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人殺しの英雄と不吉な目の少女  作者: 鳴都伊鶴
第1章 異質な出会い
2/10

第1話 そして、始まる

誰にも言える事かもしれない。


目の前にあることが正しいと考え、それ以外は排除する。


悪と正義の概念は、それを感じた傍観者の主観的な考えによって異なる。


その裏に隠れる本当の意味を考えようともせず、放棄して表だけをみて行動、もしくはあれだこれだと非難するのは、愚かなことだ。


ーーーーでも、私はそうは思わない。


人はどうしたって自分の居場所を見つけようとする。


自分の存在意義を見つけようとする。


今あるこの現実を守ろうと、殻の中に閉じこもる。


私はそんな人間が好きよ。


逃げて、逃げて、逃げて、一歩踏み出すどころか、常に後ろを向いている弱虫。


だって、それが大半ですもの。


そんな弱虫たちは危機が迫ったとき、どういう行動をとるのかしら?


今ある日常が壊れ、破壊と恐怖が支配する世界になれば?


その答えは簡単。


自分以外の誰かを非難して、そして、誰かに助けてもらうことを望む。


矛盾が生まれるのよ。


誰も自分から動こうとはしない。

ねぇ、面白いと思わない?


そう思うわよね! 面白いのよ!


バカでクズで弱虫の助ける価値もないどうしようもない人間が......どうしようもなく面白くて、好きなの。


ーーーーーーーーーーー


ローゼラント王国の北東に連なるアルダート山脈はローゼラント王国とエルラント王国、中立国ラギア法国、そしてザルキア帝国の4ヶ国が国境として定める山脈である。


モミやトウヒを主とする針葉樹林が広がり、地面には苔桃リンゴベリーやブルーベリーが群生している。


「秀、作戦は成功したんだし敵の追跡もないみたいだから、こんなに急がなくてもいいと思うのだけど? 」


ブルーベリーの実を取り口に含む少女が言う。秀と呼ばれた少年は、2グーラ(キロメートル)の狙撃を成功させた張本人である。灰色がかった黒髪は目が被るくらいの長さであり、ルビーよりも深い濃赤の瞳。体型は細型だが、無駄な肉がないと言う意味であり、見る人が見れば軍人であることはすぐにわかる。


「疲れたって素直に言えばいいだろ? ここを抜けた先に川があるから、雨宿りできる場所を見つけて休憩しようか」


少年ーーー雉風きじかぜ しゅうは行動を共にする赤髪の少女、つぐみ 飛鳥あすかに言う。


「よかった。下着までビショビショ」


二人が任務を達成してから、3日が経過している。


その間、この時期としては珍しく激しい雨が降り続いている。10月の中間にあたるこの時期の雨は冷たく、軍人としての訓練を受けてきた2人にとっても体力の消耗が激しかった。


ーーーーー雨のためか、川は荒れていた。


「予想以上に荒れていたな」


濁った土色の水が流れる川を横目にみた秀が言う。


この川はアルダート山脈を南北に流れている。途中、3つの川と合流しエルラント王国のスペリヌア湖に流れつく。


普段は川の水をそのまま飲めるほど澄んでいると聞いていたため、水分補給をしようと考えていた2人の当ては外れた。


川沿いに数グーラ(キロメートル)下ったところの洞窟で休息をとる。


「寒い」


季節的にはまだ秋のはずだが、アルダート山脈から吹き下ろす風の影響でこの地域の気温は低い。


はぁ、と吐いた息が白く変わる。


「服も乾かさないと。飛鳥はステアとジビアが湿っていないか確認してくれ」


鋼銃や突撃銃にはステアが不可欠である。魔鉱石を砕き、火の魔力を帯びさせることで出来上がるステアは性質上水に弱い。


わずかに湿り気を帯びる程度であれば問題ないが、水に浸されればその効力を失う。


飛び道具が戦闘の中心となったこの時代にステアを失うことは致命的な敗北要因となる。


「特に問題はないかな。でも、これ以上雨の中を行動するのは得策じゃない」


「この時期にこれだけ降るとは想定外だったな。川も渡らないといけないし。1時間ほど休もう。この雨だ、少しなら火をおこしても問題はないだろうさ」


秀の言葉に飛鳥は目に見えて明るい表情となった。雨で濡れ、さらにこの寒さで凍えそうになっていたからだ。


洞窟の中で適当に使えそうなものをかき集め焚き火の材料とする。


薪にできるものがなければステアを少量使おうかと考えていた秀だが、その心配は必要なかった。

今後の行動はアルダート山脈を東に抜けて帝国領に入るというものだ。


大国ザルキア帝国の北西に位置するエルラント王国は軍事力をほとんど持たない。そのため、帝国は侵略対象とせず監視対象としかみていなかった。


その理由は切り立った高い山々が連なるアルダート山脈を軍隊を引き連れて超えることにかかるコストが膨大であるからだ。


鉱物資源も少なく、農業国家であるエルラント王国にそれほどのコストはかけられないという結果だ。


「飛鳥、先に寝ていいぞ。30分で起こすから」

「お願い」


任務終了後の3日間、2人はまとまった睡眠を取っていない。


見張りと休息を交代しながら、短い睡眠を繰り返している。


「早く柔らかいフォーナ(リャナと呼ばれる羊に似た動物の毛で作られる布団)のベッドで寝たい」


欠伸をした飛鳥は地面に横になる。


薪の燃えるバチバチとした心地よい音によって、飛鳥は数分で眠りについた。


敵地で追われている身であるとはいえ、本当の眠りにつくことができるのはパートナーを信頼しないとできないことだ。


40分経過したところで、寝息を立てていた飛鳥を起こした。


「全く。秀って自分を犠牲にしすぎだよね」


30分で起こすと言っていたが、実際は40分経っていたことに飛鳥は不満の言葉を漏らした。


「そういうなって。飛鳥の可愛い寝顔を見れただけで、10分催眠以上の疲れは取れたから」


「ーーーー馬鹿。さっさと寝れば」


顔を赤くした飛鳥は秀のことを軽く突き、薪の補充に向かった。

それから、15分ほどが経過した時。


秀はある違和感を感じ取り目を覚ました。

一度違和感や危険を察知すれば、それ以降の行動は早い。


「何人だ? 」


鋼銃を手に持ち、隣で耳を地面に当てる飛鳥に問うた。


「二足歩行が5......否、6で、四足歩行が3、何かを探しているような動き。間違いなく捕捉されてる」


「ここまで近づかれるとは、多分精鋭部隊だな。四足歩行は犬か? 」


「犬だと思う。でも、もう少し大きい」


追跡において犬の鼻は最も効率がよい。


雨で匂いは流されていると予想していた2人だったが、それは外れたようだ。


火を消した秀と飛鳥は洞窟の入り口に向かう。奥が行き止まりの洞窟で敵を迎え撃つのは不利なことが多すぎるからだ。


雨は強まっている。


「この雨の中を追ってきているとすれば、同盟国のお粗末なクレイ(連合軍が使う魔鉱石の粉末。クレイを精製すればステアになる)なら使い物にならないはずだ」


日は暮れ、月は雲によって光を地上に届かせることができていない。


闇に隠れ、雨の中を動く。

お互い慣れた手つきで木に登り、襲撃者が来るのを待つ。


足音と犬の鳴き声がだんだん近づく。

秀と飛鳥がその姿を捉えたのは、雨が一層力を強めた時だった。


木の葉に溜まった水滴がより大粒となり落ちてくる。


ーーーーーあれは?


秀は心の中で驚きの言葉をもらした。


目視で姿を捉えた6人。その全員の服装に見覚えがなかったからだ。


いや、正確にはその全員の服装が連合軍のどの国のどの部隊のものとも違うということである。


黒地に“青白く光る”幾何学模様が施されたローブである。鎧らしきものは身につけていない。


青白く光っているのは、ローブに風か水の魔力を施しているからだろう。


「秀、どうする? 」


耳元で発せられた飛鳥の声に、秀は思考を巡らせる。


飛鳥は偵察能力につけては帝国軍の中でも飛び抜けて優秀だ。6人と3匹が間違いなく2人を追っているのは事実である。


となれば答えは1つだ。


「殺るぞ」

「了解」


飛鳥は即答する。


片手に鋼銃を反対にはナイフを持つ。


「左側を歩く人間3人と犬1匹は私が殺す。残りは任せる」


飛鳥の小声が耳元で発せられた。犬の相手は苦手なんだがとため息を吐いた秀だったが、「了解」と返答する。


敵が攻撃エリアに入ったのを確認して、2人は木から飛び降りた。







先に異変に気付いたのは秀であった。


最初に飛びついた2人の首にナイフを突き刺したときである。


皮膚、肉、そして骨を貫通した手応えがあった。まさしく致命傷となる傷を与えた。


残りも殺さなければならない。突き刺したナイフを抜き取り、残りの1人に向かう。


脳の片隅で自分の意思とは関係なく疑問符が浮かび上がっているのがわかった。


しかし、それが何なのかわからない。


倒した2人は顔を隠す黒いマスクをしている。見えているのは目元だけで表情はわからないが、ピクピクと震えながら既に息の根は止まっている。


生き残っていた1人は突然の奇襲に困惑していたが、落ち着き引き連れていた犬に攻撃司令を出している。


その落ちついた様はどこか異様であり、弱腰揃いの連合軍にこれだけの対応ができるのだろうかと疑問を覚える。


対応力、戦闘力において連合軍にこれほどの特殊部隊がいたという話は聞いたことがない。


そう、“連合軍”ではそのような話は聞いたことがない。


目線だけ動かせば、飛鳥が人間3人を仕留め、後は犬を残すのみとなっていた。


「ここまでの強さであったか。やはり我々だけでは達成できぬようだ。.......エンティラの神々よ! この命を導きたまえ!! 」


向かってくる犬を蹴飛ばした耳に届いたのは、人間が断末魔のような叫びを放った声であった。


ーーーーー秀の頭の中で違和感の正体が判明した。


そして、その違和感は大きな警告音へと変わる。


「メスリナ語!? 貴様らラギア法国の人間か! 」


荒く叫んだその声には困惑と後悔の二つが混じっていた。


ラギア法国、戦争情勢下でヴァルグ共和国とともに中立を宣言した宗教国である。


世界統一教アクシヴィラン》を唯一絶対の宗教と定め、国民はその教えを遂行するためならば、命も惜しまないという。


帝国はそんなラギア法国を“頭のイカれた低俗民族”と蔑み、《劣った人間ラヴィク》と呼んでいる。


秀は目の前にいるのがラギア法国の兵士であることを知り、怒りをあらわにした。


中立を表明しておきながら、連合国に兵士を派遣したことにである。


しかし、それはほんの一瞬であった。最後の1人にナイフが刺さる瞬間、その場にいた兵士が身につけていたローブが赤く光を放ったからだ。


その光は時を重ねるごとに強めていく。強い赤い光はそれと同じくある臭いをわまりに漂わせる。秀が鼻腔に感じ取ったのは独特の焦げた臭いである。


「この臭い、まさか! 飛鳥、緊急回避距離! 」


雨の音が混じるなか、秀は飛鳥に向かって叫んだ。


飛鳥は犬にとどめの一撃を突き刺したところである。


秀が感じ取った臭い。それは、これまで幾度となく嗅いだことがある臭いであった。


つまり、火の魔力を帯びた魔鉱石が爆発する時に放つ臭いである。


犬を殺すことを諦め、秀は飛鳥の元へと走る。

ーーーーーー途端。全てのラギア兵士および犬が閃光を放ち爆発した。


大きな爆発ではなく、複数の連続した小爆発を起こしたのだ。


爆煙と土煙が視界を奪い、焦げくさい独特の臭いをまき散らした。


それらは、強い雨に打たれて地面に落ちる。

もし、この辺りを狩場とする狩人や街へ商売に向かう行商人がこの場を見たら、どんな反応をするだろうか。


数日間降り続く雨で増水し、轟々と怒り狂う川と河岸に散らばった無数とも言える肉片。

臓物の破片か筋肉の一部か、それとも脳髄か。薄黄色い破片は骨だろう。


おとぎ話に伝えられる化け物が食い散らかしたような惨状だ。


しかし、この惨状の有様に「はて?」と気づくものもいるだろう。


それは、この場に散らばる奇妙な形に統一された“布”である。


荒く削った鏃のような形状の布はまるで本物の鏃のように地面や木に突き刺さっている。

土の魔力を施したローブであることに気づくものは、さらに限られるはずだ。


ラギア法国の兵士が身につけていたローブには魔力が込められていた。


ローブは特殊な技術により粉末クレイが繊維に編み込められ、クレイが水の影響を受けにくくする水の魔力。そして“爆発時に火の魔力と反応して布片を鏃のごとく形に固定しらあたりにばらまくき殺傷能力を高める”土の魔力である。


これらの魔力事象によって、この残酷な惨状を起こしたのだ。自爆としては甚だ残酷すぎる魔法である。


しかし、生き残った者もいる。


それは、怒り狂う川を数グーラ(キロメートル)下ったところにいた。








「ゲホッ、ゲホッ、ハァ、ハァ・・・」


飛鳥は激流の中を泳ぎ、岸へとたどり着いた。

全身に痛みを感じる。体が重いのは水分を含んだ服のせいだろうか。


ゴロンと仰向けに寝転び呼吸を整える。


どれくらいの時間が経ったのか。土砂降りだった雨は小降りになっていた。


「これは、土の魔力を含んだ布? ハァ、ハァ......痛っ! 」


右腕に突き刺さった布を見た飛鳥は勢いよく抜き抜いた。


血が思っていたよりどっと吹き出すが、服の一部を切り取り止血する。


(ーーーーーーー秀? )


一連の治療を終え、あたりを見渡した飛鳥は記憶にある最後の記憶を思い出した。


強い赤い光が視界に入ったとき、飛鳥の体は突き飛ばされた。それが秀によるものであることはすぐにわかった。


視界の全てが茶色い川の水の色に変わった瞬間、いくつもの爆発音と衝撃が彼女を襲った。

そこで記憶は終わっている。


「秀、どこ!? 」


痛む体に鞭を打ち起き上がる。


大きく丸い石や上流から流されてきたと思われる流木が散乱している。


しかし、そこに秀の姿はない。


「秀! 秀! どこにいるのよ! 」

飛鳥は名前を叫んだ。


しかし、この場には飛鳥以外に誰もいない。

小雨だった雨は霧のようになり、やがて止んだ。

暗闇が支配する。目は慣れている。


飛鳥は特に暗闇での行動を得意とする。近くに人影があれば見落とすはずがない。


(.......私を庇って? でも、あの時)


記憶の中に意識を戻す。


爆発音、衝撃、水に落ちる。


(そうだ、秀は私の前に入ってくれた。だから......)


自分の胸のあたりをさすってみる。


川の泥水と雨の水で汚れた戦闘服には別の物で酷く汚れていた。


帝国軍が採用する軍服はカルザ(サボテンのような形状)という植物から作られる繊維とウールを混合させたものである。カルザは魔力反応が大きいため、火の魔力を宿すことで濡れたとしても直ぐに乾燥することができる。


飛鳥はその汚れの正体を知っている


粘り気を帯びたそれは、服の深くまで入り込んでいた。川や雨の水でも洗い流されなかったようだ。


ーーーーー血である。


法国兵士との戦闘では返り血を浴びない戦い方をした。つまり、これは別の人間のものだ。


「そんな.......秀」


目に涙を溜め、川の下流に目線を向ける。


これだけの激流で岸にたどり着いたことだけでも奇跡といえる。加えて秀は深手を負っていると予想される。


そんな人間が生きているという可能性は限りなくゼロに近くなる。


「.......だから、自分を犠牲にするなって言ったのに」


目に溜めた涙が溢れる。


帝国軍の中で、秀や飛鳥が属する部隊は特殊部隊に分類される。


チームと共に多くの時間を過ごし、信頼関係を気づいてきた。


秀と飛鳥はどちらも親のわからない孤児として軍隊が引き取り、軍人としての教育をした。


幼いときから同じ時間を過ごした2人は、他のどのチームメンバーより深い信頼関係を待っていた。


ーーーーーー全てにおいて、秀は優秀と評価された。


しかし、それは飛鳥がいたからこそ成し遂げられたことであり、パートナーが飛鳥以外であれば秀の力は半減する。


それは、飛鳥も同じである。


「秀、生きてるって信じてる。必ず助けてみせる。それと......」


握りこぶしを作り、強く握る。


爪が深く食い込み皮膚を破り、血が滲む。

飛鳥の頭の中には、先ほどの戦闘の光景が鮮明に浮かび上がっていた。


殺した人間、その服装。


ーーーーーこの状況を作り上げた元凶。


「ラギア法国、不可侵条約を破って軍事行動に出たことを後悔させる」


やり場のない怒りから近くの木にぶつけた。


そして、飛鳥は最後に川の下流を見たあと、帝国領土へと足を進めた。


ーーーーーーーーーー

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