表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/45

第六章 サヨナラは八月のララバイ - 6

 自暴自棄もここに極まれり?


 暴走特急バースデイ・ブラックチャイルド操るウイドーメーカー号は、ゆにばぁさりぃ全員を載せたまま、川へ神風ダイブ!

 溺死必至のスーイサイドドライブです!


 どうなる桜里子?

 とうなるゆにばぁさりぃ?

 『女子高生四人 無謀運転で溺死』と地方紙の一面を飾ってしまうのか?


 女子高生ハチャメチャストーリー、遂に終焉ノ刻?


「ぷはっ!」

 数メートルも視界が効かない、都会のドブ川。

 混ぜすぎた絵の具色の水を、掻き分け掻き分け――東京湾で浮上した。

「死ぬかと思いました……」

 水没したウィドーメーカー号の窓から決死の水中脱出――それが可能だったのも、ゆにばぁさりぃスーツに備わる簡易式エアレギュレーターのお陰です。

 これがあったからこそ、潜水で川を下ってくることができました。

 あくまで緊急脱出用のミニタンクですが、あるとないとでは大違いです。

「ね、着替えといてよかったでしょ?」

 とか得意げな悠弐子さん。

「着替え損なってたら死んでます……」

 車からの脱出に失敗して溺死するか警察に捕縛されるか。

 いずれにせよ女子高生終了宣言の葬送曲レクイエムが奏でられていたとこです。まったく。

「ぷはっ!」

 少し遅れて、B子ちゃんも水中から浮上した。

「無事だったんですね!」

 仲間の生還を笑顔で祝福したかったのに……当のB子ちゃんは神妙な顔で、水面から手を挙げた。

「あ……」

 それは《彼女》が肌身離さず携えていた愛用の弓……アマゾンで購入したプロ仕様の。

「あの、B子ちゃん…………アウディは?」

 恐る恐る尋ねてみれば、

「消えた」

「……消えた?」




「『異界への井戸が開いた』のね……」

 濡れ鼠の女子高生わたしたちは学校へ戻り、プール棟の温水シャワーで身を清める。

「アウディは《海と陸の間の世界》から来た、と証言してたぞな」

「証言通り、異界への入り口は『陸と海との境界面』に存在していた、ということ?」

「驚き桃の木山椒の木ぞな!」

 シャワーを浴びながら、熱っぽい議論を交わす悠弐子さんとB子ちゃん。

「…………」

 私は一人蚊帳の外、そんな気分にはなれないのです。

(アウディ……)

 せめて、せめて一言。


 さよなら。

 会えて楽しかった。

 また会える?

 いつまでも友達だから。


 それだけでも伝えられたなら。

「…………」

 別れはいつも突然に、こちらの都合なんて構わずにやってくる。

 それが、別れというものなのです。分かっている、分かっているつもりなのに。

「うぇぇぇ……」

 止め処なく流れ落ちる涙。

 熱いシャワーも悲しみを流せず、喪失の痛みだけがジンジンと残存する。

「うぇぇ……」

 折れた心で膝まで折れてしまいそうな私を…………華奢な骨格が抱き留める。

 いつの間にか、狭いパーテーションは押しくら饅頭になっていた。

「うぇぇぇぇ……」

 浮ついた言葉など要らない。泣いてる女の子は抱きしめてあげるだけでいいんだ。

 彼女の優しさが皮膚呼吸で伝わってくる。

 その気持ちが嬉しくて、ますます私は涙を止められなくなっていた。



「ほぇ……」

 泣きつかれて放心状態の私は、糸の切れたマリオネット。

 更衣室で心ここにあらずの私に、悠弐子さんがドライヤーを当ててくれる。

 少しこそばゆいけど安心する手触り。

 丹念に撫でられると、喪失の傷も癒やされる。

 髪を触る女の子の手はフェザータッチオペレーション。泣き叫びたい衝動も、見事に鎮めてくれる魔法の手です。


 ヴヴヴ……

 携帯が震えてる。しかも三台一緒。

「記者会見ぞな」

 B子ちゃんが掲げた携帯には『綿貫議員記者会見、緊急生中継!』のプッシュ通知が。


 専用アプリを立ち上げて動画をタップすると……見覚えある議員さんが映っていた。

『本日はお忙しいところお集まり頂き、誠にありがとうございました』

 そうです、私たちと一緒に川へ神風ダイブした議員さんです。

『皆様ご承知の通り、私、綿貫未希は居酒屋チェーンワ多三の創業者であり、現在も筆頭株主として経営に関わる者であります』

 記者たちは今回の【事件】について根掘り葉掘り訊き出そうと手ぐすね引いているのに、

『私は会社の業績向上こそ最大の使命と考え、経営に邁進して参りました。そのためには如何なる犠牲も必要悪と目を瞑り、社員に強いて参りました」

 綿貫議員は神妙な顔で反省の弁を述べ始めています。

『しかし、それは傲慢であったと、認識を改める次第であります』

 憑き物が落ちたような表情で。

『目が覚めました。それは搾取であると。社員たちを人ではなく奴隷として扱っているのだと』

 傲慢なブラック企業のトップが膝を折り、額を地べたに擦りつける。メディアを前にして。

『――誠に申し訳ございませんでした!』

 予想もしない絵に、カメラマンたちは猛烈な勢いでフラッシュを焚きつけ続けた。


「おお……これは見事な奴隷解放宣言ではないか」

「肩の荷が下りましたな」

 悠弐子さんとB子ちゃんに憑依していたリンカーンさんとキング牧師さん、霊圧が消えていく。

 目的は果たせり。

 図らずも魂がリンクしてしまっていた霊魂も、肉体から解脱を開始。

 頭に額烏帽子をつけ、下半身は一反木綿のエーテル体が、悠弐子さんとB子ちゃん、それぞれの身体から昇天していく。

「無事に成仏して下さいね……」

 キラキラ光りながら輪廻の輪へ戻っていく、白人紳士と黒人牧師を見送ります。

 女子高生三人が天空に向かって合掌。

 今度は、そう簡単に降りてきたりしないで下さいね。なーむー。

(でもこれで……)

 平穏無事な生活が戻ってくる――――んですよね?

 リンカーンさんもキング牧師さんもアウディも……私たちも、収まるべきところに収まって。


「さぁーて帰るか」

 少しだけ厳かな雰囲気で魂を送ったら、潮が引くように日常が戻ってくる。

「今日は、マック寄る?」

「マックで世評批判が女子高生のノルマ☆ぞな!」

「あ、荷物取ってこないと」

「部室~寄って~マックぞな~」

(うう……足が重い……)

 だって部室には――あの子は、もういない。

 ひょんな事から思いがけず拾ってしまい、何も喋れない野生児から文明開化した弓マニアへと変貌を遂げるまで、部室の主として居座り続けたあのアウディは、もういないのです。

 濃密な記憶の残滓が滞留する部室を、私は正視できるのでしょうか?

(自信ない……)

 また泣いてしまいそう。

 また悠弐子さんとB子ちゃんの前でワンワン醜態を晒してしまいそう。

(分かってます)

 アウディは彼女自身が「故郷」と呼べる場所へと帰っていった。

 それが彼女の在るべき場所、彼女にとっての『平穏無事』なんですから。

「はぁ……」

 なのに、分かっているのに溜め息が漏れてくる。



 ガチャリ……ガラガラ……

 悠弐子さんが施錠を解いて部室の扉を開ける……

「……むぎゃ!」

 俯いて前方不注意の私は、彼女の背中へ衝突してしまった。

「どうしたんですか悠弐子さん?」

「桜里子」

 穏やかな微笑みを浮かべた悠弐子さんとB子ちゃんは、促すように私を前へ。

「えっ?」

 美少女と美少女にエスコートされた私の目に飛び込んできたのは――――


「アウディ!」


 鮮やかな緑の髪をした、とんがりお耳の彼女が部室でくつろいでるし!

「ああああアウディ! 帰ったんじゃなかったの!?!?」

「忘れ物…………取りに来た」

 宿題を忘れた女子高生みたいな口ぶりで。

「ばか! ばかばかアウディ!」

 急にいなくなったと思ったら、急に帰ってくるとか!

 気まぐれオーラロードが過ぎます!

「ばか……」

 彼女の胸へ飛び込むと草の匂いがした。嗅いだことのない香草の香りがした。

「ごめんね桜里子」

 海と陸の間にある異界からやってきた少女は、はにかみながら私を抱き返してくれた。

「チッ! ヤフオクで一儲け出来ると思ったのにー」

 心にもない冗談を飛ばしながら悠弐子さんはアウディへと手渡す。『彼女の忘れ物』を。

「ありがとう」

 愛する弓を受け取ったアウディ、愛おしげに頬擦りを繰り返してた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ