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第五章 私を異界に連れてって - 8

 賢い読者の皆様は、お気づきかと思いますが……

 前の話で一切出てこない子がいましたよね? 《 一人だけ 》。


 その子は一体何をしていたのか?

 何をしようとするのか?


 そういう話です。

 絶望へと届く打撃音。

 スタタンスタタンスタタ!

 突っ伏した私に乾いた音が。

 タカタカ、タカタカタ! タカタカ!

「……アウディ?」

 中古の電子ドラム前に陣取ったアウディが、器用なスティック捌きで「フライパン」を叩く。

 コードやベースラインの助けも借りず、素のパーカッションソロ。

 味も素っ気もないプリセット音源なのに――――「音楽」が聴こえる!

 跳ねる高揚のBPM。自在の逸脱でスウィング。プリミティヴな「快」が琴線を震わせる。

「唄って、桜里子!」

「そんなこと言われたって……」

 私が唄っても邪魔にしかならない……なのに「構わないから!」と笑顔で促してくる。

(ええい、ままよ!)

 リンカーンやキング牧師に唄の良し悪しなんて分からない――――と思う!

 エルビス・プレスリーやボブ・マーリーじゃないし!


 下天のうちをくらぶればー 夢幻の如くなりー


 アドリブで唱えって言われても、そう簡単に出てきませんって!

 困った際はクラシック。クラシック頼り!


 驕れる者も久しからずー 盛者必衰の理をあらはすー


 さすが日本文学の誇る名文、アウディの不思議なリズムにも乗って…………えっ?

「ぬわっ!」

 (自称)リンカーンにマイク獲られた!

 人類史に刻まれる、崇高な演説でもカマしちゃうつもり?


 波のまにまにブラザーシップー

 ポセイドンが伊勢うどんー


 違った。

 冒頭のワンフレーズですぐ分かる。

 彼女は違う。合衆国の分裂回避に腐心した偉大な政治家なんかじゃない。

 美の価値と意義を本能で識る、天性のパフォーマー。

 聴衆の求めに応えて、愛と希望とエロチシズムを振り撒く女の子。


 「こんなところにオークがいるぞ」ってピザソースかけられたから、八月二十八日は解放記念日

 ハレハレよー バレバレユカイー

 超、超、癖になりすーぉー


 戻った。

 差別と政治について高尚な議論を交わす紳士はもういない。

 いるのは、音楽の荒野で自らを叫ぶ、自分勝手な獣だけです。艶めく髪を振り乱しながら、出鱈目の歌詞が湯水のように湧いてくる。

(悠弐子さんだ。いつもの悠弐子さんが戻ってきた!)

 私たち「バンド」としては下の下かもしれないけど……フロントマンの存在感だけは、そんじょそこらのアマチュアには負けやしない。

 ステージでこそ際立つ、華やいだプレゼンス。浮世離れしたオーラ。

 近くで視れば視るほどに心を奪われる。意識を盗られる。

 Every Breath You Take ――一挙手一投足。


 世界を救う勇者なのに 棍棒と小銭しか貰えない

 そんなの理不尽、聞いてない、有り得ない!

 残念、君は妾腹

 世界の果てで野垂れ死ね それがリアルよ宮廷力学


 トリッキーなリズムとエモーショナルなボーカリスト、殴り合いのインプロヴィゼーションへ注がれる――劇薬のアレンジミックス。

「B子ちゃん!」

 キング牧師には操れないデジタルコンソールを、グイグイ弄ってくる!

 ギュワン! ギュワ~ン!

 イコライザーとクロスフェーダーの魔術師が、「世界」の色を塗り替える。

 原始のリズムとシンセの重奏と女子高生ジョニーロットンが交錯する贅理部室――何が何だか。

 なのにセッションは不思議な調和を産む。

 言葉や嗜好を越えて、祭祀の響きにも似た――――祈りの周波数ストリングス

 プァァァーン!

 思わず背筋が伸びる清冽な音!

 スティックからお手製の竹管楽器へ持ち替えて、アウディはセッションをリードする。

「「「!」」」

 すると三人、申し合わせたようにアイコンタクト。

(やれと?)

 空いたドラムセットへ私を促す。


 スタタンスタタンスタタンタントン スタタンスタタンスタタンタントン


 極力、邪魔にならないよう、ソロリソロリと加わったのに、

「お、おわ!」

 いきなりシーケンサーの調律師が趣向を変えてくる!

「B子ちゃ~ん!」

 あれ絶対面白がってる! 私がヨロヨロになるのを面白がってる!

「あははは」

 もう! 意地悪!

「桜里子」

 心ゆくまで笛を吹き終え、ご満悦のアウディが助け舟。四苦八苦の山田を見かねて。


 スンタンタタン!


(違う!)

 音源の奴隷だった私とは全然!

 ワンフレーズだけで「音楽」になる。スネアだけで、心が痺れるバイブスとなる。

 まるで魔法みたい、本物のパーカッショニストだけが奏でられる魔法のリズム。

 「そっちが合わせろ」と言わんばかりの骨太ビートを刻めば、阿吽の呼吸でピッチコントローラーを合わせるB子ちゃん。

 まるで何度も修羅場を潜り抜けた戦友みたいなコンビネーション。

 「達人は達人を知る」みたいな?


 いいか 身なりを整えろ

 次元の扉が開かれる そのタイミングは選べない

 水回りの清潔は お風呂シーンの前提条件

 備えろ 君は

 美少女は突然やってくる


 天才と天才が作り上げた水鏡、精緻な調和の水面へ――投げ込まれる異物。

 マグマのエモーショナルは悠弐子さんの喉から放たれる。

 上手いとか下手とか、そういう尺度じゃ測れない、精一杯のフルヴォリューム。

 パフォーマーに求められるものは、完成度なんかじゃない。

 生きている証を刻みつける生命力いのちのちから。それこそが本物のライブ感。

「うぇ……」

 なんだろう、泣けてくる。揺さぶられてしまうんです気持ちが。

 音楽の嵐の中で、心が難破する。

「桜里子!」

 棒立ちでポロポロ涙を零してた私を、

「おいで」

 手を差し伸べ――――悠弐子さんは誘う。


 U.K. U.K. アナーキー・イン・ザ・U.K.

 U.K.の夕景

 イングランド人 in Ground.


 とてもじゃないけど、私は悠弐子さんの隣になんか並べやしない。

 だけど……少しだけ離れたところに、居場所があったらいいな。

 お友達特権の裏口入学だとしても、あなたの傍にいられたら、それでいい。

「……あ?」

 気がつけば悠弐子さんとアウディは手を止め、冷たい乳酸菌飲料を呷っていた。

 タオルで汗吹きながら、あんたも意外とやるじゃん? みたいな顔して。

 B子ちゃんのPCが奏でるメロウなナンバーに導かれ、私だけが泣きながら踊ってた。

 ポロン。

 締めのフレーズを弾いて音を止めるB子ちゃん。サムアップで微笑みかけてくれる。

 鎮静の解放感が身体と心を撫でつけると、

「――Hysteric Innocence Prime of Casual Jock!」

 キメのコールを投げてくる悠弐子さん。

「We are?」

「「「ゆにばぁさりぃ!」」」

 おかえりなさい。おかえりなさい悠弐子さんB子ちゃん。



「まさか異世界への扉じゃなくて、別の輪廻(cycle of reincarnation)と接触するとか……」

「侮りがたし! 稲妻パワー!」

「アメージングジゴワッツ!」

「どうなることかと思いました……一時は」

 今度こそ山田、【孤独の毒】に殺られてしまうところでした。

「でも、これでまた振り出しに戻ったか……」

 悠弐子さんとB子ちゃんは未だに探求者の顔――――【あんな目】に遭ったというのに。

「悠弐子さん――もう止めませんか、危ないことは」

 命がいくつあっても足りないような摩訶不思議アドベンチャーへ首を突っ込むのは。

 無謀なチャレンジは悲劇を招くだけ、って身に沁みましたよね?

『人生は挑戦です! 挑戦なき人生に価値はありません!』

 人が真面目な説得をしてる時に! 余計な茶々を入れてくるテレビですね!

「あ、店長……」

 軽く憤慨しながら「声の主」を確認したら、またもや店長が。

「すっかり広告塔にさせられてんじゃん?」

 あの悪代官顔の国会議員兼悪徳社長に気に入られちゃったんでしょうか?

 企業紹介番組で自社の素晴らしさを熱心に語ってますよ?

『三百六十五日二十四時間、ワタシは会社のために尽くせて幸せです!』

 感極まって涙まで流してるし。

「さ、さすがにこれは……」

 前回の番組出演よりも更に頬は痩け、目の下にはメタラーのペイントメイクみたいな隈が。

(もはや、お尋ね者みたいな人相になってますよ……)

 B子ちゃんが使った「洗脳」という言葉の不気味さが、ビジュアルとして刺さってくる。

 これは無理だ、アップに耐えられない。引いた絵でも病的すぎる。

「これは奴隷の顔ではないか?」

「なんだ日本は奴隷制が廃止されていなかったのか?」

 うっ! 急に出てきましたね!

 リンカーンさんとキング牧師さん!

 まだいたんですか?

「殺るか」

「殺ろう」

以上で第五章終了となります!

お付き合い頂き、ありがとうございました m(_ _)m 感謝感謝☆


さてさて、

迷走に迷走を重ねた今回のゆにばぁさりぃ、果たして着地点は何処だ?

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