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彼という者

とある深く暗い、人も寄り付かない危険な森のその奥にポツンと…と言うには大きく、青年と言うには線が細い人成らざる人影が樹齢数百年は越えているような大木に背を預けて足を投げ出して座っていた。

その人影は人の形はしているが全身の肌はどんな白よりも白く、体毛も一切生えていない。性別を判別しようにもそれぞれのシンボルも見当たらない、それどころか爪も歯も目も口も耳も鼻もない。

完全なのっぺらぼうであった。

そんな存在、仮に『彼』は何時からこの森に住んでいるか分からない、もしも聞いてみても「ずっと!」と無邪気に答えるだろう。勿論人ほどの言葉を操る知性のある生物がここに来ることは無いのでそんな質問をすることはまずあり毛ないことで人の言葉、言葉と言う概念さえも『彼』にあるか怪しい。欲しいとも思ったことも無いだろう。

かれこれ三日、『彼』は飲まず食わず眠らず同じところに座ったまま同じ景色を眺めている、生物としても三大欲求を完全に知らない『彼』はやることは無く時間の許す限りこうやってじっとしている。

しかし暇で怠惰な日々を送っているような『彼』だがこの森で一番重要な役割を担っていた。


……

……………

………………っ。


耳を澄ませても聞き逃してしまいそうな小さな声、だか『彼』には聞こえていた。

回りの木と同じく全く動かなかった『彼』は座った状態から地面に穴を穿つ勢いで立ち上り、勢いそのままに向かいの木の枝に両手足を着いて着地するとすぐさま別の木の枝に跳び移る。樹齢が十数世紀を越える木が当たり前のこの森だからこそ可能な移動方法。

その姿は猿と言うより巨大な虫が跳び跳ねているかのような姿だった。


……ヒュー……ヒュー


鉄臭さが強くなってくるごとに次第に細くなる呼吸音。臭いと音を辿って行くと木々の葉の間から赤く染まった土が見えた。『彼』は地面に降り立ち土を巻き上げながら駆け寄ると腹からワタを溢した狼が横たわっていた。

『彼』はその狼に見覚えがあった。最近番を見つけ初めての出産を終えた若い雌の狼だ。

雌の狼は『彼』を見付けると一瞬緊張したようだが、次の瞬間には目には安堵が写った。『彼』は間近で雌狼の傷を見る。

が、やはり助かるとこはないと分かった。


「クウゥン。」


雌狼は首を上げ真っ直ぐ『彼』を見つめる。『彼』は雌狼の頭の下に手を差し入れると雌狼はゆっくりと瞼を閉じながら『彼』の手の上に頭を置いた。

『彼』は反対の手で雌狼の頭を一撫でると雌狼の脳を頭蓋ごと握り潰した。

乾いた枝が割れる軽い音と返り血の温度を『彼』は感じ取った。一瞬の苦痛も許さない一撃は『彼』精一杯の努力だった。

だが『彼』は悲しむ時もなく次の仕事に移る。雌狼は喰われる為に殺されたのではない。何かの糧になるわけでもなく雌狼は家族を置いたまま朽ち果てる。

怒れる気持ちを抑えながら雌狼の血と雌狼の家族の臭いを辿る、すると血の臭いと一緒に雄狼の唸り声とグギャゴギャと言う思い出すだけで不快になる鳴き声が風に乗って聞こえてきた。

まだ雌狼の家族は生きている。

その確証を得た『彼』は一層四肢に力を入れて駆ける。走ると湖のある開けた場所に出た。雄狼は艶のある毛皮を血で濡らしながら子を湖と自分の間に入れて自分達を囲む敵を歯を剥出しながら威嚇し最後の決戦に挑まんとしていた。

敵は緑色の肌で狼よりも少し大きい程度の大きさで二本足で立ち、先を尖らせた太い枝や石を割って作ったナイフや槍持って集団で狩りを行う。

しかし今回は狩りではなく遊びだと言うのは先程の雌狼の様子を見て分かった、生きるために狩ったのであるなら雌狼は巣に持ち帰り家族は見逃されていただろう、なのに奴等はいたぶり弄んで挙げ句に捨てる。

『彼』にとって『彼』が奴等と敵対する理由だ。

敵の何匹かが『彼』の接近に気付く、敵は恐れて知らずで自分達の倍の大きさを持つ『彼』が向かってきても動じずむしろ武器を掲げ走って向かってくる。

『彼』も敵に走って向いながら敵に向かって足元の土を小石ごと掬うように投げつける。土を被った先頭の敵は目に土が入り込み思わず立ち止まってしまう。

しかし後続の敵は止まらずに走り続けたため先頭とぶつかり結果的に敵の集団は団子になって折り重なりながら倒れた。

『彼』は団子になった力任せに蹴りあげる。『彼』の蹴りに直撃した敵は頭が陥没したり手足が千切れながら未だに狼を囲んでいる敵の集団に降り注いだ。

『彼』が最初の集団の生き残りを叩き付けたり踏みつて殺している間、自分の仲間の残骸が重力で威力を増しながら直撃した敵は良くて脳震盪、運が悪い敵は腕の残骸から剥き出しになった骨が眼孔に突き刺さり頭から右手が生えた奇妙な姿になった。

ここでようやく敵の本隊は『彼』に意識を向ける。『彼』も丁度生き残りを殺し終えた所だ。『彼』は敵の注目が自分に向いたことを確認すると足下に転がっていた敵の死体を頭から掴み取ると本隊に脳髄や体液が死体の足から滴り落ちる程ゆっくりと頭を握り潰した。『彼』の指の間からブヨブヨした脳が漏れ出ている。

これは『彼』なりの警告であった。


全滅させるぞと。


敵はどう受け取ったか分からない。だが攻めあぐねているようで「お前が行け。」「イヤだお前が行け。」と『彼』と対面している仲間を前へ前へ押し出している。

警告を発して約五秒、撤退の意志が見られない敵に突撃を仕掛けようと両手を地面に置いた時だった。ピー、ピー、と鳥が鳴いているような音が鳴り響いた。

それを聞いた敵は待ってましたとばかりに我先にと森の中に駆け込んでいった。途中で転んだ敵がいたが仲間に踏み潰されて死んだ。

敵が居なくなった事を確認すると『彼』は雄狼の元へ駆け寄る。緊張の糸が切れたのか雄狼は倒れるが地面ギリギリで『彼』の手が差し伸べられた、雄狼の傷は深く場所によっては肉が見えている。出血も多く流れる血の量も少なくなっている。

だが、幸いに大きな血管や内臓は無事なようだ。

彼は敵の死体の近くに雄狼を運ぶと片手で死体に触れて意識を集中する。ドクン、と死体に触れた手から力を感じた。

死体は目に見える勢いで萎れていき三十秒もすれば骨と干からびた皮だけになり生前の面影は見られない。

死体から抜き取った力を左手に抱える雄狼に自分の体を通し与える。すると僅かづつであるが雄狼の傷が塞がっていく。

搾り滓に成り果てた死体を放って別の死体で同じことをする。全ての死体が無くなる頃には雄狼の傷は完全に塞がっていた。

しかしまだ足りないと言うことを『彼』は分かっていた。未だに雄狼にしては体重が軽く細い、失った血がまだ戻っていないのだ。『彼』は考える、手頃な死体はもう使い尽くした、敵を探す?敵は探して見付けられるほど甘くない。


「クゥン、クゥン」

「……」


彼から離れた場所で二匹の子供の狼が落ち着かずウロウロと同じ場所を歩き回っている。雄狼が死ねば子供達も長くない、子供だけで生きていけるほどこ森は甘くない。


「クウゥン…」


『彼』は一瞬だけ考えた子供は二匹。一匹なら、と。

『彼』は頭を大きく振り自分の考えを追い払い『彼』は逃げる子供達を無理矢理掴み取り森へ駆ける。時間は無い、しかしここで子供を犠牲にすれば雌狼と雄狼に対して嫌なものを感じる。これからやろうとしていることは雄狼や子供達を悲しませるかも知れないが『彼』はやると決めた。

辿り着いたのは頭を握り潰した雌狼の骸だ、『彼』片手を雌狼に乗せ、一瞬だけ迷うと雌狼から力を抜き取る。雌狼が干からびる間、『彼』はその様子から目を離すことはなかった。彼女が変わり果てる毎に雄狼は膨らみ命が宿るのを体重で感じ取った。

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