨むんでいる格闘家の少女の顎を、指先でクイッと持ち上げて、


「お主の負けじゃ。大人しく処されるが良い」


万遍の笑みでそう言った。


「うう・・・くっそ・・・お・・・」


「そこまで!勝者!赤サイド!」


レフェリーの声が響くと同時、観客達からの歓声や惜しみない拍手が上がった。


「これで釈放じゃな」


赤い布を投げ捨てながらそう言い、獣耳の少女は闘技場から去って行った。

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