たとえ世界が変わったとしても変わらないものもある
店主に着席を促された二人はなぜか奏太を囲むように座った。玲奈は昔からの定位置であるカウンターの右端、つまり奏太の右隣へ、美緒は奏太の左隣の席に座った。そのことに若干戸惑いつつも、奏太はせっかくの料理が冷めては勿体ないので料理を食べることにした。
左手にお茶碗を持ち、箸で最初につまみ上げるのはもちろんチキン南蛮だ。切り分けられているチキンを一切れを掴み口へと運ぶ、歯で噛みちぎると表面はタレを吸ってしっとりとそれでいて中にカリッとした食感が残った絶妙な歯ごたえが心地より。そして口の中にジュワッと広がる肉汁と甘辛ダレとこの店自家製のタルタルソースが口の中で混ざり合いえも言われぬ美味しさに心が満たされて行く。噛めば噛むほど旨味が口の中で溢れてくるようだ。そして急いで白米を口に運び、再び幸せそうに噛みしめる。
(あぁ、これだよこれ!)
初めてこの葵屋を奏太が訪れたあの日を思い出す。
奏太がまだ社会に出て間もない頃、なれない仕事でヘトヘトになり、更に小さなミスが続いてしまい、上司から怒られ、精神的に弱り切っていた。もう会社を辞めようかと思いつめながら家路についていた時、ふと美味しそうな香りに吸い寄せられ初めてこの店を訪れたのだ。
その時、奏太の疲れ切った様子を心配した女将さんが特別にまだ当時はお店では出しておらず、賄い用に用意していた女将さん特製の自家製タルタルソースを使ったチキン南蛮を出して「しっかり食べて元気出しなさい!」と励ましてくれたのを今でも覚えている。そのチキン南蛮のあまりの美味しさと女将さんの優しさに涙をこぼしながら奏太は夢中で食べた。
後にその様子を見ていた他の常連客が「俺も食べたい!」「私も食べたい!」というものだから日替わりメニューに登録されることになったのだ。
口元を綻ばせ本当に美味しそうに食べる奏太をみんなが見ていた。
「あ〜、うん、確かにこの人はあのソウちゃんで間違いなさそうだね〜」
「はいっ、ソウちゃんで間違い無いです」
「ははっ、確かにソウちゃんで間違いないな!」
「そうじゃのう、やっぱりソウちゃんじゃ」
ウンウンと頷きながら美緒が言ったあと皆んなが同意するように言った。いつのまにかとても和やかなムードになっている。特に店主と玲奈は嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
(なぜに? なんで急に認めるようになったんだ? そして何この雰囲気? 気まずいんだけど…)
奏太は周りのその和やかに見守るような様子に戸惑っていると美緒がその答えを奏太に告げた。
「いや〜、だって美味しそうにここのチキン南蛮食べる君の姿を見てたらさ。あのおじさんが食べてる姿がダブっちゃうくらいに似てたからね〜。おじさん、本当に美味しそうに食べてたから印象に残ってるんだよね」
まっ実際美味しんだけどさ! と言いながら彼女は笑った。
「ふふっ、俺もソウちゃんに食べてもらえると嬉しいよ。な? 玲奈?」
「ふふっ、はい! もちろんです!」
店主親子は同じような笑顔を浮かべながら奏太に温かい眼差しを送った。その眼差しに奏太は照れて、頭を描いた。
「勘弁してくれ、こっちはうまいもんが食えて嬉しいだけなんだ」
奏太が弁解するも店主親子は同じタイミングでクスッと笑って言った。
「「それが嬉しいんだよ(ですよ)」」
その二人の様子に奏太は気恥ずかしさを誤魔化すようになめこ汁を啜るのであった。
「あっ、おじさん! あたしもチキン南蛮定食でお願いします! 飲み物はオレンジジュースで!」
「お父さん、私もチキン南蛮定食でお願いします。飲み物はウーロン茶で。食べ終わったら手伝いますね?」
「はいよ!」
そう言って二人の注文を受けた店主は再び調理を始めた。
「で、あのおじさんと君が同一人物だっていうのはわかったけど、どうしてそのおじさんがそんな格好してるのよ?」
「ですね。私も聞きたいですソウちゃん。それにその姿はどうされたんですか?」
女子高生二人に問い詰められるおっさん。シュールな光景だ。
(いや、見た目は高校生なんだけどね…)
そんなことを考えつつ、奏太は答える。
「どうしたも何も…正直、俺自身がまだ何が起こってるかわかってないんだよ。わかってるのはあの日、あの世界変革の日に姿が若返って、ステータスには15歳って表示されていたってことくらいなんだ」
そして食事をしながらつらつらと奏太は自分の現状を話し始める。
あの日、朝目が覚めると若返っていたこと。ステータスに表示された年齢が元の35歳という実年齢と違い、15歳と表示されたこと。ステータス登録で役所に15歳と登録されてしまったこと。年齢の都合上会社を休職扱いにされ、今まで通り働くことができなくなったこと。生活するためにも補助費が出る冒険者学校に泣く泣く通うしか選択肢がなかったことなどを語った。
店主も仕事をしながら聞き耳を立てていたようで少女二人に食事を提供する際、奏太を哀れむように見ていた。
そのあと皆んなで食事をしながらお互いの状況を語り合った。
「おじさんも大変だったね〜」
「ああ、大変だったんだよ」
同情するような美緒の言葉に奏太はしみじみと頷いた。そして、奏太は二人の心境を聞いてみることにする。彼女たちだって姿をみてわかる通り色々あったはずだ。
「二人はどうなんだ? 変化もあっただろうし、それに学校ではダンジョンに潜らなきゃいけなくなるだろ?」
少女二人はお互いの顔を見合わせたあと奏太のその質問に答える。
「ん〜、あたしはまぁこんなことになったけど、特に問題はないかな〜。ダンジョンとか潜るの楽しみだし、それに…スタンピード起こさせないためには誰かがやらないといけないとね」
「私は少し、怖いですけど…。でも、力があるなら頑張りたいと思ってます」
美緒は少し、楽観視しているようだが彼女なりに考えているようだ。玲奈もダンジョンへ行く気は十分にあるようだ。
(若いってすごいなぁ)
奏太は保守的な思想でまだどちらかといえばダンジョンには潜りたくないのだ。怪我はしたくないし、ダンジョンでは命を落とす可能性も十分にあるからだ。今もダンジョン攻略に出て戻らない冒険者の話がニュースになっているくらいだ。
「そうだ! おじさんのステータス見せてよ!」
「あ! 私も見てみたいです!」
美緒は手を打ったあと興味津々に奏太のステータスを見たいと言った。それに続いて玲奈も奏太にステータスを見せて欲しいと言った。二人とも目がキラキラしている。金髪碧眼の美少女エルフと銀髪・犬耳の美少女にお願いされたら俺ない男はそうはいないだろう。もちろん、奏太も折れた。
「まぁ、いいけど…」
そう言って奏太は”ステータス・オープン”と唱え、自分のステータスを出し二人に見せた。
「わっ、本当に15歳になってます!」
「え? なにこれ? おじさん魔法系のステ高すぎない? それにスキルもたくさんある…」
奏太のステータスを見た二人はそれぞれ驚きの声をあげた。玲奈は驚いたようで少し嬉しそうな声を。美緒は純粋にステータスに記された数値の高さに驚いているようだ。
「じゃあ、次は私達のステータスを見せましょうか?」
「そうね、おじさんのステータス見せてもらっちゃったし、ここは公平にあたし達もステータス見せるとしましょうか」
(おお! 二人のステータスか! 楽しみだ!)
奏太はこういうの見せてもらうのドキドキするなっと胸を高鳴らせた。
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