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 第七章 僕らが旅から帰る理由 - Back in the U.S.S.R.(Under the Sea Spoken as a wild Rumur.) - 1

 一応、事件は一件落着。


 ブラック企業界の花形経営者から【奴隷解放宣言】を引き出すことが出来たわけですから、ゆにばぁさりぃの正義執行も大成功ってことで……

 異世界転送実験で憑依した、全人類級に意識高い人(リンカーンさん、キング牧師さん)――の霊魂も、万事納得の上、輪廻の輪へご帰還なさいましたし。


 あとは小粋な後日談……に、ならないのも我らがゆにばぁさりぃ。


 「忘れ物を取りに来た」脳天気なディメンションドライバー・異邦人アウディと、また一悶着起こしちゃったりするんですか?

 まずは日を改めまして。

「で――時をかける少女よ?」

 満を持してアウディへ問いかける。

「条件であろう? 悠弐子が知りたいのは」

 ご明答。満面の笑みを返す悠弐子さん。

説明それは吝かではないが……まず場所を変えよう」

 と語るアウディに率いられ、やって参りました贅理部御一行様。

 ここは都内の真ん中、コンパクトな敷地に目一杯アトラクションを詰め込んだ遊戯施設です。

「転移ポイントは…………ここ!」

 イベントスペースは夏の間だけプールへ早変わり。

 無論プールなので、悠弐子さんもB子ちゃんも私も水着に着替えまして。

 アウディは森のシーフスタイルですが……セパレートのヘソ出しトップ&ボトムなので、濡れなきゃ水着に見えなくもない?

 そんな私たち、地上二十メートルほどの、見晴らし抜群の高台まで登ってきました。

 ええ、プールで高台と言えばウォータースライダー、超巨大滑り台のテッペンですね。

「悠弐子、あなたの考える転移成立条件は何?」

「この世界と別世界を繋ぐゲートが現れたのは――アウディが向こうの世界で、騎馬演習中に崖から海へ転落した時と」

「それとウイドーメーカー号が川へ神風ダイブした時ぞな」

「両者に共通する《条件》とは?」

「《海と陸の間にある世界》へ転送されるんだから、海面への衝突ぞな」

「待ってB子、ウイドーメーカー号が着水したのは【海じゃない】」

「あ……そっか」

「そうよ悠弐子、海じゃなくていい」

 理路整然と悠弐子さんとB子ちゃん(優秀な生徒)を導くアウディ教官。

「逆に水さえあればいい、というワケでもない。水浴び程度では何も起こらない」

 まさかこれほどの知性の持ち主だとは、初対面の頃は想像もしませんでした。

 ついこないだの話なのに。

 つくづく《好奇心》とは人を生かす原動力だと思い知らされます。

 全てを諦め怠惰の沼に沈む一方の彼女は、死を待つだけのリビングデッド。

 それが今や明るい未来に猪突猛進ですから。

「……だとしたら? 《異次元への井戸》開削に必要な条件は?」

「速さ?」

「衝撃?」

「それを確かめる実験をしてみた」

 と語るアウディ教官、飛び込みの姿勢を採り、

「徐々に高さを増しながら滝壺へ飛び込んでみた」

 と報告する。

「結果は?」

「結局あのくらいの高さから飛び込んだら《井戸》は開いた」

「観覧車…………」

 都会サイズとはいえ相当な高さですけど? 高所恐怖症なら失神必至な程に。

「なによやっぱり速度が必要なのね? 速さが要るのね! ディメンションドライブには!」

「睨んだ通りぞな! 映画の通りぞな!」

 なんですか、その自画自賛は?

 褒めて褒めてと言わんばかりの鼻息は?

 自分たちの実験は完全に失敗したのを忘れてしまったかのように、歓喜のダンス。

 ――我が意を得たり! エスニックな園内BGMをバックに喜びを表現しています。

 もう、気が済むまでやりなはれ。

 どうせ遊園地のプールです。ハメを外しすぎた若人がいても、夏の日のインサニティです。

 異世界から来た異邦人ちゃんに鼻で笑われるだけ……

「アウディ…………?」

「幸福と安穏で満ちている――この世界は」

 踊り狂う美少女と美少女の空騒ぎを評して、呟くアウディ。

 それは単に嘲りだとか皮肉だとか冷笑だとか――そんな悪意のニュアンスではなくて。

「このろくでもない腑抜けた世界は!」

 振り返ればプール全景の俯瞰。長閑に水遊びを楽しむ老若男女が映る。

 私たちにとっては何てこともない日常の光景を、アウディは感傷的に眺める。

 今にも涙が溢れそうな瞳で。

「アウディ……」

 欠けたコンテクストは想像でしか補えないけれど……

 今、アウディが握りしめているのは武器――危険を冒してでも取りに戻ってきた忘れ物。

 その【無謀】に必然性を認めるのは【腑抜けてない世界】からの要請なのでしょう。

 幼い子供たちが無邪気に水遊びなど興じていられない世界からの。

 彼女の祖国は薔薇色の異世界ファンタジーワールドなどではなく――理不尽と不幸渦巻く血生臭い世界……今も世の中荒れ放題、ボヤボヤしてると後ろからバッサリされる世界なのでしょう。

(アウディ……)

 昏い瞳で遠くを眺める彼女の向こうに――――焔が見える。

 あれは不条理の火。

 因果の外から、突然遅い来る不幸の火です。

 幾度となく彼女や彼女の親族は、それに類する厄災を被ってきたのでしょう。

 いや、それは私たちが鈍すぎるのだ。

 人類史を紐解けば分かる。現代こそが異常なのだと。

 糾える縄の元は「禍福」ではなく「禍」と「より酷い禍」から成る――それが人の世の大半だったという事実に、現代人(私たち)は余りに無自覚なのです。

「天上の楽園だよ。海と陸の間にある世界の住人われわれから見れば」

 それなら――喉から出かけた言葉を飲み込む。無為な言葉は虚しさを生むだけです。

「私が護らなきゃいけないの」

「アウディ……」

「私たちが死力尽くして、ようやく安寧が訪れる。悲しい別れやツラい思いをせずに済む世界、それを保つ使命が私にある」

「…………」

「だから帰る。帰らなきゃいけないの桜里子」

 と笑うのです。一片の悲壮感も漂わせぬ、清々しい笑顔で。

「アウディ……」

 だから私も見送らないと。

 【別れ】の重さが違う世界から来たアウディを、胸張って見送らないといけな……

「むぎゃ!」

 危ないなもう! そんな乱暴に押してきたら……

「げ!!!!」

 押したんじゃない。連鎖的に押し退けられたんです。私にぶつかってきた人は。

 だって、さほど広くもないウォータースライダーの待機広場が――気がつけばピークタイムのクラブみたいな有り様になってるし! ぎゅーぎゅー鮨詰めで足の踏み場もないほどの!

「ヤバい!」

 忘れていました!

 悠弐子さん(その子)とB子ちゃん(その子)は迂闊に人前へ出してはいけない子たちでした!

 ステージと観客席との間に柵を設けないとオーディエンスが殺到してしまう系女子なのです!

 こんなフリースペースに放置したら見物客がねずみ算式に増えていく!

「このままじゃ!」

 柵があるとはいえ地上二十メートルですよ? 下手したら大惨事も免れない!


 そんな私の心配を他所に……


 ヴゥゥン! ヴゥン! ヴン!


 気づいた時には遅いのです。

 弦の音を知覚する頃には、矢は遥か彼方。

 目にも留まらぬ速さで「獲物」を射抜いてるはずです。

(マズった!!!!)

 悠弐子さんB子ちゃんとは違う意味で、人混みに紛れさせてはいけない子だった!

 この子、オートマティックな狩猟本能を備えた異世界弓エルフです!

 現代日本では放し飼い不可の危険人物ですよ!


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