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ランキスと言う女性

「…すまない、ランキス。これ以上君を庇うことは出来そうもない。」


「…そ。」


 喧騒が響く夜の酒場で男からの言葉をランキスと呼ばれた女は短く、素っ気なく答える。ランキスは何となく組んでいる一党から弾き出されると薄々気がついていた。机の向こうで顔が見えなくなるほど頭を下げる男はランキスの元恋人のファルエ、さっきまで所属していた一党、『ゲヴァーア』のリーダーだ。ファルエは若いが聡明で博識、臨機応変な対応で今まで修羅場を潜ってきた、おまけに人望もあり仲間への気遣いも絶やさない自慢のリーダー。


いや、今は違うか…


「今、君への不満がパーティーの中で広がっている。これ以上不和が重なれば仕事にも支障が出てしまう。リーダーとして君を脱退させざる負えない。本当に申し訳ない!」


 頭を下げたままファエルは続ける。違う。違うのよファエル。


「違うわファエル。私が謝ることがあっても貴方が謝ることなんて何もない」


「違う!私なら君もパーティーの一員として皆も認めてもらえる自信があったんだ!なのに…!この様だ!」


 ファエルが顔を上げると目を赤くして涙を堪えているのが分かった。表情は変わらないがランキスは心の深いところで鈍痛が響いた、先日の大商人の集団荷馬車の護衛の際、突出しすぎた自分を庇った形で失った眼帯が余計に彼女を苦しめる。荷馬車を襲ったのは飢えた農村の村人30人弱、『ゲヴァーア』は14人、これだけなら負ける方が難しい。

 しかしそのあとが不味かった。血の臭いを嗅ぎ付けた40を越えるゴブリンの軍勢が雪崩れ込んできた。ゴブリンは粗末だか武装しており群のお長の式で攻めてくる、『ゲヴァーア』と農民とゴブリンの乱戦、各々が生き残ることで精一杯の中でランキスは他の『ゲヴァーア』のメンバー、止めろと叫ぶファエルの叫びを置き去りにして一番激しい前線の一番危険な場所に割り込んでいった。

 彼女は『ゲヴァーア』のメンバーの中で他の追随を許さない圧倒的な戦闘力を持っていた、だから彼女は危機的な場面で一番貢献しなければいけないと焦っていた。自惚れがあったと言われても否定できない、だが、その時はそれが最善だと感じた。

彼女の獲物は身の丈程ある切っ先のみ両刃の銘の無い剣、野太刀(グランド・シャムシール)。長く重く強靭で鋭い、相手に叩き付けて断つ一般的な大剣とは違い技で絶つ剣。彼女が一振りする度に農民もゴブリンも一切の差別なく体から腕や足、頭が離れていく。

 子供ほどの体格しかないゴブリンや徒党を組んで襲ってくる農民には蹴りや頭突きも多用し瞬く間に彼女の周りは血でぬかるんでいた。

 その時、離れて戦っていた農民が鍬でゴブリンの斧を弾いた、弾かれた斧は放物線を描きながらランキスの後頭部に飛んでいく。殺意がある物なら彼女も気が付いたのかも知れないが偶然の産物には彼女も対応出来ない。そこに割って入ったのが彼女を庇ったファエルだ。結果彼は片目を失った。

 これだけならまだランキスが脱退させるには少し弱い、彼等の仕事は死と隣通しであり不運な事故も良くある話だからだ。

 しかし、今回は別の理由も重なる。無愛想で無口で乏しい協調性によるメンバーからの不満、加え圧倒的な技術と技で周りが勝手に何も言えなくなり尊敬するリーダーのお気に入りである。止めに彼女が今回の戦闘で無傷だったことで


 尊敬するリーダーを楯にした

 

 そんな印象をメンバーに与えてしまった。勿論彼女にそんなつもりはないしファエルも理解している。だが、周りが勝手に暴走しランキスへは報復の話さえ出ている。彼女には知られていないだろうが。


「…ファエル、もう一度言う。貴方が謝ることなんて何一つない」


「だが!」


「……」

 

 ランキスは黙して語る。彼女の事を知るファエルは言葉が流れ出る口を絞って彼女の話を聞く。


「謝るのはむしろ私の方、私が一人にならないように毎日反対する人を説得してくれた。それ以前に何処からも受け入れてくれない私を貴方は勧誘してくれた。ずっと昔から。」


 長く伸ばした前髪を片手で広げ白い瞳をファエルに見せる。白い瞳はランキスの祖先の名残だ、ランキスの祖先は大昔にこの国と戦争を長年繰り広げ敗戦。以来白い瞳は差別の対象となり生まれながらに洗脳教育を受け生涯奴隷として扱われてもおかしくない。それを目の前の彼が守り友達になり、一時は恋人になり、救われたのだ。


「ごめんなさい。貴方には数えきれない恩があるのに仇で返してしまった。」


 今度はランキスが頭を下げる番だった。彼女が生きてきた20年は彼が居なければあり得なかった、自分と同じ白い瞳をもつ者を何人も見てきたがやはりその中でも自分は一番恵まれていると知った。全部彼のおかだ。


「そんな!俺はただ」


 ファエルが椅子を倒しながら立ち上がって叫ぶがそこから先は聞けなかった、ランキスの左後方から発せられた風切り音に体が反応し無意識に左手を立て籠手をかざして即席の盾にした。籠手と衝突し甲高い金音を響かせながらナイフは高く中を舞う。ランキスは回転するナイフを器用に摘まみ相手に返そうとして、止めた。


「…そ。」


 ファエルは一瞬呆けたが彼もプロだ、直ぐに状況を理解した。正確にはランキスに放たれた特徴的なナイフを見て理解させられた。


「そのナイフは!」


「うん。私も驚いた。」


 そのナイフの持ち主は『ゲヴァーア』内で斥候を担当するアルフと言うメンバーの手製のナイフだ。刃に細かい溝を彫り毒や火を着けた油を塗って殺傷能力を高めている。ファエルはアルフを探すが楽しげに騒ぐ客達に紛れ込んで姿は見えない。


「ランキス!これは!」


「ファエル、大丈夫。気にしてない。でも、もう行く」


 グランド・シャムシールを背負い小さな雑嚢を持ってランキスは早口に言う。


「ランキス!待て!」


「さよなら」


ファエルの言葉を置き去りにしてランキスは誰にも追いつけない速さで町を去った。

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