第2話 作戦準備
「いかに必要であろうと、いかに正当化されようとも、戦争は犯罪であることを忘れてはならない」
アーネスト・ヘミングウェイ
戦争? そんなの正当化された暴力手段だ、否、言い方が悪いな。
俺はこう進言しよう。提言だ。
戦争はその裏に隠れた幾千幾万もの“人間的残酷性”によって、操作され、誇示され、正当化された単なる方法である。
つまりは、命がチップのゲームなのさ。
簡単なことだろう?
権力や資源とかいうクソどうでもいい理由で人殺しゲームは始まるんだ。
そして、これは戦争の常というよりは、もはや常識になっているわけだが、平時の人殺しは犯罪行為だが、戦時の人殺しはその数に応じて英雄的行為として受け入れられる。
誰か偉い人の言葉さ。
バカバカしくて笑えてくるだろう。
戦争には英雄が必要ってことだ。人を殺して英雄になれるんだ、こんなに“簡単”なことはないだろう。
笑わせる。戦争を始める現実主義者は、全くの少数派で、その他多数が理想主義者だってことだ。
俺は戦争反対主義者じゃない。まあ、平和主義者ではあるがな。
そうだろう、戦争は敗者には屈辱と死をもたらすが、勝者には栄光と繁栄、そして金を生み出すんだからな。
金は権力であり、豊かさであり、繁栄であり、力であるんだ。
世の中、この世界は、最終的には金が全てなのさ。
まったく、どうしようもなく、笑えるだろう?
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エルラント王国 レンパラ トリアノン教会臨時病院
「予想はしていた、ですか? 」
病室の入り口に目を向けたナタリーが言う。
その目線の先にはセレスティアの姿がある。
その表情は、今は納得という色が濃くなっている。
「はい。私も馬鹿ではありません。ロテール様が暗殺されたという情報が入った時期のことを考えれば、秀さんがその当事者である可能性は十分に考えられました」
「じゃあ、君はその可能性を持っていたというのに俺を看病したのか? どうして通報なりしなかったんだい? 」
「今は戦争中ですから、“そういったこと”が日常茶飯事に起こることはわかっていました。しかし、いえ、これは話しておいた方がいいですね.......」
セレスティアはナタリーと場所を変わり、秀の瞳をまっすぐに見る。
「気を悪くしないでくださいね。先日、私には姉が二人いることは話しましたね? 」
秀は肯定する。
「クリスティーナお姉様、つまり私の一番上の姉ですが、その婚約者の名前が、ロテール・デュラン・ローゼラント、つまり、その人なのです」
「それは.....」
事実を聞いて、秀は言葉を詰まらせる。
「謝る必要は無いのです。それに、こういう言い方は不謹慎なのかもしれませんが、秀さんには感謝の気持ちもあるのです」
「セレスティア様? 」
名を呼んだのはカーラである。
「クリスティーナお姉様とロテール様の結婚は、政略的なものでありました。いえ、ロテール様がお姉様に求婚されたのは事実なのですが、お姉様にその気持ちがなかったことは知っていました。しかし、第一王女としての地位がお姉様から拒否権を取り上げたのです」
男性優位社会、それも小国エルラント王国からしてみれば、ロテールの求婚は願ってもみなかったことである。
断ることなど、誰が考えるだろうか。
「秀さんは、ロテール様を殺めた時にどう感じられましたか? ........いえ、愚問でしたね。忘れてください」
自分で発した疑問であったが、すぐに取り下げた。
「ティア、君はわかっているようだが、どうやら正確には分かっていないようだから、この場で正してもいいだろうか? 」
「ーーーーーなにをわかっていないのでしょうか? 」
「戦争についてのことだ。
ーーーーーー戦争という暴力手段は、国が行うことであって、俺たち兵士はその駒に過ぎない。人殺しという言葉は、平時、つまり戦争が起きていないときに使われる言葉なんだ。そして、今は違うことなく、どうしようもなく戦時だ。
ーーーーーこういう言い方はしたくないんだが、戦争において人を殺めることは国が正当化した方法なんだ。もちろん、ただいたずらに人を殺めることは、虐殺であって人としてしてやってはいけない行為だ。でも、国の財産である人を“正当なルールに従って奪い合う”ことが戦争だ。それを忘れないでくれ」
秀はセレスティアの瞳から目を離さない。
「わかっている......つもりでしたね」
「ティア、君と俺は約束した。しかし、お互いの価値観や考え方が違うことは当たり前だ。でも、目的は同じなはずだ」
「はい、戦争を少しでも早く終わらせること、です」
「そうだ。俺は帝国軍の兵士として、全力を持って君を手伝う。だから、ここでもう一つ約束してほしい。
ーーーーー今は戦時下にあって、そして、俺たちは“敵国の人間同士”であることを必ず忘れるな。そして、俺は君を裏切らないと違う、だから君も俺を裏切らないでほしい。これだけ誓ってくれれば、君の力となろう」
ティアに一歩近づいた。
二人はお互いの瞳から目を離さない。
それは、この空間に二人しかいないかのように、二人の時間が流れる。
「私は、はじめから秀さんを裏切る気はありません。しかし、ここで正式に誓いましょう。
ーーーーーー私、セレスティア・グレース・イルニティは、女神アルクリアに誓います。秀さんを必ず裏切らないことを」
「約束だ」
「約束です」
二人は握手を交わす。カーラとナタリーは目の前の二人が本当に齢17なのかと疑った。
ただの理想夢見る幼い約束ではなく、本当に交わされた契約である。
自分たちは保護者のようだと考えていた初老の二人はどうしようもない現実の光景を見た。
「ティア、これから動くぞ」
「まずは何を? 」
空気が落ち着いたのを見計らい、秀が言葉を発した。
そして、その顔には何かを企んでいる笑みがあった。
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ザルキア帝国 零軍本部
零軍の存在は帝国軍の中でも極秘扱いとされることが多く、陸海軍の上位階級保持者であったとしてもその実態の一部しか知り得ていない。
それは、零軍の行なっている作戦行動が法律に抵触することがあるからである。
法律とは、つまり帝国が定めた戦時行為におけるものであり、大東域軍事同盟にて適応される。
零軍の構成員、その中でも苗字に鳥の名を持つ特殊部隊を指揮する橘は、つい先ほどもたらされた報告書に再び目線を向ける。
出鱈目に書かれたような文章であり、誰が見ても意味をなさない文字群である。
しかし、それは暗号化されたものであり、解読機械を通せば報告内容がわかる。
(雉風一級特位からの特殊任務依頼か。生きていたことを喜ぶべきだろうが......)
内容は、秀が橘へ宛てた特殊任務の依頼書であり、それに必要な物資を手配してほしい、というものであった。
孤児院から軍へ入隊した時から橘は秀の上官であった。
我が子、とまではいかないが、親心にも似た感情が橘にはあった。
最も優秀であった秀の依頼はどこか荒唐無稽な、いや、よもや現実主義者である秀がこのような作戦を思いつくだろうか、と橘は一瞬だが疑ったものだ。
「“型落ち”の王女と協力し、戦争終結を目指す、か」
馬鹿げている。誰もが思うだろう。
しかし、しかしである。
できなくはないのではないか、という根拠のない思い込みが橘の脳の片隅にある。
それは、現在の戦況が理由としてあげられる。
戦争に法国が参入し、連合も徹底抗戦を打ち出した。
膠着状態にあった戦線が動き始めたのだ。
されとね、これから季節は厳しい冬に突入する。
戦線を押し進める行為は、越冬物資の不足が危惧される。
冬の間は大規模な進軍は考えにくい、というのが帝国軍参謀本部の考えである。
ーーーーという状況があるからこそ、秀は任務依頼を行なったのだ。
「ふん、なるほど、秀のやつ、面白いことを考えたものだ」
両軍の大規模戦闘がなくなる。それは、名ばかりの停戦に近い状況が作り出される。
国力において圧倒的優勢にある同盟はこの期間に終戦へと追い込む算段を確立させるだろう。
連合は連合で、抗戦するための力を溜めるはずだ。
となれば、始まるのは水面下での戦争である。
軍隊規模での戦いが行われないならば、次に起こるのは情報の取得と世論の操作である。
つまり、零軍の主戦場だ。
依頼書の隅々まで目を通した後、橘は部下に珈琲を注文する。
頭を整理するために苦く熱い珈琲を欲したのだ。
「ーーーーやらせてみる価値はある、か」
秀は橘が認める優秀な兵士である。
そして、それは一人であったとしても過酷な状況を乗り越えられるという確信がある。
「法国に潜入している第一小隊を呼び戻せ、そして、雉風一級特位の存命と任務の内容を知らせ、特位を援護させる命令を出せ」
橘は無線機を取り、作戦局へ報告する。
直ぐに“了解”の声が聞こえた。
ーーーーーー外では雪が降り始めていた。
暖炉で赤々と燃える薪と魔鉱石がパチパチという心地よい音を部屋に響かせている。
世界は厳しい冬へと突入していく。
そんななか、秀の動きは活発になっていく。
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