第一章 セーラー服と昇り兎 - A girl in a dress laced with violent rabbits.
登場人物
山田桜里子:本作主人公。平穏を愛する、極々平凡な女子高生。ところが、高校入学早々、とんでもない美少女に絡まれてしまい……
彩波悠弐子:とんでもない美少女一号。胡散臭い情報源を元に悪を誅する(自称)正義の使徒。ニックネームは「霞城中央の氷柱花」。
好きなものは野球とエアコン。嫌いなものは悪と暑さ。
バースデイ・ブラックチャイルド:とんでもない美少女二号。虎視眈々とリーダーの座を狙う金髪美少女(でも日本人)。ニックネームは「霞城中央の胡桃割り人形」。
好きなものは野球とエアコン。嫌いなものは悪と暑さと自分と似ている美少女。
これは無謀にも巨大な悪へ立ち向かう、少女たちの物語。
日出ずる処で生を受け、か弱き女子がその身を賭して、
悪を倒せと轟き叫ぶ。
…………そんな、ちょっとだけ思い込みが偏った少女たちのお話なのです。
第一章 セーラー服と昇り兎 - A girl in a dress laced with violent rabbits.
「入ります」
「は?」
どこだ? どこだここ?
旅館の和室?
いや、それにしちゃ何かおかしい。そこらかしこらから、やさぐれた空気を感じる。
障子は破れ、襖には水滴みたいな赤黒い汚れが付着し……饐えた臭いが部屋に充満している。
臭いの元は男。
寝食そっちのけで目をギラつかせた男たちが、生臭さを篭もらせてるんだ!
(な、なに? なななんなのこれ?)
ステテコの男たちが畳敷きの和室にタムロってる。都合二十人はいるだろうか?
部屋の中央に敷かれた「ゲームボード」には白布が巻かれ、チップ代わりの木札が散乱してる。
ジ・アンダーグラウンド。
ニブチンのラノベ主人公だって一発で分かりますよ。ここは【異界】、ワケありの人種しか踏み込めないアンタッチャブルフィールドです!
「はっ!?」
――てかそもそも私が変だ!
(なにこれ!?)
着物なんて七五三以来ですよ?
あとは大学の卒業式まで着る予定のない和装に身を包み…………いつ着替えたんだ?
――記憶がない!
ここに来るまでの記憶がありません!
朝、目覚めた時みたいに、気がつけばこの状況。
ここへ至る経緯について思い当たることがなくもないんですが、そんなのは【 今 】考えている場合じゃない!
だって今の私、注目されている! めちゃくちゃガン見されてます!
遠山の金さんみたいな歌舞いた和服姿の私へ、注がれる目、目、目、目、目、目、目、目……
対バンで気に入らないバンドにブーイングを浴びせる鋲革ジャンの客とは、次元が違う!
メイクとは一線を画すナチュラルな隈! アイラインで描いたわけでもないのに眼力が段違い!
(この人たちカタギじゃない!)
だってこんな派手なタトゥーを彫ってたら、公共の場で肌を晒せません!
どうみても【その筋】の人たちですって!
まだ凶器も突きつけられていないのに威圧感が半端じゃない!
(山田! こんな人たちと関わり合いになる覚えがないんですけど! 全く全然!)
セーラー服と機関銃がリンクさせられるのは映画や小説の話で……
(あっ!)
もしかして…………可能性があるとしたら【アレ】しか考えられない。
反社会勢力が一般社会へ介入するのは、いつだって【金絡み】と相場が決まってる。
(だから言ったじゃないですか! 借金はダメだとアレほど口を酸っぱくして悠弐子さん!)
実は私たちインディーズでバンドをやってまして。
「出世払いでお願いします」的な女子高生パワーをふんだんに使って機材を揃えたり、スタジオを押さえたり、地方へ遠征したりしてるんですよ。
私は常々「身の丈に合った活動をしましょう」って訴えているのに、メンバーは馬の耳に念仏。豪華絢爛な衣装やギャラではペイしないような遠隔地のイベントへ出演したりするんです。
(こんなことになるなら速攻で脱退しとくべきだった!)
だいたい演者が一人でも何とかなるDJスタイルのバンド(果たしてバンドと呼んでいいのか?)ですし、私の必要性はTMネットワークの木根尚登以下だと思うんですけど?
「よござんすね?」
もはや覆すことができない自業自得の極みに自縄自縛の私などお構いなし。
隣りに座るB子ちゃんが、場を見渡し宣言する。
(ゴージャス&グラマラス!)
花柄と呼ぶのも憚られるほどの大胆な色使いとデザイン。こんな柄の着物を着こなせるの、大物演歌歌手かB子ちゃんくらいなものですよ。幾何学的にデザインされたダリアの図案が、高価そうな生地の上で踊ってます。
てか何ですかその凶暴そうな獣は?
定番の昇り龍じゃなくて洋風のドラゴンというか恐竜っぽいというか…………耳が長い? 耳がピンと立って、体毛は純白で目は赤…………兎なんですか?
とても兎には見えない凶獣に描かれていますけど。
「皆々様?」
B子ちゃん――本名、バースデイ・ブラックチャイルドさんと仰る彼女はハーフの子。
金髪碧眼のルックスで着物を纏えば、視覚をビリビリと刺激してくるエキゾチズム。
それでいて英語は普通の女子高生レベルの会話しかできないんだから。
B子ちゃん(彼女)、違和感の女王です。
「よござすんね?」
いや、違和感の元は格好じゃない。
だって逆、左隣に座る悠弐子さんは頭の天辺から足の爪先まで、実にオーソドックスな日本人要素で構成されている。要素単位なら。
でもその要素が寄り集まって『彩波悠弐子』という個を形作ると、
「 な ん だ こ の い き も の は ? 」
という違和感に苛まれる。
私と同じ歳、同じ身長、同じ体重同じスリーサイズ……なのになんだこの違いは?
同じ生物として同じ分類の箱に入れていいものかと本気で悩むほど――彼女は美しい。
「クラスメイト」という概念がゲシュタルト崩壊してしまいそうなくらい、飛び抜けてる存在。
それがこの子とこの子です。
彩波悠弐子とバースデイ・ブラックチャイルド。
同じバンドのメンバーにして同じ部活に所属する『特別な彼女』たち。
「よござすんね皆様?」
実は彼女たちが『スペシャル』な理由は、容姿「だけ」ではないのです。
容姿だけだったら、どんなに良かったことか。
はぁ……
万人に愛でられる女神として平穏無事な生涯を人生イージーモードで全うできたはずなのに。
はぁ……
「では参ります」
美少女とは無軌道なものですか?
私は美少女ではないので美少女の心の内は分かりません。
てか想像すらできません。
だって何を考えたらこんな修羅場へ好き好んで乗り込めるのか?
私が前後不覚になっていた最中に何が遭ったのか知る由もないですけど、こんな異常な状況を招いたのは美少女の判断であることに疑いはありません。
だってそういう子たちなんですよ!
常識的な判断を簡単に足蹴にして頭のおかしい選択を採ってしまう。
損得勘定など完全に無視して、面白そうだからのヤバい選択肢を選ぶ。
選ぶことに何の躊躇もない上、選択肢のリスクを踏み潰して進んでく。
一種の怪獣です。美少女とは歩く災厄です。
少なくとも山田桜里子(私)にとっては!
「さ、桜里子」
悠弐子さん、私の指に約束のリングを…………ハメてくれたわけではなかった。
人差指と中指、それと中指と薬指の間に据えられた――二つのサイコロ。
「あんたに掛かってる」
「え? な、なんですか? 不躾に何の話ですか?」
「金銀小判のバスタブで入浴するのか」
「それとも三途の川を渡るか」
「全てはあんた次第」
「……は?」
言っている意味が分かりません! 本気で分かりません!
悠弐子さんB子ちゃん――私に何をやらせようってんですか!?!?!?!?
「勝負!」
「さ、桜里子」
なんです? なにすれば?
「壺、かぶります!」
この籐製のカップでサイコロを振れと?
時代劇の再放送でしか見たことがないんですけど? いいんですか? これでいいんですか?
それをこう逆さ向きに叩きつけるの、とジェスチャーの通りに見様見真似。
バンッ! カラカラカラカラから……
白布で包まれたゲームボード。伏せられた壺の内側でサイコロが二つ、回っているのが伝わる。
で、こうするのよ。
悠弐子さんに指示されるがまま、壺を前後に動かせば、
「さ! どっちもどっちも!」
威勢のいいB子ちゃんに煽られるがまま、博徒が先を争って木札を賭ける。
(ま、○×クイズですか……)
負けたらタマを獲られかねない、地獄の○×クイズ!
殺気立つ博徒のベットが一巡すると……賭場の視線は再び私へ。
「……!」
ドス黒い期待――川に落ちた犬を突いて遊ぶ嗜虐者の目です。猛獣に食われる剣闘士へと向けられた目ですよ。人が抱く感情でも最も下衆な部類の――転落を期待する目です。
「桜里子――胸を張りなさい」
悠弐子さんが言わんとしている所も分かる。
たとえ虚勢でもいいから毅然とした態度を採らないと。威圧に屈すれば、ここぞとばかりに不利益を押しつけられるのは目に見えてる。
でもでも!
こんな状況で平静を保てと言われても無理ですよ! 普通の女子高生には無理難題です!
「ほしたら最終確認や」
チンピラを露払いにして奥に居座る巨漢の男。どう考えても彼がボスに決まってる。
オラつくチンピラとはオーラが違う。濃い目のサングラス越しでも伝わる圧倒的プレッシャー。声を荒らげなくとも心を踏みつけてくる暴力性カリスマ。
「もしお嬢ちゃんたちが負けてしもうたら、ここにサインしてもらうさかい」
契約書……ああもうコレ、完全にイケナイ奴じゃないですか!
ピンハネ率の高いプロモート契約とか、そういう生易しい奴じゃない!
大っぴらには公言できない、石油王とか大富豪とかが持ちかけてくる特殊な契約書ですよ! あらゆる自由を【買い取る】、現代の人買い的な……
考えてみればこの二人『彩波悠弐子とバースデイ・ブラックチャイルド』ならば、そういうオファーが持ちかけられても不思議ない。それくらいの美人でしたよそういえば。
「悠弐子さん! こんなの正気の沙汰じゃない!」
いくら半分の確率で借金がチャラになるとは言っても、残り半分は破滅の結果ですよ!
スッ……
そんな懇願を歯牙にも掛けず、B子ちゃんはチップの山を差し出し、
「半」
――朱塗りの唇がベットを告げた。
「剛毅なお嬢ちゃんよの……」
ジャバ・ザ・ハットみたいな不気味な笑いを浮かべるボス。
あんなのに飼われるんですか私たち? 負けたらあんなのに? 嫌だ嫌だ嫌すぎる!
「…………」
何もかもご破算にして逃げ出したい私とは、別次元。
彩波悠弐子×バースデイ・ブラックチャイルド。
暴発寸前のチンピラも兵器で受け流す。
「勝負!」
悠弐子さんもB子ちゃんも微笑を浮かべ……それも腰が抜けそうな時の脱力笑いではなく、修羅場の緊張すら愉悦に昇華する笑みを!
意味分かんないです二人とも全然意味分かんないです!
凡人メンタリティーでは及びもつかない何か、もう【境地】とでも呼ぶしかないようなヤツ!
「よっしゃぁー、ええ根性や!」
ジャバザハット(ボス)は深く掛けていたチェアから身を起こし、
「――勝負や!」
茶番は仕舞いとばかりに宣言する!
「桜里子!」
開けていいいんですね? ……いいんですね?
どうなっても私知りませんよ? イカサマなんてできませんし!
もはや出目など運否天賦、安全にアットランダムですけど、それでもいいんですね?
「…………」
あらゆる方向から私を刺してくる目、目、目、目、目、目、目、目……
これまでの人生で感じたことがない猛烈な圧迫感! 卒倒しそうなほどのプレッシャー!
こんな抑圧に身を置いていたら心が壊れる! 踏み潰されちゃう!
チラ。チラ。
悠弐子さんB子ちゃん、地獄へ行くなら同伴して下さいね?
とても山田一人では辿り着けません。三途の川の渡し船から転落しちゃいます。
「――勝負!」
ヤケクソの絶叫で壺をオープンセサミー。
文字通り、私たちの命運を賭けたフィフティ・フィフティが確定する!