セーラー服と昇り兎 - 4
どうにかしてヤクザの追っ手から逃げ切る方法はないものか?
そこへ悠弐子が引っ張り出してきたのは謎のスーツケースが三つ。
果たして中には、三人の逃亡を手助けする秘密兵器が入っていたりするの?
「桜里子はバカ」
「船内で爆発物とか使ったら難破船の一丁上がりでしょ、桜里子……」
ヤレヤレと頭を振る悠弐子さんとB子ちゃん。
「仮に破壊工作が上手くいって、この船が太平洋一人ぼっちになったとするでしょ?」
「通信機器も壊れて、救助が来るまで何日掛かるか分からない――そしたらどうなるぞな?」
「ええと……借金や博打で揉めている場合じゃなくなって、脱出に向けて一致団結する、とか?」
「お花畑ね桜里子」
「お花畑ぞな」
「じゃあ何が正解なんですか?」
「食料を巡って殺し合いが始まるでしょ」
「えー!」
「難破船のお約束ぞな」
「限られた資源と渦巻く疑心暗鬼。本場サバンナ並のバトルロイヤルが始まるわ!」
そ、そんなの無理です! 生き残れません!
「あー……いやいや。生き残るなら、その方がいいかも?」
「え? なに言ってんですか悠弐子さん? 相手はヤクザですよ? 勝ち目ないです!」
「桜里子、若い女は戦利品ぞな」
「むしろ丁重に扱われる可能性が高いんじゃない?」
「なーるほ…………じゃありませんよ! 手篭めにされるのは変わらないじゃないですか!」
どっちにしたって慰みものですよ!
「復活の日って映画があったぞな」
「全世界がウイルスの脅威に脅かされる中、南極に残る男性八百六十三人と女性八人が……」
「うわー! うわー! うわー! うわーうわーうわぁー!」
その先は聞きたくない! 聞いたなら後悔しそうな予感がします!
「でも、生き残ったら残ったでアナタハンの女王になるぞな、ゆに公は」
「なんですかそれ? B子ちゃん?」
「こっちはフィクションじゃなくて実際の出来事ぞな」
「は?」
「終戦間際の南太平洋、絶海の孤島で起こった事件」
「たった一人の女を巡って三十二人の男たちが公然と殺し合った――――猟奇の島」
「うわぁ……」
「人に内在する獣とは斯くもエゴイスティックで衝動的なのよ桜里子」
「サバンナ! まさにサバンナの掟ぞな!」
ん? でもちょっと待って下さい?
もしもB子ちゃんと悠弐子さんが両方生き残ってしまったら……
『こーろーせー!』『やーれー!』
男たちは二派に別れて凄惨な殺し合いを始めますよ?
戦女神たる二人は猛烈に好戦的ですからね……最終的には船内に死体ゴロゴロ転がる羽目に……
(だめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだだめだーっ!)
破壊工作作戦は結末が救われなさすぎる!
「だからこそのコレ――――名づけて『ゆにばぁさりぃ逃げるは恥だが役に立つ君』!」
バカッ!
「あっれぇー?」
三つとも空じゃないですか! ただのスーツケースです。破壊工作物資など欠片も存在しない。
「桜里子はバカ。何か入ってたら入れないぞな」
とか仰るB子ちゃん、膝を抱えてケースに収まってる。胎児の姿勢でスッポリとフィット。
「あの悠弐子さぁん……質問いいですか?」
「なに?」
「正に補陀洛渡海ですよね? これで海へ出たら?」
即身成仏的なアクロバティックな浄土への旅になりますよね、間違いなく? しかもこんな絶海じゃ熊野灘とは比べ物にならないくらいの高確率ゴゥトゥヘヴンですよね? ものの数日で。
「心配無用よ桜里子。この船は明日、大陸の港へ着く」
「そうなんですか?」
「そこで発送して貰うの」
「――――宅急便の荷物になれと?」
こんな脱出は書けませんよ五輪の書には。
一応私たち、正義の戦隊ヒロインのはずですよね?
であるならば、正々堂々と悪と刺し違えて散る方が正義の使徒としては……いやいやいや!
まだ恋の一つも経験してない若い身空で命を散らすとか、御免です!
生きて帰れるなら形振り構っていられません!
ここは恥を忍んで実を取りに行きましょう。
私も入ります、『ゆにばぁさりぃ逃げるは恥だが役に立つ君』に!
「ただし!」
ただし?
「三人が三人とも自宅へ送り返されるのは不自然よね?」
「かもしれないです」
「だから陽動作戦を採らざるを得ない!」
……陽動?
「それぞれ違った送り先を設定して、敵の目を欺くぞな」
「なるほど」
「で、どっちにする、桜里子?」
既にB子ちゃんは白いケースに収まってる。残りは黒と桃。
「ええと……送られ先って決まってるんですか?」
「懐柔した船員にはコレを渡してあるわ」
霞城市の住所が記された伝票と、世界地図にダーツの矢……
残った白紙伝票二枚へ書き込まれるのは、彼のダーツの腕次第ってことですか?
「これもし南極とか刺さっちゃったら!」
目も当てられないことに!
「そしたらペンギン飼お。ほら部室に檻があるじゃん? 使ってないやつ」
うん……もう、こいつが行け。悠弐子さんが昭和基地へ届けられてしまえ。
バギャン。
「暗い……」
そしてこの閉塞感。ほとんど手も足も動かす余裕がない……
「あと頼んだわ。上手く行ったら残りを振り込む」
「サンキュー、マドモアゼル」
ケース越しに聞こえてくる悠弐子さんとサービス係の男性の声。
本当に信用できる人なんだろうか?
もし彼が裏切ったら、私たちの命運は……
ブスッ!
なんか鋭利な物体が壁に突き刺さった音。
なんて適当なご神託なの?
どこの馬の骨とも分からない裏切り者のチンピラに全て託さざるを得ないとか。
(うう……)
死にたくない! この世に未練残りまくりですよ神様!
だからどうぞお願いします!
せめて女子高生レベルの英語が通じるくらいの文明圏で頼みますよぉー!
「うぉ!」
急に天地が引っくり返されて、ガラガラと引かれてく振動が伝わってくる。
ドナドナされてる。ドナドナされてる私……
入り鉄砲に出女、越すに越されぬ東シナ海……まさか自分が関所破りをすることになるとは夢にも思わなかった。
ガタン!
ゴロゴロゴロ……ウィィィィィ……
台車から降ろされて、ベルトコンベア状の運搬装置へ放られたっぽい。
思わず噎せそうになるけど必死に我慢! こんなところで不審がられたら元も子もない。
「……ふぅ」
果たして私は当たりを引いたのか、ハズレを引いたのか?
私は昔からクジには弱い、大当たりなんて引いた覚えがない。
(せめて大ハズレだけは引きませんように……)
世界の果てまで飛ばされちゃったら、無事に帰れる気がしません!