プロローグ
「転生者共をぶっ殺してこい」
そう言い放ったのは、とある1人の女神だった。
見た目の年齢は10歳前後。白髪のロングヘアーに赤い眼をしたその女神は、頬杖をつきながら自分の親指の先を苛立たし気に噛んでいる。
「テメェも知ってんだろ?今や、あの世界には転生者共で飽和しきってやがる。常識もねぇ、態度もでけぇ、礼節も弁えねぇ、貰い物の能力を掲げて、良い気になってるゴミクズ共がウジャウジャいるってことをよぉ?」
「どうしたんですか...?いきなりそんなことを言われても...」
戸惑いの声を上げたのは、机1つを隔ててイスに座る1人の少年だった。
名前はカルル・カエサル。通称「カルル」と呼ばれる青年だ。
15歳のカルルは、魔物の蔓延る世界___転生者から見たところの「異世界」で生まれ育った。
冒険者として活動していたが、魔物との攻防の末に命を落とした。死んでしまった後のカルルは、行くあてもなくさまよっているうちに、気がつけば真っ白な空間に行き付いた。
そこには、水色のローブをだらしなく纏った白髪赤眼の幼女がいた。
幼女の前には、椅子1脚と丸いガラステーブルが置いてあり、幼女の手招きに応じてカルルは座った。
それから幼女の「アタシは女神だ」という自己紹介の次に「転生者をぶっ殺してこい」と唐突に言われ、今に至る。
女神を名乗る幼女は、額に皺を寄せながら自分の指に噛み付いている。皮膚が裂け、指の肉が露出し、血がポタポタと滴り落ちてもなお歯を立てることを止めようとしない。
あんまり関わらない方がいいかも。
そう思い、席を立とうとした。
「あれ...?」
しかし動けなかった。立ち上がるどころか、指の関節1つさえも動かせない。まるで、見えないロープで首から下をがんじがらめにされているかのようだった。
「あの...動けないのですが、これはどういう訳で?」
「アンタが逃げねぇようにアタシの魔法で固定したんだよ。文句あんのか?」
「...いえ」
有無を言わさない威圧に、何も言えなかった。
こうなれば、話を聞く以外に道はない。カルルはひとまず疑問を投げかけた。
「ええっと...転生者がどうしたんですか?」
「だからよぉ~アタシがアンタを生き返らせてやっから、有害生物もとい転生者共を葬ってこいって言ってんだよ。ふつーはこんなことありえないんだからなぁ?女神様が直々に蘇らせてやるなんて、滅多にないことなんだぜぇ?」
「あの・・・もっと詳しい説明を・・・」
カルルの言葉を聞いた途端、ブチン、という音を立てて自分の指の肉をかみ切ると、大きく体勢を崩して自分の髪の毛を片手でかき回した。
腕を大きく動かしたせいで、着用しているローブが乱れてピンク色の乳首が見えてしまっている。それをカルルが指摘したが、女神は「んなことはどうだっていい」と全くに気にしている様子がない。
暫くの沈黙の後、女神はポツリとこう言った。
「転生者を殺して来い。アタシがアンタを蘇らせてやる。ついでに、転生者を殺すための能力もくれてやる・・・これでいいか?」
「分かりやすい説明、ありがとうございます」
要約不要の、非常に分かりやすい説明だった。
カルルも転生者のことはよく知っている。今から1年前、突如として現れた存在だ。別の星から来たようだが、そのほとんどが「チート能力」と呼ばれる力を女神から授かっている。
そのあまりの強さに、魔王さえも一撃で葬られたことも記憶に新しい。彼らの働きにより、魔王の侵略に怯える日々から開放された。しかし、転生者の増加によって甚大な被害が発生している。それこそ、魔王の侵略に怯えていた方が幸せだったと人々が口にするほどに。
転生者のもたらす弊害。それに対して女神は怒り狂っているのだろう。
「ですが・・・女神様自身が彼ら転生者を生み出したんですよね?どうして今になって殺してこいと?」
「ちげーよバカ!」
女神は声を荒げ、テーブルに拳を叩きつけた。
「転生者を排出してんのはアタシじゃねえ、別の女神だ!アタシは最初っから転生者を生み出すことに反対してた!ロクでもねえことになるってなあ!それだってのにあのクソアマ!アタシの反対を押し切って決行しやがった!そんで、世界の秩序はどうなったか知ってっか!?転生者が大量に出て来た結果、どうなっちまったか知ってんのか!?」
テーブルに拳を何度も叩き込みながら、カルルに罵声を浴びせ続ける女神。テーブル全体に亀裂が走り、その破片が弾かれるように飛び散っている。
その唐突な破壊行動を目の当たりにしたカルルは、目を見開いたまま何も出来なかった。
やがて落ち着いたのだろう。女神は、椅子にドカッと腰かけてテーブルに突っ伏した。
「くそが・・・くそがあ・・・」
「・・・分かりました。転生者をあの世界に送り出していたのは別の女神様なんですね?そして、アナタはそれに一切関与していないと、そういうことですよね?」
「ああそうだ。つーか、あいつに様付けしなくていいからな」
肩で息をする女神を見ながらカルルは考えた。
転生者は憎い。過去にカルルの実の姉を殺し、弄んだのは紛れもなく転生者の集団だ。
もしも、復讐の機会が与えられるならばそれに乗らない手はないとも考えていた。
つまり、今回の話は断る理由が何処にもないということだ。
魔物の殺された自分を復活させてくれるだけでなく、能力も与えてくれるとは最高の待遇ではないか。死んでからこのような話を持ち掛けられるとは思いもしなかったが、過程は関係ない。何よりも重要なのは、そのような環境を与えられる結果の方だ。
「女神だから知ってんだが、アンタには転生者を恨む動悸がある。そしてアタシは転生者が大嫌いだ。決してアンタの境遇に同情してるわけじゃねぇ。利害が一致してっからこうして声をかけたんだ・・・さあ、どうする?よっぽどのバカじゃねえ限り、返答は1つしかありえねえだろうがよお」
女神の言葉に対し、カルルは力強く返答した。
「お願いします。蘇らせてください。そして俺に、能力をください」
体が固定されているせいで頭を下げられない。その代わりに、カルルは真剣な表情を女神に向けた。
女神は、そのようなカルルを見ながら満足そうに何度も頷くと、指をパチンと鳴らした。
途端、カルルは全身に燃えるような熱さを感じた。まるで、巨大な炎に全身を包まれているかのようだった。
「新たな能力の付与と蘇生魔法をかけた。ちょっとばかし苦しいだろうがガマンしな」
熱は激しさを増していく。声さえ出せない苦しみに全身を震わせ---
そして、いつしか意識が無くなった。