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人殺しの英雄と不吉な目の少女  作者: 鳴都伊鶴
第1章 異質な出会い
7/10

第6話 その人は暗殺者である

エルラント王国 レンパラ トリアノン教会臨時病院



秀が目を覚ましてから、間も無く3週間が経とうとしていた。

セレスティアの看病の甲斐あってか、今では立ち歩くことができるまでになっていた。しかし、まだまだ完全というわけではない。


何より秀が驚いたのは、王国のーーーー否、この場合は連合といっていいだろうーーーー医療技術の未発達具合である。


レンパラは帝国と隣接するため、最新の技術を取り入れた病院が建てられていたのだが、それでも帝国の医療技術の足元にも及ばないものである。


そもそも、使用される薬のほとんどが、薬草をそのまま使うということに秀は驚きを隠せなかった。

はじめは、セレスティアのいたずらであると疑ったほどである。



「これだけの差があるというのに、どうして戦争を仕掛けてきたんだ」



帝国の医療技術は、薬草から抽出した質の良い回復薬に魔力を宿すことでさらに効能を高めている。

秀が追っていた傷は重症と呼ばれるものだが、今の状態まで回復するのに、帝国医療ならば1週間もかからなかっただろう。

医療魔法に長けた“魔法使い”のいる医療機関であれば、その期間はさらに短くなるはずだ。


一人しかいない病室から外の景色を眺めた。


自然が多く、スペリヌア湖が眼前に広がっている。歪んだガラスから見える景色は印象派の絵画そのものである。


ーーーーーこの景色は帝国ではなかなか見れないものだろう。



「それは、我々にはわからないことですよ。政治家と軍部の話ですから」



病室に入ってきたのは、この病院で唯一の医師、カーラであった。初老の女性で、金髪だったであろう髪に白髪が目立つ。



「貴女から話しかけてくるとは珍しいですね」


「落ち着いて話せるまでは、セレスティア様にお任せしようと考えていたのです」


「なるほど。時間になってもティアが来ないのは、貴女に理由がありましたか」



時計の針は午後3時を示している。


通常ならセレスティアが自慢のお菓子と紅茶セットを持ってやってくる時間だが、その姿は見えない。



「セレスティア様には申し訳ありませんが、これは大人の事情です」



カーラは後ろを振り向く。そこには、セレスティアの世話役である女性、ナタリーの姿があった。セレスティアが秀の看病に来る時に大抵同行していたが、彼女から秀に話しかけることは皆無であった。



「ティアには聞かせられない話、ということですね。それとも、貴女がその袖に隠している短刀で俺を始末するつもりでしたか? 」



秀は強い警戒心を持つことなく、日常会話のように話した。



「まさか。もし私が貴方を殺めれば、私がセレスティア様に殺されてしまいます。これは、護身用ですよ」



自然な表情と仕草で袖から短刀を取り出し、机の上に置く。

カーラと年代は同じに思えるナタリーだが、その立ち振る舞いや言葉遣いから元は軍人ではないかと秀は感じ取っていた。そして、それは短刀を指摘された時に一瞬だけ身にまとった冷たい雰囲気で確信に変わった。



「ナタリーの疑いが晴れたところで、話を始めさせていただきます。雉風さん、と呼ばせていただきますね」



姿勢を正したカーラは、秀の瞳から目を離さない。



「残念ながら、我々エルラント王国は帝国と戦争状態にあります。だからといってこの状況が変わるわけではありません。雉風さんは、セレスティア様と約束を交わしたと聞いています。ーーーーー内容までは存じておりませんが、セレスティア様は王女の地位にあるお方。対して貴方は敵国の人間。それも、軍人です。

我々はセレスティア様に仕える人間として、貴方の素性などを知っておく必要があると考えています。もちろん、貴方にも話してはいけないことがあることは重々存じています。しかし、これだけは約束できます。我々もセレスティア様と考えは同じです。

ーーーーーこの戦争は間違っている。バランティス様がどうして連合に参加されたのかが理解できません」



カーラは一息つき、続ける。



「連合は戦争に負けるでしょう。そう思っておりました。しかし、神のいたずらか、大国ラギア法国が連合と同盟を結んだことで、連合諸国の士気はこれまでにはないほどに高くなりました。これでは無駄な犠牲者を出し続けるだけです。なんとかしなければなりません。

ーーーーーここまで話せば、察しの良い雉風さんならお分かりになるでしょう。

お優しいセレスティア様は、貴方と戦争を終わらせるための約束をし、貴方はそれを承諾したのであると我々は推測しています。

我々にも協力させてください。老いぼれ二人ですが、それなりに役に立つでしょう」



カーラは軽く頭を下げた。緩やかに、感情のこもった言葉である。嘘を言っているわけではない。秀は感じた。

ふむ、と黙り込み思考を巡らせた。


正直、この二人の協力の申し出は、秀にとって好都合なことである。


セレスティアは王女として、影響力の面は申し分ない。しかし、3週間共に時間を過ごし、セレスティアの知識不足を感じていた。その知識とは、国際情勢であり、軍事知識である。



「ありがたい申し出ですね。しかし、なぜこの場にティアがいないのでしょう? 今の申し出であれば彼女が同席したとしても問題はないはず、前話はいいです。本題はなんですか? 」



協力の話であれが、セレスティアに席を外させる理由がわからなかった。

ーーーーー話の本題は他にある、と感じ取った。

そもそも、ナタリーが武装していた理由もわからなかった。秀を試すため、という理由だけ、ということでもあるまい。



「嗚呼、雉風さん。貴方は思慮深く、そして優秀な方なのですね。“私からは”特に有りません。ナタリー、貴女が考えたことなのです。ここからは引き継ぎます」



両手を挙げ、降参というカーラであるが、ナタリーは対称的に険しい表情である。鋭い視線は、秀の腹のなかを探るようである。ナタリーの持つその視線は今に始まったことではない、このベットで目を覚ました日から感じていた。



「ナタリーさん、貴女には、“こちらの言葉”で話した方がよろしいでしょうか? 」



ーーーーー僅かに笑った秀は、帝国の公用語であるロヴィーダ語で話してみせた。



「………いつから、お気づきになっておられたのですか? 」



秀の言葉に、同じロヴィーダ語で返すナタリーである。驚きと諦めの両方の表情が浮かぶ。


それは、隣にいたカーラも同じである。



「確信はなかったですよ。可能性として考えたまでのことです」


「カマをかけた、ということですか。これだから、帝国軍人というのは」



呆れた(エシュトンリャ)、とロヴィーダ語で吐き捨てた。



「帝国の出身者、もしくは帝国軍で訓練を受けたことがある人物である、とは疑っていましたがね。ティアにも悟られないように聞いてみましたが………ご安心を、知られてなどいません。彼女がここにいないのも、それが理由なのでしょう? 」


「お見通し、ですか。はぁ、仰る通り、私は、元帝国軍人です。と言っても、何年も前のことですが」


「亡命者、と聞くのはやめておきましょう。俺も自分の置かれている状況は理解しています。この際、貴女が帝国にどのような印象を持っているかなどどうでもいいことですからね。ーーーーーそれとも、俺は謝罪したほうがよろしいですか? 」



亡命者、という単語を聞いても、彼女は否定しなかった。


帝国は、どうしようもない軍事国家である。開国当初から、軍事ドクトリンによって戦争をすることで発展してきたのである。


平和主義という言葉に、血と鉄を塗りたぐり、最新の軍事技術を積み上げ礎を築いてきた。


ーーーーー軍事優先を掲げた国の方針に反対する勢力は確かにあった。


しかし、輝かしい帝国の歴史と発展した技術がもたらした豊かな生活、という恩恵が反対勢力を縮小させた。



「謝罪など、不要です。しかし、貴方が信用に足る人物であると証明できるように、情報を提供してください」



ナタリーが知りたかった情報とは、目の前の少年の情報である。


信用に足るか、つまり、それだけの能力を持っているか、ということである。強大な軍事力を有する帝国軍の軍人とて、個々人の能力には差がある。


兵育成学校卒業程度の一般軍人であれば、恐れるというほどではない。さりとて、ナタリーは目の前で僅かな笑みを浮かべる青年が学校卒業“程度”であるとは微塵も思っていない。



「情報は、時に人の命より重要となることがあるのですが、(ため息)と正論を言ったとしてもこの状況ではあまり意味はないでしょうね。しかし、混乱を避けたいので他言無用でお願いします。情報は、俺の所属等でよろしいか? 」



ナタリーは肯定した。



「ザルキア帝国、零軍ベルラード第一特殊作戦執行小隊隊長、階級、一等特位、です。他に何か聞きたいことはありますか? 」



微笑して応えた、秀とは違い、ナタリーは表情を失った。


そして、これはどうしたものか、と。頭を抱えるのであった。



ーーーーーーーーーー



ーーーーー零軍だと!


棍棒で強打されたような衝撃がナタリーを襲う。全く、帝国軍の中でも精鋭中の精鋭ではないか。


少年が孤児院から軍に徴兵されたという経緯はセレスティアから聞いていた。しかし、なればこそなのか、零軍という“バケモノ”たり得るのか。


ナタリーは帝国軍人であった。


それも、陸軍の特殊部隊である。そんな彼女であっても、零軍という言葉に恐怖を抱かざるおえない。


それに、なんと言った。特殊作戦執行だとも。小隊長。一等特位? 恐ろしくて、目眩が襲う。はぁ、なんということか。


そして、気づいたのだ。


ーーーーー“雉”


名前に鳥の名を持つ、ああそうか、そうであったのか。


噂にしか聞いたことがない、特殊部隊。噂? 架空上の存在といってもいいだろう。


気づくべきであった。なれば、監視をもっと厳重なものとするべきだった。


もし、目の前の彼の言葉が本当ならば、ナタリーらを殺すことなどたわいもないはずだ。



「作り話ではないですね? 」



ナタリーの声が若干震えていたことにカーラは気づく。



「嘘を言ってどうするのですか」



どうしたものか、彼は笑みを絶やさない。まるで、悪魔の笑みだ。


嗚呼、神よ。どうしてこのような存在を遣わせたのですか。


カーラはまだ気づいてはいないはずだ。


「帝国軍の特殊部隊。それも、隊を率いるだけの人物がどうして、一娘に手を貸すと? 生存が目的ですか? それとも、何か他に企みが? 」



ジワリ、と背中に汗を感じた。


無理もない、怪我をしているとはいえ、彼はナタリーを殺すことができるのだ。


セレスティアが助けた時、無理を承知で見捨てておくべきであった、と後悔の念にとらわれる。セレスティアのことを下に見る呼び方となったが、状況からの判断だ。



「そのような、怖い視線を向けられるな。他意はないですから。本当にティアの描いている計画に協力したい

ーーーーーどこまででいけるかわからないが、俺の持つ力を貸すと約束しましたからね」


「私にはわからない。今のままでも、たとえ、ラギア法国が連合に加わったとしても、同盟は戦争に負けることはないはずです。エルラント王国は連合の中では小国。最新の兵器も持たず、帝国軍隊の足元にも及ばないでしょう。セレスティア様は王女であるが、王宮を追放された身、政治的価値も少ない」


「ナタリー、そんなに興奮しなくとも………」


「カーラ、貴女は分かっていない! この青年は我々の想像を超える実力者です。私はどうやら過小評価をしていました」



同伴する知識不足者にこの状況をどう説明したものか。いや、知識不足なのは仕方がない。ナタリーも豊富というわけではない。


しかし、しかしである。


零軍という存在が、彼女をそこまで動揺させたのだ。



「貴女も知っていることは多いはずです。ローゼラント王国で起こる戦争賛成派の暗殺や最新の武器で武装した暴徒の出現。これらのほとんどが、“零軍かれら”が起こしたことだと言って過言ではありません」


「………そんな、まさか! 」



最近、連合の統一新聞で暴徒や暗殺のニュースが増えつつある。


はじめこそ、戦争反対派閥の行いであると高を括っていたが、どうも引っかかることがあった。


曰く、最新武器で武装し、軍隊並みに統率のとれた暴徒である。暗殺については、人間離れした“証拠の一切ない”所業。


先日のローゼラント王国次期国王候補狙撃暗殺事件も帝国の関与が指摘されている。

狙撃場所とされたのが、2グーラも離れているというのである。連合国軍が採用する兵器では、その距離からの狙撃は不可能である。加えるならば、頭部に直撃という人間離れした所業でもあった。


彼女が、特殊部隊として活躍していた時でさえ、そんな化け物じみた業の持ち主は知らない。


全く情報のない、零軍を除いて、である。


ーーーーーまさか、いや、しかし、期間的には辻褄があう。


ナタリーの脳内にかかっていた疑問という雲が一つ晴れたように感じた。

いや、晴れたというよりは、稲妻のごとき衝撃が走ったのである。

否定できることはできるだろう。見なかったことにすることも出来る。しかし、今ここでその選択肢は選べない。



「雉風、一つ聞きたい。はじめに聞くべきであったのでしょうが。貴方は一体何の任務でこの国へ? いや、連合国としたほうが良いかもしれないですが」


彼女は聞くしかなかった。


この時期に来た理由。“暗殺”を得意とする零軍がこの場にいること。


任務のためだとしか考えられないことである。そして、その任務はおそらく………



「まるで尋問を受けているようですね。軍事機密であるんですが。というより、その顔、分かっているのでは? 」


「可能性の一つにすぎなかったのですが、今の発言で確信に変わりました。呆れて言葉がでません。貴方の任務、それは.........」



確信を持ち、犯人を特定した刑事のように、彼女は青年の目を見た。あの離れ業をしたのはお前だ、そう宣言する。


しかし、言葉はナタリーとは違う人物から発せられた。もちろん、カーラでもない。



「ロテール様の暗殺、ということ、ですか。薄々は感じていましたが」



閉められていた病室の扉は今は開けられていた。


そして、そこには、悲しそうで、しかしどこか納得したという表情のセレスティアが病室で密会していた三人のことを眺めていた。


どうして、鍵をし忘れたのか。ナタリーは、この病室を訪れた時の自分を憎むのであった。



ーーーーーーーーーー


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