新たな旅路への準備
「見事な戦いだったよ。」「あんたすごいねぇ。」「うちの店に寄っていきなよ。」
最近の修一の回りの様子はこんな感じである。あの大会以降、修一の話が広まり修一が一度町を歩けば町の人達が修一を囲むように集まるようになっていた。
「あ゛ぁーー、疲れた」
修一が鍛冶屋の奥でソファーに倒れると店の方からこの店の主ガルムが入ってきた。
「人気者は大変だねぇー。最近じゃあんたの噂でもちきりだよ、シュウイチの旦那。」
武器が入った木箱を持ち笑いながらガルムが言うと、修一はガルムの方を向いた。
「笑い事じゃないよ。町を歩くだけで物を貰ったり店に入れられそうになったりして結構大変なんだぞ。ここに来るまでだって時間かかったし。」
修一の横にどっさりと置かれた荷物がその大変さを物語っていた。
「そっちこそ大変なんじゃないか。大会の優勝者が使って武器がここ製だって存分に告知したからな。」
「おおよ。旦那のおかげで商売は大繁盛だ。感謝してるぜ。約束通りその剣はただで譲ってやる。」
「こっちこそありがと。それとこの剣、磨いでくれないか。ゴマクの攻撃をくらったせいか所々刃こぼれしててさ。今は賞金があるからちゃんと支払うぜ。」
修一の言ったとおり剣は所々欠けていた。それを見たガルムは剣を手に取った。
「なぁーに、俺と旦那の仲だお代はいいよ。」
「おおまじか。ありがとな。」
数十分後に工房からガルムが出てきた。彼の手には磨ぐ前に比べ光沢が増した剣が握られていた。
「ほらできたぜ。砥石にはめの細かい物を使ったから前のやつより数段切れ味が増してると思うぜ。」
確かにガルムのいったとおり剣の刃はより鋭利になっているようだった。
「おお!さっそく後で試し切りをさせてもらうぜ。」
修一は磨かれた剣を鞘に納めて鍛冶屋を出ていった。
(さてとこれからどうするか。思ったよりも賞金がでたからお金の問題は平気そうだ。武器もあるし、ある程度の準備は整ったからそろそろ例の異分子とやらの捜索でも始めるか。)
最終目標である異分子の排除をすべく修一は町での情報収集を始めた。皆修一の質問にはすんなりと答えてくれた。どうやら大会での優勝が影響したらしい。
話を聞いていると一つ気になる話があった。
「そうさねー不思議な話と言えば魔剣ライルかねー。」
このとき修一の頭の中で不思議な声が言っていた異分子は「もの」であることが多いという話を思い出した。
「おっさん、その話もう少し詳しく教えてくれないか。」
「ああいいとも。俺はな少し前までは西の方にあるレキルコンていうもっと大きな町に住んでいたんだ。その町でも前のような大会をやっていたんだがな、大会の優勝者の中に妙な剣を持ったやつがいたんだよ。その剣は薄く紫色に光っててな切っても切っても血が刀身に付かないだよ。まるで切ったやつの血を吸っているようで気味が悪かったよ。その数日後剣の持ち主は死んじまって剣はまた別のやつに渡った。けどそいつもすぐに死んじまった。そんな恐ろしいうわさから、その剣を呪いの剣魔剣ライルと呼ばれるようになったてわけさ。」
その話を聞いたとき修一は直感的にそれが異分子だと感じた。
「その後剣がどうなったか知らないか。」
「さあねその後はすぐこの町に移ってきたから。」
「そうか、、、どうもありがと 。」
修一はそういって歩きだした。
(たぶん、さっきのおっさんが言っていた。魔剣ライルってのがこの世界における異分子で間違いないだろうな。となるとレキルコンとかいう町に行く必要があるな。)
急ぎ足で宿屋に戻った修一は、すぐにレキルコンへと旅立つ準備を始めた。金や衣服、愛剣用の砥石などを麻布でできた大きめのバックに荷物を詰め込む。そうして一通り支度が終わりよし行こうと修一が立つと窓から見える空の様子が目に入った。外はもう夜間近で夕日の赤色が徐々に紫がかってきた。
「もうこんな時間だったか。今日はレキルコンへの行き方を食事処のお客さんにでも聞いて明日町を出るとするか。」
修一は荷物を降ろして空腹の腹をおさえながら、食堂へとむかった。食堂ではいつも通り賑やかな雰囲気でいっぱいであった。大抵の人はお酒を飲んでいて顔を赤くしながら自分たちの連れと会話を楽しんでいた。
修一は店内を見まわしあまり酒のまわっていなさそうな人を探すと、カウンターで一人少しづつ酒を飲んでいる男性を見つけ、その人の横に座ると店員に注文をしてレキルコンへの行き方を尋ねようと試みる。
「ちょっとあんた、聞きたいことがあるんだけど少しいいかな。」
「どうぞ。」
「レキルコンって町に行きたいんだが、行き方を知らないかい。」
男は酒を少し口に入れたあとに答えた。
「レキルコンだったら西門から馬車が出てるぜ。たしか二週間ぐらいであっちに着いたはずだが。」
「そうか。ありが」
「ちょっと待て。」
話を切り上げようとした修一を男が止める。
「おまえ、レキルコンに行きたいのか。確かにあの町はこの町より大きくて色々便利だが今はやめといた方がいいぞ。最近ではたちの悪い人切りがいるらしい。それが理由でこの町までやってきたというやつもいるんだ。」
男は修一に強面で言った。それに対して修一は表情は笑いながら、しかし瞳の奥ではしっかりと覚悟の色が伺えた。
「大丈夫。俺はそんなにやわじゃないよ。」
修一はそう言いながら腰に差した剣の持ち手を軽くたたく素振りをした。
「お待たせしましたー。ご注文のまかない定食でーす。」
若い女の店員が修一が目の前に定食セットを置き、修一はそれを銀のフォークを使い食べ始めた。
「やっぱりここの料理はうまいな。とんけん食堂に匹敵するほどのうまさだ。」
食事を楽しんでいる修一に傍らの男が先の強面を残しつつ心配をかける。
「あんたがどれだけの腕の持ち主なのかは噂で知っているが、それでもあの町に行くのはやめといた方がいい。人切りの影響か町では、犯罪者が増えその周辺では盗賊の一団が現れたと聞く。いくらあんたでも大勢の相手は無理だ。」
男の質問に答えるべく修一はフォークをいったん木目のテーブルに置き口の中のものを飲み込む。
「心配してくれるのはありがたいが、さっきも言った通り俺は大丈夫だ数なんて大した問題じゃない。それに、町同士の馬車の経由にはそれなりの護衛もつくんだろ。」
修一は言い切ると再びフォークを利き手の右手で持ち食事を始める。その答えに男は苦い顔をし先から飲んでいた酒を少し口に含んだ。
「とは言ってもなぁ、、、」
そう言ってもう一回口に酒を入れると食事を終えた修一がフォークをそっと置き、席から立ちあがる。
「いろいろとありがとな。」
「あぁ、気をつけろよ。」
「あんた本当にいい人だな。わかった、気を付けるよ。」
別れの掛け合いをすると修一は自室へと戻っていった。
自室へと戻った修一は主に精神的な疲れを癒すためにベットに倒れた。そして今日にでも干したのか日の香りがするベットの上で仰向けに大の字で寝ると、右手を額に乗せ明日のことについてプランを立てる。
(さてと、どうするかぁー。明日はとりあえず西門へ行ってみて、、、まぁ、行ってから考えるか。今日はもう疲れた。寝よ。)
体勢はそのままに修一はゆっくりと瞼を閉じ、眠りに入っていく。
翌朝、日がまだ出て浅いころ修一は目を覚ました。
「ん、、んー。ふぁーあー。」
修一が起きた時間は丁度、人々が活動を始める時間であった。目覚ましがないこの世界で朝起きれるのは、前の世界でサラリーマンとして働いてきた賜物である。勤務は午前七時からという、少し会社から離れたアパートに住んでいた修一にとって厳しい条件だったのが今では実を結んでいる。
修一は一枚のタオルを持ち眠気をたっぷりと含んだ顔で宿が公共として使っている、今の洗面所兼風呂である井戸へ向かう。途中ですれ違う宿の従業員や同じ宿泊者に「おはようございます」と挨拶をしながら井戸に着いた修一は、木製のバケツを井戸に落とし水をくみ上げる。
「冷た。やっぱり朝の井戸水は冷てーな。」
この世界に来てそれなりに月日を重ねてきた修一だが、こういった非現代的なことにはいまだ馴染めていない。前の世界での温水がでる蛇口を恋しく思いながら、顔を洗いタオルで水気をふき取る。その後、自室へ戻り身支度を整え、昨晩にせかせかと準備した荷物を持ち朝食を取るべく食堂がある一階へと向かう。
「朝食セットお願いしまーす。」
「はーい。」
修一が席に着き注文をすると調理場の方から食堂のおばちゃんの返事が聞こえてくる。
しばらく待つとおばちゃんが少し困ったような顔をして今日の朝食セットを運んできた。
「ごめんねー。昨日は思ったよりもお客さん数が多くてねー。あんまりいいまかないは出せないんだ。」
おばちゃんが持ってきた朝食を見ると、いつも食べている少し硬めのパンが一つと野菜スープがカップ一杯、それとデザートであるアッタレと呼ばれるリンゴのような果物が一切れあるだけだった。
「全然大丈夫。朝食は宿代と込みだし値段的にいったら近のぐらいが普通だよ。それにまかないが少ないってことはそれだけこの宿が潤ったってことだからあんまり気にしないでくれ。」
「そうかい。そう言ってもらえると助かるよ。」
おばちゃんは笑顔になって厨房へと戻っていき、修一はそれを見送ったあといつもより少なめの朝食を取る。
いつもより少ないので早く食べ終わり、食器をカウンターへと返すと「ごちそーさん」と言って荷物を持ち宿の受付へと向かう。
「俺、少しばかり旅行に行ってきて一か月以上あけるから部屋の鍵は返しておくよ。」
「はいよ。旅行楽しんでな。」
「おう。」
受付の若い男とレキルコンへ行く際の宿の部屋の手続きを済ませて、修一は楽しさと少しの不安と覚悟を胸に西門へと向かった。




