未来にタイムスリップしたら、コーヒーの注文方法がドラスティックに進化していた
気がつくと横断歩道の真ん中に立っていた。
ええとここは……ああ、渋谷のスクランブル交差点か。
なんでこんなところにいるんだろう。記憶がぼんやりとしている。そうか。またタイムスリップしてしまったのだろう。とすると、今回はいつに戻ったんだろう。ポケットからスマホを取り出す。そして日付をみて驚愕する。
「3年後だと!? バカな……未来にタイムスリップするなんて、初めてのパターンだぞ……」
タイムスリップにはばまれてどうしても超えることができなかった2018年9月9日。その壁をあっさりと飛び越えてしまった。ここから先に起こることは、まったくの未知だ。未来が未知。ごく当たり前のことだが、自分にとってはしばらくなかった状況だ。
「そうだ、みのり……。この時間軸ではどういう運命をたどっているんだ……?」
何度となく繰り返すタイムスリップ。
その中でみのりだけが唯一、毎回顕著に違う行動をとる。他の人はタイムスリップしても、95%くらいは同じ行動をとるのだが、みのりは一度たりとも同じ行動をとったことがない。みのりだけ、明らかに異質なのだ。この無限に繰り返すタイムスリップに、彼女は何からの関係を持っているはずだ。
前回の花火大会では、みのりはスクール水着を着てあらわれた。みのりは金魚すくいの最中にふところから巻き寿司を取り出して、もぐもぐと食べ始めた。醤油もなしにだ。
その前はチャイナ服でリコーダーを吹きながら登場して、サバ缶を食べながら金魚すくいをするという、意図の分からない離れわざをやってのけた。みのりの支離滅裂な行動は、何かの試行錯誤をしているように見えた。
「あとでみのりに会いに行くか。しかしその前に、コーヒーで一服しよう」
なにしろ暑い。スマホの日付は、6月9日を示している。
俺は横断歩道を渡りきり、、近くにあるシアトル系のカフェに足を運ぶ。
「いらっしゃいませー」
緑色の制服を着た、ショートボブな女の子。
彼女は俺の目の奥に視線をむけて、それからほんわりと微笑む。マニュアル化した笑顔にならないように、マニュアル化されているのだろうか。
「アイスコーヒーをひとつ。トールで」
「……? 失礼しました。サイズはいかがなさいますか?」
「いやだから、トールで……」
「??」
なぜ伝わらない。仕方がないので俺はメニューのトールを指さし、サイズを指定しようとする。
しかし、ないのだ。トールが。
よくメニューを見ると、こんなふうになっている。
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アイスコーヒー
サイズ
・クラッシング ¥300
・ファストトラッキング ¥350
・EVM ¥600
※KKDは無料
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……え、なにこれ?
サイズ? だよな……?
なるほど。かつておしゃれのカフェも、ある日突然「トール」とか「グランデ」とか、真顔で言い始めたもんな。それと同じことが、三年後の未来でも起こっていたということか。
トールとは長いこと人見知りする関係だったけれども、最近ようやく仲良くなれたと思っていたのに。またゼロからスタートするのか……。さらばトール……(大空に笑顔
うーん……。分かりにくいが、まあ値段が高くなるにつれて、サイズが大きくなるのだろう。無難に真ん中のを選ぶことにする。
「えーっと、350円のファ、ファストトラッキングで」
「うれしみは、いかがいたしますか?」
「は?」
「え?」
「入るんですか、うれしみ?」
「ご希望頂けましたら、柔軟に対応可能です」
「じゃあ、入れてください」
「では……かなしみは、いかがいたしますか」
「え、入れられるんですか?」
「ご希望頂けましたら、柔軟に対応可能です」
「いや、入れないで下さいよ。その柔軟性を発揮して、聞くまでもなく入れないで下さいよ」
「おすしは、いかがされますか?」
「おすし」
「はい、おすし」
「おすし。自分にはおすしを、いかがする選択肢があるんでしょうかね」
「トッピングですね」
「ですよね。そうなりますよね。いやですよ気持ち悪い。食べ物で遊ぶのは好きではないです」
「では、マスターハンドリングはいかがなさいますか?」
「いやもう聞いちゃいますね。なんですかそれ」
「ブロンズ、ブラック、シルバー、プラチナ、ゴールドからお選び頂けます」
「答えになっていない気がしますが、まあいいです。値段は変わらないのですか?」
「もちろんです」
「うーん……じゃあ、ゴールドで……」
俺がそう答えると、店員さんは意表をつかれたように吹き出す。そして顔をあかく高潮させながら、となりでフラペチーノを作っている金髪の女の子に声をかける。
「多田先輩……ゴールド……(笑)」
「ゴールド(笑)ウケる(笑)」
なんだよ! 注文されてうけるようなものを、メニューに載せとくなよ! これはあれか。ハンバーガー屋のスマイルみたいな存在なのか?
「では、番号札を持ってお待ちくださっ……ゴールド(笑)」
少しだけ不愉快になりつつ、番号札を持ち席につく。なんなんだ、このシステムは。
まあいい。そんなことより今はこの状況をどう整理していくかを考えないとだ。まず気になるのは、みのりだ。彼女はおそらく、このタイムスリップのループに深く関与している。いやむしろ、このループを起こしているのは、彼女の意志によるものではないか。確証は持てないが、そんな気がしている。
だとすれば、彼女が拒んだ未来にいる今、彼女は無事なのだろうか。不安がつのる。
そのときふと、スマホのことを思い出す。
そうだ。LINE……!
俺はLINEをひらき、彼女とのやりとりを確認してみる。
そして俺はほっとする。昨日まで元気にやりとりしている履歴が残っている。
『元気か?』
俺はそうメッセージを送ると、すぐに既読がつき、メッセージが返ってくる。
『おおおお、もしかして、タイムスリップしてきた?』
『なんでお前がタイムスリップのことを知ってるんだ? やっぱりこれまでタイムスリップを起こしているのは、みのりだったのか?』
『そうだよ。やった! わーい、成功した! 私えらい可愛いかっこいい! やっと未来にこれた! あのね、私も今、タイムスリップしてきたところなの』
『そっか。でも何でタイムスリップを起こしていたの?』
『あー、それはね……。何度やっても、きみは死んでたの。9月9日にね……』
『それを回避するために、ループしてやり直していたの?』
『そうだよ。秘密にしててごめんね。詳しいことを話すと長くなっちゃうの』
『分かった。細かい話はまた改めて聞くよ。よく分からないけどありがとう』
『私も未来に来れて嬉しいよ。ねえ、今どこにいるの? デートしようよ。まだ知らない世界でデート!』
『いいよ。渋谷のカフェにいる』
『へえ。未来のカフェってどんな感じ? おしゃれ?』
『そうだね……』
さっきの店員が近づいてくる。それから半笑いで、トンカツを席に置いていく。
ほう。ゴールドとはトンカツのことだったか。もはやアイスコーヒーじゃあなくなっているじゃないか。
『コーヒーの注文方法が、ドラスティックに進化しているよ』
俺はそうメッセージを送り、とりあえず付属のソースをトンカツにかける。いかなる未来が来ようとも、我々は順応せざるを得ないのだ。
トンカツを口の中に入れると、トリュフの香りが広がる。なるほど。もしかすると、これが『うれしみ』なのかもしれない。未来も悪くないじゃないか。さあ、楽しいデートにしよう。
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