ジャイアントキリング
「ぜぇ……ぜぇ……、もうダメ」
あれから5分は走っただろうか、奏太は後ろを追ってくる魔物を引き離しすぎないように一定の距離を保って走っていた。奥に進むにつれ、だんだんとダンジョンの通路の広さが狭まっている。天井までの高さはまだ結構あるが横幅は3mくらいになりそうだ。再奥に近づいているということだろうか。奏太の息は既に上がり、徐々に走るスピードも落ちてきていた。
(やばい……自分の体力のなさを忘れてた!)
奏太はもともと体力に自信がない。学生時代、持久走も苦手にしていたのだ。社会人になってからはなおのことで、ステータスの付与と若返りのお陰で身体能力が上がっていて油断していたが、もともと苦手としていた持久力はやっぱりそこまで伸びていなかったようだ。
モンスターの群れを突っ切ってダンジョンの奥地に入るまでで、だいぶ体力を消耗していたというのに、そこから更に走れば結果はおのずとわかるだろう。
また、自分を追ってくる魔物の数が減っているのが気になる。後ろから近づいてくる魔物の気配がどんどん減っていく。しかし、奏太の耳には後ろから一際大きく響く巨人の足音は聞こえるままなので、囮役としての責務は果たせているだろう。
「ここまで、逃げれたら……上出来だろう」
息を切らして弱音を吐いた。それも仕方ないだろう。最奥に辿り着いてしまったのだ。おそらくここが最終地点。つまり、行き止まりだ。
そこには台座のように整えられた岩と、その上に大きな黒曜石みたいな結晶があった。黒曜石みたいな結晶は元は丸い形だったと思われるが、今は真ん中から真っ二つに割れている。
「ここからあの一つ目巨人が誕生したのか? しかし、それにしては少し小さ過ぎるな」
黒曜石は直径1m程度のサイズしかなかったのだ。巨人は3m近い巨体をしていたのでこの石から産まれるとは考えずらい。だいたい、結晶の断面は綺麗にあって中は空洞になっていない。そんなことを考えるとズシン、ズシンと響く音が近づいてきた。
振り返れば体中を赤く染め湯気を発し、大きな一つ目の充血をさっき見たより酷くした一つ目の巨人がやってきた。狂化状態の一つ目の巨人が全部倒してしまったのだろうか、他の魔物はやってこない。
巨人は奏太を追い詰めたと判断したのか、ニタリと笑うかのように口を歪めた。
『グルァ〜〜!』
そして威嚇するかのように大きな声で吠えた。それに奏太は顔をしかめて耳をふさぐ。
「やめてくれよな。無駄に吠えるのは。俺に変なのは効かないが、その無駄に大きな声は頭に響くんだよ」
一つ目の巨人は奏太にバカにされたと感じたのか唸り声をあげながら、やみくもに棍棒を振るってくる。それを奏太は紙一重でかわし続けた。時折、棍棒を叩き付けた際に飛んでくる石が奏太に当たる。棍棒を避けるのが精一杯でその余波までは回避しきれなかった。
『グァ……グァ……』
「はぁっ……はぁっ……」
魔物といえど疲れはあるのかずっと戦い詰だった一つ目の巨人の息も上がって、棍棒を振るう手が止まる。そして巨人は大きな目を閉じてゴシゴシこするような動作をした。
よく見るとその大きな目は赤紫色に充血している。何があったのだろうか。
「もしかして、あの黒い物体……毒でもあったのか」
心あたりがあるとすれば、玲奈が投擲した黒い物体が巨人の目に刺さってから充血しだしている。元々は罠に使われていたものだ。あれに毒があってもおかしくない。
そう考えると冷や汗がにじむ。なにせ自分の手で掴んだのだから。もしちゃんと掴めず、美緒か自分に刺さってたら大変なことになっていたかもしれないのだ。
「勝てるかもしれない」
一つ目巨人のあの大きな目に一撃加えれば、まだ勝機はあるかもしれない。
自分を奮い立たせるように言った後、奏太は恵から拝借した黒い角を左手に持ち、右手で腰に差していた木刀を引き抜く。後ろは行き止まり、前は一つ目の巨人。巨人をどうにか躱して逃げられたとしても、その後逃げきるほどの体力は残ってないだろう。最後に一撃くらい入れてやると木刀を正面に構えた。
そう考えたとき、巨人が奏太めがけて棍棒を横になぎ払ってきた。
「うぁ!」
奏太はギリギリ体をそらして倒れることでやり過ごす。ダンジョン最奥部は横幅3mくらいしかない場所だったので、巨人の巨体で棍棒を横薙ぎすれば壁に当たってしまう。だから横薙ぎはないだろうと奏太は油断していたが相手はそんなの御構い無しに振るってきたのだ。
気づけは奏太が持っていた木刀は先の一撃であっさり折れて、右手に残るのは柄だけになっていた。
「マジかよ」
棍棒を壁に叩きつけた後、すぐに振り上げ奏太めがけて振り下ろしてくる。奏太は持っていた柄を捨て、棍棒を避ける。
勝利を確信したかのように一つ目の巨人はひたすらに棍棒を振るって、奏太を追い詰めてくる。
「はぁっ……はぁっ……」
奏太の意識は既に朦朧とし始めていた。体力の限界などは既に通り越えて、気力だけでギリギリ避けている状態だった。
(アイツらは逃げ切っただろうか……)
ダンジョンなんて入らなければよかった。今でも奏太はそう考えている。でも、パーティーを組んだメンバー達は放って置けなかった。
彼らは自分より、まだまだ若く希望に満ちていた。行きつけの店の子供に、友達の子供だから守りたい。そんな大人の勝手な思いも最初はあっただろう。だがそれより、若返ったとか変なことを言う自分を受け入れてくれたパーティーメンバーを、友達を守りたいと思ってしまうのは自然なことだろう。
こんなよくわからない状況下に置かれても楽しめたのは、間違いなく彼らのおかげだ。それだというのに奏太は彼らに何かちゃんとしてやれただろうか。
歳上だからとかそんなの関係なく、彼らのことをちゃんと知り、彼らが自分と行動を共にするだけの何かを築く努力ができていただろうか。
そんな後悔が奏太の中で渦巻き、血が燃えるように煮えたぎっていく。避けるごとに一つ目の巨人の攻撃が遅くなっていくように感じられた。
『グガァ〜〜!!!』
無駄に大きな声で吠える一つ目の巨人を、奏太は睨みつけた。恐怖心はもうない。
「うるさいな。一撃くらい当ててみせろよ」
嘲るように奏太が言うと、それが伝わったのか巨人は唸り声を上げ、棍棒を持った右手を少し引いた。そして、その棍棒は右から左へと横薙ぎに振るってくる。
奏太はその一撃を待っていた。横薙ぎで振るわれた棍棒を頭が地面に着くのではないかという前かがみの姿勢で躱し、そのまま駆け出した。
その瞬間、一つ目の巨人は奏太を見失った。自分の右手が死角となって奏太を隠してしまったのだ。それに巨人が気づいた時には、奏太は既に巨人の懐まで到達していた。
「遅いんだよ」
巨人が棍棒を持った右手を右側に振るうも、スピードは出ず奏太が掛け声と共に飛び上がることで回避されてしまった。
「はぁ〜〜!!!」
そして、そのまま奏太は巨人の一つ目に黒い角を突き立てようとする。無理やり腕を振ったことで体勢を崩して巨人はそれを避けようがなかった。
この一撃が奏太にとっての正真正銘最後のあがきであった。これでどうにもならなければ、あとはたやすく殺されてしまうだろう。
奏太が手に持った角の先端が巨人の目に近づいていく、あと少しで当たると奏太が確信した瞬間、予想外にも突如として一つ目の巨人は姿を塵に変え消えてしまった。
突如として消えた巨人に向かうはずだった力は、行き場を失ってそのままの勢いで奏太は前へと飛んで行ってしまう。
「へ? ぶわぁ!」
ズシャッと顔面ダイブを決め込んでしまった。そしてゴロゴロと転がって、やがて勢いを失って倒れこむ。
「痛た……なんだ?」
奏太は痛む体を起こして、辺りを見回すが一つ目の巨人の姿は見当たらなかった。代わりに何やら古い木箱が落ちていた。一つ目の巨人のドロップアイテムだろう。
「勝った……のか?」
果たして勝ったといえる状況か微妙なところだ。高梨先生の攻撃と、一つ目の巨人自身の狂化スキルで減ったHPが毒の状態異常で尽きたようだ。
奏太はグッタリと横になって、疲れた体を休める。
「なんとか……助かったな」
最後はあっけなかったが、結果オーライだ。生きていることが大事と気を取り直して、巨人からのドロップアイテムであると思われる箱にヨロヨロと歩いて向かう。
(せっかく、勝ったんだから少しくらい良いものが出てくれると良いんだけどな)
罠とかじゃないよなと木箱を軽く叩いてみたりするが、危機察知スキルは働かない。奏太が思い切って木箱を開けてみると中からは、何やら液体が入った簡素なビンが一つ入っている。500mlのペットボトルくらいのサイズだ。
「え? これが……報酬?」
残念な報酬に対する失望と溜まりに溜まった疲労で、奏太はその場に崩れ落ち眠るように気を失った。




