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とりあえず生で

ちょっと1話と2話に修正を入れましたのでご注意ください。

「いらっしゃいませ〜」


 二木奏太が居酒屋に入ると若い男性が元気よく出迎えてくれた。ここはチェーンだが割と奏太お気に入りの和食居酒屋だ。料理も結構美味しいし、何より暖簾で塞ぐだけのなんちゃって個室とは違い、しっかり壁で仕切られた個室でゆったりと過ごせるからだ。賑やかなのも悪くはないがゆったりでき方が好きなのだ。


「1名様でよろしいでしょうか?」

「いえ、連れが先に来てると思うんですが…。斎藤で予約入ってますか?」

「はい、承っております。ではこちらへどうぞ」


 席へ案内する店員の後に奏太は続いた。


(この人は特に変化なかったんだな〜)


 前を歩く店員に耳や尻尾といったものはなく、不思議な髪の色をしていたりもしない。そういえば世界変革の日に人々の中には姿が変わったものも出たが実際のところ姿に変化があったのは三分の一程度でそのほかは特に変わらず種族も人間とステータスに表示されていると何かで聞いた。奏太の種族はステータスに人間(?)と表示されていたがまだ似たような人の情報が入って来ていないので不安に感じている面もある。


「どうぞこちらへ」


 席に着いたらしく襖が開けられ、席へ促される。中には奏太の友人である斎藤一馬がお茶をすすって待っていた。


「おう! 来たか奏太」

「おす。早いな」


 奏太を見て斎藤は笑顔で片手を上げた。そして早く入れと言ったあと斎藤は店員の男性に注文する。


「あっ、お兄さん! とりあえず生2つお願いね」

「はい! え〜と、身分証の確認させていただいてもよろしいでしょうか?」


 店員の男性はすぐに返事をしたが奏太の方を見てハッとした顔をして身分証の提示を求めてきた。


(まぁ、こんな顔してたらしゃ〜ないはな)


 奏太はため息を吐くのを我慢して財布から免許証を提示する。多少若返ったとしても同じ人間、写真で見ると同じ人物であることがわかる。ただ奏太は免許証の自分の写真があまり好きではなかった。なぜか免許更新の度何度か写真を撮ったが犯罪者のような変な顔つきで写ってしまうからだ。


「はい、ありがとうございます?」


 店員の男性が微妙顔をしている。確かに同じ人物な気がするけど…本当に? といった風情で免許証と奏太の顔を見比べている。その様子を見た奏太は苦笑しながら店員に言った。


「いや、俺もこの前のあの日にちょっとね」


 それだけの言葉で店員には通じたようだ。合点のいった顔をしている。


「ああ、そういうことですか。はい、ご提示ありがとうございました」


 今は”あの日”だけで割と通じるのだ。エルフだのドワーフだのといった種族になった人は容姿まで大なり小なり影響を受けた人がいるのでそうおかしな話でもないのだ。もっとも年齢が変わったという人の話は聞いたことがないのだが。


 免許証を確認した店員は俺たちにごゆっくりどうぞと言った後襖を閉め、店の奥へ行った。


「ははは! 本当に若返ってんな〜」

「いや、笑い事じゃねーよ。 …そういうお前は本当にクマ耳ついてんだなぁ」


 お互いに正面に座った相手の顔をまじまじと見つめた。


 奏太は35歳のおっさんから15歳まで若返っている。身長も少し縮んでおり、元は170あった身長が今では160程度しかない。顔の作りはそんなに悪くはない。悪くはないが取り立ててよくもないといったところだ。


 斎藤も奏太と同い年の35歳だ。写真サークルなんて文化系サークルに所属していた割にガタイが良い。顔はワイルド系のイケメンで妻子持ちだ。そんな男の顔には確かに普通の人間の耳とは別にもう一つ茶色い毛のクマ耳が生えていた。


「「ぷっ、はははは」」


 そしてお互いに指をさして一斉に笑い出す。


「おまっ、その耳! まじでケモミミついてんな〜」

「お前こそ、その顔! 居酒屋いて大丈夫かよってくらいの年齢に見えんぞ!」

「でっ、そのクマ耳って触った感触とかどうよ? 音も聞こえんのか?」

「ああ、手触りはもっふもふで結構気持ちいいぞ。ただ自分で触るぶんにはいいが人には触られたくない感じだな。どうやら本当に俺の体の一部と化してるみたいでな? 音もちゃんと聞こえるんだ」

「へ〜、まじか〜? 触って見ていい?」


 奏太が手を斎藤のクマ耳へ伸ばすが途中ではたき落とされた。


「やめい! さっきも言ったが人に触られのは嫌なんだよ」

「…残念」


 そんなことをやっているとコンコンッとノックされたあと襖が開いた。女性の店員がお盆にビールが入ったグラスが2つと小鉢が載っている。


「お待たせしました〜! 生二つとお通しです。本日のお通しはナスの揚げ浸しです」

「お、きたきた!」


 キンキンに冷えたグラスに注がれたビールに二人のテンションが上がる。やっぱりまずはこれだよな〜っと二人して笑った。お通しのナスの揚げ浸しはいかにもビールに合いそうだ。ナスはうっすらと茶色に染まり、味がよく染み込んでるのがわかる。その上にかけられた大根おろしとネギがさっぱりとした味わいにしてくれるのだ。


「それとこちらお後のお客様のおしぼりです、どうぞ」


 そう言われて奏太は女性の店員から温かいおしぼりを手渡された。奏太がお礼を言うと女性店員はにっこり笑った。


「では追加の注文がありましたらそちらのボタンでお呼びください」

「はい、ありがとう」


 襖が閉められ、再び二人になると二人は神妙な顔をしてお互いの顔を見合わせた。そして少しトーンを落とした声で話し出す。


「何? 今の店員すっごく美人だったな」

「驚いたな。あれがエルフってやつになった人か?」


 そう、先ほどの女性店員は肌は白く、端正な顔立ち、そして耳がピンと尖っていたのだ。あれがエルフという種族になった人かと二人はヒソヒソと話す。…胸はなだらかだったなぁと。


 そして気を取り直してグラスを合わせ、二人はビールを煽った。


「「ごくごくっ、ぷふぁ〜」」


「くぁ〜、しみるな〜」

「しみるね〜、五臓六腑に染み渡ってるわ〜」


 二人はとても幸せそうな顔をしてビールを飲みだした。



 ♢



 いくつか追加の注文を頼んだあと二人はお互いの近況を話し合う。


「仕事場は無事だったのか?」

「幸いなことに無事だったよ。そっちは?」

「うちも問題なかったな。まぁ生徒たちがやんちゃになってちょっと困ってはいるがな」


 二人とも職場は無事なようで仕事が再開されていた。奏太の働いている会社は今回の変革やらダンジョンやらでは特に被害らしい被害は見られなかったため一時休業になったものの現在はその遅れを取り戻すべく忙しく働いている。斎藤は中学校の教師をしていて、ステータスやらダンジョンやらで盛り上がっている生徒たちに四苦八苦しているようだ。


「で、大丈夫なのか? そんななりで仕事とか?」


 斎藤は奏太の容姿のことを言っているのだろう。仕事場


「まぁね、最初驚かれたけどさ。世間がこんな風になっちゃったから普通に働けてるよ。何せ居酒屋でエルフが働いてるような状況だからね」

「ははっ、ちげーねぇな」

「それより、カズの家族は大丈夫だったのか?」


 奏太が聞くと斎藤は無言でスッとスマホを奏太に差し出してきた。奏太が画面を除くと斎藤の奥さんも子供(男の子)もクマ耳が生えていた。


「うぉ、(のぞみ)ちゃんも裕也(ゆうや)君もクマ耳生えたのか! 可愛いなぁおい!」

「だろ〜? 希も裕也も同じ種族だったんだよ〜」


 そこから続く斎藤の惚気話を奏太はビールで流し込みながら聞いた。

 斎藤の嫁である希も大学時代同じ写真サークルに所属していたので知り合いである。というかよく三人で飲みに行くくらい仲が良かった。


「そういやカズ、本当にいいのか? 今度の旅行に俺まで参加させてもらって?」


 前回一緒に飲んだ時に奏太は斎藤からGWに箱根への旅行に行こうと誘われていたのだ。その場ではOKしたものの後になって本当に自分が家族旅行に混ざっていいものかと心配になってきたのだ。


「何言ってるんだ? 俺もかみさんも大歓迎だし、何より裕也がお前と旅行に行くのすげ〜楽しみにしてるんだぜ? …俺としてはもうちょっとお父さんと旅行に行けることを喜んで欲しいんだがなぁ〜」


 自分で言って斎藤は少し落ち込むのだった。息子の裕也君は現在7歳、来年で小学2年生の大人し目の子供だ。昔から奏太は斎藤の家によく遊びに行ってはお菓子やおもちゃをプレゼントに持っていき、また一緒に遊んでいたのですごく裕也君に懐かれている。


「わかったよ。裕也君が楽しみにしてくれてるんじゃ断れないな」

「ああ、裕也が楽しみにしてるんだから断っていいわけがないな!」


 うんうんと頷きながら斎藤が言った。


「だいたい、昔から俺らで旅行よく行ってただろう? 今更じゃないか?」


 そう、奏太は斎藤夫妻とよく写真を撮りに旅行に行っていたのだ。それこそ二人が付き合う前から夫婦になってからまで。


「いや、まぁそうなんだけどさ…」

「それにいつだったかあの店の子も連れて行ったりとかしたじゃないか。お前が良く飲みに行ってる葵屋(アオイヤ)のさ」


 斎藤が言ってる葵屋とは奏太が長年住んでいるアパートへ最寄り駅から帰る途中にある個人経営の居酒屋でそこに昔から奏太はよく通っていた。斎藤夫妻も奏太と一緒に飲む時によく使っていたので店主とも仲が良かった。


「あぁ、そんなこともあったね〜。玲奈(れいな)ちゃん連れて。そういえばあの時も箱根じゃなかったか?」

「だな? いっそまた連れてくか?」


 玲奈とは葵屋の店主の娘さんで常連の奏太にもよく懐いていた。以前、忙しい夫婦の代わりに旅行に連れてってやってくれないかと頼まれ一緒に旅行に連れていったことがあるのだ。


「いやいや、玲奈ちゃんもうすぐ高校生になるしついて来てくれないだろうよ。何より今や葵屋の看板娘だしな」

「そうか、ならしゃあないな。ん〜、お前がいったら来てくれそうだけどなぁ」


 奏太は斎藤の言葉にいつまでも昔のままじゃないんだよと思いながら答えた。


「たくっ、んなわけないって」


 そして次は何を頼もうかと飲み物のメニュー表を広げるのであった。

読んでいただきありがとうございました。

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