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歪な世界の反逆者(改変バージョン)  作者: ドライアイス
第一章
2/14

手始めに

音が聞こえる。


木の葉が擦れ合う乾いた音。鳥の甲高いさえずり。雲の流れる低い音といった、心地よい自然の音が聞こえてくる。


カルルはそっと目を開けた。始めは視界がボヤけていたが、徐々に景色が鮮明に見えてきた。


青い空には、丸くて眩しい太陽が浮かんでおり、その周囲には千切れた綿のように立体的な雲が流れていた。


何故か、今のカルルは仰向けに倒れていた。背中や臀部の下の雑草が、彼の体を撫でてくる。


ゆっくりと立ち上がると、カルルは周囲を観察するために視線を動かした。


乱立する樹木。要所要所に生えている草花。ゼンマイなどの山菜も見える。


幹から抉れて倒れた樹木もあり、そこからはキノコが無数に生えていた。


どうやら、ここは森の中のようだ。自分以外に人らしき気配はない。


自分の体を見ると、所々が破けた服とズボン、そして、腰からは1本のナイフが下げられていた。


「...おい!」


声が聞こえた。慌てて周囲に目を向けるが、やはり人は何処にもいない。


「どこ見てんだ!ここだよ!ここ!」


声を良く聞き目を凝らすと、声の発信源はすぐに判明した。声は、自分の足の先から聞こえる。


いや、正確に言うと、発信源はつま先に転がっていた透明な水晶玉からだ。


カルルは、おもむろに水晶玉を拾うとマジマジとそれを眺めた。


よく見ると、水晶には少女の顔が浮かんでいる。白髪赤眼の少女だ。頬杖をついて、こちらを上目遣いで睨んでいる。


この少女は見覚えがある。カルルは額に指を当てて思考を巡らせ、すぐに思い出した。確か、カルルを蘇えらせてくれると言っていた、女神を名乗る少女だ。


この口の悪さは間違いようがない。これまで口の悪い女性と話したのも、この少女が初めてだ。


「ったく、ようやく見つけたか...おい、カルル・カエサル!アタシの声は聞こえてるよな?」


フルネームを呼ばれた。返事はこの水晶に向かってすればいいのだろうか。


「...聞こえてますよ」


「そうか、なら良い。上手く蘇生出来たみてぇで安心した」


「あの...女神...様?」


「なんだ」


「ここは何処なんですか?それと、この水晶は...?」


おずおずと質問するカルルに対し、少女もとい女神は盛大に舌打ちをしてため息をついた。


「もう忘れちまったのか?人間ってのは、マジで想像力もねぇ、記憶力もねぇ、察しも悪ぃしょうもねぇ生き物なんだな」


「察せないことは認めます...でも、何も分からないので教えていただけませんか?」


「わーったよ。1度しか言わねぇからよく聞けよ?」


それから、女神は気だるそうな口調で説明を始めた。


まず、カルルは女神の力によって生き返った。


肉体と魂の転送先に選ばれたのが、現在カルルがいる森の中だ。カルルが女神に出会う前___つまり死ぬ前まで暮らしていた世界だ。


何故この森に転送したのかと言えば、カルルの死体が転がっている場所がこの森の中だったからだ。だから、生前に身に着けていた服や、腰から下げたナイフはそのまま残っている。


ちなみに、生前に肉体に負った傷は、女神の力で完璧に修復したので傷も痛みもない。


そして、この水晶は転送直後にカルルに持たせたという。


女神自身が作った代物で、今のように女神のいる天界と、カルルのいる現実の世界を跨ぎながら直接会話が出来る優れものだと女神は言っていた。


しかも、会話だけでなくお互いの顔も見える。今も、欠伸混じりに説明をしている女神の顔がしっかりと見えている。


水晶を貰った記憶は全くないが、女神がそう言っており、なおかつカルルはこうして水晶を持っている。この際、途中経過はどうだっていい。


「この水晶を持たせたのは、こうしてくだらねぇ会話をするためだけじゃねぇ。アタシが直々にテメェに指導するためだ」


「指導?」


何のことか分からない。首を傾げるカルルに、女神は眉根を寄せた。


「転生者だ。転生者を抹殺ための能力の使い方をアタシが教えてやるって言ってんだよ」


ここまで聞いて、カルルはようやく全てを思い出した。


女神は、この世界に存在する転生者の討伐をさせることを目的にカルルを生き返らせた。


当然、カルルも同意の上だ。転生者を嫌っているというお互いの意見が一致したので、このようにカルルは生き返ったのだ。


そして、転生者達に対抗するために女神からとある能力が与えられた。これまでのことを思い出した途端、カルル自身も何かしらの能力を持っている実感が湧いてきた。


「いいか?今からアタシがアンタに与えた能力について説明してやる。言われた通りに動けよ?」


「...わかりました」


拒否をする理由はないし、断ったところでこれからどうすればいいのか分からない。ここは女神の言葉の通りに動いた方が最善だろう。


カルルは、水晶玉を握ったまま立ち上がった。





「ここは真っ直ぐ進め」


「はい」


「次は左だ」


「あの...どこに向かってるんですか?」


「行けばわかる。今は黙ってアタシに従っとけ」


こんなやり取りをしながら、カルルは女神の言われるままに歩いている。


かれこれ20分近くは歩いている。徐々に森の奥深くに進んでおり、辺りの木々の密度も増えている。


樹木に日光を遮られる関係上、周囲が薄暗い。進めば進む程に暗さが増していき、カルルは不安で胸が満たされていくのを感じた。


「よし、着いたぜ」


女神の声に反応するように顔を上げる。


しかし、そこに目新しいものは何もなかった。依然として、木々と草花が密集しているだけだった。


「何もありませんが?」


「遠くの方をよーく見てみろ。何か見えねぇか?」


言われて目を凝らす。


確かにいた。正面の、木々の隙間から見える場所に何かがいる。


全身が茶色い毛皮で覆われた、2足歩行の魔物だ。背丈は10歳の少年程度。頭は犬だが体付きは人間とよく似ている。


長い舌をダラリと垂らし、片手には粗雑な棍棒を握っている魔物。


数は1匹だ。カルルはこの魔物に見覚えがあった。


名称はコボルト。薄暗い場所を好む魔物だ。知能は低くて力も弱く、初級冒険者の練習相手に匹敵するような個体である。カルル自身が初級の冒険者だった頃に、練習のために大量に討伐をした経験がある。


普段は集団で行動しているが、その群れから2、3匹程度がはぐれることは珍しくない。


今カルルが目撃したコボルトも、はぐれたうちの1匹なのだろう。


「これから、アンタが持つ能力について教えてやる。手始めにあの魔物を殺せ」


「え?コボルトをですか?能力の説明とどう関係が?」


「殺した方が能力を説明する時に都合が良いんだよ。さっさとやれ」


苛立たし気に口を動かす女神に、カルルは黙って頷いた。言う通りにしなければ説明してくれないようだ。


「...わかりましたよ」


女神が映っている水晶玉を足元に置くと、カルルは口笛を吹いた。


その甲高い音に反応して、コボルトがこちらにゆっくりと振り返った。


目は血走っており、舌の先からは下品にもヨダレをダラダラと垂らしている。コボルド側としては、最高の餌が見つかったと歓喜しているのだろう。


数秒間の沈黙の後、コボルトはこん棒を後方に放り投げて、手足をバタつかせながらカルルに飛びかかった。口を大きく開けて、鋭利な牙を頭に突き立てるべく迫っていく。


しかし、カルルはそんな相手の動きに驚くこともなく、慣れたように体を少しだけ横にズラして噛みつきを避けた。


飛びかかってくることは、コボルトが馬鹿の一つ覚えのごとく頻繁にしてくる攻撃方法だ。冒険者をしているカルルは、もう数え切れない程見てきた。


それから、腰に下げたナイフを手に取ると、すぐ横を通ったコボルトの眼球目掛けて力任せに突き刺し、勢いよく引き抜いた。


片方の眼球を潰されたコボルトは、空中でバランスを崩して倒れ込み、絶叫しながらのたうち回った。


カルルは、そんなコボルトの首に片足を乗せて、体重を乗せながら体全体を捻じった。ボキンという生々しい音が響いた。コボルトの首の骨が折れた音だ。


音と共に、コボルトは横たわったまま少しも動かなくなった。


コボルトは非常に弱い。富裕層が好んで飼育しているような、大型の犬よりも脆弱だ。ナイフさえあれば、魔物を屠ることを生業としている現役の冒険者か、冒険者を経験していた者であれば負けることはない。


「これでいいんですか?」


コボルトが確実に死んだことを確認してから、女神との会話を介している水晶玉を拾って尋ねる。


女神は、満足そうに何度も頷いていた。


「良い感じだ。そんじゃ、アタシが与えてやったアンタの能力について説明してやるからな」


ようやく能力について教えてもらえる。カルルは、期待感を膨らませて耳を傾けた。


女神いわく、カルルに与えた能力とは「魔物を使役する」力らしい。


何らかの方法で命を奪うことで、特定の魔物...ここでいうところのコボルトは無限に従えることが出来るとのことだ。


女神に能力の使用を促されて、カルルは実際にやってみることにした。


頭の中で魔物の名称を読みあげた後、「使役」という単語と使役したい数を付け加える。今回は2匹にした。


すると、5秒と待たずにコボルトが2匹、カルルの元に走ってきた。


変わらずヨダレを垂らしてはいるが、目は極めて穏やかだった。しかも、各々の尻尾が激しく振られている。


これは、コボルトがカルルに友好的であることを示している。敵意はなくカルルに懐いているということだ。


「能力の前では、魔物はどんな命令であっても従うぜ。走れと言えば走り、死ねと命令したら即座に命を絶つ...すげぇだろ?」


なるほど。


カルルは、試しに1匹のコボルトに向かって死ねと命令した。


すると、間髪入れずに自分の舌を噛み切って、そのまま自死した。


すぐ横にいたもう1匹のコボルトは、特にそのことに動じることもなく、変わらず尻尾を振っている。


カルルは唸った。


確かに凄い能力だ。手懐けることが非常に難しいと言われていたコボルトを、こうも簡単に操ることが出来るとは。


コボルトはともかく、この能力があれば人間を遥かに凌ぐ力と知能を持つ魔物でさえも使役することが出来るということだ。


「それと補足しておく。この能力を使うためにはな、1つだけ条件がある」


能力自体は優秀で喜べるものではある。しかし、それを発動させるには対象の魔物の殺し方に注意が必要だと言う。


途中経過はともかく、必ずカルル自らが、従わせたいその魔物にトドメを刺さなければならないというものだ。


今回は、コボルトをカルル自身が殺したので能力が適応された。これからも、どのような強い魔物が相手であっても、後で使役したいのであれば、最後は必ずカルル自身の攻撃で倒さなければならない。女神はそう説明した。


冒険者とはいえ、カルル自体は戦闘がそこまで得意ではない。武器の扱いに長けているわけでも、特別な魔法が使える訳でもない。


これから強くなるために、武器や魔法の練習をするのか。それとも、何か別の方法を考えるのか。


とにかく、女神から与えられた能力頼りという訳にはいかないようだ。


「んじゃ、説明は以上だ。早いとこ強くなって転生者共をぶっ殺してくれよな。少ししたらまた様子を見に来てやっから、それまで死ぬなよ?」


こちらの感情を知ってか知らずか、女神が淡々と言った。


それに続くように、会話のやり取りに使っていた水晶玉が空気に溶けるように消えてなくなった。

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