第五章 私を異界に連れてって - 5
打倒【アヌスミラビリス】!
悪の秘密結社壊滅を旗印に掲げるゆにばぁさりぃですから。
悪の気配を感じればシュババババババーン! ですよ!
元気爆発頑張るぞい! ですよ!
ガチで悪党征伐ですよ!
平穏無事な女子高生生活をエンジョイしたい桜里子には、迷惑千万この上ない展開ですが。
とは言っても、アウディを思えば。
別世界の住人であるアウディですから、そりゃま帰りたいですよね?
それが自然な気持ちです。
故郷とは、遠くに在りてより強く、想い募るものですし。
アウディのためなら帰郷作戦に協力してもいいかな? なんて絆されてしまう桜里子ですが……
いいのか?
本当にいいのか?
相手はあの、暴走美少女二人組だぞ?
本来、脊梁山脈には裏も表もない。
だけど、どう考えても西側が裏、の共有認識が生まれるのは、暗いからです。
晴れを招く太平洋高気圧は山に阻まれ、日本海の湿り気が空を覆う。
だから皆、こちら側が「裏」だと感じる。
そんな空です。
冬でもないのに、ドンヨリとした雲が盆地を蓋する、灰色の空中結界。
ゴロ……ゴロゴロ……
肌寒い風が頬を掠めていくと、
ゴロゴロ……ゴロゴロ……ビシャアアッッ!
「ひっ!」
積乱雲から目も眩む煌き!
バリバリバリバリッ!
激しい空震に、思わずしゃがみ込む!
「吹けよ風!」
「呼べよ嵐!」
霞城市は山と田んぼに囲まれた街です。車で二十分も走れば見渡す限りの穀倉地帯です。
ピカッ!
「キャァァーッ!」
ですからこんな日に「田んぼの様子を見てくる」なんて人はいません。絶対に!
だって周りに何もないんですよ?
私たちの頭頂部が最高標高地点ですから。
遠く見える旧道の一里塚、その雑木林まで何キロあるのか?
バリバリバリバリッ!
「素晴らしい稲妻日和ね!」
ピカァッッッ!
「ひゃぁぁ!」
正気の沙汰ではありません。これ自殺行為ですよ、こんな日に田んぼの真ん中って!
ゴロゴロゴロゴロ……
時間感覚を奪われるほどの厚い雲。怪しげな陰影が二人を照らす。
ビシァーッ!
フラッシュで浮かび上がる不敵な魔女二人。
「やるわよ桜里子!」
「な……何をですか悠弐子さん? B子ちゃん?」
「次元転移といえばアレよ!」
「ぞな!」
ここまで来たらアレしかないような気がしますが、敢えて口に出したくない!
「次元を超えるのに必要なエネルギー!」
「モアエナジー!」
「爆発的な! 超常現象を起こすに足る、空前絶後の超エナジー!」
「ジゴワッツ!」
や、やっぱり【ソレ】なんですね?
あの名作映画でもキーファクターとして描かれた【アレ】の力を借りるんですね?
「さぁライドオォーン! ゆにばぁさりぃ!」
「……え?」
私たち(ゆにばぁさりぃ)の母艦であるウィドーメーカー号。
時に更衣室に、時にバンドの機材運搬車に、と八面六臂の活躍を見せるスーパーカーゴには、大人八人は余裕で乗り込めますが……
「どうして全員乗り込むんですか?」
B子ちゃんは分かりますよ。だってウィドーメーカー号を運転できる唯一の人材ですから。
当事者であるアウディも、当然です。
ですが。
私と悠弐子さんまで乗り込む必要ありますか?
もしも――仮に――万が一にも有り得ない話ですが、
「本当に異次元の井戸が開いちゃったら……」
全員転送されますよね? ウイドーメーカー号がデロリアンとなって一蓮托生。
「……はっ!」
まさかアレですか?
『B子ちゃんだけ危険な目には曝せない!』という心意気?
普段は人を人とも思わない悠弐子さんでも、イザという時は仲間を気遣うんですね!
「ゆにばぁさりぃは一心同体少女隊! 酸いも甘いも一緒にモグモグ……」
「こいつ(ゆに公)はそんなこと思っとらんぞな」
感無量の私に水を差す運転手(B子ちゃん)さん。
「当然でしょ、桜里子!」
助手席から身を乗り出した悠弐子さん、後部座席の私に訴える。
「あたしたちは人類最初の『時をかける少女』に成れるかもしれないのよ?」
「は?」
「異界への門を開け放つ、最初の冒険者に成れるかもしれないのよ?」
「な……!」
なに言ってんだ――この魔女ども????
「行けば分かるさ踏み込めB子!」
「ウイドーメイカー! ア、ゴーッッ!」
ギュルルルル!
唸りを上げる駆動輪!
ベタ踏みのアクセルに呼応して、内燃機関が限界ピストンをシャフトへ伝える!
「過去も!」
「未来も!」
「星座も越えていけぇぇ!」
いやいや! 星座は無理です悠弐子さん!
ウイドーメーカー号に宇宙船の機能はありません。そんなもの、いくら世界のTOYOTAさんでもオプションに載ってません。HONDAさんでもSUBARUさんでも、無理です!
とか抗議し(ツッコミ)たくとも喋れない。
だって迂闊に口を開いたら舌を噛んでしまう。腔内が血だらけになってしまう。
私たちの愛馬は凶暴です!
ノーマルなハイエースでは考えられない馬力が出てます!
ギャギャギャギャ!
ハイグリップタイヤでもトラクションを伝えきれない、ハチャメチャローンチコントロール!
「行くよ、新次元!」
「新世紀のフィラデルフィア・エクスペリメントぞな!」
アメリカ東海岸の都市とは何の関係もない、稲作地帯で唸りを上げるハイエース!
それでもドライバー(パイロット?)の気分は駆逐艦の航海長らしい。
傍迷惑な! 傍迷惑な!
無理矢理乗せられた身にもなって下さい!
「……!」
ガクッ!
温まったコンパウンドが路面を捉え、ウィドーメーカー号はお尻を振りながら猛ダッシュ!
ギャギャギャギャ!
「ひぃぃぃぃぃ!」
暴力的な挙動に、私とアウディ、抱き合って恐怖に耐える。
バィーン! バィーン! バィィィーン!
軽い変速ショックを伴って急加速!
田園風景は一瞬で飛び去り、僅かなギャップがサスペンションを突き上げる。
「悠弐子さん! 大丈夫なんですかこれ?」
「来てる、来てるわよ! 雷雲が来てるわよ!」
助手席の悠弐子さんはスマホの雨雲レーダーと空を見比べながら目を輝かせてる。
もはや私の話なんて馬耳東風!
ポツ……ポツ…ポツポツポツポツポツポツポツ……
雨粒も急速に密度を増し、本降りの気配が濃厚になっていく。
(この速度で濡れた路面へ突っ込むとか、正気の沙汰じゃない!)
不意のアクシデントには絶対対処できません!
「いいわよ、いいわB子そのままそのまま!」
「うひひひひひひ!」
ああダメだもうダメだこの二人。
生き方自体が明日なき暴走だから、チキンレースと異常に親和性が高い!
アクセルを踏み込んだが最後、真理の地平まで桜驀進王!
そういう子たちだ。
たちだ。
………………………………しかしだ!
「ブラックチャイルド、オマエいい加減にしろ! てめぇ本当に止まれ!」
後部座席からヘッドレスト越しにチョーク。本気のチョーク。細い首に指を突き立てて、血管を握り潰さんばかりの勢いで!
「……!」
私の剣幕にアウディも悠弐子さんも目を剥いて固まる。
だって仕方ないんです!
ここまま私は『女子高生四人、無謀な死のドライブ』とか、地方紙の一面を飾る気はない!
「アッ、ハイ……」
ハイドロプレーニング寸前からアクセルを緩めると、やがてウィドーメーカー号は徐行速度へ。
キャノンボールで駆け抜けるはずの火の見櫓も、ゆっくり近づいてくる。
「だいたいですね、悠弐子さん……」
B子ちゃんの首を握る指を震わせながら、
「穴が大きすぎるんです、やっつけすぎるんですよ、この計画は!」
「アッ、ハイ……」
「悠弐子さんが観た映画では落雷の時刻が分かってましたよね? 何年何月何時何分まで?」
「サヨウデス」
「最低でもそのくらいの精度がないと、雷を捉えるなんて無理です常識的に考えて!」
ゴロゴロ……
「B子ちゃんにハンドル任せるところからして間違ってます! 誰よりも速く走れば勝ちの湾岸ミッドナイトランナーじゃないんですよ?」
「ハイ」
「イキった女子高生が田んぼへ死のダイブとか、そんな死に方は末代までの笑いものですよ? 未来永劫子々孫々!」
ゴロゴロゴロゴロ……
「この際だから言っときますけど、行き当たりばったりで行動してたら、いつか罰が当た……」
ピカッ!
そう。こんな感じです。
天界からの叡智の猛火が傲慢不遜なJKを焼き尽くし…………
眩しいな。
視界が白で覆い尽くされる。
車(ウイドーメーカー号)の中も外も、白い世界。真っ白な、光の白。
ハレーションが全てをマスクして、私たちを暴力的に包み込む。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




