桜舞い散る
うららかな春の陽気が心地よく、桜が綺麗に咲いている。それと反して二木奏太の気分は憂鬱そのものだ。今は入学シーズン真っ盛りの四月、多くの人々が新生活に夢と希望を抱いていると言うのになぜか彼の目は死んだ魚のような目をしている。彼が今まさにいるこの場所では新しい生活に夢と希望を抱いた若者たちがきちっと整列し、期待に胸を高鳴らせてた。
「皆さん、入学おめでとう!」
若人の新たなる門出を祝うためいかにもお偉い立場であろう高級そうなスーツをパリッと着こなした50代くらいのダンディな男が壇上で挨拶をしている。奏太は今壇上でスピーチをしている人物を知っている。TVやネットでその顔を見たことがある。なぜならその男性は奏太が暮らす東京都の知事であるからだ。
彼は目を細めておっさんを恨めしげに東京都知事を睨みつける。それも仕方ないだろう。なぜならば彼がここにいる一因は役所が決めたことでもあるからだ。
「君たちには力がある、君たちは選ばれたのだ! この国を守るために!」
(いや、選ばれなくてよかったんだけど俺は…。てかどゆこと? 何故俺が新入生の列に加わってるんですか?)
そう彼は今よく分からない素材でできた防刃制服を着て、この新しくできた学び舎、”都立東京冒険者学校”の入学式に参加しているのだ。それも彼の年齢からしたら保護者席にいてもおかしくはないというのに生徒の立場として参列している。彼は夢と希望に胸を高鳴らせているこの若くエネルギッシュな空気にやや目眩を覚えている。
「君たちのために用意されたこの新しい学び舎でぜひ街をそして国を救う”英雄”となってくれたまえ!」
(英雄て…いい年したおっさんが何言ってるんだ? てか俺はとうの昔に高校も大学も卒業した身なんだが! 義務教育終わってますよ? ねぇ!? てか俺もう35のおっさんなんですけど!)
そんな彼の心の叫びは聞こえるわけもなく、入学式は粛々と進められていく中、彼はここに至るまでの経緯を自分の中で振り返るのであった。
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「は? 今なんて言いました?」
彼、二木奏太は唖然とした顔で受付の女性に聞き返した。
「は〜、で・す・か・ら・あなたの年齢は15歳として登録されると言っているのです!」
「え? いやいやだってこの書類見ればわかるでしょう? マイナンバーカードと免許証! それに社員証! 保険証だって年金手帳だってありますよ? なんならお薬手帳も出しましょうか!?」
後に”世界変革の日”と呼ばれるようになったあの日、世界中で人類を揺るがす大きな変化があった。
一つ目は姿の変質だ。人々の中に種族的に変質したものが多数見られたのだ。それは耳や尻尾、羽といった何らかの動物の特徴を受け継いだ者たちであったり、おとぎ話に出てくるようなエルフやドワーフといった存在になった者たちが現れたのだ。
二つ目はステータスが見れるようになったことだ。ステータスというまるでゲームのようなものが人々の目に見えるようになったのだ。そこには名前・種族・年齢・能力値そしてスキルといった様々な情報が記されていた。
そして三つ目がダンジョンの出現だ。人々の姿に影響を及ぼしたりステータスが見れるようになっただけでなく、世界のいたるところに”ダンジョン”と呼ばれる迷宮が出現したのだ。
この世界の大きな変化に対応するため、政府は情報の整理を行うため、役所で人々の”ステータス登録”を行うようテレビやネットといった各種報道で大々的に通知した。今日奏太はその照合をするため、各種書類を持って市役所へ来ていた。市役所は同じように登録する人に溢れており、2時間以上待った末やっと自分の番が回ってきたのだ。
このステータス登録は各々の身分証明書とステータスを役所に提示し、その情報を元に登録が行われるのだ。身分証明書は主にマイナンバーカードや免許証といったものを元に戸籍を引き当て、ステータスは本人が開示する意思があれば他人に見せられることがわかったためステータス開示が求められる。ステータスを開示した場合隠蔽等のスキル保持者ですら隠すことはできないことが検証されている。
「そう申されましてもですね…」
対応してくれているのはバイトであろう女性で白いウサ耳がとても可愛らしい。どうやら照合登録を行うのために人員を募集して実施して行っているようだ。そりゃそうだろう、日本にいる1億2千万人という人の登録を行うともなればもともといる役所員だけじゃどう考えても手が足りない。まぁ今日本の人口がどれくらいになっているかわからないが。
(って! 問題はそこじゃなくてですね!)
「いや証明書があるんですから、こっちが正しいに決まっているでしょう!?」
「でもですね〜、このマニュアルに書かれている通り、ステータスボードに記されている年齢が正しい身体年齢を示すということですからあなたの年齢は15歳ということになるんですよ!」
「そこマニュアル通りにしちゃダメじゃないですか!?」
マニュアルにはステータスが指し示す情報を正とするように書かれていた。これは政府がステータスを変質した世界での正しい情報として扱うこと決めたからだろう。
(いやマニュアルって! こんな大事なことマニュアル通りにしないでくださいよ!)
「ちゃんと聞いてください! さもないとそのウサ耳もふっちゃいますよ?」
「セクハラですか?」
受付のウサ耳嬢の顔が途端に険しくなった。
「冗談です! 許してください!」
奏太はすぐさま頭を下げウサ耳嬢に許しを請うた。つい触って見たいという心の声が漏れてしまったのだ。
「と・に・か・く、二木奏太さん! あなたの登録は終わりましたので早くどいてください! 待っている方は大勢いるんですから!」
「そんな…」
周りを見渡すと「迷惑な奴が騒ぎ立てるんじゃねぇ!」と言わんばかりの目線をあちこちから頂いてしまい、彼はとぼとぼと出口に向かう。
(これは後日正式に抗議しにいかないと面倒なことになりそうだなぁ)
ため息を吐きながら自動ドアをくぐり外へ出た俺は晴れた空を見上げ思わず愚痴をこぼした。
「はぁ…俺の心の天気は曇天だよ」
今回のステータス登録は名前・年齢・種族だけでなく能力値やスキルに至るまで登録される重要なものだ。姿が変わった人の照合だけでなく、その今後の証明をするものだから当然といえば当然なのだがそれだけではないのだ。
世界が変革したあの日から世界各国で問題が起きている。その主な原因は”姿の変質”・”ステータス”ではない。”ダンジョンの出現”、正確にはそれに付随して起きる現象に悩まされているのだ。
人々は当初ダンジョンに対し、慎重な姿勢を示し、十分な情報を得られてから対処しようと方針づけた。その理由はゲーム感覚でダンジョンに潜った人々に対し、ダンジョンに住まう未知の”魔物”が攻撃をしてきたからだ。ただしその未知の”魔物”は決してダンジョンから出ようとはしなかった。ダンジョンの侵入者を追っては来るもののダンジョンの出口で必ず留まるのだ。
そのため政府は発見したダンジョンの入り口にバリケードをしき、細かな情報が得られるまで封鎖しようとした。しかし、それは間違いだった。政府がダンジョンの探索チームを編成している最中にそれは起きた。最初はダンジョンからは出ようとしなかった魔物達がバリケードを破り外へで始めたのだ。
今で言う”スタンピード”という現象である。”スタンピード”とはダンジョンを放置し、ダンジョン内にいる魔物が減らずに増加し続けると起こることが原因でダンジョンから大量の魔物が出てくる現象である。このためダンジョンの入り口を封鎖していた多くの場所で被害が出たとされている。
ただし”スタンピート”が起こるタイミングはダンジョン毎に違っており、これに気づいた一部の人たちが魔物で溢れる前にダンジョンで魔物を討伐し始めたため未然に防げた場所もある。ちなみにこれは彼の家の近所の話だ。
(勇気がある人が近くに住んでいてよかったよ本当に)
彼はそう思いつつも恐怖を拭えないでいる。なぜならテレビでスタンピードが起きている現場が報道された際に丁度テレビを見ていたため、のちに規制で放映されなくなったなかなかにえぐい映像を見てしまったのだ。人が魔物に襲われ殺される瞬間をだ。
そしてなんとダンジョンに住まう未知の”魔物”は銃弾や爆弾といった兵器が効きづらいと言うのだから恐ろしい。調査の結果ダンジョン内で取れたもので攻撃するか素手で攻撃した方が有効であることがわかったが彼はそんなものには関わりたくもなかった。
今回のこのステータス登録は住民の安否確認だけでなく、ダンジョンの攻略とまではいかなくともダンジョンの魔物の地上への侵略を防ぐために対抗しうる才能の発掘が目的であるというのがもっぱらの噂だ。
(まぁ、もう少ししたらきっと落ち着くはずだから年齢の訂正はそれからでも遅くはないよな?)
すでに政府・企業合同のもと『冒険者協会』なるものが結成され、対抗しうる人材の確保とそのサポートが行われている。なんでもダンジョンでは資源や不思議な”アイテム”といったものが取れるらしく、様々な企業が参入し、ダンジョンからの自衛だけではなく、人類の発展のためにもダンジョン攻略を行おうという動きがあるらしい。だからあとはきっとそういうのに適した人たちが頑張ってくれるだろう。それに一部の人たちはこの展開を歓喜していると報道されているくらいだからなっと彼は楽観視していた。
彼、二木奏太には命懸けでダンジョンに潜るほどの理由も根性もなかった。ダンジョン攻略を楽しんでやってる人々を応援し、自分は今まで通りの生活を送るのだろうと考えていた。
そう、彼の元にある一通の封筒が届くまでは。