ダンジョン2
「次のT字路を左だね」
「うしっ、じゃあ偵察行ってくる」
「うん、よろしくね奏太」
彰はタブレット端末で1階層のダンジョンマップを見て、次の方向を指示する。それに奏太は手をあげて答え、偵察へ向かった。
徐々に慣れてきたとはいえ、未だ魔物とは遭遇していないため、今度こそいるのではないかと奏太の内心はドキドキだ。出口までもう少しの距離だし、今日はもう出なくてもいいんじゃないかな? と思っていさえする。他のメンバーと違い奏太はこの後に及んでもダンジョン探索に乗り気ではなかったのだ。
あと少しで突き当たりに辿り着く、というところでピリッとするような空気が奏太の肌を刺した。
(あ〜、……これは索敵スキルさんが初仕事をしてる気がする。どうやら俺の運もここまでのようだ)
奏太はため息を吐きたくなる気持ちを抑えながら後ろを振り返って、パーティーメンバーに向かって片手を少し挙げて待ったのサインを送る。これはパーティ内で決めた警戒のサインだ。
それを見てメンバーがワクワクした表情で頷いた。みんな嬉しそうに目をキラキラと輝かせている。玲奈は犬耳をピンと立て、尻尾なんかは激しく左右に振っているし、恵はすでに木刀を構え、舌舐めずりしている。前衛二人はもし奏太が偵察で魔物に見つかり、交戦になった場合は壁役になってもらうことになっているが気負っている様子はまるでない。奏太は苦笑いしそうになるのを堪え、気持ちを切り替える。
息を深く吐いて気持ちを落ち着かせ、足音をなるべく立てないように注意して歩きながら感覚を研ぎ澄ませていくと出口方向とは逆側の右通路に何かいる気配を感じた。
そっと顔を出して様子を伺うと、大きな芋虫と蟻の姿が見えた。芋虫1体と蟻3体、初めての魔物遭遇には少し多い気もする。奏太は視界に移った魔物の姿に息を飲む。
芋虫は1m近い体長に緑色の体、そして頭の中央部分には黒い角が生えていた。おそらくキャタピラーだと思うがなんか事前情報と違くないか? 確かキャタピラーに角は生えていなかったはずだ。もう一方の蟻は事前情報にあったバグアント通り、体長80cmくらいのクロアリをそのまま大きくさせたような姿をしている。芋虫も蟻もここまで大きいとなかなか怖いものだ。
どの魔物もこちらにはまだ気づいてはいなようなので、俺は慎重に体を引き、来た道を戻り仲間の元へ向かった。
「お疲れ様。どうだったの?」
パーティーに合流するとすぐに恵が音量を落とした声で質問してきた。他のメンバーも期待した目でこっちを見てくるので平静を装い簡潔に答えた。
「バグアントが三匹とキャタピラーが1匹だ」
「「お〜」」
待ちに待った魔物との初遭遇にみんなが小さい声で歓声を上げる。奏太は手を挙げ、それを遮って警戒情報を伝える。
「ただ、キャタピラーが聞いていた情報とちょっと違ってて、なんか頭に黒い角が生えてた。そこ以外は聞いていた通りの見た目だったな」
「角? もしかして特異個体ってこと?」
「そうだと俺は思う」
美緒の質問に奏太は頷いた。
特異個体とは同種魔物には通常見られない身体的特徴を持っている魔物のことを指す言葉だ。それは通常の個体より体の大きさや色が違っていたりするらしい。他にも頭が二つあったり、翼を持っていたりなど様々な例がある。
「特異個体か……、通常の魔物より強いらしいね」
「でも、キャタピラーでしょ? 特殊個体って言ってもそんなに強いのかしら? 吐く糸には注意が必要だけど一番弱いって言われてる魔物でしょ?」
「どうだろう? 特殊個体の情報って微妙なものが多いからね。単純に力が強かったり、防御力が高かったりするだけのこともあれば、厄介な能力を持っていたりすることもあるらしいし……」
「つまり、戦ってみないとわからないってことね。だったらさっさと戦いましょう。このままだと魔物に気づかれちゃうかもしれないわ」
思案する彰に対し、恵は即決して交戦する意思を告げ、高梨先生の目を見て伺いを立てた。
「私がフォローするから、君達は好きに戦ってみなさい」
先生の言葉にみんなで頷き、戦闘の覚悟を決めた。
♢
初めての戦闘だし、シンプルな作戦でいこうと彰が提案した。
「まずは柚木さんが火の魔法をキャタピラーに向けて放って先制攻撃を仕掛けて。これで倒せたらそれでいいし、倒せなくても怯ませられればいい」
「わかったわ」
「魔法がキャタピラーに当たったら、残りのメンバーは石を投げてバグアントが近距離に来るまで攻撃、近距離になったら各自武器で応戦しよう。キャタピラーが近距離に来たら恵と奏太で足止めしてもらって、その間に他のメンバーでバグアントを先に仕留める。で、最後にキャタピラーをみんなで囲って倒すって作戦だ。これでいいかな?」
彰の作戦にみんな頷き、了承した。弱いのから倒して、厄介なのをみんなで囲む。確かにこれが手っ取り早いだろう。
奏太は再び先頭に立ち、曲がり角から覗き見て魔物の様子を慎重に伺った。どっかに行っちゃっていればいいものの、残念ながら魔物たちは同じ場所に留まっていた。ここから魔物までの距離は15mほどだろうか。
奏太は内心溜息を吐きつつ、後ろを振り向き親指を立て、問題ないと伝えた。それを見た美緒が頷き、精霊魔法を放つ準備をする。精霊魔法は最初に使用する魔法の属性の精霊へ呼びかける必要があるのだ。
「火の精霊よ、あたしに力を貸して」
美緒はそう呟いたあと、通路に踏み出し魔物を視界に捉え、左手を前に差し出した。
「ファイヤーボール」
美緒が唱えると同時に手の前に直径30cmほどの火球が出現し、キャタピラー目掛けて飛んで行き、火球はキャタピラーに当たり、2mほど後方に吹き飛ばしていった。想像よりずっと派手で威力があった。
しかし、今はそれに感動している暇はない。すでにバグアントたちがこちらに気づき、威嚇するように牙をカチカチと打ち鳴らしている。奏太を含めた残りのメンバーが通路に躍り出て、各々の方法で己の敵に気づいたバグアントに向けて石の投擲を始めた。
的が大きいので結構当たるが投石の一発一発の威力はさして高いとは言えない。それでもこちらに向かってくるバグアントに幾らかはダメージが与えられている。徐々に距離が詰まってきているが想定の範囲内のスピードだ。
バグアント達の後ろでは特異個体のキャタピラーがすでに起き上がって体勢を整えたようだがまだこちらは遠い位置にいる。
(よし、ここまでは順調にいっているな)
そう思いながら奏太は近づいてきているバグアントに備えて腰から木刀を引き抜いて構えをとった。
「俺は……」
『ギュイィイーー!』
奏太が迫る3対のバグアントの姿に少しビビりながらも、どのバグアントを自分が対処するかメンバーに伝えるため声を上げようとした時、その声を遮るようにキャタピラーが不気味な鳴き声を上げた。その鳴き声は洞窟に反響して響き、パーティーメンバーは顔をしかめさせた。奏太がその鳴き声に釣られ、キャタピラーを視界に収めるとその頭に生えた黒い角が鈍く光ったように見えた。




