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セーラー服と昇り兎 - 3

ひょんなことから終われる身になってしまった贅理部ご一行様。

勝負に勝ったはいいものの、逃げ出す場所などない豪華客船の上、

果たして三人の命運や、如何に?

 ガコッ!

 トイレの天井を破壊して換気ダクトへ侵入、直径一人分のスペースを匍匐前進で進む。

「動かした形跡がありますぜ兄貴!」

(!!!!)

 ダクトを反響してくる男の声。

「誰か身体の小さい奴を連れてこい!」

「分かりやした!」

 反響で距離感が掴めない。遥か遠くなのか、すぐ近くなのか。余計に不安感が募る。

「落ち着きなさい桜里子」

 着物のお尻と草履の裏しか見えない悠弐子さん、私に平静を促す。

「でも……」

 こんな究極の一方通行みたいなトコで落ち着けって言われても!

 冷静に考えて風前の灯ですよね?

 どのくらい風前かというと平家物語の書き出しくらい。

 祇園精舎の鐘がBPM200で乱打されてるんですけど脳内の警報機能で!

「ひゃん!」

 お尻を突かれた!

「黙って進まないと変なことするぞ」

 ああもう!

 三人の中でも一番、冗談と本気の境目が分からない人に殿を任せるんじゃなかった!

「うう……うう……」

 バキャーン! ドゴォォン!

 い、今なんか破壊音的な何か、しませんでした?

 いきなりダクトをエクソシスト的な人間兵器とか追ってきませんよね?

 人生の結末がダクトの中とか嫌ですよ! そんな最期は真っ平御免です!

「ひゃん!」

「止まんなー桜里子」

 文字通り、私の尻を叩いて叱咤してくるB子ちゃん。彼女が最後尾で良かった。

 でなけりゃ今頃白旗を掲げて投降したくなってたところです。

「ふぇぇぇぇ……」

 だってもう狭いし暗いし臭いし肘と膝痛いし――――色んな感覚が麻痺しちゃいそうな頃、


 ガコォン!

 先を行く悠弐子さん、通気口を蹴破ってダクトから下の部屋へと降りる。

 邪魔な袖に四苦八苦しながら私も続くと……

「ほらっ桜里子!」

 ゆにばぁさりぃの戦闘服ユニフォームじゃないですか! しかも三人分!

(ま、まさかここまで想定済みだったんですか悠弐子さん?)

 宮本武蔵の故事に則り、用意周到な逃亡ルートを?

「無駄口はいいから着替えて」

 そうだ。そんなことは生き延びた後で訊けばいいよ。

 今はとにかくこの着物を、動きづらくて仕方ない服を脱がねば!

「ほぉぉぉれぃ!」

 あっ! 待って下さい悠弐子さん! そんな力任せに帯を引っ張られたら!

「ヒァァァアァアァァァァァァ~」

 あ~れ~、とか嫋やかな悲鳴を上げる余裕もないほどの速度でコマ回転!

 フィギュアスケートみたいな高速で強制キャストオフ!

「はがっ!」

 速攻で着物が脱げたのはいいとしても、人並みの三半規管しか持ってない私は敢えなくダウン。

「ううぅ……酷いです悠弐子さん」

 生まれたての仔鹿並みにヨロヨロしながら顔をあげたら、

「……!」

 腰まで届く金髪をゴムで縛り、お肌さらさらシートで汚れた身体を拭く美少女が。

(うわぁぁ……)

 バースデイ・ブラックチャイルド。

 通称B子ちゃんはハーフでありつつも、外人さんのDNAが色濃く発現して、いやむしろ百パーセントコーカソイドです、どっからどうみても外人です。

 同じ境遇としては複雑な……

 あ、実は私(山田桜里子)もハーフなんですけど、何の因果か日本人の因子がモロに出まして。ハーフと証明できるのはミドルネームくらいという有り様。とほほ。

 そんじょそこらの女子高生となんら変わらない、醤油顔。異人さんから見れば成長不全のお子様に見えちゃうネオテニー体型に、瞳も髪もブラウン&ブラック。何の変哲もない標準色です。

(うはぅ……)

 対するB子ちゃん、白い下着の保護色に見えてしまいそうなほど、色素の薄い肌。

 私と幅は変わらないのに立体感が違う。身体のメリハリが雲泥の差。

 身体検査のスペック(数字)なんて、なんら美に貢献しない。私とB子ちゃんの比較はそれを雄弁に証明しています。

 美の根源は、この美しく湾曲した背骨の線、じっくり間近で観察できるからこそ掴める秘密。

 二の腕だけ見たらB子ちゃんの方が肉ついてるんだけど……余った上腕の肉が背中の方へ上手く収まっている。上手くできてんな美少女ちゃんは、畜生!

(にしても綺麗……)

 本当の『美』は見飽きたりしない。「美人は三日で飽きる」とか嘘です。

 謙遜か、嫉妬の予防線か、本物の美人でないか。どれかです。

 ふと気を抜いた瞬間に心奪われ、意識が固化する。

 流れる金糸が現実を絡め取り、認識を境界の彼方へ蹴り飛ばす。

 彼女はメデューサ。でなかったらゴルゴンかコカトリスかバシリスク女子高生と呼ばれるべき。

「桜里子!」

 助かった。固まりかけた私を溶かしてくれる、彼女の声が。

「知ってる桜里子?」

 それが口癖の、彩波悠弐子。

 彼女もまた、美の女神の被造物。というか、あまりに出来が良すぎたもんだから女神の嫉妬を買って俗世へ堕天してきたんじゃないかと錯覚するほどの天使。

(綺麗……)

 瞳のブラウンは「茶色」では言葉が足りない、深く味わいのある色してて。

 悠弐子さんの瞳を見るたび私は思い出す――――幸せの王子。

 貧しき民を哀れんだ王子の像は自らの瞳を差し出す。両目の宝石を使徒たる燕に啄ませ。

 そんな鉱物の妖光すら感じさせる瞳。

 というか瞳に限らず、あらゆる部位の完成度が違いすぎるんですけど?

 髪なんて比べるのも烏滸がましい。

 一本一本、毛根から毛先まで艶やかさが行き渡った長髪なんて初めて見ました。ここまで生命力で満ち溢れた髪なんて。黒曜石みたい反射しながら流れる髪は、砂丘に刻まれる風紋の趣、人為性を排したアートオブナチュラリティ。

「世に出て、名を成し財を成した人であっても!」

 胸に左手を当て、右手は空を舞う鳥のように広げる悠弐子さん。

 言っちゃなんだけどスリーサイズや身長は私と変わらないんです。

 なのになんだこの眼を見張るほどの美しさ?

 思うに、それは《女の子の身体として正しい》から、じゃないかと。

 万人が浮かべる女の子らしい曲線、それが一部の隙なく造形されていて……その自然さたるや、まるで芸術家が巨大なインゴットから削り出した作品の趣。

 ソリッドな骨格構成に張りのある筋肉、脂肪、皮膚、体毛。どこにも無理がない。

「無理をしているのよ!」

「してんですか?」

 白鳥が水面下で必死に足を藻掻くように、悠弐子さんも悠弐子さん足るべく必死の努力を?

「限られたパイを一気に増やすために駆け出しの頃は一発大勝負してるのよ!」

 私、自慢じゃないけど成績は中の中。

 良くもなければ悪くもない成績でも国語は比較的得意科目なんですが。

 話の脈絡を捉える『作者は何を考えているか?』的な読解問題は割と解ける方ですが。

 分かりませんこの子の話は。

 前後の関係性をスッ飛ばして、言いたいことだけ言い放ってくる散文ラッパー。

 そういう人なんです彩波悠弐子。

 しかも同性でも目を奪われる見事なインナー姿。

 彼女のタッチングスピーチは視覚聴覚美意識セックスアピール……あらゆる感覚を捻じ曲げる幻惑の話し手です。

 読解に集中できない要素がテンコ盛りなのですよ、言わば。

「ライフ イズ――ギャンブリング!」

 ギャンブルの話?

「桜里子、保険入ってる?」

 生命保険のことでしょうか? 分かんないです親が掛けてるかもしれないですけど……

「あれもギャンブルだかんね」

「え? いや、だって、それは……」

「公的な性格を帯びたリスクヘッジシステムみたい思ってるかもしれないけど、あれ私企業がやってる営利目的のギャンブルだかんね」

「……は?」

「統計学で算出された数字に従って保険料を決め、その運用益で利潤を生む」

 B子ちゃんも一緒に私の観念を磨り潰しにかかってくる。こうなるととても太刀打ちできない。

 彼女(悠弐子さん)と彼女(B子ちゃん)は説得の魔女だ。

 半ば暗示じみた論破力で精神を汚染してくる。観念を上書きしてくる。

 有無を言わせぬ言葉のマシンガンで、撃ち抜かれて絶命する。

 抵抗は無意味なのです。

(それにしたって……)

 なぜに神はこの子らに二物も三物も与え給うたのか?

 せめて一つくらい私に譲ってくれたってバチは当たらないと思うんですけど?

「桜里子知ってる? 日本人の死因一位は?」

「ガンですか?」

「正解――じゃ悪性腫瘍の原因は?」

「なんでしょう? タバコ? ストレス? 遺伝?」

「ぶっちゃけて言うとガンの発生原因なんて『分かんない』が正解に一番近いわ」

「えぇー!」

「喫煙や飲酒を避けて感染症予防に腐心しても、なる人はなるしならない人はならない」

「はぁ……」

「確実に言えるのは加齢に従って発症確率が上がってくってことだけ」

「これをギャンブルと言わず、何と言うぞな?」

 うう、無理です。山田にはそんな語彙を求めないで下さい。

「つまり! 日本人である以上は、人生そのものがギャンブルなの!」

「否が応でもギャンブルに臨まされているんぞな!」

「だったら腹を据えて挑んでやるしかないじゃない!」

 禅問答をしながらも着替えを終えた悠弐子さんがドヤ顔で持ち出してきたのは――

「な……なんですかこれ?」

 スーツケースが三つ。ロングバケーションもお任せのデカい奴。

「まさか!」

 この中に四面楚歌を打開できるスーパー兵器が用意されてる?

 太陽を盗んだ女子高生的なイ・ケ・ナ・イ秘密兵器が詰まってるんですか?


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