第四章 どくのぬまにはまってしまった! - 5
密かに匿われた贅理部室(少女の園)で、天人五衰を迎えつつあるアウディ。
明日をも知れぬ「異界」の半軟禁生活は精神を蝕み、【孤独の毒】が死を手招きする。
かといって、このまま彼女を自由にしても、然るべき機関から然るべき拘束を受けるに決まっている。
彼女にはテロ行為の疑義が掛かっているのだ。
果たしてアウディが捕まれば、部室の玩具みたいな牢屋とは違う、厳重な収監施設へ拘禁されることになる。
そんな処遇を避けるには「自分は罪人ではない」と弁明させるしかないのだが……
日に日に弱っていくアウディを見かねて、桜里子たちは半ば強制的な尋問を試みる……も失敗。
このままアウディは無為の死を迎えてしまうのか?
言葉の通じぬ「エルフちゃん」と意思疎通を測れぬままでバッドエンド?
……と、半ば諦めかけた矢先、
アウディはノートPCの画面に『 何か 』を見出し、必死にアピールしてきた。
「{}{)((’&’(’’’$##%#&$#”!!!! ……………………きゅう……」
分かってくれ! と異国語で熱弁するアウディ……も、事切れてソファへバタンQ。
弱った体力は僅かな自己主張すら許してくれない。
目を回してしまったアウディを横目に、ゆにばぁさりぃ会議、開催。
「ちなみにアウディが超反応を起こした動画はコレ」
クラシックなロボットアニメですね。異世界転移モノの先駆けとの誉れも高い名作です。
「この場面」
最もアウディが興奮を見せたのは、バイクに乗った主人公が異世界転移するシーンで……
昔のアニメによくある感じの『ワープゲート』表現でした。
「アウディ(自分)はコレでやってきた……とでも言いたいんでしょうか?」
アニメ風ワープゲートで霞城市に顕界した……中二度が高すぎて変な笑いが湧いてきそう。
「いや、待つぞな桜里子」
首を傾げる私にB子ちゃんは、
「平行世界の次元超越者ではなく、同じ宇宙の遠い星からやってきた、可能性は?」
あのエルフ耳は異世界人ではなくバルカン人のものだと?
ワープゲートは宇宙空間転送システムだと?
「アウディは地球に落ちてきた少女?」
「デビットガウル?」
「ジギースターダスト子?」
首を傾げつつ顔を見合わせる私たち。
「だとしたらよ? なんで宇宙人が弓を持って街中で暴れ回らなきゃいけないのよ?」
それ尤もです悠弐子さん。
星間飛行を駆使するレベルの宇宙人なら、人類の科学では及びもつかないような宇宙超兵器で地球を侵略すればいいのに。
「わざわざ宇宙人が弓で白兵戦に臨む理由、ないですよ」
射手なのに双剣の接近戦スタイルを選んだ人くらい、意味不明です。
「わ、分かりません……」
「分からんぞな」
「う~ん……」
「ゆにばぁさりぃ会議、散開!」
くだらない問題のどうでもいい解決法なら湯水の如く湧いてくる悠弐子さんB子ちゃんにも、今回は難題らしく。答えが出ないまま会議はお流れ。
(というか飽きてませんか……)
散開宣言を告げるなり、そそくさと二人とも部室を後にして行きました。
「二人は飽きキュア?」
不肖・山田桜里子の美少女観察学に拠れば――――とかく美少女という人種、滅法飽きやすい。
なにしろ、壁に突き当たったら迷わない。
凡人は、そこで考える。何か壁を越える策はないか? あるいは、そこへ至るまでに見落としたチョンボはないか、あれやこれや考える。
でも悠弐子&B子は「越えられないなら 越えてやらんぞ ホトトギス」。
躊躇なく別方向へスッ飛んでいく。
おそらくレオナルド・ダ・ビンチが言及した幸運の女神、あれと同種なのです、彼女らは。
前髪しかない女神なのです。後ろ髪が生えてないタイプの女神。
引く後ろ髪が存在しないから、「未練」という感情とは無縁なのです。
としか考えられない。
費やした苦労を迷いもなく捨ててしまえる――常人離れした断捨離のメンタリティ。
無理。あんなの真似できません。
凡人はズルズル拘ってしまうものです。天敵に襲われ、手の施しようがなくなった雛も、息絶えるまで未練たらしく寄り添うのが凡人。情に棹さして流されまくるのがオーディナリーピーポー。
「(%$#%……」
「大丈夫? アウディ?」
アウディ(弱る雛)は日に日に衰弱していく。目に見えて体力を失っていくのが分かる。
今ではソファで寝返りをうつことすら難儀になってきてます。
育て損なった子は捨てて征く――それが百獣の王の教義なんですか?
落伍者には手を差し伸べず、運命をあるがままに受け止めろ。そういうことですか?
(そんなの私には無理です)
一度助けた命を蔑ろに出来ません。最後の最後まで尽くせる手は何でも試したい。
「何か……何か……」
私に出来ることはありませんか?
救える命なら救ってあげたい。晴らせる冤罪なら晴らしてあげたい。
「ああもう、ないの? 何かないんですか?」
ノートを開いて片っ端から検索ワードを叩き込む。
世界中の集合知が結集してるはずのグーグル先生も、有用なサジェストを示してくれない。
何の知識もない外人がアッという間に日本語を喋れるようになる翻訳こんにゃくとか、超スピードでラーニングできる情報商材とか売ってないのアマゾンさん?
こちとら危急なんですよ! 時間がないのに!
ゼロから始める異言語習得とか実況してないの? どっかの人気ユーチューバーが?
「もう!」
藁をも掴む勢いで検索しまくったのに――出てこない!
【孤独の毒】に苛まれるアウディを救う手段が出てこないんです!
クソか!
ネットなんてクソか!
「う……ううううう……」
頼りの悠弐子さんやB子ちゃんがいなければ、山田(私)はホントに無力で…………ゴミみたいな存在ですか?
もはやキーボードクラッシャーする気力も失せた。
机に突っ伏したままトントンと出鱈目なタップを繰り返す。
と。
「うっぐぅぅ!」
後ろから引っ張られた! セーラー服の襟を思い切り!
「(’&%%$$#! (&&$#”&! &%$##$%&’! &&$#%%%&&’%’($!」
「……アウディ……?」
ワープゲートの時と同じ反応、アウディはノートPCの画面を指しながら訴えた。
「うー! &%$#””$!&’{}{}{}{}{’&$$$$#$%$!」
いったい何に興奮してるの?
『アローストーム!』
「…………ゲーム実況?」
PC研が日本代表戦に向けて特訓してたネットゲームじゃないですか?
「うー! &&%${}{}{}{&)(&##”!!!!!」
『ブリッツビィィィート! ダブルストレイフィング!』』
弓兵の見せ場である派手な斉射シーンを、派手なCGエフェクトで彩る。
現実には有り得ない、誇張された必殺技の表現。
「うー! ’’&&()))! $$”##”””! )))((’&&’&%{}{}{! (’%$!」
「どうかしたの、アウディ? これが何か?」
「うぅー! {}{’&%!$’”%%$”#$%%!{}{}{}{}{}{{!’&!&!」
分かりません。駄々っ子みたい「分かってよ!」と言われても。
「うー!!!!」
「アウディ……」
宥めようとする私の気も知らずに、アウディは声も枯れんばかりに叫び散らす。
「(’’&&%%%$$$#######! ((’(((}{}{}{!!!!」
泣いて。
喚いて。
「分かれ!」と気持ちを押し付けてくる。
そんな姿に私は……
「泣きたいのはこっちですよ!」
…………と、育児ノイローゼの母親みたい、癇癪を起こしかけた自分を必死に抑えつける。
ダメだ、それだけは言っちゃダメ。どんなに参ってても、心が弱っていても言ってはいけない。
つらいのは私じゃない。アウディが一番つらいの。
たった一人で右も左も分からない別世界へ迷い込んできた子に比べたら、私なんか。
「アウディ!」
泣きながら何かを訴える彼女をギュッと抱きしめた。
――――チープなワープゲートに、ゲームの必殺技シーン。
そんなものでアウディ(あなた)が何を訴えたいのか、まるで分かりません。
だけど分からなくたって、いいじゃないですか。
七面倒臭い相互理解に苦しむよりも、心穏やかに過ごせれば、それでいいじゃないですか。
言葉なんて分からなくたって、生きていける。
私があなたを守ってあげるから!
だから、だからもう泣かないでアウディ。
「はぁ……」
鏡に映る目は、兎の眼。酷く泣き腫らした痕が痛々しい。
「…………」
泣き疲れたアウディはソファで寝入ってる。
(こんなに感情を爆発させたのは……贅理部室に来てから初めてですね。よっぽど溜め込んでいたんでしょう。捨てられた仔猫みたいに呼吸を張り詰め、我慢してたんでしょう。
「限界ですね……」
これ以上は檻に閉じ込めておけない。今すぐにでも解き放ってあげたいのに。
「一人だけでは無理だ……私だけでは無理だ……」
悠弐子さんは言いました。『優れた人を過大評価するな』と。
凡人と才人の間の差は、思ったほど大したもんじゃないと。
でも駄目なんです。
シーザーが渡ったルビコン川、実際の川は歩いて渡れるほどのショボい川だって聞きました。
なのにシーザー以前の将軍たちは誰一人とて渡れなかった。渡ろうとすら考えなかった。
だからシーザーは偉大なんです。
ショボく見える境界であっても凡人には越えられない。固定観念の枷が、意思を阻害する。
才人の才人たる由縁は《 枷を枷とも思わぬ無神経さ 》です。
それが強みなんです天才は! 悠弐子さんB子ちゃんは!
「なのに……」
あなたはここにいない。私の傍にいてくれない。
美少女特有の飽きっぽさと風来坊気質が、私をひとりぼっちにする。
「悠弐子さん……」
今、この時こそ、傍にいて欲しいのに……
ひぽひぽーん!
『ここで緊急速報をお送りします』
激しい既視感は、あの日のテレビ。
突然アウディが霞城市(この街)へ現れた、あの日と同じ!
常在戦場のB子ちゃんですら肩をビクッと震わせた、あの心臓に悪いタイミングで!
『先日、霞城市で破壊工作を行ったテロリストを名乗る者から、報道各社へ声明が出ました』




