第二章 それでも日本は狙われている - E pur si muove -
ええと、すいません、色々と思うところあって二章、頭から書き直します。
先に読んでてくれた読者の皆様、申し訳ない。
基本的な流れは変わりませんが。
希望の船(エスポワール号)から、命からがらの脱出を果たした悠弐子、B子、桜里子の三人。
果たしてゆにばぁさりぃの面々は無事に日本へと帰り着くことが出来るのか?
破天荒女子高生世界を征く、第二章はじまります。
だめ。
だめだって。
女の子の寝込みを襲ったら、言い訳なんてしようがない。
あんたのために言ってあげてるんだから、謹んで甘受なさい。
立派な社会の構成員として歩んでいきたいのなら、衝動をコントロールできなきゃ失格……
もう!
しーつーこーい! ウザい邪魔!
おい貴様、お天道さまの下を歩けなくしてやろうか?
キスが万人向けのモーニングコールになると思ったら大間違いだ!
朝チュンのキスは両者同意の元で同衾したカップルだから許されるお茶目だぞ?
見ず知らずの男の接吻で、頬を赤らめながら目を覚ますのは童話のヒロインだけだぞ?
夢の世界まで王子の権力が及んで堪るかぁ!
「…………………あ?」
レム睡眠とノンレム睡眠の境を千鳥足していた意識が、現世へと引き戻されれば、
あたしの安眠を散々邪魔してくれた王子様は――――馬だった。
「良かった……」
もしここがアフリカなら今頃あたしは胃の中だ。トラかライオンの胃の中に。
「食べないで下さい!」とか懇願しても、問答無用でパックンチョだ。それが野生の掟だもの。
「あ? ……不味いから食べないって?」
そりゃそうか。馬だって好みがあるよね、なにせ動物だもの。
ぐいぐい。
「ちょ! ちょっと待ってあんた!」
……かといって犬や猫と勘違いされても困るんだよ!
自分のデカさ分かってる?
愛嬌のつもりか知らないけど、そんなグイグイ顔を擦りつけられたら潰れる! 潰れるわ!
「いい加減にしなさい!」
鼻面にゆにばあさりぃパンチを打ち込んでやった。思いっきり殴打しても、馬は素知らぬ顔。そりゃこんだけ体重差があったらハチの一撃にも成れやしない。
「ちゃんと人間様に従うように馴致されてんの?」
見たところ鞍は載っていないけど、頭絡が装着されている。野生馬なら、こんな綺麗に毛並みが整っていないしね。
馬格も立派。優に五百キロは越えてそうな大人のサラブレッド。幼い若駒とは違う。
「そんなにヤンチャだと桜肉にされて…………あ? そんな習慣はない?」
馬肉食の習慣がないの?
てことは、ここはフランスじゃないな。食に貪欲で、食べられるなら何でも食べちゃう、カタツムリやカエルまで食べちゃう国ではないらしい。
飛行機の移動時間から推察するに欧州の何処かへ配送されたかと思ったんだけど……
「じゃ、どこだここ? …………応えようがないか、馬だし」
まず『どこ』という概念自体が人間の都合で設定された区分でしかない。
馬は深淵を語る哲学者の顔で愚衆たるあたしを哀れんでいる……ようにも見えなくもない。
くうねるあそぶ以外、何も考えていないだけかもしれないけど。
「ええい、舐めるな噛むな悪戯するな!」
あたしはこんな世界の果てで馬とじゃれついてる場合じゃないんだ!
一刻も早く愛する祖国へと帰り、襲い来る悪の秘密結社【アヌスミラビリス】を殲滅せねばならんのだ! 七生報国を誓った仲間たちと神国日本を守らねばならん使命があるのだ!
そうだあたしは正義の戦士、悪と戦うガールズソルジャーなのだから!
……ブヒヒン……
分かるまい、畜生ごときには分かるまい。この高邁な志を!
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれに幾度でも飛び込む、覚悟の戦士なのよ!
「――言葉で通じないなら身体に教えてやるわ!」
両手(脚)を着いて謝ったって許してあげない!
とはいえ。
快傑ズバット並の鞭を所持しているわけでもない。徒手空拳で挑んでも軽く跳ね返される。
なにせ相手は五百キロのサラブレッド。ドンキホーテ戦法では命を落としかねない。
ならば!
回れ右してダッシュ!
決して逃げてるわけではないのよ?
戦略的撤退とかいう遁走の方便など、この彩波悠弐子が使ってなるものか。
あたしは常に伴に在る、大逆転の秘策と伴に在る。それが由緒正しき正義の体質だもの。
あ、
逃げると言えば『ゆにばぁさりぃ 逃げるは恥だが役に立つくん』、人一人収めても悟られない超頑丈なスーツケース、あれに潜んであたしは反社会勢力の仕切る豪華客船からの逃亡を果たしたわけだけれど――見事にベッコベコ。外装が哀れなほど歪んでる。
それから類推できる衝撃は、
(あれだろな……)
この牧場の背後にそそり立つ崖。あの中腹を走る配送トラックから転げ落ちたんだろうな。
およげたいやきくん並みの唐突なドロップアウトで。だから、意識が途切れてたんだ。
にしても、この高さ。
おむすびころりんしたおにぎりならバラバラの米粒に解けてしまいそうな絶壁。
よくも無傷で済んだもの。もし穴でも空いてたら致命傷を負っていたかもしれない。
自分の悪運の強さに呆れ果て……いや、ヒーロー体質なら驚くに値しないか。
むしろあたしが選ばれた戦士である証明とも言えるよね?
そうに違いない。
ならば突き進むしかないじゃないの。
たとえデッドエンドが待ち構えていても、斬り捨て進むのが彩波悠弐子だもの!
牧場に点在する林へと分け入って物色を始めると、さほど手間もなく目的のブツが手に入った。
「手頃なのあるじゃない」
できるだけ丈夫そうな蔓を片っ端から採取、草っ原で縒り合わせる。
馬が「なにしてるの?」と戯れてきても無視して編み編み。ええい大人しくしてなさい!
「でけた!」
さすがに生粋の騎馬民族でもないので、裸馬に乗るなんて無理な話だ。
頭絡だけでも着いてて良かったわ。ハミの自作まで上手く出来る気はしない。
編み込んだ蔓を銜環に結びつけて作業完了よ!
「よっこらしょっと」
林の倒木を足場代わりにして、馬に跨る。
「ふふふふ……じゃじゃ馬でも身体が覚えておるようじゃクックック……」
手綱を通じて人の意思を理解するように躾けられているのじゃ、因果な生き物よの。
体は逆らえない、最もエルフに近い生き物よ馬は!
「さ、いくわよ!」
とか身も心もマウンティングして場合じゃないのよ。
あたしには目的がある! 崇高で不可侵の役割が課せられている少女なの!
祖国を救うために天命を受けて、地上に顕界した憂国騎士団なのだから!
Back! Back in the Zipangu!
馬の背から草原の果てを眺めれば……館らしき影が窺える。米粒ほどの大きさで。
「あそこがこの馬のハウスね……」
厩舎まで辿り着ければ帰国への手助けを得られるはず。
人の足では日が暮れるような距離でも馬の脚なら段違い。
「はいよー!」
即席の鞭を扱いて、馬の前進を促せば、
「お?」
常歩からキャンター、そしてギャロップへと移行……したのはいいんだけど、
「…………えっ?」
身構えていた以上に速度が! 速っっっ!
遊びたがりの仔犬を思わすテンションで草原をスッ飛んでく!
いやいや待って待って!
鐙もないのにこれはヤバすぎる! あんたがちょっと機嫌を損ねたら、あたし放り出される!
受け身も意味がないほどの勢いで地面に叩きつけられちゃう!