それでも日本は狙われている - 3
命からがら、反社会勢力の仕切るギャンブル船からの脱出を果たした悠弐子。
行き先も知れぬ人間宅急便が辿り着いた先は、行きずりの王子様が見染めてくれる白雪姫の世界……ではなくて。
人の言うことを聞かない不遜なサラブレッドに起こされたと思ったら、いつの間にか牧場のスタッフと大乱闘に巻き込まれる始末。
彩波悠弐子の往くところ、騒ぎの収まる気配なし……
てな、やり取りを経て、あたし、ガリレオの担当を任されることになった。
なので名前はガリレイドンナ。愛称はイド。
SFゲームのラスボスみたいで格好いい。悪の概念存在って感じ。
厩務員たちには「I'm amnesia, Lost all memories.」って言ったら信じてくれた。
本当に失ったのは崖から落ちた前後の僅かなもんだけど、嘘は言っていない。
うん、嘘じゃない。
正義の戦士、ウソツカナイ。
それより、こんな貴重な機会を逃す手はないからね!
だって考えてもみて?
自分が何者とも繋がりのない真っ更な存在xになれる機会とか得られる?
レアもレア、超レアイクスペリエンスでしょ常識的に考えて!
現代社会に於いて社会性のネットワークからパージされる状況とか、なかなか作れない。
やろうと思えば個人情報の痕跡から簡単に身元を割られてしまう。
今を生きながら平家の落武者とか貴族の御落胤的な境遇を追体験できるなんて素敵じゃない?
言ってみれば、これも一種の異世界転生体験だよ!
がじ。
噛まれた。
このガジレオめ。隙あらば馬房から首を出して噛んでくる。
「あーもうーウザい! ウザいからじゃれつくな!」
とはいえ激痛で床を舐めるような噛み方じゃなくて、あくまで甘噛み。
その様子に、他の厩務員たち、目を剥いて肩を竦める。
何故ならこの馬は何人もの厩務員を病院送りにしてきたマッドホースらしい。誰もが世話するのを嫌がって、ホトホト手を焼いた暴れ馬だった。
だからこそ、見ず知らずの流れ者であるあたしが臨時厩務員として抜擢されたんだろうけど。
「Id, a word?」
そこへそばかすだらけの女性厩務員がおずおずと尋ねてきた。
「What is it?」
「If possible, Could you ask him a reason why he is so nervous.」
不満の元を尋ねろと?
「ガリレオあんた何が気に食わないのよ?」
んなもん全部や、全部に決まっとろうが三下が。ぶひひん。
ほんと可愛くない、人間にコンバートしたら絶対チンピラ口調だわ、間違いなく。この馬。
チンピラ系のウェイウェイ野郎ね、擬人化すると。気に入った女は誰かれ構わず壁ドンしまくる俺様キャラ担当。
「ま、言いたいことは分かったわ」
高慢ちきな態度は気に入らないけど。
でもって調停者あたし、厩務員へと尋ね返す。
「で、あんたらはどうしたいの? What do you wanna do? Guys?」
すると厩務員たち全員が、暴れ馬を大人しくさせられるなら何でもやる、と訴えた。
何でも?
今、「何でも」って言ったよね?
はい厩務員(皆さん)の言質頂きました!
「んじゃ今からリフォーム取り掛かるよ!」
群れで生きる動物には一定普遍の法則がある。
それは『勇将の下に、弱卒なし』。
資質に長けるリーダーが統べてこそ、群れ全体の安泰が保たれる。
外敵からの安全のみならず、群れのヒエラルキーが固定化することで組織が強くなる。
ボスの「王権」を必要悪として生存戦略の強化を図っている。
「競馬が面白いのは必ずしも持ち時計の勝負では決まらないところよ! しばしば時計の裏付けがない馬が勝っちゃうでしょ?」
せっせと働く厩務員たちを見下ろす神輿の位置から、あたしは鼓舞する。
作業用の脚立に乗って高いとこから皆にアジテーション。
「あれは何故か?」
ぶひひーん。
「『強い』からよ!」
ぶひひーん。
あたしの英語で正しく伝わっているのか分からないけど、厩務員たちは文句も言わず指示に従ってくれた。ガリレオは相当頭の痛い問題児で悩みのタネだったらしい、この厩舎に於いては。
そんなワガママホースなのに放逐されないって、どんだけ丁重に扱われてるんだ?
走りを見込まれているから?
確かに少し乗っただけでも心が踊りだすような体験だったけど……乗り味がいいから速い、とも限らないのに。
ぶひひーん。
「こいつ……」
態度のデカさだけはワールドクラスだわ。凱旋門賞とケンタッキーダービーとドバイWCを総ナメするくらいの態度L。完全に人を見下してる。
まぁでも仕方ないよ。
こいつの気が済むようにしろって頼んできたのは厩務員の方だからね。
王は王らしく、ガリレオ(ボス)の思うがままにやりなはれ!
あたしの号令で始まった厩舎大改装(劇的ビフォーアフター)、まずは「席替え」から。
王様は角部屋がお好みらしく、もっとも日当たりの良い隅っこをご所望なさった。
それと狭いのはイヤだと、馬房の壁を取り去って二つ馬房を占拠。
隣は煩くない奴にしろ、と隣人まで指定してきた。
とんだモンスター借り主である。
でも仕方ない。それがボスのお望みなら、叶えてやるのが下僕の勤め。厩務員は額に汗を浮かべながらリフォームに精を出した。
「餌?」
お口に会いませんか、お殿様(Your highness)?
「こんな酸っぱい林檎は好かん、もっと甘いのにしろとガリレオ様はご所望です」
「門限が早すぎる、もっと夜遊びさせろ、とガリレオ様は……」
「寝床が堅い、もっと柔らかい干し草にしろ、ケチらず山ほど持ってこいとガリレオ様は……」
ほぼほぼ王侯貴族、お殿様扱いだわ…………馬なのに。馬のくせに。
「でも、こんなハングリーの欠片もない環境じゃ、競馬で勝てるとは思えないけど?」
一応あんたも競走馬なんでしょ? ぬるま湯に慣れきったアスリートとか、大レースじゃ用なしじゃないの?
ぶひひん。
「あ? ……そんなことしなくてもいい?」
なに言ってんだこの馬?
こんだけ丹精込めてお世話されてるんだから、重賞の一つでも獲ってこなきゃダメでしょ?
仮にも競走馬なんだから。オーナーに賞金を咥えてくるのが宿命の生き物なのに。
ぶひひん。(働いたら負けかなと思ってる)
「そんなクソニートの屁理屈が通用するわけがな……」
「What the hell is this!?!?」
繋養された馬が一斉に嘶くほどの剣幕で、厩舎に響き渡る怒声!
乗り込んできたのはいかにも欧州エリート階層っぽい身なりの紳士で、作業着の厩務員たちとは別世界の住人と一目で分かる青年だった。
「…………誰?」
お?
厩舎関係者の誰にも敬意を払わず、全部オレの専属世話係、くらいの態度で踏ん反り返ってたガリレオが身構えた。
……めんどくせぇ奴が来た、とでも言いたげな渋い顔で。
極めて横柄で尊大なガリレオが煙たがる存在って……もしかして怒鳴り込んできた彼は?
ぶひひん……
自分(競走馬)の生殺与奪権を握る男?
「Hey, You!!!!」
顔を真っ赤に上気させ、厩務員たちを突き飛ばす勢いで向かってくる。
もちろん標的はあたしに決まっている。
自分が許したわけでもない部外者の傲慢を絶対に見逃せない、そういうオーラが、広い厩舎の端と端でも感じられた。
これは「Get out!!」とか「You're Fired!!」って怒鳴られるパターンだわ、悠弐子知ってる。洋画で何度も観た。
これは無理かもしれないな。ワタシ英語ゼンゼンシャベレマセーン! 的なスーダラ節と、極妻的な恫喝でどうにかなるレベルの話じゃないっぽい。
どうしよ?
ここは逃げた方が身のためか? 捕まって欧州式の座敷牢にでも繋がれたら手も足も出ないぞ?
オークに捕まった女騎士以上に自由を奪われちゃう気がする。
どうする? どうしたら?
脳をフル回転させて打開策を探ってみたけど、それより先に肩幅の広いガッシリしたスーツの男が目の前まで歩み寄って、あたしを睨みつけた。
薄い眉毛に細い鼻、興奮すると真っ赤になる肌の色――赤鬼だ。
日本人的な色感覚では赤鬼に見える。おそらく浦賀に来たペリーを見た幕末人もこんな威圧を感じたに違いない。
ただ、あたしの目の前のペリーは軍服ではなく黒光りする高級スーツ。ヨレた作業着の厩務員とは一線を画す場違いな格好。歳は若く見えるがハイソサエティの一員に違いない。
「You!!!!」
鬼気迫る表情であたしを睨みつけた赤鬼、喉元まで出かかった罵倒台詞を……
台詞を……
出ない。出てこない。
それどころか喉を鳴らして飲み込んでしまった。
なにやってんですかあなた?
あたしが言うのもなんだけど酷い腰砕けしてないかい?
そんなんでボスの威厳が保てるのかい? 従業員たちの目の前で?
「……ハァ…………」
仕切り直しの深呼吸を吐いた紳士、何をするのかと思ったら、
「は?」
ところどころに水が溜り、藁も散乱している床に片膝を着いて、
「Will you marry me?」
とか抜かしてきやがったんだわ。
注)ガリレオ(Galileo)という馬は実在しますが、この話の馬とは何の関係もございません。悪しからずご了承下さい。m(_ _)m。
The persons and events in this motion picture are fictitious. Any similarity to actual persons or events is unintentional.