走る
「さて、困った。」
町でアルフの一撃を切っ掛けに勢いで町から飛び出したランキスは一人草原で膝を抱えて地平線に沈む夕日を眺めながらぼやく。次の瞬間には現在の悩みの種である腹の虫が我ここにありと盛大な自己主張を発している。結局酒場では何も食べず何も準備せずに走り出したのだから少々の所持金と野太刀と装備している防具、あとは雑嚢にある薬関係しか持っていない。
次の町に着いても直ぐに食事にありつくのは無理だろう、今都合良く獲物を得られたとしても火も起こせない、かといって山菜を採ろうにも毒を貰っては堪らない。腹の虫とカラスの鳴き声が虚しくハッキリと響き彼女の悲壮感を一層際立たせる。
次の町まで走って半日、町で盗みを働くか手頃の山賊や盗賊、村を襲うか思考していると風上から迫る風切り音を察知し横に置いてあった野太刀を抜き矢を切り払う。
射手の姿は直ぐに分かった。馬に跨がりフードを被った男が弓を引いていた。酒場でランキスにナイフを放ったラルフである。
ランキスは暫く彼の様子を見て野太刀を鞘に納めた。もし暗殺に長けたラルフが本気でランキスを襲うつもりならこんな平野で、しかも風上から毒も塗っていない矢を放つことは無いだろう。酒場でも鋭い一撃であったが殺気は無かった。ラルフは矢をつがえると高い山を描かせるように上に向けて矢を放つ。大きく横に逸れたが突風に煽られランキスの3歩手前の地面に突き刺さる。狙ってやったのなら素晴らしい精度だ。ラルフは馬に繋いでいた荷物を切り離すとフードを深く被りなおし馬を走らせ去っていった。
ランキスは小さくなるラルフを見届けると刺さった矢を抜き取り先に縛られていたボロ布をほどいて広げる。
俺の荷物を使って早く行け。女共が追ってくる。
とだけ書かれていた。
「やっぱり」
ランキスは不思議と納得した。ファエルはランキスを差別することなくそれどころか恋人にするほど優しくそして頭も切れる、気遣いも行き届いており容姿も良い。女性が彼に魅力を感じるのは当然だ。
彼女達から見たらランキスは相当疎ましい存在だっただろう。大戦の敗戦民族を抜きにしても好意を寄せる男が別の女に自分達と同じ、いや、幼馴染みで元恋人と言う関係性を無意識にでも見せ付けられるのだ。
しかしファエルはランキスも含めて特別な一人を作るような素振りを見せずランキスを追い出そうにもファエルの目があるため派手なことは出来ない、それに事故を装ってもランキス自身は涼しい顔で全て防ぎきるのだ。
ランキス自身恋愛経験は少ないがメンバーの女性陣が女性特有の敵意にも似た嫉妬心を向けられていたことは最近何となく気が付いていた。
そうやって彼女達のフラストレーションが高まって来たところにランキスの失態だ。一気に爆発してもおかしくないだろう。
「??ラルフは何故私を助ける?」
ランキスは少し考えたがラルフが自分を助ける理由が分からない、特段恨まれる事もしていないとは思うが逆も然り。うーん、と頭を悩ませるランキスだったがもう二度と会うこともない相手に思考を巡らせても時間の無駄だろうとさっさとラルフの置いていったラルフの鞄を確認する。
だが、罠の可能性もあるので野太刀を振るい鞄を縦に裂き中身を溢れさせる、先ず出てきたのは銀貨を中心にしたコインだった。ずだ袋に入っていたようだが一緒に切ってしまったらしい。これだけあれば2日は食べて行けるだろう。他には各種ポーション系、これらは毒が入っている可能性もあるので使うならプロに鑑定してもらうか先に人に使わせるかしなければいけないだろう。最後に出てきたのは冒険者認識表である、しかしそこに書かれていた名前は『ランカ』と書かれていた。ランクも新米の証である銅、ランキスの腕に似つかわしくない。
違えて入れた、と言うのは完璧主義者のラルフにはあり得ないだろう。彼は彼が必要だと感じたからここに入れたのだ。ランキスは暫し考えたが認識表で死ぬとは考えづらいのでこれも持っていくことにした。
入りきるか微妙だったがギリギリ自身の雑嚢に収まった。夕日も地平線に落ち始めた、ランキスは夜営の装備はないのでこのまま走ることにした。
「…ありがと」
打ち捨てられた鞄に言葉をかけてその場を去った。