第五章 私を異界に連れてって - Take me out to the another world. - 1
前回までのお話。
平和な日本を揺るがす大規模テロ……とは、お世辞にも呼べない、一地方都市での騒乱事件。
もはや世間では、「そんなこともあったよね」状態で忘れ去られようとしていたが、
事件の最中、偶然、贅理部が保護した謎の緑髪少女は衰弱の一途。
せめて言葉が分かれば意思疎通できる、と三人は彼女の素性調査を試みるも、一向に成果なし。
このまま身元不明少女、テロリストの汚名を背負ったまま死を迎えてしまうのか?
そんな中、
桜里子が絶望に打ち拉がれる一方で――またしても天下無敵の無軌道JK、悠弐子とB子が「やらかして」しまう。
なんと、テロ犯人に成りすまして動画配信など致してしまったのだ!
自らを餌として、捨て身の暴挙に出た悠弐子とB子。
悪目立ちすることで少女の身元に関する手掛かりが得られるはず、との目論見だったが……
結果……
テロ首謀者からの接触を待たずに、公安に追われてしまう贅理部御一行様。
果たして少女の正体は――本当に彼女はテロリスト一味なのか?
孤独の毒に侵され、弱る彼女を救えるのか?
というか、まず国家の犬から逃げ切れるのか?
破天荒女子高生戦隊ストーリー、第五章開幕です!
このあと滅茶苦茶流された。
風船おじさんならぬ風船女子高生として、極楽浄土へフライハイしかけて……太平洋まで、あと数メートルの所で不時着できました。
その後、すかんぴんウォークとヒッチハイクを繰り返し、霞城市への帰還の途に。
もう、女子高生版の大唐西域記とでも呼びたい気分ですよ……飛んだ方向は東でしたが。
「さすがに脊梁山脈には引っ掛かるとは思ったんだけど」
「偏西風を舐めたらイカンぞな、ゆに公」
「学びを得る、貴重な体験だったわ」
いや悠弐子さん、それ(偏西風)教科書に載ってます。こんな無茶な体験しなくても。
「とにかく無事に帰ってこれて良かったですよ……」
まさか二泊三日コース・野宿の旅になるとは思いませんでした……
「お風呂入りましょうお風呂」
何はなくとも、日本人は風呂! 文明の利器たる温水シャワーが恋しい!
なので換えの下着が必要ですね。
緊急用のストックが備えてあるので、それを取りに部室まで参った次第なんですが……
「…………ん?」
鍵が空回りする……
「えっ????」
確かに施錠して出掛けた覚えがあるのに――――開いている!
「まさか部室が【アヌスミラビリス】の襲撃に遭った????」
「【悪の秘密結社】の急襲か!?!?」
「だったらマズいですよ!」
私たちが不在の間、アウディが一人でお留守番してたんですよ? 一人きりで!
「アウディ!」
慌てて中の様子を確認しようとしたら……
「あ……あれ?」
扉を開けると――そこは城壁だった。
「なっ…………なんじゃこりゃああああああああああ!?!?」
外敵の侵入を阻む茶色の石積み。
天井近くまで積み上げられた威容、侵略者も諦めて他を探すほどの高さです。
「待って桜里子」
垂直の壁に圧倒されっぱなしの山田へ、悠弐子さんが指摘する。
「このロゴ」
「あ?」
アレじゃないですか? 世界的な超有名通販会社のマークですね?
「てことはコレ?」
「ダンボールじゃん。過剰包装気味の」
ガッ!
容赦のないブラックチャイルドキックが最底辺のダンボールに打ち込まれれば……スポーン!
一箱だけ、ダルマ落とし式に【壁】の向こう側へ抜けていった……
「よいしょっと……」
這いつくばってダンボールのトンネルを抜けると――そこは武器庫だった。
壁一面に色とりどりの洋弓が掲げられ、床には所狭しとアマゾン箱が。
詰まっているのは矢です、尋常ではない数の矢が箱一杯に。
「……………………なにこれ?」
楽器とオカルト書物がトレードマークだった贅理部室が、一変。
山城で徹底抗戦を企てるパルチザンの倉庫みたいになってますけど?
鎌倉幕府軍を迎え撃つ千早城の蔵ですか?
十万を越える大軍勢を千人足らずの寡兵で迎え撃とうとする、要害堅固の城ですか?
そんな【非日常】を背に立つ少女。
逆光の中、振り向いた彼女は――――確かに呟いた。
「お疲れ、桜里子」
「ダブルストレイフィング!」
ヴ、ヴュイン!
小さな丘の麓に建つ霞城中央高校は、裏山を登れば雑木林の森。
その丘陵の奥で響き渡る――――独特の音。
張り詰めた超高分子ポリエチレン弦から、緊張を解き放てば、
ズドッ!
数十メートル先で鈍重な着弾音。
黒、青、赤で染められた同心円の中央で、黄の的に矢が突き刺さっている。
「はぁ…………」
吐息の射手は恍惚の笑みを浮かべ……頬を染めて反芻する。
「えへ、えへ、えへ、えへ……」
ここだけ切り取ったら完全に危ない子ですよ、アウディ……
「えへへ……えへへへへ……
肩をぷるぷる震わせながら薄ら笑い。エキゾチック美少女が台無しです。
「むふ!」
やがて我を取り戻すと、飽くことなく弦を引く。遥か彼方の的を狙ってシュート!
ズビシッ!
そしてまた愉悦に溺れるのです。無限ループです。幸いにも、矢は腐るほどありますから。
(酔ってるね……)
脳内で生成される快楽物質に酔ってます。生でダラダラ垂れ流されています。
「桜里子!」
激情のオペラ歌手かフィギュアスケート選手みたいに両手を広げアウディ、
「なんだここは――*{{}}*だったのか!」
目を爛々と輝かせながら訴えてくる。
「ああ、ちなみに*{{}}*とは、日本語でいうところの『極楽』みたいなもので……男は絶世の美女たちと淫らな関係を持つことが許され、しかもその女たちは永遠の処女なのだ。振る舞われる美酒は決して悪酔いすることはなく、饗される美食を果てしなく食すことが出来る」
なんて俗っぽい極楽……仏教的な悟りの境地とは恐ろしく乖離してます。
「間違いない。この地は*{{}}*なのだな……」
棒状のカーボンファイバーに頬擦りしながら溜め息のアウディ。
「良くしなる上に驚くほど軽い……まさに弓となることを宿命づけられた樹木ではないか……」
「炭素繊維の木とか、どこにも生えてないよアウディ……」
「そなの?」
「多分それ石油精製品だよ、詳しくは知らないけど」
「油????」
まぁ化学合成とか魔法みたいなもんよね。女子高生的に考えても。
「じゃ、この弦は? ポリエチレンとは人跡未踏の極地に棲む獣の名か? どんな巨獣の腱か?」
「それも油。たぶん油――わっかんないけど」
「油????」
狐につままれた顔をして弦を爪弾くアウディ。
そりゃ仕方がないですよね……
バサバサバサ!
「…………!」
ビュン! ビュン! ビュン!
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
女子高生トークのテンションから、突然、あらぬ方向へ弓を射掛けるアウディ!!!!
何やってんだこの子!?
いきなりそんな危ないリアクションを採るとか、常識はずれにも程がある!
「…………は?」
突然の危険行動に蹲った私の目前へ、
ボトッ! ボトッ! ボトッッ!
アウディが空へと目掛けて放った矢の数だけ――――「獲物」が堕ちてきた。
「ええぇえ……」
墜落してきた鳥は心臓を射抜かれ、地上へ叩きつけられる前に絶命しています……
(でも、これなら納得です)
あの日、霞城市民を恐怖に陥れた破壊工作。
的確に急所を射抜く精度と連射能力、もはや初期の機関銃レベルのポテンシャルに等しい。
(よくも私、そんな戦場へ赴いたもんです……)
敵の武装や練度を確認しないまま戦いへ挑むのは自殺志願に等しい。
運が悪ければ私、この凄腕アーチャースナイパーに急所を撃ち抜かれていた。
狙われている気配すら掴めないまま昇天してたところです。
(怖っっっっっっっっ! 戦場怖すぎワロエナイ!)
「大丈夫桜里子。人を狙うならまず足を……」
バフォォォォォォォンン!
和やかで物騒な会話をブチ壊す――暴力的な横槍!
突然ブッシュを踏み潰して現れた、黒い巨躯!
人の背丈を優に越える物体が、前触れもなく茂みの中から飛び出してきた!




