それでも日本は狙われている - 2
『ゆにばぁさりぃ 逃げるは恥だが役に立つくん』なるスーツケース型の脱出ポッドで脱出、というなの宅配された悠弐子だったが、
着いた先は何故か牧場っぽいところだった。
そこで「お嬢さん、お逃げなさい」な、森のくまさんばりの馬に……
いや、悠弐子的には「白雪姫の王子様かと思ったら、馬だった。何を言っているのか分からないと思うが(略)」な感じで、
とりあえず人間様の威厳を見せつけてやる! と馬に跨ってみた悠弐子だったが……
…………なんてことなかった。
「ウマい!」
馬だけに。
馬だけに。
そんな自分ツッコミしたくなるほど安心感がある。
それは身のこなしが卓越しているからだ。
サラブレッドは疾走るために生まれてきた動物――だけど動物である以上、必ず個体差がある。
自分の体を上手く使えるものと持て余すものが存在する。
考えてもみて。五百キロもある体躯を自在に動かすことは簡単かどうか?
人間だって二メートルを越えた辺りから動きがぎこちなくなる。スポーツ選手でも、だ。
この馬は運動神経が並外れているんだ。
裸馬だと更に分かる。
お尻から伝わってくる筋肉の躍動感、上杉祭りで乗った乗馬とは雲泥の差だよ……
靭やかに滑らかに、しかし力強く、うねる! スムースに波打っていく感触!
き、気持ちいいぃぃぃぃ!
「同じサラブレッドのはずよね?」
なのにどうしてこんなに違うの?
あたしが知ってる馬と違う、何か別に生き物みたい!
「あんた何者?」
と問いかけたところで、それもまた意味がない。
動物には名前がない。
他者を分ける識別子は血縁者かどうか、あるいは食べられるものかそうでないか。
だから「食べないで下さい」という訴えは正しい。実に正しい。
どうでもいいものなのだ、本来名前など。野生の世界では。
確かなことは感触――全てを忘れて身を委ねてしまいたくなるほどのワンダー!
「あはははははは!」
世界の果てまで飛んでけちゃうよ!
そんな錯覚すら覚えてしまいそうになる心地! 堪えられない乗り心地!
馬に跨るってこんな楽しいものだったのか!
「ひゃっほーい!」
天馬だ、お前の名はペガサス。大きく翼広げて、雷鳴と雷光を司る天の馬よ!
「Hey, you! Wait!」
「What are you doing!」
あ?
血相を変えた西洋人が数人、こっちへ向かってくる。
「Stop! Rude Mongolian!」
怒ってるっぽいけど何を言ってるのか分からない。
そりゃあたしは日本の女子高生レベルの会話力しか持ち合わせていないんだから、当然だ。
もあもあすろーりぃで喋ってくれないと端々の単語しか聞き取れない。
「ならばこうよ!」
子供の喧嘩でも痴話喧嘩でも取り敢えず一戦交えないと、溜まりに溜まった鬱屈を抜いてからじゃないと冷静な会話など出来やしない。殴り合うことで抜けるガスがあるのよ。
「Mongolian Chop Squad――推して参る!」
大ハーンの軍が落とせなかったウイーンを――あたしが落としてやるわ!
あたし頑張った。
中世ポーランドやハンガリーを蹂躙したモンゴル軍くらい頑張った。
しかし史実通りウイーンは落とせず、すごすご撤退する羽目に。
原因はハーンの死などではなく。
ペガサスが「餌の時間や」と一方的に戦闘を中止して、厩舎へ引き上げてしまったから。
「無駄に賢い馬ね……」
人間同士のイザコザなんてどこ吹く風のマイペース。振り上げた拳の行き場に困った人間は、めちゃくちゃ気まずいムードを漂わせながら厩舎へ戻ることになっちゃったじゃない……
「これが本当の馬耳東風……」
しかも名前はペガサスじゃないし。
彼の馬房に掲げられていたネームプレートには「Galileo」。
「人類史に燦然と輝く科学の巨人、その名を戴く馬……」
尤も、そんなのこと本人(本馬)には知る由もないことだろうけどね。
「あんたも競走馬なの? だったら名前負けしないといいわね」
それは人間が勝手に名付けたペットネーム、動物には知ったこっちゃないこと。
「Yo! Bastard! Who the fuck are you?」
自分から馬房へ収まったペガサス改めガリレオへ冷ややかな笑みを送っていると、厳ついアングロサクソン男が詰問してきた。なんとなく素性を尋ねてきているのは分かる。喧嘩腰でも何となく。
「知らんがな!」
なので、そいつを睨み返す。岩下志麻になったつもりで。
ここで揉み手の日本人キャラは要らない。思いっきりドスを効かせて「知らんがな」でいい。
その方が都合がいいの。なにせ私はパスポートも持たない密入国者で、軟禁なんてされたら手の施しようがなくなるのだ。日本大使館も頼れない身なので。
今のあたしは、さながら地球に落ちてきた女。デビット・ボウイだ、あたしはボウイ。
「What a saucy child!」
言うことを聞かない馬から下馬しても、湧いた血の気が収まらぬ毛唐男子と大立ち回りを演じねばならんのか? と身構えたところ……
「あ」
……噛んだ。
ペガサス改めガリレオ、あたしに突っかかってきた男を思いっきり噛んだ。馬房から首をニョッキリ出して。
「Ohhhhhhhhhh!!!!」
噛まれた男は悶絶、床を激しくのたうち回る。
「あんた思いっきり噛みすぎでしょ?」
馬というより猛獣の噛みっぷり。競走馬ってこんなに気が荒いの?
「……あいつは気に入らないから噛んでいい? にしたって限度があるでしょ?」
呆れるあたしにガリレオは満面の笑み。ブヒヒブヒヒと鼻息も荒い。
こいつは、人を人とも思わない不遜なサラブレッド、サル山のボスだわ。序列の低い者は人間であっても容赦しない、根っからのボス気質のシバキ上げパーソナリティー。
「去勢されても知らないわよ?」
ぶひひひーん。(そんなことやれるわけねーよ)
「……なんでそんな自信ありげなのよ?」
多少なりとも桜里子に分けてあげたいほどの自意識過剰。無謬の自己肯定。
本当なんなのこいつ?
「I'm just guessing, but ...」
あたしとガリレオの厩舎漫才を遠巻きに眺めていた厩務員が、おそるおそる尋ねてきた。
「...Can you talk to Wild Beast?」
あ?
ああ……
「いえーす! いえすいえぇぇーす!」
注)ガリレオ(Galileo)という馬は実在しますが、実在の馬とは何の関係もございません。悪しからずご了承下さい。m(_ _)m。
The persons and events in this motion picture are fictitious. Any similarity to actual persons or events is unintentional.




