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その靴はサイズが合いません。だって男の子ですから。

作者:五木
 童話とは、その定義は一体……と悩みましたが、『冬の童話祭2018』のために書いたものなので童話ジャンルに投稿します。悩むようなノリの内容になっています。
 ある所に、シンデレラという男の子がいました。
 シンデレラはしっかり者のお母さんと優しいお父さんに見守られて、すくすくと元気に育っていました。

 ところが、ある冬の寒い日にお母さんは病に倒れ、シンデレラの成長を見届けることなくこの世を去ってしまいました。

 息子を残されたお父さんは再婚することになりましたが、相手の女性は顔を合わせたその日からシンデレラをいじめるようになりました。

「お父さまとは恋愛結婚だけど、薄給はつらいわ。人を雇う余裕もないなんて。……というわけであなた、家の事お願いね」
 義母はシンデレラに向かって言い放ちました。
 父はその後ろで黙っているばかりです。

 この再婚でわかったことですが、父は優しいのではなく気が弱い人でした。

「俺、長男なんですけど」
「一番年下でしょう?」
 連れ子の娘二人を横に置き、義母は顎をしゃくります。

 姉の方は母親によく似ていました。妹の方は母たちの真似をしているだけの節もありましたが、どちらにしろ、シンデレラの味方にはなってくれませんでした。

 逆らうと面倒くさくなりそうなので、シンデレラはおとなしく家事一切を請け負うことにしました。最初から長男ではなかったのだと思い込めば多少は諦めもつきました。

 幸いと言ってよいのかどうか、シンデレラは動くことは嫌いではありませんでしたし、器用で凝り性でもあったので、掃除も料理も裁縫も完璧にこなして義母達に文句を言わせない日々を送りました。





 それから何年か経ったある日、国中の女性たちが色めき立つ出来事が起こりました。
 年頃になった王子さまの花嫁選びのために、お城で舞踏会が開かれることになったのです。
 誰でも参加オッケーですが、未婚で年頃の女性は特にウエルカムとのことなので、未婚の娘二人を抱えているシンデレラの家もその準備に追われました。

 そして舞踏会当日。

「シンデレラ! ドレスの用意はできてて?」
「シンデレラシンデレラ、私の靴はどこかしら」
「ほらよ、この通り」
 準備で慌ただしい姉二人の前に、シンデレラは今日のために仕上げておいたドレスと靴を広げます。

 自分のドレスを見て、二番目の姉は顔を輝かせました。
「素敵……! この部分のレースとリボンの組み合わせがかわいいわ。本当にシンデレラは器用ね」
 この人は根は素直な人でした。とはいえ、あいかわらず母や姉を人生の手本にしているので、やっぱりシンデレラに味方してくれることはありませんでしたが。

「まあまあにできているんじゃなくて?」
 一番目の姉が喜ぶ妹を肘でつつきますが、やはり興奮で頬を紅潮させていました。

「着る時に破くなよ」
 シンデレラから投げつけられた言葉に、自分のドレスを手に部屋に向かおうとした一番目の姉は真っ赤になって振り返りました。

「失礼ね! 問題があったら縫ったあなたの責任でしょう?」
「だいたい、サイズ測らせてくれないから自己申告通りのサイズで縫ったんだからな。入らなくても俺のせいじゃないぞ」
 一番目の姉はぐっと黙ると、足音高くドアの向こうに消えました。

「私も着替えてくるけど、手伝って欲しい時はお願いね」
 二番目の姉は素直にシンデレラに頼んで自室へ向かいました。

「義母さんはどうするよ」
「お父さまと一緒に床屋に行ってくるわ」
「お母さまずっるーい!」
「四人で行ったらお金がかかるでしょうが」
 ドア越しの長女の文句に言い返して、義母は夫と共に衣装一式を抱えて出かけて行きました。

 二番目の姉はシンデレラの手を借りてさっさと着付し、ヘアセットに取りかかっていると、着替え終わった一番目の姉が現れました。
 新しいドレスをすっきりと着こなしているように見えますが、背筋を伸ばして肩を怒らせ、呼吸が浅く苦しそうです。
 どうやらウエスト部分が細すぎるようです。

「破かなかったか?」
「破くわけないでしょうっ」
 にやりと笑うシンデレラに反射的に言い返して、すぐに苦しそうに腹筋に神経を集中させます。

 必死に耐える様が哀れだったので、呼吸すらつらそうな一番目の姉は放っておいて、シンデレラは二番目の姉のヘアセットを進めました。

 つんけんしながら自分のヘアセットも頼む一番目の姉もきれいに仕上げてやり、二人の姉の準備が整った頃、父母も帰ってきました。
 床屋でセットしてきた義母の髪の毛は、増し増しの盛り盛りになっていました。

「今日の主役は王子さまに選ばれるはずの私たちなのに……」
 自分たちよりも派手になっている母親の姿を見て、一番目の姉は嘆きます。
 しかしシンデレラは、義母と自分が面倒をみた姉二人を見比べて、内心でガッツポーズをしていました。

 シンデレラとしては姉たちが片づくに越したことはないので、二人の装いは全力で仕上げたのです。最新の流行を取り入れながら上品に、かつ男心をくすぐる仕上がりになっていると密かに満足していました。
 そうして、女たちの戦場へ赴く準備ができた女性陣は、手配した馬車に乗って出陣していきました。父も人脈を広げるためにお城に同行です。

 家にはシンデレラ一人きりになりました。
「……はあ。忙しかった」
 静かになった家の中、シンデレラは暖炉の前に座り込みました。
 姉たちの面倒に走り回った体を、暖炉の炎が優しく労わります。

 その足元にちょろちょろと走り寄ってくる小さな影がありました。時々残飯をあげているシンデレラに懐いたネズミたちです。
「シンデレラはお城の舞踏会に行かないのかい?」
 ネズミがシンデレラに訊ねます。

「俺は男だぞ。王子の花嫁探しの舞踏会に俺が行ってどうするんだよ」
「お城はきらびやかで美しいって言うよ。ご飯も豪華だってネズミたちの間で噂になってて、町のネズミたちの憧れの地だよ」

「男だって言ってんだろうが。畜生には人間様の性別がわかんないのか? ていうかお城もネズミが出るのかよ、衛生状態どうなってんだ」
「僕たちネズミに入り込めない所はないのさ」
「少しは遠慮しろ」

「で、行かないのかい?」
「だからさあ……。もし興味があっても服もねえよ」
 タンスの肥やしになっている一張羅は子供の頃のものです。父が再婚してからは義母や姉妹の繕い物で忙しく、自分の服を新しく仕立てる暇もありませんでした。

「しっかし、疲れた」
 暖炉の熱で体が温まり、シンデレラはうとうととしてきました。
 一人きりの家の中。誰に遠慮することもないので、シンデレラはそのまま眠り込んでしまいました。





「……シンデレラ、シンデレラ……」
 名前を呼ぶ声がします。
 知らない声です。夢の中で呼ばれているのだと思い、シンデレラは夢に身を任せようとしました。

「起きなさいってば」
「って!」
 頭に痛みを覚えて目を覚ますと、目の前に老婆が立っていました。
 シンデレラを見下ろす彼女の手には小さな杖が握られています。どうやらそれで叩かれたようです。

「……誰?」
 寝ぼけた頭で知り合いの顔をざっと思い出してみても心当たりはありません。
 訊かれた老婆は胸を張りました。
「じゃーん。私はどんな願いも叶える大魔法使いなのでーす」

「誰でもいいけど不法侵入だぞ」
 シンデレラの指摘に老婆は得意げに指を振ります。
「なんでもできてどこにでも行ける魔法使いには、ドアも家も領地も無意味なのよ」
「ネズミかよ」

「そんなことより! 毎日毎日虐げられているのに、お城の舞踏会に行くこともできない可哀想なシンデレラ。私はあなたを幸せにするためにやってきたのよ」
「別にいいよ舞踏会は。疲れてるからさっさと帰ってくれない?」

「私があなたを舞踏会に行けるようにしてあげる!」
「聞けよ」
 勝手に話を進めようとしている魔法使いとやらにお断りをしますが、相手は聞いていません。

「というわけで、シンデレラはかわいいかわいいお姫さまにだーいへーんしーん!」
 魔法使いが杖を振るうと同時に、シンデレラは急に胸回りが苦しくなりました。

 何事かと自分の体を見下ろすと、そこには姉たちに作ってやったドレスとは比べものにならないほど豪華な女物のドレスが広がっていました。そして襟元からは豊かな谷間が覗いています。
 シンデレラはかわいいかわいいお姫さま——女性になっていました。

「なんだこりゃ!?」
「うーん、完璧! やっぱり私の魔法は最っ高!」
 驚くシンデレラを前にして、魔法使いははしゃいでいます。
「……てめえ……」

「お城に行く足は家の前に用意してあるから。そこのテーブルに置いてあったカボチャを馬車にして、さっきまでそこにいたネズミを馭者と従者と馬に変身させてつけておいたからね」
 言われて床を見ると、うたた寝する前に足元をちょろちょろしていたネズミたちの姿がありません。

「その魔法はね、今日の夜中の十二時になったら解けちゃうから気をつけてね」
「せめて男のまま送り出せよ! そしたらお婿に行く先が探せたかもしれねえのに」

 お城に集まるのは王子さま目当ての女性が中心ですが、王子さまの花嫁の座を早々に諦める女性、そんな女性目当ての男性、そんな男性目当ての女性も集まっています。主役はもちろん王子さまですが、お城の舞踏会はいくつものペアが生まれる婚活パーティでもあるのです。

「お婿に来てくれる人を探せばいいじゃない」
「万が一お婿が見つかっちゃっても、魔法は解けるんだろが」
「あ、言葉遣いは自力でかわいくしてね? それじゃあ舞踏会を楽しんできてねー」
「聞けってば!」
 言いたいことを言い終えると、魔法使いは姿を消してしまいました。

 質素な家に不釣り合いの豪華なドレスを身につけて、シンデレラは呆然としていました。
 疲れているのにお城に行くなんて面倒です。まして今はこんな体です。舞踏会に行ってどうしろというのでしょうか。

 しかし、家の前にどーんと現れたカボチャの馬車。時計を見るとけっこう眠っていたようで既に夜も遅い時間ですが、それでも魔法が解けるという夜中の十二時まで置いておいてはご近所に目立ちます。それに、もし魔法が解ける前に義母たちが帰ってきても、この状況を説明できません。それぐらいなら家を留守にしていたと叱られた方がマシです。
 シンデレラはカボチャの馬車に乗り込み、お城に行くだけ行くことにしました。

「やっぱり舞踏会に行くんだね、シンデレラ」
「かわいいよ、シンデレラ」
「……いいから、黙って馬を走らせろ」
「了解だよ」
 人間の姿になってもネズミの時の意識があるらしい馭者たちに話しかけられて、シンデレラはうんざりしました。





 遅れてお城に到着したシンデレラでしたが、門番は舞踏会への列席者を大変歓迎しました。
「会場はこちらになります」
 丁寧に案内されましたが、シンデレラはかまわず通路を逸れました。やはり舞踏会には出たくなかったからです。

 魔法が解けるまで時間を潰せる場所を探して歩いていると、お城の庭園に出ました。
 庭園の明かりはランプが所々につり下げられているぐらいで足下は真っ暗ですが、月明かりもあって、植わっている木々の輪郭ははっきりと見えました。
「きれいに整備されてるな。さすが王城」
 感心しながら散歩します。

 建物の方からは賑やかな気配が漏れてきますが、ここはとても静かです。
 毎日が家のことで忙しく、買い物以外では出かける時間も取れないので、こんな時間に外を歩くことも、ましてお城の庭園を歩くことも初めてです。シンデレラはとても新鮮な気持ちで澄んだ空気に包まれていました。

「女性の一人歩きは危ないよ」
 突然、闇の中から男の声が聞こえ、シンデレラはびっくりしました。
 振り返るシンデレラに一つの影が近づいてきます。

「ここ、お城ですよ」
「この暗闇を利用しようとする者がいないとも限らないのだよ」
 側まで来た男の言葉が予告に聞こえ、シンデレラは眉をひそめました。

 警戒する気配を感じ取り、男は笑いました。
「僕はそんな不埒な真似はしないよ。僕が愛するのは生涯ただ一人、妻とした女性だけと心に決めている」
「既婚者ですか?」
「いや。その女性を今晩見つけなくてはならないのさ」

「ふうん。なんか化石っぽい考え方だけど、あなたの妻となる人は幸せでしょうね」
「そう思うかい?」
「そうですね」
「そうか……。少し自信が持てたかな」

 男はそのままシンデレラの散歩についてきました。
 当たり前のように横に並んだ彼にシンデレラは困惑しましたが、先ほどああ言っていた人をすぐに疑うのも失礼だし、言葉自体に嘘は感じられなかったので、ついてくるままにしました。

「君はホールには行かないのかい?」
 男は訊ねます。
「舞踏会には興味ねえ……興味ないんです」
 舞踏会の話題にうんざりした気分から普段の言葉遣いが出そうになり、シンデレラは慌てて言い直しました。

「今日という日にこの城にいるのに、興味がないとは?」
「訳あってお城までは来ましたけど、王子さま目当てじゃないんで」
「王子目当てではない……など」
「色々事情がありまして。あなたこそどうしてここに?」

「僕はまあ……出なくてはいけないのだけど、人が大勢いる場所がまだ苦手でね。この庭園に隠れていたんだ」
 それを聞いてシンデレラは納得しました。彼が現れた時、人が近づいてくる気配もなかったので驚いたのですが、この人は最初から庭園にいたのです。

「こんなことではいけないのだが」
「苦手でもなんでも、舞踏会に行かないと」
「わかっているのだけどね」
「わかっているなら行かないと。でないと、おこぼれに預かれないですよ」
「え?」

「あなたも王子目当ての女性からおこぼれを見つけに来たんでしょ? 人混みが苦手だろうと頑張らないと、お嫁さん見つけられませんよ」
 すると、彼は黙り込んでしまいました。

「どうしました?」
「いや……、そうとも限らないのではないかと思って」
「え?」

「それにしても、君は話し上手だね。今までに見知らぬ者とこんなにすらすら話せたことはなかったのに」
「普通に喋っているだけですよ」
「そうなのかい? なら、僕にとって君は話しやすいんだな」
「それはまあ、よかったですね」

「本当に、名前も知らない者と話していてこんなに楽しいことは初めてだよ」
 男の弾む声に、シンデレラはなんだか面倒なことになりつつあると感じました。

 これはもう、早く男を厄介払いしてしまわないといけません。
「もう、他の人ととも話せるようになっているんじゃないですか? 早く舞踏会に行った方がいいですよ。いい人がいなくなっちゃいますよ」
「君も行こう」
「お……私は結構です」

「ずっと外にいては体が冷えてしまう。中へ入った方がいい」
 確かに、ドレスの襟ぐりが大きく開いているので、夜気に晒された肩から寒さが体に染みていました。今までは平気でしたが、指摘されて急に寒さが耐えがたくなってきました。

 仕方なく建物へ向かうことにしたシンデレラに、男が肘を突き出しました。
「転んでは危ないからね、僕と腕を組むといい」
「大丈夫ですよ」
「ぜひ」
 男の態度は有無を言わせぬものがありました。

 シンデレラは面倒くさいと思いましたが、これ以上問答するのはもっと面倒くさかったので、言われた通りに男の腕に腕を絡めました。
 男と腕を組んだため、ホールへ向かわざるをえなくなってしまいました。

 ホールに入ったらすぐに腕を解き、男には男の花嫁探しをしてもらおうと考えていたシンデレラでしたが、入り口に差しかかった所で急に注目を集め、そうはいかなくなってしまいました。

「王子さまだ!」
「王子さまがいらっしゃったわ」
「ようやくお見えになったぞ」
 二人を振り返った人々が、口々に囁き合います。

 明らかにシンデレラと腕を組んでいる男を指しての声です。
(王子さま……だと!?)
 驚いたシンデレラは男の顔を見上げました。

 その顔に浮かんでいる笑みは、シンデレラの疑問を肯定するものでした。
 慌てて体を離そうとしますが、組んだ腕にがっちり力がこめられていて離れられません。

 王子はシンデレラを連れたままホールの中心まで歩き、そこでシンデレラを解放すると、手を差し出しました。
「僕と踊ってくれないかい?」

 シンデレラはホール中の視線を感じました。もしも断ったら生きて城から出られない、そんな気配を全身に感じます。
「よ、喜んで……」
 シンデレラは頬を引きつらせながら笑みを作り、王子の手に手を重ねました。その瞬間に突き刺さる殺気が増しましたが、これが最善の判断のはずと無視を決め込みました。

 宮廷楽団の生演奏に合わせて二人が踊り出すと、その優雅さにあちらこちらで溜め息が漏れます。
 シンデレラにとってはダンスなんて数年ぶりですし、習ったのは当然リードする側の動き方ですが、基礎が身についているので女性としても踊れました。生前に一通りの教養を叩き込んでおいてくれた母に感謝です。

 顔を寄せ合って踊りながら、王子はシンデレラにあれこれ訊ねていました。
「君の名前は?」
「言えません」
「どこに住んでいるの?」
「言えません」

「もしかして遠くから来たのかな? わざわざ足を運びながら舞踏会に興味がないというのも不思議な話になるけど」
「……言えないっつってんだろ」
 あまりにしつこく訊かれるので、うんざりしたシンデレラはポロリと素をこぼしてしまいました。

 ハッとして王子の顔を見上げると、その顔が固まっています。
「どうしました?」
「……今なにか、随分と粗暴な言葉が君の口から聞こえたような気がしたのだが」
「気のせいじゃありませんか?」
 空々しく笑ってみせると、つられて王子も笑みを浮かべました。

 それよりも、シンデレラは時間が気になって気が気ではありません。
 すでに十一時を知らせる鐘は鳴っています。そろそろお城を抜け出さないと大変です。男に戻るところを誰かに目撃され、シンデレラは女装してお城の舞踏会に行った変態だなどと噂でも立ったら身の破滅です。

「王子さま。他の女性とも踊ったらどうですか? 待っている人がいっぱいいますよ」
「君の美しさに見惚れているのだろう」
「絶対に違うと思います。……王子さまのためにみんな集まっているんですから、相手をしてあげなきゃダメですよ」
「うーん。見知らぬ者を相手にするのは苦手なんだが」
「王子さまがそれじゃあダメでしょう。……ほら」

 シンデレラは軽く手を引きます。この手を離すようにと。
 優しく促されて、王子はそのまま力を抜いてしまいました。

 シンデレラが離れると、待っていた女性たちがいっせいに王子の周りに集まってきました。
「王子さま。私と踊ってください」
「ぜひ私と」
「王子さま王子さま、どうか私と」
 押し寄せる女性たちに王子は困惑します。どうやってこの人数を相手にすればいいのかわからないのです。
 そのあいだにシンデレラはホールを抜け出しました。

 シンデレラを諦めきれなかった王子は、人垣の隙間からその後ろ姿を目撃しました。
「待ってくれ!」
 王子は女性たちを掻き分けてシンデレラを追いました。
 そこまでして自分を追ってくるとは予想していなかったシンデレラは、城外へ向かう階段で王子に追いつかれてしまいました。

「どこへ行くんだい」
「帰ります」
「舞踏会はまだ終わりではないよ」
「こっちの都合があるんです」
 王子に引き留められているうちに、十二時を知らせる鐘が鳴り始めてしまいました。

 なりふりかまわず走り出そうとするシンデレラの肩を掴み、王子はなお訊ねます。
「せめて名前だけでも」
「——しつこい!!」
 焦れたシンデレラは、ガラスでできた靴のつま先で王子の急所を蹴り上げました。
「っっ! っぐおぉぉぁおあ……」
 王子は声にならない悲鳴を上げてその場に崩れ落ちました。

 その隙にシンデレラは外を目指そうとしましたが、急ぐあまりに片方の靴が階段の途中で脱げてしまいました。一瞬立ち止まりましたが、どうせ十二時を過ぎたらお役御免になる靴です。そのまま走り去りました。

 その場に残された王子は、動けないながらもシンデレラの後ろ姿をずっと見つめていました。
「……なんて、たくましい女性だろう……あのような生命力溢れているところも、僕が求めるものだ……」
 脂汗を掻いて悶えながらうっすらと笑みを浮かべる王子の姿は、彼に憧れる女性たちには到底見せられたものではありませんでしたが、幸い、城内の人間はほとんどホールに集まっていて、この場を通りかかる者はいませんでした。

 この時、王子の心は決まっていました。





 次の日、シンデレラは寝坊しました。
「シンデレラ、シンデレラ。もう朝だよ。まだ起きないのかい」
「今日は随分ゆっくりなんだね」
 ネズミたちがベッドに埋もれているシンデレラの髪の毛を引っ張ります。

「……おまえら、家に戻ってたのかよ」
 昨夜は城を出た直後に魔法が切れ、同時に元に戻ったはずのカボチャとネズミたちの行方もわからなかったので、シンデレラはそのまま走って帰ってきたのでした。

 窓から見える日の高さに驚いてベッドから飛び降りたシンデレラの足元を、ネズミたちはちょろちょろと走り回ります。
「踏んじまうぞ」
「昨日はかわいい格好だったのに、今日はいつも通りなんだね」
 着替えるシンデレラを見てネズミが言います。

「余計なこと言うと二度と飯やらないぞ」
「お城のご馳走は食べたかい、シンデレラ」
「いや、食べなかった」
「そっかあ。僕たち、ご馳走をいただきに台所に入ろうとしたけど、追い出されちゃったよ」

「おまえらって奴は……。この家の人間、いや、ネズミだってバレなかっただろうな」
「人間の体は大きくて重くて不便だったね。やっぱりネズミは最高だよ」
「ネズミさいこー」

「……おまえら、城のネズミになればよかったんじゃねえの?」
「なるほど! そうすれば毎日お城のご馳走が食べ放題になっていたんだね」
「だったら、もう一回魔法で人間にならないと!」
「……」
 シンデレラはネズミたちとの会話を切り上げ、着替えに集中することにしました。

 それにしても、誰もシンデレラを起こしに来ません。かといって家の中に他に誰もいないということはないようです。むしろ普段よりもなんだか騒々しい音がリビングの方から聞こえます。
「なにやってるんだ?」

 とにかく着替え終えてリビングに行くと、義母と姉たちが箒やはたきや雑巾を手に部屋の中を走り回っていました。父は隅でただおろおろしています。
「シンデレラ! あなたも早く掃除を手伝いなさい!」
 ようやく顔を出したシンデレラに首だけ振り返り、手を動かしながら義母が言います。
 寝坊に文句も出てこないほどの事態のようです。

「どうしたんだよ。引っ越しでもすんのか?」
「王子さまがいらっしゃるのよ!!」
「……どういうこと?」
「花嫁となる女性を探して国中の家を一軒一軒巡っていらっしゃるのよ」

「昨日の舞踏会で決めたんじゃねえの、王子さまの花嫁は」
「決まりそうだったけど、その女性が靴だけ残して帰ってしまってどこの誰かもわからないから、その靴が合う女性を探しているんですって」
「逆に言えば、その靴に足が合えば王子さまと結婚できるのよ!」
 母と姉二人、特に一番目の姉が盛り上がっています。

「……まさか、なあ……」
 シンデレラは呟きました。
 昨晩の舞踏会で王子が気に入っていた人物。しかも靴を残していったとなると非常に心当たりがあります。しかし、探しているのは「女性」とのことなので、今の自分には関係ないとシンデレラは結論づけました。

 それにしても、靴のサイズは探している女性を特定する条件の一つであって、王子の花嫁になれる条件ではない気がしますが、その条件でどこかの誰かが王子の花嫁として見出されるのならそれに越したことはないので、黙っていることにしました。

「その前に、掃除よ掃除! 王子さまがいらっしゃっても見苦しくないようにしておかなきゃ」
 きゃっきゃと盛り上がっていた女性たちでしたが、真っ先に我に返った母の号令に再び慌ただしく動き出しました。

 その様子を見てシンデレラは頭を抱えました。
 三者三様、とにかく目についた箇所を拭いたり掃いたりどかしたりとバラバラに動いていて、かえって物が散らかっていくという有り様です。

「掃除は上から! ああもう床が水浸しじゃねえか、雑巾はよく絞って! ていうか、俺が毎日掃除してるんだから急いで掃除しなきゃいけないほど汚れてねえよ」
「でも、万が一王子さまに失礼があったら」
「いいから、掃除のために出した物全部片づけて、しまいきれないものは布でも被せとけ」
 シンデレラの指示で室内が整えられました。

 そしていよいよ、従者を連れた王子がシンデレラの家にやってきました。
 王子が持ってきた靴はやはりシンデレラが落とした物でした。どういった魔法の加減でしょうか、シンデレラの姿は夜中の十二時に元に戻っていたのに、落として来た片方の靴はそのまま残ったようです。

 早速、王子の前で姉二人は件の靴を履いてみせようとしますが、サイズが合いません。それでも無理矢理に足を合わせようとして頑張ります。それはこれまで訪問したどの家でも繰り広げられてきた光景で、ガラスの靴が壊れてしまわないか従者はハラハラドキドキしますが、魔法でできた靴なのでそこは頑丈でした。

 シンデレラは壁に寄りかかり、靴をめぐる狂乱を呆れた目で眺めていました。
 王子がお探しの女性は絶対に見つかりません。今はこの世に存在していないのですから。
「ご苦労なことで」
 シンデレラはぽつりと呟きました。

 すると、声が届く距離でもなかったのに王子がシンデレラを振り返りました。
 パチリと目が合います。
 そのまま王子はシンデレラに大股で歩み寄り、間近で顔を覗き込みました。

 ダンスの時も近かったですが、さらにくっつきそうなほど顔を寄せられてシンデレラはどぎまぎします。
「な……なんのご用で?」
「僕が昨晩出会ったのは君だ。間違いない」
 これには誰もがびっくりです。

 従者はおそるおそる言いました。
「王子さま。その者は男に見えますが……」
「いや、間違いない。僕が探していたのは確かに彼……彼? 君は男なのか?」
「ご覧の通りだぞ」
 自分の口から飛び出した言葉に驚いている王子に、シンデレラは平らな胸を張ってみせました。

「とにかく、君もこの靴を履いてみてはくれないか」
 王子は従者に靴を持って来させます。
「女物に見えるけど」
「いいから履いてみてくれ」
 仕方がないので、シンデレラは戸惑う従者が差し出す靴につま先を入れてみましたが、そこまででした。

「入らねえけど?」
 魔法によって服装どころか性別まで変化していたのです。今の体とサイズが合うはずはありません。自分の靴には違いないので多少不安はありましたが、案の定だったのでシンデレラは勝ち誇ったように履けない様を王子に見せつけました。

「そんな……いや、ならば君には姉か妹がいないかい? 君にそっくりな姉妹が」
「シンデレラには血の繋がった姉妹はいないわ」
 二番目の姉が横から口を挟みました。

「そういえば君たちは?」
「シンデレラの義理の姉妹よ、王子さま」
「あ、バカ!」
 妹が素直に答えてしまい、姉と義母は慌てました。

 単純に姉妹だと答えていれば、どうやらシンデレラによく似た女性を探しているらしい王子がこちらを振り向いてくれる可能性もありましたが、もう遅いです。王子はすぐに姉妹から興味を失いました。

 王子は改めてシンデレラの顔をまじまじと見つめます。
 あまりに凝視されて、シンデレラは腰が引けてきました。
 従者はおろおろするばかりです。

 王子が探している女性は最終的には王子にしか確認できません。城内は贅を凝らした装飾が施されていますが、日が暮れた建物内の光源はろうそくとその光を反射させる鏡しかなく、まだまだ薄暗いのです。顔を寄せ合わないとお互いを確認できないような空間で、シンデレラの顔を見たのはその手を取っていた王子しかいません。

 王子は背後を壁にして逃げることのできないシンデレラにさらに顔を寄せました。
 正体がわかるはずがないと高を括り、シンデレラは最初から別人を装うとしなかったばかりか、王子を王子として敬う態度も取っていませんでした。そのことが王子にはどうしても昨夜のやりとりを思い出させて仕方ないのです。

 やがて王子は首を振ると、ひたすら腰が引けているシンデレラを見つめながら深くうなずきました。
「……いや、姉妹なんかじゃない。確かに君だった。僕が昨晩出会ったのは間違いなく君だったんだ!!」

「王子さま、だーいせーいかーい!」
 突然、場に明るい声が割り込んできました。
 シンデレラを舞踏会へ送り出した魔法使いが、いつのまにか室内に立っていました。

「王子さまが昨晩出会ったのは、そのシンデレラに間違いありませーん」
「君は……?」
「おまえ! なにしに来たんだよ」

「正解を見つけ出した王子さまに、大魔法使いの私からご褒美ですよー」
 魔法使いが杖を振ると、シンデレラの姿が昨晩のように女の子になってしまいました。つま先で引っかけたままだったガラスの靴にも足がすっぽりと収まっています。

 シンデレラは慌てましたが、探し求めていた姿が目の前に現れた王子は顔を輝かせました。
「やっぱり君だったんだね!」

「いや俺、男だから!!」
「今度は時間で魔法が解けることはないから安心していいわよ?」
「なんだとお!?」

「素晴らしい! 誰だか知らないがありがとう!」
「いえいえ、礼には及ばないわ王子さま。二人で幸せになってね」
「幸せになるとも!」

「俺は!? 俺の男としての幸せは? なあ!」
「それではごきげんよう!」
 シンデレラは必死に訴えましたが、やりたいことをやり尽くした魔法使いはさっさと姿を消してしまいました。

「僕が幸せにするよ」
「だから俺は——!!」
 振り向いたところで思わぬ真剣な眼に出会い、シンデレラは声が出なくなってしまいました。

「シンデレラ、僕のかわいい花嫁。必ず幸せにすると誓うよ」
 王子はシンデレラの手を取り、熱く囁きます。
 戸惑いと混乱と迷いと様々なものがない交ぜになって、シンデレラは握られた手を振り解けずにいました。

 王子から逃げないと。でも女の体でどこへ逃げられる? 男に戻れないのならいっそこのまま玉の輿に乗ってしまうか。家事からも解放されるし、この王子は自分を大切にしてくれそうだし。でも心はまだ男で。いやいやでもでも。

 迷っているうちに、シンデレラが押し込まれた王子の馬車はお城へ向かって出発していました。





 その後しばらくの間は、今日も王太子妃さまがお城からの脱走を試みたらしいと、たびたび城下で噂になっていました。

 それがいつの頃からか、王さまと王妃さまは今日もお城で仲睦まじく暮らしていると語られるようになっていました。

この作品は「冬の童話祭2018」に参加しています。

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