第四章 どくのぬまにはまってしまった! - 6
「……えっ? 今頃??」
謎の霞城市襲撃事件から軽く一週間以上経ってるのに?
もうみんな忘れかけてるタイミングで?
『【あー! 我々は中東からやってきたぁー!】』
『【極悪テロリストであぁーる!】』
ブーーーーーーーーッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!
「はぁぁぁぁ????」
なーんか見たことある女子二人組のビデオが流れてるんですけど!?!?!?!?!?!?
一人は見事な黒髪の若い女、もう一人は見惚れてしまうほどの美しい金髪女。
ハリウッドセレブみたいなドデカイサングラスで誤魔化してますが、見る人が見ればすぐに分かってしまうほど雑な変装です!
雑と言えば服! なんですかその服!?
霞城中央のセーラー服ではなく、石油王風のカンドゥーラ姿。
いやいやそれは男性の着る服です! 女性はアバヤという黒い衣装ですよね?
『【声明出すの遅れて正直スマンカッタ】』
『【日本語喋れないとネット回線の確保も大変なんだよ】』
「ダメだ、この偽アラブ人……」
どう見ても日本人です。日本語流暢過ぎるし……
『【取り敢えず先日、俺たちが見事に! 資本主義の豚どもに一矢報いてやったわけだが!】』
『【わけだが!】』
『【帰りの旅費がないので帰れない! すぐに送ってくれ!】』
『【頼むアルよ、お願いアッラーアクバルよ】』
『【送金先はココまで。仮想通貨なら、金利手数料ゼロ!】』
『【ハハキトク、スグカエレ】』
とか言いながら画面にスーパーされた送金先アドレスを指差してるんですよ。
「悠弐子さん!」
市内中のネットカフェを探し回って、ようやく見つけました!
「お、遅かったね桜里子」
石油王スタイルの悠弐子さんとB子ちゃん、VIPルームで呑気にくつろいでるし!
「なんのつもりで、あんな茶番ビデオを……」
こんな質の悪い悪戯、何のつもりで? 世間様に顔向け出来ない不謹慎っぷりですよ!
いつもみたいな『女子高生だから許してね☆てへぺろ』が通じるレベルじゃありません!
「勘違いしたテロリストが本当に仕送りしてくれるかもしれんぞな?」
「石油の密輸とかやってる奴らなら、たんまり蓄財してそうだし」
「――悠弐子さん! B子ちゃん!」
ああダメだ、もうダメだ、この子たちを殺して私も死のう。
そのくらいしないと許して貰える気がしない!
日本の恥として社会から抹殺されるくらいなら――この手で!
「ギブギブ!」
「待って待って桜里子!」
フロントからのネックハンギングツリーで、二人まとめて壁ドンです。
「問答無用!」
死への壁ドンを喰らえ!
「冗談だって!」
「嘘をつくなぁぁ!」
「ほんとだって! これは! これは……アウディのため、なんだよ!」
「この期に及んでアウディまでダシに使うとは!」
人間の風上にも置けませんね! 外れすぎです! 人の倫を!
「いやいやほんとにほんとに! もしかしたらアウディの素性が分かるかもしれないでしょ?」
《 送金の有る無しに関わらず、テロリスト(当事者)側からのリアクションがあれば、それを足がかりにアウディの素性を辿れるかもしれない 》
……………………ということらしいです二人(悠弐子&B子)の偽アラブ人作戦は。
「だったら先に言って下さいよ……」
「ふふふ……敵を欺くにはまず味方から、と言うじゃないか桜里子くん……」
その台詞を言いたかっただけですね悠弐子さん。分かります。あなたはそういう人です。
「最低でも、使っている言葉が分かれば通訳を手配できるかもしれないでしょ?」
「良かったぁ……」
ぎゅーーーー!
力の限り、男装のアラブ人っぽい格好した美少女を抱きしめる。
飽きたわけじゃなかったんですね?
我関せずと無視を決め込んでたんじゃなかったんですね?
悠弐子さんとB子ちゃんも悠弐子さんとB子ちゃんなりにアウディのことを考えて……
色んな方面に迷惑かけまくりの手段でも、それはアウディのためで……
「ほんとうに良かった……」
やっぱり優しい人です。悠弐子さんもB子ちゃんも。
悪魔の行動力と倫理観を持ちながら、心は天使の清らかさ。少子化克服エンジェルの名は伊達じゃない!
「泣くなー桜里子。適材適所だよ適材適所」
背中をさすりながら慰めてくれる悠弐子さん。
「テロリストに扮してビデオ出演するのはあたしが一番得意で、公安の監視を掻い潜って動画アップするのはB子の役目。適材適所」
でも……山田には何もできない。ただ部室で泣いているだけの女の子です。
「元気のない女の子をお世話するのは桜里子にしかできないでしょ?」
零れる私の涙を拭きながら、悠弐子さんは言うのです。
「ゆに公は魔性の女ぞな。傍に居たら誰彼構わず精気を吸い取られる、マインドサッキュバス」
「お前が言うな」
ああもう、顔は止めて下さい。折角の美少女が台無しですから、そんな頬を引っ張り合ったら。
爪を立てたまま戯れ合う二匹の猫たちを宥めようとしたら……
「え?」
――伸ばした手を掴まれ、彼女と彼女は言うのです。
「桜里子が必要なのよ。あたしたちには桜里子が」
「ふぇぇぇぇぇぇぇ……」
そんなこと言われたらそんなこと言われたら。
「ふぇぇぇぇぇぇぇ……」
今の私はポンコツ少女。二人の胸で泣きじゃくることしかできないダメ隊員です。
「よしよし」
そんな駄目な子を抱きしめてくれる包容力。暖かくて泣きそうになる。
これは親鳥の、凍てつく南極の吹雪から守ってくれる親ペンギンの暖かさです。
「――――ゆに公、違うかも」
「え?」
備えつけの液晶モニタに目が釘付けとなるB子ちゃん。
「適材適所は買い被りが過ぎたぞな」
ネットカフェ周辺の監視カメラをハックした映像に、アサルトスーツの男たちが映ってる!
誰が見たって分かる。
これは極悪テロリストの排除を目的とする特殊急襲部隊です!
軍用プロテクターで着膨れた、全身黒のスーツ。ゴーグルつきのヘルメット。
手には室内戦闘を想定した丈の短い突撃銃。
既に通りには人が絶え、交通規制が敷かれていると容易に推定できる。
忍者ウォークでソロリソロリ狭められた包囲網は、嵐の前の静けさ。
建物の中を伺う男たちが、指揮官の号令を待つばかりです。
ゴーサインが伝われば我先にと突入し、「標的」の確保に動くでしょう。
(まさに……)
まさに弓矢。解き放たれる寸前の矢状態です!
コ レ は ダ メ だ !
B子ちゃんと悠弐子さん、即座にカンドゥーラを脱ぎ捨てて、
「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!!」
脱兎の如く部屋(ネカフェの個室)を飛び出した。
「ハァ、ハァ、ハァ……………」
杜都市への遠征で鍛えた、逃げ足のせいでしょうか?
それともギャンブルシップからの逃亡経験が活きたんでしょうか?
迫りくる追っ手を振り切って、なんとか安全地帯へ逃れることが出来ました。
「……出来たのか?」
追い詰められただけのような気がしないでもないですが?
ここは屋上、袋小路。探索の手が伸びてくるのは時間の問題……
「よしゃ」
悠弐子さんとB子ちゃんが引っ張り出してきたのは籠。直径一メートルはあろうかという籠。
倉庫に何十年も眠っていたかのような、年季を感じる籠でした。
「なんですこれ?」
サビだらけの籠は、懐かしめの商品名とスポンサー名が刻まれていて……雑居ビルに成り果てたビルの、百貨店として華やかなりし頃の遺物ですか?
「コレにコレをくっつける」
バルーンですね? 催事の際には広告の幕を持ち上げる。
「桜里子、乗って乗って」
「え? コレ大丈夫なんですか? 相当錆びてますけど、底が抜けたりしませんか?」
「大丈夫大丈夫」
「じゃ、離陸すんよー」
ぷかー。
「うわっ!」
重力に逆らってテイクオフする違和感、羽根を持たぬ人類には慣れようがない感覚。
「ほんとに大丈夫なんですかこれ?」
女子三人+鉄籠を持ち上げるに十分な浮力なんでしょうか?
というか浮かんでいるだけじゃ風まかせ、余計危険なところへフラフラ飛んでったりしません?
高圧電流に引っかかって骨人間になるとか嫌ですよ? ギャグマンガ並みのデフォルメ力がないと普通に死にます単純に死にます。そんなバッドエンドは本当に勘弁です!
「大丈夫ぞな桜里子」
「あなたは死なないわ」
ぎゅうぎゅう詰めのゴンドラであなたとあなたは言うのです。
前一人+後ろ二人の変形二人羽織で言うのです。
地上人を天上へと招く片翼づつの天使みたい、私の両脇を抱えながら呟くのです。
「見て桜里子……あれがあなたの守った街よ」
「……!」
闇を漂うゴンドラから見下ろせば、街灯りが電子基板の配線のようで。
宇宙飛行士の視線で眺めると、人の小ささが身に沁みる。
こんなにも小さくて無力なワンオブゼムであるところの山田に、何が出来るんだろう?
分からない。
分からないけど、どうか、どうかこの世界が幸せでありますように。
無辜の者たちが不安の不安に苛まれませんように。
どうか、どうか神様。
以上で第四章、終了となります。
如何だったでしょうか?
感想など……いやもうほんと、一行でいいので、ひとつ。二行でもいいです。
杜都市への遠征で鍛えた、逃げ足のせいでしょうか?
→その顛末については、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4775dw/6/
それともギャンブルシップからの逃亡経験が活きたんでしょうか?
→その顛末については、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n7443ej/3/
読んで頂けると、より楽しめます。




