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別腹

 授業も終わり、放課後となったので奏太たち一行は駅近くにある喫茶店に来ていた。喫茶店の名前は喫茶フロマジュリ、チーズケーキとチーズクリームアイスが美味しいらしい。店内は落ち着いた雰囲気で革張りのソファーに木製のテーブル、暖色のランプそして流れるのはゆったりとしたジャズ。そんな居心地の良い空間で目の前の光景に奏太は(おのの)いていた。


「なぁ、…なんだよそれ?」


 奏太は恵の前に置かれたものを指差し、聞いた。


「何って…見ればわかるでしょ? ただのパフェよパフェ」


 それに対し、恵は何を当たり前のことをといった風にキョトンとした顔で答えた。しかし、奏太には対面に座っている恵の顔が見えないのでどんな顔をしているのかわからない。なぜなら奏太が指差しているものに彼女の顔が隠れてしまっているからだ。

 それは彼女が言っている通り、パフェ…確かに見た目はパフェで間違いないだろう。しかし、奏太の知っているパフェは少し大きめのグラスにフルーツ、生クリーム、アイスなどを盛り付けたものだ。目の前のものは奏太の知っているパフェとはいささかサイズから何から違い過ぎた。優勝トロフィーを彷彿とさせる大きなグラスにシリアルを敷き、アイスや生クリーム、そして苺やバナナといった各種フルーツが盛り付けられている。更にはパフェには場違いなベルギーワッフルが半分にカットされオシャレに盛り付けられており、中央には喫茶店フロマジュリ自慢のチーズケーキが乗っていた。終いにはなぜか花火が突き刺さっておりパチパチと火花が散っている。この全長60cmはありそうな品をパフェと認めるにはあまりにも奏太の常識とかけ離れおり無理であった。


「『ジャンボフロマジュリパフェ』、…いくらジャンボって言っても限度があるだろ。てか恵、これ食べきれるのか?」

「よゆーよ!」

「…さいですか」


 この子の胃袋はブラックホールにでも繋がっているじゃないかと奏太は思った。周りのメンバーも彰以外引きつった顔をしていた。そのあとに運ばれて来るであろう自分たちのフロマジュリパフェ(ジャンボではない)がどんなものか怖くなっているようだ。


「お待たせいたしました」


 せっかくだからみんなスマホでその『ジャンボフロマジュリパフェ』の写真を撮っていると女性の店員がお盆にパフェを2つ乗せてやって来た。そのパフェを見て玲奈と美緒の二人はホッとしたように顔を緩めた。先ほどのジャンボパフェと乗っているものは同じだがこちらは奏太が想像していたサイズのグラスに守られている。チーズケーキやワッフルもカットされたものが乗っており食欲をそそる見た目をしている。


「じゃ、溶ける前にいただきましょう」

「そうね!」

「はい!」


 美緒がそう言うとともに女性陣はパフェに手をつけ始めた。その様子を見ながら奏太と彰は自分たちが頼んだチーズケーキをコーヒーとともに頂くことにした。チーズケーキは濃厚でありながら程よい酸味が効いておりさっぱりとした味わいだった。


「ん〜、美味しいです!」

「うん! それにこのチーズクリームアイス甘さ控えめでとっても美味しい」

「そうね、チーズケーキも濃厚で美味しいわ!」


 女性陣が顔を緩ませ、口々に感想を述べる。その様子を奏太と苦笑しながらコーヒーを啜る。コーヒーはこの店特製のブレンドコーヒーで奥深い苦味がある味で甘いものと良く合う味わいになっている。それにしても…


「何よ? ジロジロ見て…食べたいの?」

「いや…」


 見てるこっちが胸焼けするほどのスピードで平らげられていく、だが食べ方に汚さなどなく、本当に美味しそうに食べている。通り掛かった店員さんがその様子にニコニコしてしまうくらいに心地よい食べっぷりだ。


「一体全体、その細い体のどこに入るんだか…」


 苦笑しながら奏太は呟いた。




 女性陣のパフェ食べるペースが落ちた頃合いを見計らって本題に入る。

 それぞれのダンジョン内での役割分担をしっかり決め、パーティーで連携を取れるようにしておきたいのだ。


「で…最初はダンジョン内の探索・索敵に向いたスキルを持つ俺と彰の二人で偵察。後方の索敵は玲奈ちゃん、それで全体の指揮と後衛の美緒の守りを恵にってフォーメーションがいいんじゃないかと思うんだけど、どうだ?」


 奏太としては現在、スキルに対してそこまで信頼を寄せていないが周囲を感知する感覚の鋭さは薄々確信が取れつつあったのでひとまずは持っているスキルでフォーメーションを決める方針でいる。


「そうですね、いいと思います。ただ、1階層なんだし安全なところで一度はどのポジションも経験しておいた方がいいかもしれません。ローテーションを組んでみんな違うポジション・組み合わせを試してみるっていうのはどうでしょう?」

「だね。ポジションチェンジしなくちゃならいことも起きるかもしれないから、いざという時に備えて経験しておきたいよね」


 玲奈と彰は自分で各ポジションを経験することでよりお互いに役割への考えを理解できるのではないかと提案した。その意見に奏太は嬉しく思う。これからダンジョンに向かうということに対してしっかり考えを持っているというのは心強く思ったのだ。

 その後それぞれの意見を出しあった。戦闘の際の立ち回りや、パーティー内での合図など奏太がノートにメモを取りながら今思いつくことを話し合い決めた。


「こうして色々話してみると、なんだか私たちっていい組みわせよね。戦闘では前衛2人に後衛2人、どちらでもいけそうなのが1人。探索も索敵もある程度ローテーション組んでできそうだし」


 恵がうんうんと頷きながら、今の暫定パーティーメンツの評価を言う。


「確かにね。本パーティーでもいけそうだよね」

「ええ、職業決めて問題なければこのパーティーでいくのもありね」

「そうですね。私もいいパーティーだと思います」


 彰も美緒も玲奈も悪くないと思っているようだ。奏太自身も結構いいパーティーになりそうだと思っているので本パーティーを組むのは十分にありえることだ。

 そんな話をしていると奏太は気づいてしまった。女性陣の手が完璧に止まっていることに。なんということでしょう。恵は本当にあの山盛りに積まれたスイーツを一人で食べ切ってしまった。玲奈と美緒も綺麗に食べ切っており、3人とも満足そうな顔をしている。


「よくもまぁ。本当に食べ切ったんだな…そんなに食べて大丈夫なのか?」


 感嘆の声を上げたあと奏太は3人に聞く。


「え〜と…お夕飯は少し減らさないとですね」

「そうね〜、私も夕飯はサラダだけにしないと」


 玲奈と美緒の二人も少し食べ過ぎたとは思っているようで夕食の量を減らすようだ。まぁそうなるよなと思いつつ、奏太は目線を恵に向ける。そこには奏太の予想外に不思議そうに首を傾げる恵がいた。


「え? なんで? 甘いものは別腹よ」

「夕飯は?」

「普通に食べるわ」


 何を当然のことをといった感じで答える恵に彰は苦笑している。


「いやいや! 別腹にもほどがあるだろう!」


 奏太は真面目にツッコミを入れるが恵は何をいってるの? といった顔をしている。


(本当にブラックホールにでも繋がってるんじゃないのか?)


 奏太は恵のお腹を見るも少し膨らんだ程度で一体どこにあの量が入ったのか理解することができなかったのであった。



 □




 みんなと別れ、自宅で寛いだあと夕食の用意をした。現在の時刻は8時、少し遅めの夕食だ。自分はパフェは食べていないというのにあの大きなパフェを食べる姿を見ていたらなんだかお腹いっぱいになってしまったので少し時間をおいたのだ。本日の夕食は豚キムチ、簡単ですぐに作れて美味しい逸品だ。温泉卵を上に乗せれば豪華に見える。レンジでチンするだけで温泉卵が作れる容器が100均で買えるとはいい時代になったものだ。これにサラダと茄子の漬物とインスタントのお味噌汁。一人暮らしの平日の夕飯はこんなものだろう。


「おっと、忘れてた」


 奏太は台所に向かい、冷蔵庫を開けた。


「これこれ」


 奏太が冷蔵庫から取り出したのは発泡酒だ。ビールも冷蔵庫に入っているがビールは週末に飲むと決めている。食卓に戻ろうとするとスマホの着信音が鳴った。


「ん? 誰だ?」


 奏太は缶を片手に食卓に戻り、卓上に置いておいたスマホを手にした。着信相手は奏太の大学時代からの友達である斎藤だった。奏太は珍しいなと思いながら電話に出た。


『おう、奏太か?』

「ああ、どうしたカズ?」

『いや、今週から学校って言ってたから気になってよ。今大丈夫か?』

「おう、もう家帰ってる。今から飯食おうかと思ってたところだ」


 奏太は答えながら発泡酒缶のプルタブを開けると“プシュッ”という音がした。電話越しにその音が聞こえたのか斎藤が言う。


『あ〜、いけないんだぞ? 高校生が酒なんて飲んじゃあよ』

「は〜、勘弁してくれよ。こちとら長いこと社会人やってたんだ。今更そんなすぐに馴染めるかよ。それにお酒抜きの生活なんて悲し過ぎんだろ」


 うんざりしたように奏太が答えると電話越しから斎藤の笑い声が聴こえてくる。


「笑うなよ」

『ははは…、悪い悪い。そういうところは変わらないんだなぁと思ってよ』

「そう簡単にかわらねぇよ」

『だな…。で、学園生活はどんな感じよ?』

「どんな感じって…普通だよ普通。…あ、そういや聞いてくれよカズ…俺は今日、女性の神秘を垣間見たよ」

『…何言ってんだお前?』


 くだらない話を少しした後、お互いの近況を話し合った。向こうも生徒たちがダンジョンに興味津々で困っているらしい。そりゃ、ダンジョンだのステータス、そしてレベルアップとか言ったら子供達にとってはゲームの世界だ。ワクワクしてたまらないだろう。こちらもみんなダンジョンに興味津々なのが現在同級生とされる生徒たちと一緒に生活していてよくわかる。そんな生徒たちを抑えるのはどこの学校でも大変なのだろう。


 今週にレベル上げでダンジョンにパーティーで潜ることを奏太は斎藤に告げた。東京冒険者学校は1年生と2年生しかおらず、各学年A~Fの6クラスで計12クラスだ。水曜日から始まり、2年が先で、午前の部に2クラス、午後の部に2クラスといった形でダンジョンに潜ることになっている。奏太がいる1年Fクラスは金曜日の午後にEクラスと同じタイミングでダンジョンに潜ることになっている。


『あんまり気を負いすぎんなよ』

「何がだ?」

『ど〜せ、お前のことだから何かあったら守らないととか思ってんだろう?』

「何言ってんだ。我が身が一番可愛いよ。だから無理させないようストッパーになろうと思ってる」

『それならいいけどよ』


 斎藤は奏太の身を案じているようだが奏太は無茶なんてするつもりは全くなかった。みんな同レベルで、しかもダンジョンに潜るといってもたかが一階層、無理のしようがない。


「ま、今週末にでも呑みに行くか? ダンジョンの感想も含めてそこで話そうぜ」

『お! いいね〜。初ダンジョンと楽しい学園ライフ…どんな感じかしっかり聞かせてもらおう』

「はいはい、わかったわかった。それじゃあな」

『おう! またな』


 長々と電話していたせいで熱々の豚キムチが冷めて切っていたのが残念で仕方ない。ビールを一口飲んだあと「いただきます」と言って食事を始めた。

 冷めてもそれはそれで美味しかった。

読んでいただきありがとうございます。


さて、ようやく次話からダンジョンです。

長かった。本当に長かった。

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